0358.元はひとつの
「あの方たちは?」
「怪我したらここへ【跳躍】できるように連れてきました。場所を覚えたら、北ザカート市の拠点に戻ります」
……なるべく、ここへ跳ぶことになって欲しくないが。
呪医セプテントリオーの懸念をどう捉えたのか、警備員オリョールは力強く言った。
「アーテルが一枚岩じゃないのはわかりました。俺たちは復讐の為に動いてますけど、アーテル軍みたいに無差別攻撃なんてしてませんし、これからも、しませんよ」
「……この戦争は、アーテルの極一部の人々の意向で遂行されています。意見を切り捨てられた人々は、軍や治安当局の圧力で萎縮していると考えられます」
「軍を叩けば、その人たちだって、自由に意見を言えるようになるかもしれませんよ」
オリョールが薄く笑う。
伝わらないもどかしさを胸の底に押しやり、湖の民セプテントリオーは粘り強く説得を続けた。
「ここしばらく、新聞とあの子の端末で、情報収集を続けていました」
「有難うございます。何か他にも、役に立ちそうなコト、わかりましたか?」
陸の民の青年は、屈託のない笑顔で礼を言う。
復讐に駆り立てられ、アーテルで死を撒き散らし、多くの同胞を死地へ送ったとは思えない。普通の若者だ。
「少し前から、インターネットで、ある歌が話題になっているのをご存知ありませんか?」
「歌? ……あぁ、ラクリマリスで、支持者に聞かせてもらいましたよ。国民健康体操に歌詞付けたあれですよね?」
「はい。新聞などでも報道され、世界中で話題なのだそうです。この歌をきっかけに、外国からも難民への支援が寄せられています」
「あの歌詞、国を統合しろ、みたいなコト言ってますよね」
青年の何気ない言葉で、長命人種の呪医はギョッとした。呪医自身は、何度か聞いただけでうろ覚えだ。記憶の断片を繋ぎ合せる。
……そう言われてみれば?
冒頭ではラキュス・ラクリマリス共和国だった島々とアーテルの名を挙げ、元々ひとつだったと歌った気がする。
「歌詞の……どの部分で、そう思ったのですか?」
「どこって言うか、まぁ……えーっと……『元はひとつ』とか『共に目指すひとつ』とか、やたら『ひとつ』って連呼してるから、てっきり、半世紀の内乱前の国に戻せって言ってるもんだと……違うんですか?」
「そうですか。私は歌をはっきり覚えていませんので、後で確認してみます。他の皆さんは、この歌について何と?」
「特に何も……今、ここに来てますし、後で聞いてみます?」
「そうですね」
呪医セプテントリオーは少し迷ったが、居住いを正し、呪医の十分の一にも満たない若者に問うた。
「オリョールさんは、国を元の形に戻した方がいいと思いますか?」
「そんなの、無理でしょう」
即座に、質問の意図から外れた答えが返った。
共和制移行以前の古い王国時代に生まれた呪医は、当時も、その次の時代も、半世紀の内乱も知らない若者にどう言えば伝わるか、慎重に言葉を探した。
彼らは口を揃えて「指導者は居ない」と言うが、実質的にこの若い魔法戦士が復讐者たちを束ね、ゲリラ兵として訓練し、この一団の作戦を指揮する。
「実現の可能性については、ひとまず置きましょう。三つに分断された国を元の形に戻した方がいいと思いますか?」
「さあ? 俺は、その、元の形って知りませんから」
「では、その時代を知りたいと思いますか?」
「歴史のお勉強ですか? 今更?」
半笑いになる若者に、長命人種の呪医は、表情を動かさずに言った。
「私も、あなた方、若い世代が過去の歴史について、どう学んだか知りません。長生きはしていますが、職業柄、子供も子孫も居ません。身内はみんな亡くなりました。患者以外の子供と接点がないのですよ」
「俺が、呪医に教えるんですか? 教科書でしか知らないのに? その時代のホントの姿を知ってる呪医に?」
くだらない冗談を言うなと言いたげに陸の民の青年が肩を竦める。湖の民の呪医は、自嘲を含んだ若者の目を真っ直ぐに見詰めた。
若い魔法戦士から笑いが引く。
「教えて下さい。あなた方が学んだ歴史を」
「そんなコトを知って、どうなるんです?」
「私はこれ以上、オリョールさんたちのように全てを失って悲しむ人を増やしたくないんです。こうなった原因を少しずつ調べて、それを解消すれば」
「平和になったって、殺されたみんなは戻ってきませんよ」
「それは、復讐を果たしても、同じです」
二人の間に暗い沈黙が降りた。二十代の若者と、四百年以上の時を経た長命人種の間で、動かない空気が壁となる。
どのくらい石となって見詰めあったのか、オリョールが大きく息を吐き、視線を床に落とした。
「復讐できるんなら、自分の命だって惜しくないって連中に歴史を教えたってムダですよ。聞く耳持たないんです」
「オリョールさん自身も、ですか?」
諦めを口にした若者に問う。オリョールは床を睨んだまま、小さく頷いた。
「……呪医に相談って言うのは、近々、アクイロー基地を攻撃する件について、です」
地名に聞き覚えがある。呪医セプテントリオーは、記憶の糸を手繰った。
アーテル地方最大の都市、今はアーテル共和国の首都となったルフスの西、ストラージャ湾の北端に位置する。セプテントリオーが旧王国の軍医だった頃は、湾を越える魔物や魔獣を警戒する要塞だった。
現況、ランテルナ島を除けば、最もネーニア島の攻撃目標に近い基地だ。
「この間の大規模な空襲は、こことイグニカーンス基地から出撃した無人機だったんです」
「むじんき?」
「えーっと、戦闘機のゴーレムって言うか、まぁ、機械で、人が乗ってなくても遠くから操れるんです」
「そんなことが」
「まぁ、科学も色々進歩してますから。三年くらい前から、バルバツム連邦とかバンクシア共和国とか、アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国が使ってた中古を買い集めてたらしいです」
どこでどのように仕入れた情報なのか、オリョールは俯いたまま、平板な声で語った。
「あっちは、迎撃されたって、自国の兵は死にません。だから、悲しむ家族も居ません。俺たち……」
顔を上げたオリョールの両目から涙が溢れた。
「俺たち……機械に街を焼かれて、みんな殺されて……あいつらは安全なとこで一方的に」
呪医セプテントリオーは言葉を失った。足許に暗い穴が口を開け、冥府から吹き上がる風に晒されたように震え、自らの肩を抱く。
互いに血を流したのではなかった。一方的な殺戮だった。
アーテルは魔哮砲を「兵器化した魔法生物」と断じて批難したが、機械が人を殺すのは構わないと言うのか。
どちらも人の手で産み出されたモノで、操手の意のままに動く。動力源以外にどんな違いがあると言うのか。




