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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十一章 南は

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0205.行く先は何処

 「別に難民キャンプがなくても、申請できると思いますよ。アミトスチグマに行く難民として経由させて下さいって、ラクリマリス政府に頼めばいいんですから」

 湖の民アウェッラーナが、(もっと)もなことを言った。

 それなら、不法入国を(とが)められずに済むだろう。


 レノたちが焼け出されて、身分証を何ひとつ持ち出せなかったのは本当だ。

 その理由が、テロや原因不明の火災とまでは、追及されないだろう。ラクリマリス政府が、膨大な避難民にわざわざ【(ただ)しき燭台(しょくだい)】を使うとも思えない。


 ……あの状況で、父さんが助かるワケない。母さんも……まぁ、無理だろうな。


 だから、妹たちは何としても、レノが守らなければならない。

 どう考えても、北のガルデーニヤ市へ行くのは危険だ。


 だが、南隣のラクリマリス王国領に無許可で居着いて、警察などにみつかれば、「人道的に」保護されて、最終的にネモラリス領内で最寄りの「安全な」ガルデーニヤ市に送り返されてしまうだろう。


 挿絵(By みてみん)


 「アウェッラーナさんの言う通り……アミトスチグマの難民キャンプに行きたいから、通して下さいって言えば、大丈夫なんじゃないかな?」

 レノは思い切って、賛成を口に出した。


 最悪でも、ピナとティスを説き伏せて、アウェッラーナと一緒に歩いてでも南へ行かせると心が決まった。

 どこで難民申請の手続きをするかわからないが、その辺の役所で大使館に取り次いでもらえば、何とかなるだろう。


 妹たちがどうしているか、(かたわ)らに視線を向ける。

 いつの間にか、トラックの(そば)に居た。

 ピナが、ガムテープで荷台のロゴを隠す。ティスはその横で、次のテープを切って待つ。


 盗難車だとわかれば、警察に窃盗団として捕まってしまう。

 そこまで気が回らなかった。自分の迂闊さに胃の底がじわりと痛み、気付いてくれた妹たちに胸の奥で賞賛と感謝を送る。


 二人は、布製のガムテープを(ハサミ)で整え、大きなコッペパンの形に貼り付けた。パン屋の娘らしいデザインにふと頬を緩め、再びアウェッラーナの話に耳を傾ける。


 「どうにかして、港に着くまでに船賃を稼げればいいんですけど……」

 もしかすると、フラクシヌス教団のボランティアが【跳躍】で送ってくれるかもしれない。


 便乗する人身売買業者には、警戒が必要だが、レノにはボランティアと犯罪者の見分け方がわからなかった。

 行き先が、ネモラリス共和国の首都クレーヴェルでも、アミトスチグマ王国の難民キャンプでも、信じられるのは自分と身内と親友だけだ。


 船賃さえ何とかなれば、それが最善のハズだ。



 ティスが、レノのエプロンをちょいっと引っ張って聞いた。

 「お兄ちゃん、パンとクッキー売るの?」

 「ん? うん、まぁ、買ってくれる人が、居ればいいんだけどな……」


 ……俺たち、今、小汚いからなぁ。俺が客だったらゼッタイ買わない……あー、それにあれだ、こっちの国で食品の販売許可って、どうやって取りゃいいんだ?


 無許可営業で警察に捕まれば、ネモラリスに送り返されてしまう。

 椿屋の許可証は、店と一緒に燃えてしまった。そもそも、ネモラリスの許可証が外国で通用する訳がない。


 ティスは周りを見回し、兄を無邪気に()かす。

 「ここ、誰も居ないもんね。お兄ちゃん、早くどっかの街へ行こうよー」

 「どっかって、どこ行く気だよ?」

 エプロンをぐいぐい引っ張られ、レノは苦笑した。


 「えっ? もっと南へ行くからトンネル出たんでしょ? 暗くなったら魔物が出るし、早く行こうよー」

 妹が当たり前のように急かす。

 レノは困ってみんなを見回した。ソルニャーク隊長と目が合う。彼は視線を南に向けた。



 半世紀の内乱で破壊され、再建を諦めた南ザカート市の廃墟が広がる。

 僅かに残った建物の基礎が、枯草に半ば埋もれ、日当たりのいい場所では、気の早い雑草の若葉が揺れる。


 使えそうな部材は、生き残った住人の手で持ち去られたのだろう。

 レノたちが、トタン板で仮小屋を作って寒さを凌いだあの日のように、この場所でも、三十年前には同じことが無数に行われただろう。



 今、この地には、人の暮らしがなかった。

 もしかすると、レノたちの故郷ゼルノー市も、この南ザカート市のような荒野になってしまうかもしれない。


 「……ここでこうしていても、(らち)が開かん。人の居る場所まで南下しよう」

 ソルニャーク隊長は、手に取れる程はっきりした声で、みんなの為の決断を告げた。少年兵モーフは不満げに口を開きかけたが、メドヴェージがさっさと運転席へ戻るのを見て、慌てて後を追った。


 他のみんなも、少し驚きを含んだまま荷物を持って荷台に乗り込む。

 最後に荷台を閉めたアウェッラーナが助手席に落ち着くと、トラックは、ラクリマリス王国の国道を南へ走り出した。

☆【(ただ)しき燭台(しょくだい)】を使う……「0055.山積みの号外」参照

☆あの状況で、父さんが助かるワケない……「0071.夜に属すモノ」参照

☆母さんも……まぁ、無理……「0021.パン屋の息子」参照

☆便乗する人身売買業者……「0190.南部領の惨状」参照

☆トタン板で仮小屋を作って寒さを凌いだあの日……「0077.寒さをしのぐ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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