0271.長期的な計画
作業は休みだが、レノたちは何となく蔓草細工の作業部屋に集まった。
薬師アウェッラーナと針子のアミエーラは、割り当てられた部屋で休息する。
アウェッラーナの話では、学生たちは本当に優秀らしい。少し教えただけで、傷薬など簡単な魔法薬は、すぐに自力で作れるようになった。
彼らに練習として傷薬を任せ、アウェッラーナは他の薬をせっせと作る。
これなら、今月中にも終えられそうだと言われ、レノは何となく複雑だ。
使用人に何度か森へ連れて行ってもらい、細工の素材はたっぷりある。ついでに傷薬の薬草とお茶になる香草、食べられる草なども採って、クルィーロに術で水抜きしてもらった。乾物にしておけば、日持ちする。
レノは、ここの安楽な暮らしに慣れ切ってしまわないよう、焼け跡や放送局の廃墟で過ごした日々を繰り返し、思い出した。
瓦礫や焼け焦げたトタン板を集めて風を防いだ夜、僅かな堅パンを分けあったひもじいあの日、雑妖に怯えた夜、火事場泥棒をして飢えを凌いだ罪悪感……今も全部、クブルム山脈の北側では続く。
何とかして船賃を工面して、空襲で喪われた故郷へ帰る為、ネモラリス共和国の惨状を片時も忘れるワケにはゆかない。
作業机では、運転手メドヴェージが少年兵モーフに算数を教える。ティスに教科書を借りて、ミスプリントの裏で計算の練習問題に取組む。
部屋の隅では、ロークがソルニャーク隊長から格闘術を習う。運河での一件を気にしたのだろう。
レノとクルィーロは、もうひとつの作業机で蔓草を編む。
売り物ではない。ぎゅっと目を詰めて、マグカップのような形にする。途中、机に置いてちゃんと自立するのを確めながら、深さを作ってゆく。
完成した植木鉢を厨房でもらった浅い木箱に並べる。
ここで食べた野菜や果物の種子を取っておいて、実家の庭や公園、街路樹の焼け跡に植えれば、少しは復興や暮らしの再建に役立つのではないかと思ったのだ。
当分は、この蔓草製の植木鉢で育てる。
果樹が実をつけるまで何年も掛かるのだ。今から用意して早過ぎることはない。
種子はもう、森で拾ったものも含めて、何種類も貯めてあった。噛みつぶさないように気をつけて食べて、洗って、乾かして、コピー用紙で作った封筒に種類別で保存する。
……店してる間は、外に出して日に当てて、夜と移動中は荷台に引っ込めて。
苗を欲しがる人が居れば売ろう、などと考えながらせっせと手を動かす。
ピナとティス、アマナの女子三人とファーキルは、日当たりのいい窓辺で額を寄せ合う。
小声で相談して時々、ピナがノートに何か書く。ファーキルは、タブレット端末を操作して女の子たちの反応を待つようだ。
音楽を聴くようだが、音が小さ過ぎて曲はわからない。「お兄ちゃんたちには、まだ内緒」と追い払われてしまった。
女の子たちに付き合わされて、ファーキルはさぞかし迷惑だろうと思ったが、どうやら彼も、積極的に関与するようだ。頷きながら小声で何か提案する。
折角の休みなのに誰も外へ行かない。
……ま、外へ出たって、するコトないしな。
レノとクルィーロが夕食までに作った植木鉢は、木箱にぎっしり詰まった。
土は、次に森へ行った時に採って来る。
食事をしながらいつものように一日の出来事を話した。
女の子三人とファーキルは、ここでも「内緒!」と一日何をしたのか語らない。メドヴェージが苦笑して茶化したが、それでも笑い返すだけで答えなかった。
「俺たちは、植木鉢を作ってたんだ」
クルィーロが言うと、みんな首を傾げた。植木鉢は大抵、焼き物だ。
「苗を育てる小さいのを蔓草で編んだんだよ」
「あぁ、それなら、私も家で作ったことありますよ」
アミエーラが言ってズボンのポケットを探り、みんなの視線が集まる。
「あっ……」
彼女は小さく叫んで下を向いてしまった。何事かとみんなが表情を曇らせる。視線に気付いたアミエーラが、しょげた顔を上げた。
「仕立屋の店長にリンゴ……の種子をいただいたんですけど、根っこが伸びて、枯れてました」
「ポケットの中はあったけぇから、春と勘違いしたんだな」
メドヴェージが苦笑する。
少年兵モーフが運転手を肘で小突いた。
「ねーちゃん、気にすんなよ。種子はまた集めりゃいいんだ」
「……そうね」
アミエーラが淋しげな笑みを浮かべると、そこで話は終わった。
「そう言えば、アウェッラーナさん、今月中に全部できそうって言うのは……」
「元々、五月半ばまでに全部作る約束だったから、終わったらここを出るぞ」
クルィーロの質問にレノが答える。
最初の契約にも、追加の契約にも、移動販売店プラエテルミッサの店長として立ち会った。
「期限は最長でも六月半ば。薬が全部できたら、次の日に出発することになってたんだけど、言ってなかったっけ?」
「あー……そう言えば、聞いた気がする」
他の面々も小さく頷く。
気候のいい初夏に出発できれば、旅が捗る。
嵐の季節になれば、船が欠航しやすい。行けるなら、なるべく早くネモラリス島へ渡りたかった。
フラクシヌス教の聖地があるフナリス群島で足止めされるのは、キルクルス教徒の四人には酷だろう。
……いや、もしかすると、ヴィエートフィ大橋で別れるかもしれないけど。
レノはソルニャーク隊長を見た。食後のお茶を味わう顔には、何の表情も窺えない。何となく、アウセラートルの前では聞き難かった。
……明日にしよう。
後は、他愛ない話題で流した。
翌日も分担通り、アウェッラーナが学生に教えながら魔法薬を作り、ロークはその助手、レノたち兄妹は厨房の手伝いに入り、他は蔓草細工に分かれる。
「レノ君、いっそここに住込まないか?」
顔を合わせるなり、料理長が言った。給仕から昨日の話を聞いたらしい。気持ちは嬉しいが、無理な相談だ。レノは申し訳なく思いながらも、首を横に振るしかなかった。
「俺たち、力なき民だから、ラクリマリスには帰化できないんです」
「あぁ……それがあったか」
料理長は悔しがったが、こればかりはどうにもできない。厨房の使用人たちが小さく溜め息を吐き、眉を下げた。
ラクリマリス政府は、難民化したネモラリス人の流入は拒まないが、留まるのは基本的に認めない。本人が力ある民で、親戚などラクリマリス人の身元引受人が居る場合に限り、帰化申請できるが、移動販売店見落とされた者の一行には、その条件を満たす者は居ない。
ファーキルは元々この国の民だ。両親は残念なことになったが、グロム市には帰る家がある。親戚も居るだろう。
ここの厨房は、パン焼き窯やオーブンなどに魔法の【炉】が組込まれる他は、レノがよく知る設備ばかりだ。食器洗いは【操水】の術でするので、レノたち兄妹には出る幕がない。
昼食用のパンの仕込みや、料理の下拵えなどで目まぐるしく働くと、あっという間に時間が過ぎた。
食事の準備が整い、厨房を出る寸前、年配の女中に呼び止められた。
「あんたたち、苗を育てるんだって?」
「……はい?」
「これ、足しにおしよ」
そう言って、小さな紙袋を差し出す。
レノたち兄妹が戸惑うと、女中はにっこり笑った。
「野菜の種子。今から播けば、秋には食べられるよ」
「ありがとうございます!」
三人は元気よく言って、厨房を後にした。
☆焼け跡や放送局の廃墟で過ごした日々
焼け跡/瓦礫や焼け焦げたトタン板を集めて風を防いだ夜……「0077.寒さをしのぐ」~「0079.仲間たり得る」「0082.よくない報せ」「0096.実家の地下室」参照
放送局/火事場泥棒をして飢えを凌いだ罪悪感……「0109.壊れた放送局」~「0117.理不尽な扱い」「0119.一階で待つ間」~「0126.動く無明の闇」参照
雑妖に怯えた夜……「0087.今夜の見張り」~「0089.夜に動く暗闇」参照
☆運河での一件……「0082.よくない報せ」~「0086.名前も知らぬ」参照
☆私も家で作ったことあります……「0027.みのりの計画」「0051.蔓草の植木鉢」参照
☆最初の契約にも、追加の契約にも……最初「0232.過剰なノルマ」、追加「0262.薄紅の花の下」参照
☆力なき民だから、ラクリマリスには帰化できない……「0222.通過するだけ」参照




