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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0228.有志の隠れ家

 警備員の【跳躍】で移動した先はどこかの庭園だ。ずっと遠くに高いコンクリート塀が見える。


 呪医セプテントリオーは、思わず唇を歪めた。

 力なき民が相手ならそれなりの防犯効果はあるが、【跳躍】を(はば)む防護がない。


 ……泥棒が魔法使いなら、入り放題ではないか。


 腰の高さで剪定(せんてい)された薔薇の回廊を通り、古めかしい石造りの屋敷に通された。

 警備員が扉の前で何か呟き、カチリと金属音が響く。【鍵】を解除する合言葉だろう。



 木製の扉と玄関内には、各種防護の術が施される。

 呪文などは、植物を意匠化した複雑な文様に紛れこませてあるが、知識のある者には一目瞭然だ。魔法使いなら、魔力の流れでそれと気付く。


 「誰んちだ?」

 「支援者の方の別荘で、我々の隠れ家のひとつです」

 葬儀屋アゴーニが問うと、陸の民の警備員は簡潔に答えた。



 板張りの長い廊下と白い壁には、塵ひとつない。だが、人の気配はなかった。


 「奥に負傷者が居ます。診ていただけますか?」

 「その為に呼んだのでしょう?」

 呪医セプテントリオーが答えると、若い警備員は表情を和らげた。

 「よろしくお願いします」


 警備員が、ノックもなしに扉のひとつを開ける。消毒薬の匂いが鼻を刺した。

 元々あった調度品は隅に寄せてあり、簡易ベッドが六台並ぶ。


 「みんな、【青き片翼】の呪医(せんせい)が来て下さったぞ」

 警備員が明るい声で言う。

 手前の一人が、横たわったまま顔を向けた。奥で包帯を交換する老婦人も、手を止めてこちらを見た。


 「呪医(せんせい)……ありがとうございます。傷薬もなかなか手に入らなくて、私らじゃ、化膿を防ぐだけで精一杯なんですよ」

 老婦人は、目尻の皺を一層深くしながら奥のベッドを離れ、戸口に近付いた。


 扉の脇に段ボール箱が積んである。

 表示通りの中身なら、科学的に大量生産された消毒薬と包帯だ。



 警備員の説明に(うなず)き、セプテントリオーは顔を向けた男のベッドに近付いた。

 薄い毛布をそっとめくる。下着姿で、ほぼ全身が包帯に覆われる。

 「爆風で飛んで来た破片が当たって、左半身が酷いんです。頭は防具のお陰で無事なんですけど……」

 確かに、左半身の包帯には血が滲むが、右半身はそうでもない。陸の民の男は、枕から頭を上げることもできないのか、呪医に視線で(すが)った。


 「破片は全て取り除けたんですか?」

 警備員の説明を聞きながら、負傷者の額に手を触れる。発熱はなかった。

 セプテントリオーは、患者にひとつ頷いてみせ、顔を上げて指示を出す。

 「水を用意して下さい。それから、包帯を外すのを手伝って下さい」


 「水瓶は、あっちの隅に置いてあります」

 警備員は指差すと、負傷者を助け起こした。老婦人が包帯を(ほど)きに掛かる。


 この部屋の簡易ベッドは全て負傷者で塞がる。

 彼の他は意識がないのか、傍を通っても反応がない。他の部屋にも居る可能性はあるが、まずは、ここの患者を癒してからだ。


 セプテントリオーと葬儀屋アゴーニは、窓辺に置かれた水瓶の(かたわ)らに立ち、【操水】で水を起ち上げた。近くの屑籠に塵などを排出し、患者の枕元へ戻る。


 「残った細かい破片を抜いてから、傷を塞ぎます。少し痛みますが、辛抱して下さい」

 呪医セプテントリオーが声を掛けると、男は小さく頷いた。


 耕されたように(えぐ)れた肉には、細かい金属片や、ガラス片が残る。

 呪医の予想通り、ピンセットなどでは全てを取り除けなかったのだ。素人の【操水】では、体表に付着した埃や破片は流せるが、肉に食い込んだ異物を選択して取り除くのは難しい。


 セプテントリオーが、力ある言葉で水に命じた。

 魔力を帯びた水は、意思を持つかのように患者の身体を這い、瘡蓋(かさぶた)を剥がし、破片を抜き取り、洗い流す。

 男が低く呻いた。奥深くにめり込んだ銃弾が、水に包まれて抜き取られる。


 「頑張れよ。すぐ治してもらえるからな」

 支える警備員と老婦人の手に力が籠った。男は、警備員の励ましに応えることもできず、歯を食いしばる。

 呪医は、患者の身体に隈なく水を這わせ、微細な異物も取り除いた。


 異物と瘡蓋、血液などで汚れた水をアゴーニに預け、代わりに清水を受け取る。

 宙を漂わせた水塊に片手を入れ、呪文を唱えた。


 「血は血に 肉は肉に 骨は骨に あるべき姿に立ち返れ

  (そこ)なわれし身の内も外も やさしき水巡る

  生命の水脈(みを)(まった)き道に あるべき姿に立ち返れ」


 魔力を帯びた水が、負傷者の体表を這う。【癒しの水】が触れた部分から耕されたような傷が消え、滑らかな肌が姿を見せた。

 セプテントリオーは、傷付いた身体を隅々まで巡った水を再び宙に浮かせ、患者を横たわらせた。


 ……これで、彼らを再び戦いに送ることになっても、それは、彼らが望んだことだ。どうするのが最善で、どうすればいいのか。決めるのは、私ではない。


 「傷は塞ぎましたが、血が不足して、体力は落ちたままです。なるべく滋養のあるものを食べて、二、三日ゆっくり休んで下さい」

 「あ……ありがとうございます」

 「よかったなッ! クリューヴ! 呪医(せんせい)、ありがとうございます!」

 クリューヴと呼ばれた男と警備員が、喜びに声を上ずらせ、老婦人は声もなく呪医を拝んだ。

 葬儀屋アゴーニが頬を緩めて、水から異物を排出させる。


 呪医セプテントリオーは休む間もなく、意識のない重傷者の治療に掛かった。

☆警備員……「0216.説得を重ねる」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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