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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0230.組合長の屋敷

 「流石(さすが)に今日はもう遅いから、商工会議所じゃなくて、家へ行くぞ」

 大通りを先に立って歩きながら、地元の男性は言った。

 レノ、緑髪のアウェッラーナ、ソルニャーク隊長の三人は、ドーシチ市の街並を目に焼きつけて歩く。


 「こんな遅くに……すみません」

 「なぁに、いいってコトよ。俺らも早く薬が欲しいからな」

 レノが店長として言うと、彼は肩越しに振り向き、薬師(くすし)アウェッラーナに視線を送った。


 湖の民の薬師が、会釈を返して尋ねる。

 「この街には、薬師さんがいらっしゃらないんですか?」

 「うん。まぁ、なぁ。三年前までは居たんだが、なんせ、年だったもんでな……薬草は、近くの畑で何種類も作ってるから、材料だけはあるんだ」


 彼は前を向いて、足早に石畳の大通りを行く。

 「今は、隣のプラヴィーク市に材料持ってって、作ってもらってんだ」

 「それは大変ですね」

 「我々も、行く所がありますので、あまり長居はできませんがね」

 アウェッラーナが地元民の説明に相槌を打つと、ソルニャーク隊長はすかさず釘を刺した。地元民は小さく息を呑んだが、素知らぬ風で先を急ぐ。



 大通り沿いの店は片付けの最中で、既にシャッターの降りたところもある。

 組合長の家は街の東にあるらしい。行く手の遠くにプラヴィーク山脈が霞んで見える。四人は、西日を受けて茜に染まる街を急いだ。



 住宅街に入ると、家路を辿る人が増えた。

 「ここらは農家が多いんだ。畑は街の外にある」

 「そうなんですか。魔物とか……」

 「まぁ、森は遠いし、滅多に来ねぇから、【魔除け】や【退魔】だけでも何とかなってる」

 レノが問うと、彼は屋根の遙か彼方に連なる山々を見遣った。


 曲がりくねった路地を抜け、とある屋敷の前で立ち止まる。丁度、門を閉めるところだ。

 「あッ! 待ってくれ! 薬師(くすし)を連れて来たって旦那に取り次いでくれ!」

 地元民が門扉に手を掛けて叫ぶ。

 下男は頑丈な門扉から手を離さず、彼の背後に居る三人をチラリと見て頷いた。何も言わず、半分だけ閉めて庭の奥へ引っ込む。


 レノは、門の隙間から見えた庭に小さく息を呑んだ。

 魔物を(かたど)った石像が、美しく(しつら)えられた庭園のあちこちに配してある。


 ……ガーゴイル?


 魔物や泥棒の対策だ。

 話には聞いたことがあるが、実物を目にするのは初めてだ。

 今はどの像も、大人しく台座に座る。恐らく、無断で足を踏み入れれば、動きだすのだろう。レノには、確める勇気はなかった。


 ……こんなにいっぱい……維持の魔力、どんだけ掛かるんだ?


 見える範囲だけでも十体は下らない。レノは小さく身震いし、肩をさすった。



 「お待たせしました。こちらへどうぞ」

 下男は、家人らしき青年を連れて戻った。

 陸の民で、銀杏の幹に似た色合いの髪が肩の下まで伸び、がっしりした身体に呪文を刺繍した服を(まと)う。レノより頭ひとつ分、背が高い。

 気圧されたが、どうにか会釈して青年の後に続く。


 四人が庭に入ると、背後で大きな音を立て、門が閉ざされた。


 広大な屋敷だ。前庭だけでも中学の校庭くらいある。

 石畳の通路で区切られ、ガーゴイルが等間隔に居る。

 自分たちの他、人の姿はない。

 中央の通路は薔薇の生垣に挟まれ、そこから離れた区画は、花畑や家庭菜園らしい。レノのよく知る花や野菜が、夕日を受けて輝くのが見えた。


 玄関の扉に描かれた複雑な文様には、見覚えがある。

 ザカート隧道(トンネル)で見た力ある言葉だ。知識のないレノには、個別の呪文はわからないが、きっと家を守るものだろう。


 案内された部屋は、レノが映画でしか見たことがない「応接間」だった。

 立派な調度品が置かれ、壁には神話の一場面を描いたタペストリーが掛かる。



 湖の女神パニセア・ユニ・フローラが、旱魃(かんばつ)の龍と対峙(たいじ)する。女神の手に握られた青い宝石が、龍の【旱魃】の魔力を【魔道士の涙】で吸収し、光と共に大量の水を放つ。

 ラキュス地方創世神話の最高潮の場面だ。



 レノたちが呆然と突っ立って部屋を眺めていると、恰幅のいい初老の男性がメイドを伴って入って来た。

 「ようこそ。ドーシチ市へ。商業組合の代表を務めておりますラトゥーニと申します。何もない田舎ですが、どうぞごゆっくり」

 にこやかに微笑む胸元では、【編む葦切(ヨシキリ)】学派の徽章(きしょう)が輝く。


 どうぞお掛け下さいと促され、ふかふかのソファに身を沈める。

 レノとソルニャーク隊長は用心の為、アウェッラーナを間に挟んで座った。案内の地元民が、末席に浅く腰掛ける。

 組合長はタペストリーを背に座り、その隣に長髪の大男が腰を降ろした。二人の髪の色は同じで、顔立ちもどことなく似る。

 メイドが香草茶を置いて退出すると、組合長ラトゥーニは、アウェッラーナの胸元を見て話を切り出した。



 「早速ですが、みなさまを旅の薬師(くすし)様ご一行とお伺い致しました。いつ頃まで、ご滞在いただけますでしょう?」


 「旅のパン屋と、薬師と、蔓草(つるくさ)細工師の移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)です。お……私は店長のレノと申します」

 質問に答えず、強引に自己紹介すると、他の二人も続いてくれた。

 「薬師のアウェッラーナです」

 「蔓草細工師の代表ソルニャークです」


 挨拶をすっ飛ばして、いきなり用件を切り出しされ、レノはイヤな予感がした。


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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