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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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0271.長期的な計画

 作業は休みだが、レノたちは何となく蔓草(つるくさ)細工の作業部屋に集まった。


 薬師(くすし)アウェッラーナと針子のアミエーラは、割り当てられた部屋で休息する。

 アウェッラーナの話では、学生たちは本当に優秀らしい。少し教えただけで、傷薬など簡単な魔法薬は、すぐに自力で作れるようになった。

 彼らに練習として傷薬を任せ、アウェッラーナは他の薬をせっせと作る。

 これなら、今月中にも終えられそうだと言われ、レノは何となく複雑だ。


 使用人に何度か森へ連れて行ってもらい、細工の素材はたっぷりある。ついでに傷薬の薬草とお茶になる香草、食べられる草なども採って、クルィーロに術で水抜きしてもらった。乾物にしておけば、日持ちする。


 レノは、ここの安楽な暮らしに慣れ切ってしまわないよう、焼け跡や放送局の廃墟で過ごした日々を繰り返し、思い出した。

 瓦礫や焼け焦げたトタン板を集めて風を防いだ夜、僅かな堅パンを分けあったひもじいあの日、雑妖に怯えた夜、火事場泥棒をして飢えを凌いだ罪悪感……今も全部、クブルム山脈の北側では続く。



 何とかして船賃を工面して、空襲で(うしな)われた故郷へ帰る為、ネモラリス共和国の惨状を片時も忘れるワケにはゆかない。



 作業机では、運転手メドヴェージが少年兵モーフに算数を教える。ティスに教科書を借りて、ミスプリントの裏で計算の練習問題に取組む。

 部屋の隅では、ロークがソルニャーク隊長から格闘術を習う。運河での一件を気にしたのだろう。


 レノとクルィーロは、もうひとつの作業机で蔓草(つるくさ)を編む。

 売り物ではない。ぎゅっと目を詰めて、マグカップのような形にする。途中、机に置いてちゃんと自立するのを確めながら、深さを作ってゆく。

 完成した植木鉢を厨房でもらった浅い木箱に並べる。


 ここで食べた野菜や果物の種子を取っておいて、実家の庭や公園、街路樹の焼け跡に植えれば、少しは復興や暮らしの再建に役立つのではないかと思ったのだ。


 当分は、この蔓草製の植木鉢で育てる。

 果樹が実をつけるまで何年も掛かるのだ。今から用意して早過ぎることはない。

 種子はもう、森で拾ったものも含めて、何種類も貯めてあった。噛みつぶさないように気をつけて食べて、洗って、乾かして、コピー用紙で作った封筒に種類別で保存する。


 ……店してる間は、外に出して日に当てて、夜と移動中は荷台に引っ込めて。


 苗を欲しがる人が居れば売ろう、などと考えながらせっせと手を動かす。



 ピナとティス、アマナの女子三人とファーキルは、日当たりのいい窓辺で額を寄せ合う。

 小声で相談して時々、ピナがノートに何か書く。ファーキルは、タブレット端末を操作して女の子たちの反応を待つようだ。

 音楽を聴くようだが、音が小さ過ぎて曲はわからない。「お兄ちゃんたちには、まだ内緒」と追い払われてしまった。

 女の子たちに付き合わされて、ファーキルはさぞかし迷惑だろうと思ったが、どうやら彼も、積極的に関与するようだ。頷きながら小声で何か提案する。

 折角の休みなのに誰も外へ行かない。


 ……ま、外へ出たって、するコトないしな。


 レノとクルィーロが夕食までに作った植木鉢は、木箱にぎっしり詰まった。

 土は、次に森へ行った時に採って来る。



 食事をしながらいつものように一日の出来事を話した。

 女の子三人とファーキルは、ここでも「内緒!」と一日何をしたのか語らない。メドヴェージが苦笑して茶化したが、それでも笑い返すだけで答えなかった。


 「俺たちは、植木鉢を作ってたんだ」

 クルィーロが言うと、みんな首を傾げた。植木鉢は大抵、焼き物だ。

 「苗を育てる小さいのを蔓草(つるくさ)で編んだんだよ」

 「あぁ、それなら、私も家で作ったことありますよ」

 アミエーラが言ってズボンのポケットを探り、みんなの視線が集まる。

 「あっ……」

 彼女は小さく叫んで下を向いてしまった。何事かとみんなが表情を曇らせる。視線に気付いたアミエーラが、しょげた顔を上げた。

 「仕立屋の店長にリンゴ……の種子をいただいたんですけど、根っこが伸びて、枯れてました」

 「ポケットの中はあったけぇから、春と勘違いしたんだな」

 メドヴェージが苦笑する。

 少年兵モーフが運転手を肘で小突いた。

 「ねーちゃん、気にすんなよ。種子はまた集めりゃいいんだ」

 「……そうね」

 アミエーラが淋しげな笑みを浮かべると、そこで話は終わった。



 「そう言えば、アウェッラーナさん、今月中に全部できそうって言うのは……」

 「元々、五月半ばまでに全部作る約束だったから、終わったらここを出るぞ」

 クルィーロの質問にレノが答える。

 最初の契約にも、追加の契約にも、移動販売店プラエテルミッサの店長として立ち会った。

 「期限は最長でも六月半ば。薬が全部できたら、次の日に出発することになってたんだけど、言ってなかったっけ?」

 「あー……そう言えば、聞いた気がする」

 他の面々も小さく頷く。


 気候のいい初夏に出発できれば、旅が(はかど)る。

 嵐の季節になれば、船が欠航しやすい。行けるなら、なるべく早くネモラリス島へ渡りたかった。

 フラクシヌス教の聖地があるフナリス群島で足止めされるのは、キルクルス教徒の四人には酷だろう。


 ……いや、もしかすると、ヴィエートフィ大橋で別れるかもしれないけど。


 レノはソルニャーク隊長を見た。食後のお茶を味わう顔には、何の表情も窺えない。何となく、アウセラートルの前では聞き難かった。


 ……明日にしよう。


 後は、他愛ない話題で流した。



 翌日も分担通り、アウェッラーナが学生に教えながら魔法薬を作り、ロークはその助手、レノたち兄妹は厨房の手伝いに入り、他は蔓草(つるくさ)細工に分かれる。


 「レノ君、いっそここに住込まないか?」

 顔を合わせるなり、料理長が言った。給仕から昨日の話を聞いたらしい。気持ちは嬉しいが、無理な相談だ。レノは申し訳なく思いながらも、首を横に振るしかなかった。

 「俺たち、力なき民だから、ラクリマリスには帰化できないんです」

 「あぁ……それがあったか」

 料理長は悔しがったが、こればかりはどうにもできない。厨房の使用人たちが小さく溜め息を()き、眉を下げた。


 ラクリマリス政府は、難民化したネモラリス人の流入は拒まないが、留まるのは基本的に認めない。本人が力ある民で、親戚などラクリマリス人の身元引受人が居る場合に限り、帰化申請できるが、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の一行には、その条件を満たす者は居ない。

 ファーキルは元々この国の民だ。両親は残念なことになったが、グロム市には帰る家がある。親戚も居るだろう。


 ここの厨房は、パン焼き窯やオーブンなどに魔法の【炉】が組込まれる他は、レノがよく知る設備ばかりだ。食器洗いは【操水】の術でするので、レノたち兄妹には出る幕がない。

 昼食用のパンの仕込みや、料理の下拵(したごしら)えなどで目まぐるしく働くと、あっという間に時間が過ぎた。



 食事の準備が整い、厨房を出る寸前、年配の女中に呼び止められた。

 「あんたたち、苗を育てるんだって?」

 「……はい?」

 「これ、足しにおしよ」

 そう言って、小さな紙袋を差し出す。

 レノたち兄妹が戸惑うと、女中はにっこり笑った。

 「野菜の種子。今から()けば、秋には食べられるよ」

 「ありがとうございます!」

 三人は元気よく言って、厨房を後にした。

☆焼け跡や放送局の廃墟で過ごした日々

 焼け跡/瓦礫や焼け焦げたトタン板を集めて風を防いだ夜……「0077.寒さをしのぐ」~「0079.仲間たり得る」「0082.よくない報せ」「0096.実家の地下室」参照

 放送局/火事場泥棒をして飢えを凌いだ罪悪感……「0109.壊れた放送局」~「0117.理不尽な扱い」「0119.一階で待つ間」~「0126.動く無明の闇」参照

 雑妖に怯えた夜……「0087.今夜の見張り」~「0089.夜に動く暗闇」参照


☆運河での一件……「0082.よくない報せ」~「0086.名前も知らぬ」参照

☆私も家で作ったことあります……「0027.みのりの計画」「0051.蔓草の植木鉢」参照

☆最初の契約にも、追加の契約にも……最初「0232.過剰なノルマ」、追加「0262.薄紅の花の下」参照

☆力なき民だから、ラクリマリスには帰化できない……「0222.通過するだけ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
[良い点] ドーシチ市へ来た当初は薬を欲している市民やら薬を作る契約やらで居心地が悪い感じになりそうだなと思ったけど、過ごしていくうちにラトゥーニやアウセラートル、それにスヴェチーニク家の使用人達とも…
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