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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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0366.覚悟はあるか

 ふと目を覚ますと、隣がもぬけの殻だ。

 少年兵モーフが、一緒に寝たおっさんの姿を求め、少し身を起こす。

 扉の前にメドヴェージとピナの兄貴が居た。ソルニャーク隊長も起きて話す。

 カーテンの隙間からは光がこぼれるが、他のみんなはまだ夢の中だ。

 モーフは毛布を被り直して、三人が小声で話す内容に耳を澄ました。


 「……そうだな。メドヴェージは残れ」

 「いいんですかい?」

 「彼らの出方がわからんからな。最悪、背後から撃たれる可能性もある」

 「それでも、構いません。俺も連れてって下さい」

 ピナの兄貴の抑えた声に少年兵モーフはギョッとした。


 ……何で、ピナの兄ちゃんが行って、戦い方知ってるおっさんが残るんだよ?


 息を詰めて聞き耳を立てる。メドヴェージがいつになく真剣な声を出した。

 「店長さんよ、あんた、人殺す覚悟と殺される覚悟はあんのか?」

 「あります」

 ピナの兄貴は即答した。

 「銃の使い方と戦い方を教えて下さい。覚悟なら、できてます。妹たちを守る力が欲しいんです」


 ピナたちを守る為なら、自分の命は惜しくない。そう言われた気がして、少年兵モーフは毛布の中で震えた。

 銃の使い方を覚えたって、手許になければ戦えない。アーテル軍の正規兵や魔法使いの暴漢が相手なら、付け焼き刃の素人に勝ち目はない。

 兄貴が死んだらピナたちが悲しむ。実家の店の再建も今より難しくなるだろう。


 ……でも、全然戦えないんじゃ、いざって時にピナたちを守れねぇ。


 少年兵は、冬の日の運河を思い出した。

 湖の民の薬師(くすし)と高校生のロークが暴漢に襲われた。メドヴェージとピナの兄貴が二人を助けようとしたが、返討ちにされた。

 メドヴェージに腕の骨折がなければ、ロークとピナの兄貴に戦う力があれば、あんな怪我しなかったし、ソルニャーク隊長とモーフの加勢もいらなかっただろう。


 「トラックを動かせるのはお前一人だ。万一の場合、あの子らを連れて逃げろ」

 「メドヴェージさん、お願いします」

 一呼吸置いて、メドヴェージの声が誠実な祈りを籠めて応えた。

 「ご武運を」



 武闘派ゲリラは食堂に姿を現さなかった。朝メシを病室で食うらしい。

 少年兵モーフは少しホッとして配膳を手伝った。


 みんなが揃い、ささやかな朝食が始まる。焼き立てパンと香草茶だけだが、パンは普通のと緑色の二種類ある。

 「この緑色のは何?」

 魔法使いの工員クルィーロが、ピナの兄貴に聞く。

 自治区の外でも珍しいのかと、少年兵モーフは聞き耳を立てた。

 「タンポポの葉だよ」

 「へえー、意外と美味いな」


 緑のパンは、生地に細かく刻んだタンポポの葉が練り込んであるらしい。パン生地に何か混ぜて焼くとは、思いもよらなかった。

 少年兵モーフがリストヴァー自治区に居た頃は、古びた黒パンやしょっぱい堅パン、一番上等でも乾いてパサパサの白パンだった。

 美味いと聞いて、少年兵モーフは緑のパンにかぶりついた。少し苦みはあるが、ふっくらした食感と麦の香ばしさに馴染んで、確かに美味い。


 ……スゲェ。


 ピナの兄貴は、その辺の食べられる草で、こんなに美味いパンを作れる。少年兵モーフの眼差しに尊敬の念が籠った。



 朝食を終え、葬儀屋アゴーニと共に庭へ出る。星の道義勇軍の三人は、薄青いTシャツとボロい作業ズボン姿だ。ピナの兄貴も、エプロンを外してついて来る。

 「お兄ちゃん、どこ行くの?」

 「アゴーニさんに、北ザカート市へ連れてってもらうんだ」

 ピナの声で振り返り、兄貴が笑ってみせる。


 「ヤダッ!」

 小さい方の妹が兄貴に駆け寄り、体当たり同然でしがみつく。ピナの兄貴は妹をギュッと抱き返し、背中を撫でながら、何でもない嘘で言い聞かせた。

 「素材を採りに行くんだよ。夕方には戻るから」

 兄貴は、近所のねーちゃんアミエーラが作った袋を上げてみせ、メモを出した。いつの間にか、この島の店に要求された【無尽袋】の対価を書き写したらしい。


 小さい妹は、目の前に出されたメモを読み、兄貴に不安な目を向ける。

 「大丈夫。兵隊さんが駐留してて、魔獣を駆除してくれてるんだってさ」


 自力で【跳躍】できる武闘派ゲリラが、力なき民の仲間を連れて跳ぶ。別荘の庭園から次々と人が居なくなる。

 ピナの兄貴は、小さい妹の頭をやさしく撫で、そっと身を離した。ピナと小さい妹は何か言おうとしたが、何も言えないまま口を(つぐ)む。


 「大丈夫だよ」

 ピナの兄貴は笑顔で念を押し、葬儀屋アゴーニの傍に駆けた。妹たちが泣きそうな顔で追い掛ける。

 庭に残ったのは、葬儀屋アゴーニと湖の民の呪医、星の道義勇軍とパン屋兄姉妹と工員兄妹、高校生のロークとラクリマリス人のファーキル。そして、ゲリラの職人二人だ。


 ……まさか、ホントにそう思ってんじゃねぇだろうな。


 ピナの兄貴のあまりにもお気楽な物言いに、少年兵モーフは不安になった。

 「俺も連れてって下さい」

 魔法使いの工員クルィーロが言った。ピナの兄貴が首を横に振り、ピナと小さい妹を工員の前に押しやる。

 「ピナとティスを頼む。……クルィーロは俺より強いから」


 少年兵モーフには、力ある民が銃の扱い方まで知らなくていい、とでも言いたげに聞こえた。魔法使いの工員は言い掛けた言葉を飲み込み、喉が詰まったような顔で頷いた。


 ロークとファーキルも同じコトを言ったが、中学生の少年は、ソルニャーク隊長に断られた。

 「これは、我々の戦いだ。ラクリマリス人の君を巻き込んですまない」

 ファーキルは渋々引き退がり、断られる理由のないロークは、一緒に行くことになった。


 「坊主、あんまり無理すんなよ」

 不意に声を掛けられ、おっさんを見上げる。メドヴェージはモーフの頭をガシガシ撫で回した。少年兵モーフは、おっさんのしたいようにさせ、葬儀屋たちと今日の予定を確認するソルニャーク隊長を窺う。


 「じゃ、パン屋の兄ちゃんは葬儀屋さん、その子は呪医(せんせい)が頼むよ」

 「あぁ、帰りも頼む」

 呪符職人が少年兵モーフ、武器職人がソルニャーク隊長を魔法で運ぶと言い、分担があっさり決まった。

 「今日は銃の扱い方の説明だけだ」

 ソルニャーク隊長が、ピナたちにも視線を向けて言った。だから別にピナの兄貴に危険はない、と妹たちを納得させる。


 ……あいつらがふざけて引き金引いたりしなきゃいいけどな。


 「坊や、そろそろ行くよ」

 呪符職人に呼ばれた。メドヴェージの手がモーフの頭を離れ、肩を叩く。

 隊長に留守番を命じられた運転手は、何か言いたそうな顔だが、結局、何も言わなかった。


 ……隊長、薬師(くすし)のねーちゃんが、魔法でゼルノー市に送るっつった時は、ヤダっつったのにな。


 少年兵モーフは、ソルニャーク隊長の心境の変化を(いぶか)しく思いながらも、呪符職人に駆け寄り、言われるままに手を繋いだ。

 四人の魔法使いが同時に呪文を唱える。

 軽い浮遊感の後、目の前の景色が一変した。

☆冬の日の運河……「0083.敵となるもの」~「0086.名前も知らぬ」参照

☆この島の店に要求された【無尽袋】の対価……「0335.バックアップ」「0342.みんなの報告」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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