0221.新しい討伐隊
ルベルは、魔獣の討伐隊に組み入れられた。
魔装兵は、魔力の強さや修めた魔術の学派によって、能力が大きく異なる。
科学文明国の軍隊のように、陸海空軍で部隊の役割毎に同一階級の兵士全てが、同じ武器の扱いを修得し、同じ技能を持つように訓練される訳ではない。魔装兵個人の能力を考慮し、必要に応じて作戦毎に所属を変えることさえあった。
今回の作戦で集められたのは、ルベルを含めて七人だ。
呼称と能力を述べるだけの自己紹介を終え、今はマスリーナ港へ向かう艦上で魔獣の説明を受ける。
「……五日前、調査団の航空カメラマンが撮った写真だ」
湖の民の隊長が、資料の中から大判の写真を抜き出し、机の中央に置いた。
焼け跡に点々とコンクリートの建物が残る。マスリーナ港は一応、入港できそうだ。
隊長がボールペンで、街区のひとつを指した。隊員たちが机に身を乗り出す。
街区ひとつ分が赤黒い。
隊員が首を傾げ、様々な色の髪が同時に揺れた。
赤毛のルベルも何やらわからず、隊長の眼を見る。
「これが、今作戦の標的だ。能力の詳細は不明だが、長い触腕を持ち、ビルの残骸などをへし折った……と報告書にある」
「何匹居るんですか?」
黒髪の隊員が質問した。
首に提げた徽章は【飛翔する鷹】学派。
彼自身も戦えるが、術で一時的に武器や防具を創り出し、味方を補助するのが主な役割だ。魔物の能力や数に応じて予め準備すれば、それだけ安全、確実に仕留められる。
ルベルは魔獣を数えようと、再び航空写真に視線を落とした。
数え終わる前に、隊長が短い答えを寄越す。
「一頭だ」
「……えっ?」
ルベルは思わず顔を上げ、隊長を見た。質問した隊員が写真と隊長を見比べる。
……聞き間違い、だよな?
「一頭だ。空襲犠牲者の遺体を喰らい、実体を得て魔獣となり、生存者をも喰らい尽くしたのだろう」
隊長は声に悔しさを滲ませ、詳細を語った。
……街区ひとつ分って……冗談だろ?
魔物は、一般的に異界の生物を指す。
それが何かの拍子で、この物質界に紛れ込むことがある。
迷い込んだ当初は肉体を持たず、存在の希薄な幽体として夜を漂う。
この世の生き物を喰らうと、この世での「存在」が増し、幽体が密度を上げ、濃くなる。
そしてついには、肉体を得るに至る。
肉体を得て、この世で安定したモノを「魔獣」と呼ぶ。
魔獣には、この世での寿命や成長に制限がない。魔力を持つ生物やその死体を喰らえば喰らう程、寿命が延び、肉体も大きくなる。つまり――
魔装兵ルベルは唾を飲み込もうとしたが、口がカラカラに乾いて叶わなかった。
「こんなの、どうやって倒すんですか?」
「何か凄い作戦があるんですか?」
「俺たちだけで戦うんですか?」
「武器は……」
動揺した隊員が口々に問いを発する。
隊長は、六人の部下をひとりずつ見て答えた。
「別の艦も現地へ航行中だ。マスリーナ港で合流。水軍部隊との共同作戦だ。武器は【魔哮砲】を使う」
今回の戦争で、初めて実戦投入された新兵器だ。
その名は、ラジオなどで何度も耳にするが、新聞や雑誌などに写真は載らず、軍内でも見た者は少ない。
報道が事実なら、開戦当初の二日間を除き、アーテル・ラニスタ連合軍の爆撃機を全て撃墜した。
強力な新兵器を使うとの言葉で、隊員に安堵と期待感が広がり、場の空気が明るくなる。
魔装兵ルベルは哨戒任務などで、もう何度もその威力を目撃した。
ルベルは【索敵】の術で、遙か彼方の敵機をも捉えられる。
その情報を【刮目】の術と、声を届ける魔法の道具【花の耳】で、【魔哮砲】の操手と前線の艦長室に伝える。
どんな訓練を積んだのか、【魔哮砲】の攻撃が外れるのを見たことがなかった。
ネモラリス共和国の国民として、一軍人として、【魔哮砲】の威力を頼もしいとは思う。
ただ、この間こっそり見た【魔哮砲】の姿を思い出し、何とも言えない気持ちになった。




