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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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0117.理不尽な扱い

 大方の予想はあった。

 それでも、「宿直室」と書かれた戸を空けた瞬間、三人は落胆した。

 二段ベッドの布団は、ガラス片と爆風でズタズタになり、中の綿がはみ出して使用不能だ。


 クルィーロが戸口付近の掛け布団をめくる。

 敷布団は無事だ。

 ホッと息を()いて振り向く。

 「こっちは大丈夫っぽいですよ」

 「だが、運ぶのは難しそうだな」

 ソルニャーク隊長が渋面を作る。


 「どうせ洗わなきゃ使えませんし、窓から落として後で回収しましょう」

 「えっ? そんなコトして、ふとん、壊れないか?」

 魔法使いの提案に驚き、少年兵モーフは思わず声を上げた。


 「柔らかいから大丈夫だよ。ガラスに気を付けて、掛け布団を()けて、敷布団も端っこ持ってちょっと振って、破片を払ってから出そう」

 落ち着いた声でクルィーロに説明され、モーフはこくりと頷いた。



 工場の親方や職人たちは、使い走りのモーフを頭ごなしに怒鳴りつけるだけだ。

 ロクに説明もせず、何も知らない少年をこき使った。


 曖昧(あいまい)で中途半端な指示を出しておきながら、質問すると「そんなこともわからんのか!」と怒鳴られ、殴られる。

 だが、モーフが自分なりに考えて作業した結果、それが間違っていたり、気に入らなかったりすれば、殴られた上に食事や給金を減らされた。


 「誰がそんなことしろっつったッ! 勝手なことすんなッ!」

 「でも、聞いても教えてくれなかったし……」

 「自分の頭で考えろッ! 口応(くちごた)えすんなッ!」

 モーフが黙ると、「何とか言えッ!」と殴られた。


 何か言っても言わなくても殴られる。

 質問しても、しなくても、殴られる。


 彼らは全く同じ作業でも、その時々で指示を変える。

 どの方法で作業しても最終的に同じ成果を出せるが、その時の気分で「やり方が気に入らねぇ」と、モーフを殴った。



 モーフには、どのやり方が正しく、誰の言い分が正当か、わからなかった。



 工場長も、その日の気分で簡単に言葉を(ひるがえ)す。

 朝の発言でさえ、昼には平気で「そんなこと言ってない。俺がそんなこと言うワケねぇだろ」などと否定した。

 そんな彼らでも、始業前と昼食前、終業時には聖者キルクルスへの祈りを欠かさない。



 モーフは(わず)かな給金と残飯同然の昼食にありつく為、理不尽な仕打ちに耐えた。



 仕事を辞め、家を出て、星の道義勇軍に入ってからは、理不尽に怒鳴られることも、殴られることもなくなった。

 星の道義勇軍のもっと偉い人や、教会に居る聖職者は、モーフが質問するより先に真の信仰など色々なことを教えてくれた。


 ソルニャーク隊長も、最初に「わからないことがあれば、すぐ質問するように」と言ってくれた。

 モーフは、なかなかその言葉を信じられなかったが、他の隊員が質問しても殴られないのに気付いてからは、聞くようになった。

 何か失敗しても殴られることはなく、隊のみんなから、怪我をしなかったか心配された。失敗を理由に食事を減らされることもない。


 奉仕活動や訓練はキツいが、先にきちんと説明され、みんなが同じ基準で行動して、失敗しても殴られない。

 同じ力で殴られても、理不尽な理由と戦闘の訓練では、心の痛みが全く違う。


 家に居て、家族を支える為に職場で理不尽な我慢を強いられる生活とは、天国と地獄程の差があった。



 クルィーロも工場で働いたらしいが、自治区の工員たちとは全く違う。

 星の道義勇兵と同じくらい親切で優しい。

 少年兵モーフを一人前の人間として扱ってくれる。


 ……魔法使いで、フラクシヌス教徒なのに何でだよ? 俺は、あんたの家も工場も焼いたのに、何で、何も言わねぇんだよ。


 少年兵モーフは、その質問を口出せなかった。

 代わりに、力ある民の工員クルィーロに言われた通り、布団を掴んでガラス片をふるい落とす。布団は柔らかく、ずっしりとした重みがあった。


 布団を抱えて窓枠に近付くと、足下でガラス片がパリパリ音を立てて割れた。

 クルィーロが、破片が少し残る窓を全開にし、勢いよく布団を投げ下ろした。


 「勢い余って落ちぬようにな」

 続いて布団を投げた隊長に注意され、少年兵モーフも布団を落とした。


 数秒後、くぐもった音が聞こえ、布団の着地を確認する。

 敷布団を五枚落とし、残りの部屋を回った。


 四階では、それ以上の収穫はなく、五階へ移動することになった。

☆仕事を辞め、家を出て、星の道義勇軍に入って……「0037.母の心配の種」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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