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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0223.ドーシチ市へ

 中央広場に来て二日で薬草がなくなった。

 蔓草(つるくさ)細工はまだ少しあるが、未加工の(つる)はもうない。


 代わりに、小麦粉などの食糧がたくさん手に入り、衣服と毛布も行き渡った。

 パンやクッキーを作って交換品にでき、売れ残りは自分たちで食べられて無駄がない。

 これ以上、モールニヤ市に留まっても仕方がないだろう。


 翌朝早く、更に南のドーシチ市へ出発することになった。


 防壁に設けられた門は、朝五時に開き、夕方七時に閉まる。

 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)のトラックは、開門と同時にこの街を後にした。湖に沿って走る国道を南下し、ドーシチ市、プラヴィーク市方面へ向かう。


 挿絵(By みてみん)


 三月とは言え、西の空はまだ薄暗い。

 東の空の下には、静かに眠る森が横たわる。クブルム山脈から続く森林は、ネーニア島南部の大部分を占め、ツマーンの森と呼ばれる。


 モールニヤ市はプラヴィーク山脈の北西端の麓にある。

 プラヴィーク山脈は春霞みの向こうに薄く、岸辺近くから南東方向……北ヴィエートフィ大橋の方角へ伸びる。


 ネーニア島を横断するクブルム山脈とプラヴィーク山脈に挟まれた平野は、大部分を森林が覆い隠す。ツマーンの森は、魔物や魔獣の支配域で、人の侵入を拒む。

 ネモラリス共和国は、山脈北側に広がるレサルーブの森に道を通し、薬素材の研究所を設置した。

 ラクリマリス王国は、ツマーンの森に手を加える気がないのか、進入できる場所が見当たらない。


 ……こっちの方が、魔法使いが多くて道を守りやすそうなのに?


 その分、魔物や魔獣も強いのかもしれない。

 薬師(くすし)アウェッラーナは考え直し、助手席から路傍に目を凝らして薬草を探した。

 国道の西側はラキュス湖。東側の平野には、森の手前まで畑が広がり、遠目に小さな集落も見える。

 村人は、防壁のすぐ傍まで【跳躍】するらしく、国道には人影も対向車もない。


 国道と畑の間には、用水路か天然の小川か判然としない流れがあった。

 流れの向こうは農道。よく手入れされた畑には、春野菜が青々と育つ。


 ……こんな所で薬草摘みしたら、野菜泥棒と間違われそうね。


 アウェッラーナは畑の近くでの薬草探しを諦め、フロントガラスに目を向けた。


 カーラジオが、ラクリマリス王国の国営放送を受信する。

 アナウンサーが、火事や泥棒、魔物の被害を伝えた。戦争については、全く触れない。

 アウェッラーナは、当事国ではないとは言え、間に挟まれながら何も言わないことに違和感を覚えた。


 ……どうでもいいなんてコト、ないと思うんだけど……?


 実際、自分たちのような難民も流入する。影響が皆無とは言えないだろう。

 ニュースで言及した泥棒も、もしかすると、食い詰めた難民の仕業が含まれるかもしれないのだ。


 ダッシュボードにファーキルのタブレット端末が置いてあった。充電器がフロントガラス越しの光を浴び、電力を供給する。

 アウェッラーナは使い方がわからないが、ここ数日で色々便利なのはわかった。


 ……魔法文明を重視するのにこんな機械もあるのね。不思議。


 ファーキルは、ラクリマリスには巡礼者が多いからだ、と言った。

 魔法を使えない力なき民でも、フラクシヌス教の信仰で、精神的に結びつく。

 モールニヤ市民が、アウェッラーナたちプラエテルミッサの一行に親切だったのも、信仰のお陰だろう。



 湖の女神パニセア・ユニ・フローラの民であるとして、緑髪を持つ湖の民を特に大切にする宗派「湖水の光」がある。彼らは、「湖の女神派」の中でも、特に極右傾向が強い。

 湖水の光派は異端と言う程ではないが、湖の民のアウェッラーナは、その選民思想的な信仰にはついてゆけず、距離を置く。

 先の内戦で、湖の民を暴力に駆り立てたのが、湖水の光派だったからだ。


 無事、ネモラリス共和国の首都クレーヴェルに着いても、また、湖水の光派に煽動され、アーテル人への報復を願う者が多数派になったら、どうなるのか。

 ソルニャーク隊長たち、リストヴァー自治区出身の四人は、北ヴィエートフィ大橋を渡ってアーテル領ランテルナ島へ行くだろう。

 それは構わない。いや、(むし)ろ彼らには是非、そうしてもらいたい。


 ……私は……命令されたら、兵士用の薬を作れるの? 戦争に協力できるの?


 首都クレーヴェルへ渡る望みが出てきると、別の懸念が持ちあがった。


 湖水の光派は、ラキュス・ラクリマリス共和国が分裂した今も、その信仰を維持する。同名の「湖水の光党」と言う政党もある。

 党の機関紙から派生した一般向け新聞「湖水日報」は、ネモラリス島のオピニオンリーダーだ。



 メドヴェージはトラックのハンドルを握り、鼻歌交じりに前方を見る。ただ、生き延びる為に協力し、お互いの関係を壊さない為、必要以上に近付かず、触れもしなかった。

 人種や信仰が違っても、争うことも傷付けることもなく、今まで「仲間」として過ごせた。


 ……私たちのこんな関係、きっと珍しいんでしょうね。


 癒し手で、【渡る白鳥】学派の【白鳥の乙女】の儀式を受けたアウェッラーナはともかく、力なき民の女の子たちも、兄が傍に居るとは言え、今まで何もされず、無事だ。

 自治区民の針子アミエーラも、特に何かされた様子はなかった。

 あの運河の(ほとり)で鉢合わせした暴漢のような(やから)が、人間の正体だとは思いたくないが、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の仲間たちも、一般的とは言い(がた)い。


 湖の民と陸の民。

 力ある民と力なき民。

 フラクシヌス教徒とキルクルス教徒。

 ネモラリス人とリストヴァー自治区民とラクリマリス人。

 年齢、性別、魔力の有無、信仰、出身、何もかもが違う。


 国単位でも、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)のようにやってゆける日がいつか来るように、アウェッラーナは湖の女神に祈った。


☆レサルーブの森に道を通し、薬素材の研究所……「0193.森の薬草採り」「0194.研究所で再会」「0216.説得を重ねる」参照

☆当事国ではない/どうでもいいなんてコト、ない……「0144.非番の一兵卒」参照

☆ファーキルは、ラクリマリスには巡礼者が多いからだ、と言った……「0188.真実を伝える」「0199.嘘と本当の話」参照

☆癒し手で【渡る白鳥】学派の【白鳥の乙女】の儀式を受けたアウェッラーナ……「0084.生き残った者」「0108.癒し手の資格」参照

☆あの運河の(ほとり)で鉢合わせした暴漢のような(やから)……「0083.敵となるもの」~「0085.女を巡る争い」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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