0335.バックアップ
住宅街に入り、見覚えのある通りと家々にホッとする。
丁度、老婦人シルヴァも戻ったところだ。
「おかえり。遅かったじゃない。危ないから、明日はもっと早くに帰るのよ」
「はい。すみません」
恐縮して一緒に入る。
シルヴァは汗だくのファーキルを台所へ連れて行き、【操水】の術で洗った。水を飲んで、やっと人心地つく。
「有難うございます。何かお手伝いできるコト」
「特にないから、ゆっくりしててちょうだい」
台所を半ば追い出され、割り当てられた部屋へ戻る。
タブレット端末を充電器に繋いだ。
……充電切れたらオワリだよな。この島、圏外も多いみたいだし、書いとくか。
端末のメモパッドを開き、余ったチラシの裏に内容を書き写す。
呪符屋の提案。
大容量の【無尽袋】があれば、四トントラックも人力で運べる。その対価に必要な、魔法薬と呪符、素材の一覧をみんなにも読めるよう、丁寧に書いた。
素材の名称、ランテルナ島のどの辺りで手に入るか、特徴や保管の注意点など、呪符屋から聞き取った内容を更に整理して書き出す。
素材が得られる魔獣の名称で検索し、その能力や特性、目撃情報の多い場所も、メモパッドとチラシの両方に書き込んだ。
確かにどの魔獣も、ファーキルたちの手に負える相手ではなかった。
アウェッラーナとクルィーロは魔法使いだが、【急降下する鷲】学派や【飛翔する蜂角鷹】学派などの戦いに使う術や、武器を作る【飛翔する鷹】学派の術は知らない。
力なき民でも、魔法の武器を使えば、魔物や魔獣に傷を負わせられるが、ファーキルたちは誰も、伝統的な剣や槍、弓矢などを扱えなかった。
近代兵器の戦闘訓練を受けた星の道義勇軍の三人でも、銀の弾丸を装填した銃がなければ、太刀打ちできないだろう。
……俺たちができるのって、逃げることだけか。
スペースが余ったので、今日知ったことも書き加える。
運び屋の呼称はフィアールカ。
魔法薬の需要が高く、高値で取引されるらしいこと。
郭公の巣の店主クロエーニィエは、【編む葦切】学派の職人。売り物は魔法の服と装飾品とヤミの委託品……
びっしり書き込んだメモを小さく畳んで、【魔力の水晶】の小袋に入れた。
薬師アウェッラーナ用にも、別のチラシに呪符屋が言った交換品を書き写す。
ボールペンを握る手が痛くなったが、構わず書き続けた。デジタルとアナログでデータをバックアップしておけば、色んな状況に対応できる。ペンダコが痛むくらいで休んでは、最悪、みんなの命が危ないのだ。休んでなどいられなかった。
書き終えて顔を上げると、何やら旨そうな匂いが漂ってきた。
小袋を首から提げて台所へ行く。
「あら、丁度よかった。呼びに行こうと思ってたのよ」
老婦人シルヴァが明るい笑顔を向ける。何も知らない人が見れば、祖母と孫に見えるだろう。誰も見ていないと思うが、ファーキルも孫のフリをする。
「おばあさん、手伝えなくて、ごめんなさい」
「いいのよ。気にしなくて。それより、どうだった?」
ファーキルは、魚の香草焼きとパンを食べながら、今日の出来事を話した。
この老婦人もゲリラの一員だ。どこか信じ切れず、ファーキルは、具体的な内容をぼかした。
「お陰さまで、接続料はなんとかなりました。有難うございます」
「どう致しまして。ちゃんとできてよかったわ」
「もうひとつの用事は、やっぱり交換品が足りなくて、無理でした」
「そう……残念ねぇ」
「おばあさんの用事は、上手く行きましたか?」
「まあまあだったわ」
こちらも笑顔で躱された。
……そうだよな。この人もゲリラだもん。部外者の俺に作戦とかベラベラ喋んないよな。
ファーキルは少し話題を変えてみた。
「おばあさんって、この辺、詳しいんですか?」
「そうねぇ。地元民のフリをできるくらいにはね。元々親戚が住んでたから、知合いはホントに居るのよ」
「そうなんですか」
上手く話を転がせず、老婦人シルヴァから情報を引き出せない。本当に親戚への言い訳として、移動販売店プラエテルミッサの一行を置いてくれるつもりなのか。それとも、何か別のことに利用するつもりなのか。
レノ店長がキルクルス教徒が居ると口を滑らせた時、この老婦人は露骨にイヤな顔をした。
……でも、ここで兵隊にみつかったら殺されるけどいいのって心配してくれてたよな。
一体、どう言うつもりなのか。直接、聞いたところではぐらかされるだろう。
今のところ、宿代として、薬師アウェッラーナの作る魔法薬を要求されただけだが、地下街チェルノクニージニクの商売人たちは、三人とも魔法薬をあんなに欲しがった。
……きっと、俺が思ってるよりずっと高値で取引されてんだろな。
薬草園の薬草を丸ごと全部薬に変えて、その内の何割かは、ファーキルたちの食費にしてくれるのだろうが、残りの使途を考えると、憂鬱になった。
「坊や、明日はみんなのとこに戻る?」
「はい。有難うございます。もう少し、情報収集したいんで、夕方まで居させてもらっていいですか?」
「それは別に構わないけど、大丈夫? 淋しくない?」
「はい、大丈夫です」
夕食後、老婦人シルヴァは老人の食事の介助、ファーキルは部屋へ引き揚げた。
☆レノ店長がキルクルス教徒が居ると口を滑らせた時……「0322.老婦人の帰還」参照




