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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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0270.歌を記録する

 五月半ばになった今も、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の一行は、ドーシチ市の商業組合長ラトゥーニの屋敷に滞在中だ。


 今日は、サンルームに集まった。

 針子のアミエーラは学校で「ラクリマリス王国はほぼ魔法文明国になった」と教えられたが、認識を改めた。


 五月の空は晴れ渡り、ガラス越しに注ぐ光はやさしい。

 日当たりのいい場所には、鏡のようになめらかな板を繋げたパネルが置かれ、最も日光が当たりやすい角度に金属の支柱で固定してあった。


 工員クルィーロが、太陽の光を電気に変える「ソーラーパネル」と言う機械だと教えてくれた。ファーキルも、タブレット端末の充電用に小型のものを持つが、ここにあるのは扉五枚分の大きさだ。

 ソーラーパネルからはコードが伸び、金属の箱に繋がる。

 工員クルィーロが箱にキラキラした目を向けた。

 「これ、日之本帝国製の蓄電池じゃないですか」

 何か凄い機械らしいが、アミエーラには何がどう凄いのかわからない。


 商業組合長が満面に笑みを(たた)え、工員に言う。

 「えぇ。近頃は両輪の国になる所が増えましたからね」


 無線を用いた通信設備が十年程前、ラクリマリス王国全土に整備され、巡礼のついでに観光する者が増えた。

 以前は王都ラクリマリスと、直通航路のあるグロム市くらいだったが、ここ数年は、この田舎にも足をのばす観光客が増えつつあると言う。



 組合長ラトゥーニの声には少し自慢が滲む。

 「遠方から来られた方の通信機を充電するのに、去年、アミトスチグマから取り寄せたんです」

 「へぇー……」

 「今のところ、この街では、我が家と大きな宿屋くらいしか置いてませんがね」

 「アンテナが整備されてから、こんな田舎にも人が来るようになったのは、喜ばしいことです」 

 組合長の甥アウセラートルが締め(くく)った。


 蓄電池の先は、古めかしいレコードの再生機に繋がる。

 以前は手回し式の発電機を使用したが、これなら、天気のいい日は何もしなくていいから助かる、と組合長が笑う。


 みんなはソファに座るが、クルィーロとファーキルだけ立って待つ。

 工員はレコードを再生する為、ファーキルは充電しつつ録音する為、それぞれ再生機と発電パネルの傍らに居る。


 アミエーラは、ファーキルが持つ薄っぺらい板状の機械が、ニュースを読むだけでなく、録音と再生もできると聞いて、驚いた。

 どんな仕組みか全くわからない機械は、魔法と大して変わらない気がする。



 クルィーロがファーキルに合図し、レコードに針を落とした。ファーキルが板の表面を撫でる。

 板の録音は感度が高く、周囲の物音も拾ってしまうと言われ、みんな息を殺してレコードに耳を傾けた。


 よく聴く「この大空をみつめて」がサンルームに流れる。

 ラトゥーニとアウセラートルは、ソファに身を沈めて(くつろ)ぐが、プラエテルミッサのみんなは浅く腰掛け、身を乗り出して聴いた。


 演奏が一区切りする度に、ファーキルが板を撫でて何か操作する。


 A面が終わり、みんながホッと息を吐いた。

 あの板にレコードの音を録っておけば、天気のいい日なら発電機を起動しなくても聴ける。



 ファーキルが何かすると、板からさっき聴いたばかりの演奏が流れた。

 「凄いな……それ」

 レノ店長が呟く。ファーキルはこくりと頷いて板を指でなぞり、演奏を止めた。

 「大丈夫です」

 「よし、次、B面な」

 クルィーロがレコードを裏返し、ファーキルに合図する。少年が頷くのを見届けて、工員は再生機を操作した。


 呪歌【やさしき降雨】に続いて、「すべて ひとしい ひとつの花」が流れる。

 誰もが身じろぎひとつせず、発電機のノイズのない鮮明な音にその身を(ゆだ)ねた。

 初夏の日差しが降り注ぐサンルームに、ゆったりとした時間が流れる。



 レコードが一周し、再生機の針が上がった。

 ファーキルが板に指を走らせ、クルィーロに告げる。

 「録音、終わりました」


 呪縛が解けたように肩から力が抜けた。

 プラエテルミッサのみんなが立ち上がり、再生機の両脇に整列する。右に男声、左に女声、声の高低順に並んだ。

 ファーキルだけは、発電パネルの傍を動かない。

 「じゃ、行くぞ」

 クルィーロがレコードをA面に戻す。


 アミエーラは緊張で鼓動が高鳴った。前奏に耳を澄ませ、大きく息を吸い込む。プラエテルミッサのみんなの声がひとつになって響いた。



 降り注ぐ あなたの上に 彼方から届く光が

 生けるもの (あまね)く照らす ()() 溢れる 命の力

 蒼穹(そうきゅう)映す 今を(したた)めて この眼で大空調べて予報……



 まずは、「この大空をみつめて」本来の歌詞。先月、アーモンドの木の下で歌った時よりずっと耳に心地よい。

 発電機の駆動音がなく、室内で声が反響するからだろう。斉唱だが、声の高低順で並んだお陰か、それぞれの歌声が和音のように調和する。


 演奏が終わり、ファーキルが録音を止めた瞬間、ラトゥーニとアウセラートルが立ち上がって拍手した。

 「素晴らしい」

 「用意した甲斐があったよ」

 本物の歌手ではないのに、歌を褒められるのはなんだかくすぐったいが、悪い気はしなかった。


 クルィーロがレコードを止め、針を戻す。

 二人はソファに座り直し、次の演奏を待った。

 前奏が流れ、今度はパン屋のCMソングを歌う。



 届けるよ あなたの(もと)へ 焼きたてのおいしいパンを

 ふっくらとふくらむパンは 心満(こころみ)たして 笑顔を作る

 大きなトラック 幸せ積み込んで みんなで今日も街から街へ……



 パン屋の姉妹が中心になって、アマナとアミエーラも作詞を手伝った替え唄だ。

 ラトゥーニは目を細めて聴き入り、アウセラートルは微笑を浮かべる。


 録音終了の合図を待って、二人は割れんばかりに拍手した。

 「成程(なるほど)、上手いこと(こしら)えたもんだ」

 「よく売れるでしょう?」

 「ま、まぁ、客寄せですからね」

 レノ店長が曖昧な笑みを浮かべた。



 最後に「国民健康体操」のレコードを掛ける。

 クルィーロとファーキル以外は再び腰を降ろし、録音が終わるのを息を殺して待った。


 「ふむ。今日は有意義な時を過ごせたよ。作業は休みだそうだが、この歌には、お代を出したい」

 「いえ、そんな。俺たち、歌は素人ですし……」

 レノ店長の謙遜に、組合長は首を横に振った。

 「(まこと)に価値ある働きには、相応(ふさわ)しい対価をきちんと払わねばならん」

 思いがけず、毛布三枚と【魔力の水晶】ふたつが手に入り、一行は恐縮して受け取った。


 ……うるさい発電機なしで伴奏がついて、燃料の節約もできて、こっちが助けてもらってるのに。


 針子のアミエーラは、組合長らの厚意に深く(こうべ)を垂れた。



 今日は作業が休みで、お茶の後は、各自が自由に過ごす時間を持てた。

 薬師(くすし)アウェッラーナは、休息に()てると言って寝台に潜る。連日、魔法を使い続けてかなり疲れたらしい。


 アミエーラは鏡台の椅子に腰掛け、祖母の手帳を三冊並べた。

 どれも色褪(いろあ)せているが、一冊だけ色が違う。(一)と(二)の手帳は茶色い表紙で(三)だけ白だ。

 (てのひら)が汗でしっとり湿る。

 ズボンの膝で掌を(ぬぐ)い、思い切って(三)の手帳を開いた。(めく)ってみたが、書いてあるのは最初の数ページだけで、後は白紙だ。

 拍子抜けして、最初のページに目を通した。


 アミエーラは、時が止まったように手帳を凝視する。書かれた文字に何度も目を走らせた。

☆「この大空をみつめて」……「0170.天気予報の歌」参照

☆パン屋のCMソング……パンを届けよう「0210.パン屋合唱団」参照

☆祖母の手帳を三冊……「0102.時を越える物」「0118.ひとりぼっち」「0252.うっかり告白」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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