0311.集まった古着
文房具と子供服の寄付は、仕立屋の店長クフシーンカの予想以上に集まった。
中には酷い汚れや、ボタンの紛失、色褪せ、破れた服まである。
「確かに、ご家庭で眠っている品をご無理のない範囲でとは言いましたけどね」
「他所の子にゴミ押しつけてイイコトした気になってんだな」
「ホント! バカにしてます!」
クフシーンカのぼやきにラクエウス議員の支持者たちも同調して憤る。
それでも、何もないよりはマシだ。それ以上文句を言うのはやめ、衣類の仕分けにせっせと手を動かす。
洗う服、繕う服、袋などに再生できる服、雑巾にするしかない服。トラック二台分の古着も、丸一日費やして分けてみれば、案外、洗濯だけでなんとかなる物が多かった。
「繕い物は、新しいお針子さんの練習も兼ねてウチでお引き受けしますよ」
クフシーンカが宣言すると、新聞屋の妻が言った。
「じゃあ、お洗濯は小学校の水道を借りて人を雇いましょう」
「報酬はどうします?」
「私が鍋や食器を出しますよ。案外、使ってない物が多くて」
パン屋のおかみさんの質問に銀行員の妻が答えた。何人かが賛同し、不用品の供出を申し出る。
「それなら、ついでに」
どうしようもない服の雑巾化も、人を雇うことに決まった。
あの日の大火で、リストヴァー自治区の東部バラック地帯では、人口がごっそり減った。幼子を抱える者や、火災で負傷して外へ働きに出られなくなった者など、職にあぶれた者は多い。
何か少しでも、彼らにもできる仕事を創出する必要があった。
翌朝、クフシーンカは新聞屋の妻と共に教会へ足を運んだ。
「司祭様、箒と求人の件では大変お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ、多くの人が助かる事業を起ち上げて下さり、恐れ入ります」
二人が持参した香草茶と茶器を受け取り、司祭は穏やかな微笑を浮かべ、その後を語った。
「先日の件、早速、応募がありまして、集会室のひとつを作業部屋に割り当てましたよ」
「有難うございます。それで、またひとつお願いがあるのですが」
クフシーンカが新しい仕事について説明すると、司祭は胸の前で聖なる星の道の楕円を描き、小声で祈りを捧げた。
「聖者の叡智を体現し、人々に救いをもたらす皆様に日月星のご加護がありますよう。勿論、今回もお手伝いさせていただきますとも」
「有難うございます」
午後からは、絵本と文房具を支持者の車三台に積み、小学校と中学校へ届けた。
「それで、子供たちの服もたくさん集まったのですが、何せ古い物ですから、お洗濯が必要で」
クフシーンカが校長に菓子折を渡し、洗濯と雑巾の件を説明する。
校長は、やつれた顔を微かに綻ばせた。
「児童が大勢亡くなって、仮設校舎も教室が余ってるんですよ。一部屋くらい、洗濯や何かに使っても支障ありません」
助かりますとお互い何度も頭を下げる。
教員の多くも、例の大火で命を落とした。生き残った僅かな職員で全てをこなさねばならず、疲弊が酷い。文房具の寄付で懸念がひとつなくなり、校長は涙声で何度も礼の言葉を繰り返した。
クフシーンカが自宅兼店舗へ戻ると、新しい針子見習いの二人は丁度、袋や雑巾にする服から、ボタンを回収し終えたところだった。
「丁度よかったわ。みんなでお茶にして、それから、雑巾の材料を学校へ届けましょう」
車を出してくれた支持者も加え、六人で食卓を囲む。
ラクエウス議員が居た頃は、この家で会合を兼ねた会食を数えきれないくらい開いた。あの日々が遠い昔のように思える。
……まだ、ほんの半年も経ってないのにね。
香草茶を淹れながら、一抹の寂しさが老婆の薄い胸を過った。支持者の店で買った菓子を食べながら、今後の予定を話し合う。
「ラジオの天気予報は、今週いっぱい、晴れだと言ってましたね」
「今週だけで片付きそうね」
「じゃあ、週末にでも報酬を運びますか」
「そうしてもらおうかしら……その時、繕いが終わったのも、持って行きますからね」
新しく雇った針子見習いの二人に顔を向ける。二人の娘は緊張した顔で頷いた。
「お返事は?」
「はい!」
「はい……あの、間に合わなかったら」
金髪のアシーナは元気よく返事をし、大地の色の髪のサロートカは、小さな声で不安を口にした。
クフシーンカは、やわらかな微笑でその不安を拭う。
「できた分だけでいいのよ。たくさんあるし、初めてなんだから。怪我しないように、失敗しないように、きちんと丁寧にするのよ」
店長の説明に二人が明るい笑顔で返事をする。
……イチから教えるのは大変だけど、この子たちの丁度いい練習になってよかったわ。
寄付品の補修と針子見習いの運針練習、罹災者の雇用創出、不用品の処分。幾つものことが噛み合って同時進行する。ラクエウス議員の支持者たち自身が驚く程、万事が巧く回った。
停滞した全てのことが、ひとつの行動から一気に動き出したようだ。
……ひとつ間違えば、連鎖して他のことも失敗しそうね。
クフシーンカは気を引き締めて次の行動に移った。
「じゃあ、まずはボタン付け。今朝の説明を思い出して頑張ってね」
針子見習いの二人に指示を出し、家と店の戸締りをする。アミエーラのように完全に信頼できるか、まだ判断できない。クフシーンカの留守中、二人を住居にも自由に出入りさせるワケにはゆかなかった。
「車、有難うね。これ、弟の物だけど、どうぞ」
支持者三人に紙袋を渡す。三人は遠慮して口々に断った。
「いえ、そんな」
「それも寄付に回しましょう」
「我々も自治区の暮らしを良くしたいんで」
クフシーンカは首を横に振った。
「でも、ガソリン代が掛かるでしょ。志だけじゃ、活動を続け難いものよ。サイズが合わなければ、売ってくれて構わないから」
「それじゃあ」
「恐れ入ります」
「大事にします」
三人は顔を見合わせ、紙袋を受け取った。中身はラクエウスのスーツ一式とネクタイだ。上等の生地を使い、クフシーンカが仕立てた。
売ればそれなりの値が付く。
雑巾用の布を詰めた段ボール箱と、針と糸、糸切り鋏を入れた紙袋を乗用車に積み、小学校へ戻った。
「できた雑巾はどうしましょう?」
「学校用に三十枚くらい残して、作ってくれた人と、先生方と子供たちに二枚ずつ持って帰ってもらってお家のお掃除。後は教会の清掃奉仕にお使いただきます」
校長にもラクエウスのネクタイを渡し、分配を依頼した。洗濯と雑巾作りの報酬は別途、週末に届けると告げ、小学校を後にする。
中学校でも同じ遣り取りを交わし、店に戻った頃には日が傾き始めた。
針子見習い二人のボタン付けの出来を確認する。
今朝の説明の通り、大きさだけ合わせて色は気にせず、縫い付けてあった。
「これは少し留め方がゆるいわね」
「すみません。やり直しですか?」
指摘を受けたサロートカが、申し訳なさそうに聞く。
アシーナの金髪が小刻みに揺れた。嘲りを堪え切れない見習いを一睨みし、クフシーンカはサロートカにやさしく声を掛けた。
「今日の分はやり直さなくていいわ。取れたら、その時に学校で修繕してもらいましょう」
「じゃあ、全部、学校でやってもらえばいいんじゃないんですか?」
クフシーンカは苦笑し、アシーナの発言をやんわり窘める。
「これはね、あなたたちの練習用に引受けたお仕事なの。明日は少しおさらいしましょう」
二人に今日一日の報酬として、堅パンと缶詰をひとつずつ渡して帰宅させた。
当分の間、針子見習いへの報酬は、食べ物で日払いだ。
自治区東部では、まだ商店が一軒も再建できずにいる。
大火で住居兼店舗が焼失し、商店街の住人は殆ど助からなかった。運良く工場まで逃れられた僅かな人々も、全てを失った。
アルトン・ガザ大陸にあるキルクルス教団本部からの寄付で、元の場所より西に商店街の店舗兼住居が再建されつつある。
生き残った商人たちは、無一文でも店と住まいが手に入る予定だが、裸一貫からやり直しだ。
元店主たちは建設現場などで働き、仕入れの資金稼ぎと顧客との顔繋ぎに励む。
その内の何人が、営業を再開できるのか。
新しく商売を始める者が、どのくらい居るのか。
クフシーンカは、自治区東部の未来を思い、そっと溜め息を吐いた。




