0324.助けを求める
「……なんとかなったみたいね。よかったわ」
老婦人シルヴァは、周囲を見回して安堵の息を漏らした。どこかの街の防壁、その閉ざされた門の前だ。
ファーキルの手にある【魔力の水晶】は、魔力の輝きがかなり弱まった。老婦人は【水晶】を小袋に戻すのを待たず、さっさと門の通用口へ歩いてゆく。
「遅くなってごめんなさい。開けて下さいな」
「婆さん、今度から気ぃ付けろよ」
番小屋の窓から顔を出し、門番が苦笑する。通用口はすぐに開いた。
「はいはい、ごめんなさいね」
「すみません」
二人が入ると、門番は急いで戸締りをする。
誰何もされず、通行が許された。人間の不審者対策ではなく、魔物や魔獣を防ぐ為の門なのだ。月明かりに目を凝らすと、門と防壁には、北ヴィエートフィ大橋で見たのと同じ【魔除け】などの呪文が刻んであった。
宵闇の街に人の姿は疎らだ。老婦人が【灯】を唱え、街灯のない道を急ぐ。
「坊やの服、目立つから、明日は一日、家に居てちょうだい。ご用は夏服に着替えてからになさいね」
「あの、でも、いいんですか?」
「いいのよ。その代り、私にも色々教えてちょうだい」
案内されたのは、住宅街の古い民家だ。
老婦人が合言葉を唱え、扉の【鍵】を開ける。応接間らしき部屋に通された。
老婦人が部屋を出て行くと、早速、鞄からタブレット端末を引っ張り出して電源を入れる。アンテナが三本立った。
ホッとして地図サイトにアクセスする。GPSで座標を割り出し、まずは現在地を確認した。
ここは、カルダフストヴォー市内の住宅街だ。ランテルナ島最大の都市で、南ヴィエートフィ大橋西部の平野にある。
この家から南西へ徒歩三分くらいの辺りに階段のアイコンをみつけた。地下街チェルノクニージニクにも降りられるようだ。
老婦人が戻ってきた。
「毛布、使ってね。インターネット、大丈夫?」
「はい。接続できました。ありがとうございます」
この家の無線LANか、近所の野良LANか。パスワードも何もなしにアクセスできた。今は多少の危険には目を瞑るしかない。
老婦人は安心して、笑顔を見せた。
「じゃあ、また明日。私は色々調達して来るからね。たくさんは持てないから、夕方になったら型紙と油だけ、先に別荘へ届けに行くから」
「はい。留守番してます」
「誰か来ても出なくていいし、お爺さんの部屋も行かなくていいから」
おやすみ、と老婦人は部屋を出て行った。
フォーキルは眠らず、運び屋にメッセージを送った。返事は待たず、SNSにログインし、用意してきたテキストと画像を次々とUPする。
ここしばらくログインできなかったせいで、一番上の最新記事には、心配するコメントが大量にあった。心ないコメントも幾つかあるが、それらには何倍もの批難がある。
ひとつひとつに返信するのは無理だ。最後にテキストだけの記事をUPする。
――心配して下さって有難うございます。
――ひとりひとりにお礼を言いたいですが、まとめてですみません。
――ネットに接続できない場所に居ました。
――プラエテルミッサのみんなも無事です。
新しい記事にも次々とコメントが寄せられる。今、UPしたばかりの写真付き記事が、あっという間に拡散された。
アーテル領内では、正規の手段ではこのSNSにはアクセスできない。
当分、アーテル軍にみつかる心配はないだろう。
過去記事を遡ると「ユアキャストの動画がニュースで取り上げられた」と知らせるコメントが何件もある。
アドレスを確認してリンクを踏む。
ウェブ専門ニュースサイトとスポーツ紙のサイトと、湖南経済新聞だ。ポータルサイトでも、それらの記事が配信されたが、掲載期間が過ぎてリンク切れだった。
残った記事は、どれも同じような論調だ。
ネモラリス難民が詩を作り、国民健康体操の曲に乗せて歌った動画がネット上で人気を博した。
添えられたスクリーンショットを見ると、記事執筆時点で百万再生を越える。
一般人が難民問題に目を向けるきっかけになり、国連や人権団体などへ多数の寄付が集まった。
湖南経済新聞は、本社が難民の受容れを正式表明したアミトスチグマ王国にあるからか、独自にネモラリス難民支援の基金を起ち上げた。
リンク先の記事にざっと目を通し、ニュースサイトを閉じた。
ファーキルはSNSからログアウトし、動画投稿サイト「ユアキャスト」を開いた。投稿した動画は、五百万回以上も再生された。
広告収入の金額が幾らになるか想像もつかないが、気持ちは動かなかった。
広告収入は一カ月後の月末にウェブマネーで送金される。リアル住所が必要ないウェブマネー専用口座だ。
犯罪組織の資金洗浄に使われることも多いが、既にインターネットと共に世界中で普及しており、廃止するのも容易ではないらしい。
……来月の月末じゃ、接続料の振込に間に合わないんだよな。
振込までの一カ月分は、呪符屋か運び屋に立替を頼まなければならない。
コメント欄には、多様な言語で書込みがあった。
ファーキルは、母国語である湖北語の他、共通語も簡単な文章なら読めるが、これだけでも大変な数だ。ファーキルの全く知らない文字や言語もたくさんある。
関連動画には、投稿者が自分で歌ってみたものや、共通語などの字幕を被せたものなどが、これまた三百件以上あった。代表十件以外は、「続きを見る」のリンク先に格納される。
……これだけ関心が高いんなら、国連とか、周りの国の偉い人が動いてくれないかな?
ユアキャストを閉じ、淡い期待を抱いてポータルサイトにアクセスした。
☆ユアキャストの動画……「0210.パン屋合唱団」「0215.外部に伝える」「0219.動画を載せる」「0281.行く先は不明」「0290.平和を謳う声」参照
☆難民の受容れを正式表明したアミトスチグマ王国……「0204.難民キャンプ」、湖南経済新聞「0144.非番の一兵卒」「0229.待つ身の辛さ」参照




