表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

184/3541

0184.地図にない街

 挿絵(By みてみん)


 ニェフリート河の北から直進する道と、西から続いてクルブニーカ市に繋がる道は瓦礫が片付けてあった。

 河沿いの主要道を避けたのは、魔物の襲撃を警戒した為だろう。

 市街地は瓦礫が多く、速やかに避難するには、荒野を行く国道の方が効率がいいのも理由のひとつだろう。


 北の国道の先は、マスリーナ市の北西の外れだ。

 メドヴェージは迷わず、トラックを北進させた。

 クルブニーカ市へ行っても、そこより内陸には街がない。

 一応、東岸と西岸を結ぶ国道はあるが、魔物に襲撃される危険を冒してまで遠回りする意味はなかった。



 助手席のアウェッラーナは、書き写した地図を確認して思案した。

 マスリーナ港と市の中心部は、南東部にある。

 アウェッラーナの身内と、クルィーロたちの母親の安否を確認するには一旦、湖岸沿いの国道へ出て南東へ戻らなくてはならない。


 挿絵(By みてみん)


 空振りなら、時間と燃料の無駄遣いになる。


 行政が公式に認定するゼルノー市の市域は、ジェリェーゾ湾からニェフリート河に囲まれた領域だ。

 だが、ミエーチ区とゾーラタ区の北東部から、セリェブロー区にかけての中心街が、内乱終結後から急速に発展。河の対岸、北西の荒野にも市域が拡大し続けた。


 ニェフリート河北岸地域は内乱で壊滅し、土地所有者が不明のまま放置された。都市を繋ぐ国道が復興の為に逸早(いちはや)く整備されると、その周辺で自然発生的に街が形成された。


 新興企業が課税逃れの為に無許可で進出し、勤め人を相手にする商店ができ、彼らの住む家が建てられたのだ。

 元々人が住む領域で住民が一気に増えたせいか、魔物に駆逐されることもなく、この不法占拠地域はそこそこ栄えた。


 そんな有耶無耶な土地であるが故に、地図の書き換えも役所の登記も遅々として進まない。

 図書館で見た公式地図では、国道の両脇にはまだ何もなかった。



 今、その街が無残な姿を晒す。

 地図通り「何もない」状態だ。



 行ってみないことには、わからない。

 マスリーナ港への道が片付いていなければ、どうにもならないのだ。

 アウェッラーナは、手書きの地図を置いて呪文のメモを手に取った。



 「おい、ありゃ、何だ?」

 メモを開いた途端、運転席から声が掛かった。

 メドヴェージが、前方を注視してトラックの速度を緩める。

 アウェッラーナも前方に注意を向けた。


 何か黒くて長い物が車道を横切る。

 電線やホースとは比較にならない太さだ。

 高さ……直径は、潰れた乗用車と同じくらいある。


 不意に、道を塞ぐ物が大きく波打った。

 「おいッ、何なんだッ?」

 運転手がブレーキを踏む。アウェッラーナは答えられなかった。



 「どうしたんです?」

 ロークが、係員用の小部屋から声を掛けた。

 運転席と助手席の二人は何も答えられない。


 車道でうねる物の端が、三階建てのビルを越え、こちらを向く。先端に赤い筋が走ったかと思うと、ぱっくり開いた。

 黒い管が縦に裂けた。いや、口だ。

 内部には鋭い牙が無秩序に生える。

 蛇の口より遙かに大きく開き、乗用車でも軽く一呑みにするかと思われた。


 小窓に張り付いたロークも、言葉を失って震える。

 アウェッラーナの視線が巨大な口の根元を辿った。

 廃墟の影に(うずくま)るモノが、のっそり立ち上がる。この巨体では、もうそんな影では隠れられないが、朝の日射しを浴びても、この世で存在を保つ。


 どれだけの死体を喰らったのか。


 あれはもう、魔物ではなかった。

 この世のものを喰らい続け、この世の肉体を得た「魔獣」だ。


 受肉した胴は暗赤色で、血で濡れたようにぬらぬら光る。胴が向きを変え、ビルの陰から全身を現した。

 バックミラーからロークの強張った顔が消え、少年兵モーフの苛立った顔と交代した。

 「おっさん、何やってんだよ」


 フロントガラスの向こうが目に入り、息を呑む。

 「おいっ! おっさん! 走れッ! 逃げろッ!」

☆内陸には街がない……「0035.隠れ一神教徒」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ