3519.厳しい懐事情
セプテントリオーが遠い目をして答える。
「えぇ。残念ながら、本当です。復興の為に再建させなければならないものはたくさんありますが、戦争のせいで税収が落ち込んだので、予算が全く足りません。どこもかしこも人手不足で、私は過労で倒れるまで、一日十六時間労働で三百六十五連勤しましたが、残業代は全く出ませんでした」
女官見習いランクスは、息を飲んで固まった。
カミェータ神官長も紅茶を一口啜って答える。
「私はガリクーハ神殿の責任者ですが、王族としての公務もこなしています。どこの部署も、予算不足でなかなか復興が進みません。役所の予算だけでは、空襲で焼け出された民の住まいを確保するのも難しいので、私が個人的に所有している土地に私費で集合住宅を建てて、旧ネモラリス共和国領の国内避難民を住まわせましたし、既存の物件も、賃料を下げて、収入が減った世帯の生活を支えています」
「えッ? そう……だったんですか?」
女官見習いランクスが目を瞠った。
アルボル女官長と若い女官モルムは眉間に縦皺を刻んだが、苦言を飲み込んで壁際で静観する。
「私に限らず、不動産を所有する王族や高位の貴族だったおうちは、みなさん、そのようになさっているとお聞きしましたわ」
カミェータ神官長がセプテントリオーに顔を向けた。
「私は自宅と土地をミーリカ市に寄付しました。予算の足しになるかと思ったのですが、役所と住民有志が力を合わせて郷土資料館として公開しました」
「郷土資料館……ですか?」
セプテントリオーの言葉に女官見習いランクスが首を傾げる。
「開館から四ヶ月余りで国内外から多くの観光客が訪れ、飲食店などが利益を上げて、島の経済が活性化したので、来年度はかなりの税収が見込まれるそうです」
セプテントリオーに続いて、近衛兵ジャドが、苦い顔で女官見習いランクスを見詰めて答えた。
「我が家も、カミェータ様のお話の通り、空襲で焼け出された民の生活再建に資する為、私財を投じて集合住宅を建てました。実家も燃えてしまったので、その再建費用も必要ですが、賃料は低く抑えています。それでカネが要るので、魔獣討伐部隊より基本給の高い近衛隊に異動を願い出たのです」
ランクスが何とも言えない顔で首を縦に動かす。
「半世紀の内乱時代もそうでした。旧王国時代は侯爵位の末席の家柄でしたが、共和制に移行して統治から手が離れても、民は変わらず頼って来ました。内乱時代は共和国政府がアテにならなかったので、やむを得ず私財を擲って民の保護を続けた結果、我が家は没落しました」
緑髪の近衛兵ジャドが淡々と語ると、女官見習いランクスは目にいっぱい涙を溜めて深々と頭を下げた。
「私……なんにも知らないで失礼なコトばっかり……すみません……こんなの、やっぱりクビですよね?」
「試用期間中なので解雇はしませんが、女官としての適性はあまり高くないようなので、他の部署に転属した方がよさそうですね」
セプテントリオーが言うと、女官見習いランクスは身を縮めて項垂れた。
「折角……女官になれたのに」
ラキュス・ラクリマリス王国では、シェラタン女王とアル・サダイク国王の方針で、魔哮砲戦争の終戦後から、平民も城で働けるようになった。
業務は限定されるが、戦後復興事業による雇用対策の一環だ。
主に力なき民向けのパソコンを扱う業務での採用だが、中には侍従職を目指す魔法使いも居る。
今年度は、研修にマナー講座を設け、侍従職の試験でマナーの知識を問わない試みを実施した。
その結果、平民の貧しい階層からも、筆記試験の成績優秀者が若干名採用されたが、彼らは大抵、ランクスのように実務での所作や言葉遣いなどで躓く。
ラクリマリス城に勤務するアレヌーハ元伯爵令嬢などが、ユアキャストなどで城勤めを目指す平民向けにマナー講座を開設したが、研修に加えて動画で自習したところで、一朝一夕で身に着くものではなかった。
付け焼刃の研修では、長命人種の元貴族令嬢たちの足元にも及ばないのだ。
「どの業務に適性があるか、実際に勤めてみなければわかりません。採用枠の範囲内での異動になりますが、収入を多く得ることが仕事の目標なら、不向きな業務に固執せず、視点を変えて様々な可能性を試してみればいいと思いますよ」
セプテントリオーが、なるべくやさしい声で提案する。
女官見習いのランクスは、手の甲で涙を拭って頷いた。
この部屋付きの女官長アルボルが、壁際で背筋を伸ばして告げる。
「それでも、来月末までは、このお部屋で女官見習いとして研修を続けます」
「え……?」
ランクスがぎこちなく顔を上げてアルボルを見た。
アルボル女官長は決定事項として淡々と言葉を続ける。
「どんな仕事をしたいか、希望があれば、関係部署に問合せて次の研修先を決めます」
「希望……って言われても、どんなお仕事があるか……私でもできること……わからないんですけど」
「あなたの採用区分でしたら、お城の共用部の清掃、大食堂専属の食器洗い、美容師の免許があれば女性職員の髪結い、調理師免許があれば厨房の下働き、獣医の資格があれば軍馬の世話、樹木医の免許か【畑打つ雲雀】学派の徽章があれば庭と薬草園の手入れができます」
アルボル女官長は、王族と接することのない業務をすらすら挙げた。
ランクスが涙をはらはら零す。
「私……免許とか持ってないんで……やっぱり、クビ……なんですね?」
セプテントリオーがアルボル女官長に命じる。
「アルボル、今から別室で、ランクスと面談して下さい」
「御意」
アルボル女官長が優雅な所作でお辞儀する。
「ランクス、棚から鎮花茶をひとつ持って行って、気持ちを落ち着けてから、アルボルの話をよく聞いて下さい」
「はッはいッ!」
女官見習いランクスは顔を強張らせ、女官長を真似することもできなかった。
☆城勤めを目指す平民向けにマナー講座を開設……「3178.お作法の先生」参照




