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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0274.失われた兵器

 ラクエウス議員が、ガムに刻まれた文字で事態を知る三日前。

 魔装兵ルベルは、ネモラリス島南方の湖上で、呆然自失した。


 ……何だ……今の……?


 アーテル軍の爆撃機が久々に出撃した。

 旗艦オクルスの甲板に立つ魔装兵ルベルが、【索敵】の術で機影を捉える。

 作戦指令室と、防空艦レッススに搭乗する【魔哮砲】操手らに【花の耳】を介して数と方角を伝えた。

 防空艦の甲板で、不定形だった【魔哮砲】が(うごめ)き、闇の塊が裏返した傘の形を成す。哨戒のルベルは起動を確認すると、爆撃機の編隊に視線を戻した。


 操手とは【刮目】の術で繋がり、ルベルと視界を共有するが、口頭でも敵機情報を詳細に伝達、確認する。


 術で拡大した視界で機影が大きくなった。

 防空艦では、漆黒の傘が中央に魔力を収斂、放射された魔力が輝く。編隊は間隔を取るが、拡散した魔力に全機が呑まれた。


 爆発の直後、上空で何かが光った。警告を発する間もない。

 数呼吸置いて、レッススの投錨地点から大量の水飛沫(みずしぶき)と、金属片などが降り注いだ。湖面が激しく波立つ。


 挿絵(By みてみん)


 「状況!」

 隊長に肩を叩かれ、呪縛が解けた。戦果報告の遅れに痺れを切らしたらしい。

 「状況を報告せよ」

 「……防空艦…………消失……」

 「何ッ? どう言うことだッ!」

 隊長がルベルの前に回り、両肩を掴んで揺さぶる。集中が切れ、【索敵】が失効した。


 隊長の目に焦点が合う。

 困惑と緊張、焦りに揺れる目を見詰め、ルベルは声を絞り出した。

 「防空艦レッススが、消失……しました」

 「何故だッ? 敵機はッ?」

 「敵機を殲滅(せんめつ)した直後、何かが上空で光って……」

 「光って、なんだ?」

 隊長がルベルの肩を掴む手に力を籠め、勢い込んで先を促す。


 「次の瞬間には、もう……大きな水柱が……恐らく……艦の破片と思われるものが多数」

 「【魔哮砲】はどうなったッ?」

 「……わかりません」

 首を横に振ると、隊長は艦内に駆け込んだ。

 兵たちは、哨戒兵ルベルを遠巻きにするが、誰も声を掛けられずにいる。



 「害意(がいい) 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹(ハチクマ)(まなこ)

  敵を(のが)さぬ蜂角鷹(ハチクマ)(まなこ) (つまび)らかにせよ」


 ルベルは再び【索敵】を唱え、防空艦レッススの投錨地点に目を凝らす。

 水飛沫が収まりつつある湖面に無数の破片が浮く。金属片や裏返った救命艇に混じり、人型のものも見える。その周囲に不自然な波が立った。湖に棲む魔物だ。



 湖の女神パニセア・ユニ・フローラの御力で、弱い魔物は、この世のラキュス湖に迷い出た瞬間、祓われる。出現時点でそれなりの力を持つモノは、魚や水草を食い散らかして定着し、漁船や岸辺の生物をも襲う。



 原形を留めた遺体が、波に呑まれた部分を次々と失う。

 軍服の【魔除け】など各種防禦魔法が効力を失ったことが、彼らの死を物語る。遺体の残留魔力を喰らい、多くの魔物が受肉し、魔獣と化す。

 北ザカート市などネーニア島西部の復興がまた一歩、遠のく。そればかりか、ラクリマリス王国にも被害が出るだろう。



 ネモラリス島南沖とネーニア島南西部。

 手に取るように見えるが、実際は遠く隔たる。今のルベルには、魔物の餌になる戦友を見届けることしかできない。


 暗澹(あんたん)たる思いで、闇の塊を捜す。

 あの日、慈善バザーの会場で聞いた話が本当なら、【魔哮砲】は魔法生物だ。

 あれから、非番の日に文献を当たった。大抵の魔法生物には、通常の魔物同様、物理的な攻撃が効かないと知った。


 これがどんな兵器かわからない。だが、アーテル共和国は、魔術を「()しき(わざ)」と忌避するキルクルス教国だ。どんなに強力な兵器であっても、魔力を帯びなければ、魔哮砲にはかすり傷ひとつ付けられない。


 アーテル軍は、爆撃機の一編隊を(おとり)にし、別の手段で攻撃してまで防空艦レッススを沈めた。

 そこまでしても、魔哮砲の破壊には至らなかったと知れば、次はどう出るか。科学知識に乏しい魔装兵ルベルには、全く想像がつかなかった。


 それより、魔哮砲が回収可能か気掛かりだ。

 操手を失った今、闇の塊がどんな行動に出るか読めない。

 通常の魔法生物は、(あるじ)の魔力を糧に活動するが、魔哮砲は膨大な魔力を放射して、遙か彼方の爆撃機を一掃する。あの魔力の源は、使い魔の契約者一人ではあり得ない。

 何らかの方法で補給するのだろうが、ルベルにはその手段がわからなかった。


 ……溺死……はないかもしれないけど、魔物に捕食されるかもしれないな。


 魔哮砲は連続三回、魔力を放出できる。今回の出撃では、まだ一回だ。魔哮砲を食べた魔物がどんな魔獣になるか、考えたくもない。



 旗艦オクルスが抜錨した。

 艦首を巡らせ、北西に針路を取る。ラクリマリス王国の封鎖水域を避け、ネーニア島の北側を迂回するのだ。

 他は一隻も動かない。念の為、この水域に展開した防空艦は残すらしい。



 魔哮砲以外の防衛手段は、魔力を蓄積した青玉(サファイア)や【魔道士の涙】で強化した魔装兵による人力だ。【操水】で壁を建て、防禦する。

 水壁自体も攻撃に使うが、それに乗せた魔装兵の術による攻撃が主力となる。水壁を足懸かりに【飛翔】の術で宙を舞い、遠距離から【光の槍】を撃つ。

 一度の攻撃で一機ずつしか落とせないが、有効だ。


 防空網を突破されれば、流石に音速で飛ぶ爆撃機は追跡できない。陸軍の地対空砲による応戦に任せるしかなかった。


 ……ラクリマリスが湖上封鎖してくれたお陰で、奴らも他の空路を通れなくなったから、ネーニア島西岸に集中できるんだよな。


 挿絵(By みてみん)


 ラクリマリス政府は、不意打ちの開戦直後こそ領空通過を許したが、数日で批難声明を出し、領空を通過する航空機は全て撃墜すると宣言した。


 アーテル空軍は基地発進後、湖を北上してネーニア島西岸を攻撃するか、ネモラリス共和国領をクブルム山脈沿いに通過し、ネモラリス島へ向かうしかない。

 ネモラリス水軍は、基地北方の湖上で待ち構えれば、簡単に迎撃できる。

 封鎖圏外ぎりぎり南、南北ザカート市西方沖の水域には魔哮砲搭載艦レッスス。その後方、リウーチク半島沖には強化兵が乗艦する防空艦隊が、万一の撃ち漏らしに備える布陣だ。


 挿絵(By みてみん)


 旗艦指令室からの命令で、その艦隊も魔哮砲の捜索へ向かった。

 艦隊全てをザカート市沖に南下させるのは危険だ。三分の一は持ち場に留まる。

 あちらの哨戒兵も、防空艦レッススの轟沈を目撃した。ルベルより近くから見た彼らは、個人の識別もできただろう。


 ……せめて、魔物に食われる前に収容できればいいんだけどな。


 ある程度まで接近すれば、後は人力だ。【跳躍】と【操水】で回収する。

 あの攻撃が再び来るかも知れない。射程距離も不明。遺体を狙う魔物とも戦わねばならない。憂鬱なだけでなく、危険な任務だ。



 現場水域へ向かった四隻は、北ザカート市の手前、リウーチク半島沖で投錨。魔力の強い兵を喰らい、力を増した魔物や魔獣が更なる餌食を求めて集まる水域へ、次々と魔装兵が跳ぶ。


 彼らはすぐに着水せず、【飛翔】で滞空し、湖面に【光の槍】を撃ち込んだ。

 存在の核を撃ち抜かれた魔物が霧消し、そうでない魔物や魔獣が腹を見せて浮かぶ。現場は一目見て、生き残りの兵が居ないとわかる惨状だ。

 生き残った異形がたちまち集まり、魔獣の死骸があっという間になくなる。


 魔装兵ルベルは、その上空をちらりと見たが、すぐ湖面へ視線を戻す。

 再びあの攻撃が来ても、あんなに速くては回避できない。


 上空の警戒を諦め、防空艦レッススの投錨地点に目を凝らした。

 もっと近付かなければ、水中を見通せない。ルベルはもどかしい思いで湖面を見詰めた。

☆【花の耳】……「0136.守備隊の兵士」参照

☆不定形だった【魔哮砲】が蠢き、闇の塊が裏返した傘の形……「0157.新兵器の外観」「0233.消え去る魔獣」参照

☆あの日、慈善バザーの会場で聞いた話……「0244.慈善のバザー」参照

☆ラクリマリス王国の封鎖水域……「0127.朝のニュース」「0144.非番の一兵卒」参照

☆不意打ちの開戦直後こそ領空通過を許した……「0056.最終バスの客」「0077.寒さをしのぐ」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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