0117.理不尽な扱い
大方の予想はあった。
それでも、「宿直室」と書かれた戸を空けた瞬間、三人は落胆した。
二段ベッドの布団は、ガラス片と爆風でズタズタになり、中の綿がはみ出して使用不能だ。
クルィーロが戸口付近の掛け布団をめくる。
敷布団は無事だ。
ホッと息を吐いて振り向く。
「こっちは大丈夫っぽいですよ」
「だが、運ぶのは難しそうだな」
ソルニャーク隊長が渋面を作る。
「どうせ洗わなきゃ使えませんし、窓から落として後で回収しましょう」
「えっ? そんなコトして、ふとん、壊れないか?」
魔法使いの提案に驚き、少年兵モーフは思わず声を上げた。
「柔らかいから大丈夫だよ。ガラスに気を付けて、掛け布団を除けて、敷布団も端っこ持ってちょっと振って、破片を払ってから出そう」
落ち着いた声でクルィーロに説明され、モーフはこくりと頷いた。
工場の親方や職人たちは、使い走りのモーフを頭ごなしに怒鳴りつけるだけだ。
ロクに説明もせず、何も知らない少年をこき使った。
曖昧で中途半端な指示を出しておきながら、質問すると「そんなこともわからんのか!」と怒鳴られ、殴られる。
だが、モーフが自分なりに考えて作業した結果、それが間違っていたり、気に入らなかったりすれば、殴られた上に食事や給金を減らされた。
「誰がそんなことしろっつったッ! 勝手なことすんなッ!」
「でも、聞いても教えてくれなかったし……」
「自分の頭で考えろッ! 口応えすんなッ!」
モーフが黙ると、「何とか言えッ!」と殴られた。
何か言っても言わなくても殴られる。
質問しても、しなくても、殴られる。
彼らは全く同じ作業でも、その時々で指示を変える。
どの方法で作業しても最終的に同じ成果を出せるが、その時の気分で「やり方が気に入らねぇ」と、モーフを殴った。
モーフには、どのやり方が正しく、誰の言い分が正当か、わからなかった。
工場長も、その日の気分で簡単に言葉を翻す。
朝の発言でさえ、昼には平気で「そんなこと言ってない。俺がそんなこと言うワケねぇだろ」などと否定した。
そんな彼らでも、始業前と昼食前、終業時には聖者キルクルスへの祈りを欠かさない。
モーフは僅かな給金と残飯同然の昼食にありつく為、理不尽な仕打ちに耐えた。
仕事を辞め、家を出て、星の道義勇軍に入ってからは、理不尽に怒鳴られることも、殴られることもなくなった。
星の道義勇軍のもっと偉い人や、教会に居る聖職者は、モーフが質問するより先に真の信仰など色々なことを教えてくれた。
ソルニャーク隊長も、最初に「わからないことがあれば、すぐ質問するように」と言ってくれた。
モーフは、なかなかその言葉を信じられなかったが、他の隊員が質問しても殴られないのに気付いてからは、聞くようになった。
何か失敗しても殴られることはなく、隊のみんなから、怪我をしなかったか心配された。失敗を理由に食事を減らされることもない。
奉仕活動や訓練はキツいが、先にきちんと説明され、みんなが同じ基準で行動して、失敗しても殴られない。
同じ力で殴られても、理不尽な理由と戦闘の訓練では、心の痛みが全く違う。
家に居て、家族を支える為に職場で理不尽な我慢を強いられる生活とは、天国と地獄程の差があった。
クルィーロも工場で働いたらしいが、自治区の工員たちとは全く違う。
星の道義勇兵と同じくらい親切で優しい。
少年兵モーフを一人前の人間として扱ってくれる。
……魔法使いで、フラクシヌス教徒なのに何でだよ? 俺は、あんたの家も工場も焼いたのに、何で、何も言わねぇんだよ。
少年兵モーフは、その質問を口出せなかった。
代わりに、力ある民の工員クルィーロに言われた通り、布団を掴んでガラス片をふるい落とす。布団は柔らかく、ずっしりとした重みがあった。
布団を抱えて窓枠に近付くと、足下でガラス片がパリパリ音を立てて割れた。
クルィーロが、破片が少し残る窓を全開にし、勢いよく布団を投げ下ろした。
「勢い余って落ちぬようにな」
続いて布団を投げた隊長に注意され、少年兵モーフも布団を落とした。
数秒後、くぐもった音が聞こえ、布団の着地を確認する。
敷布団を五枚落とし、残りの部屋を回った。
四階では、それ以上の収穫はなく、五階へ移動することになった。
☆仕事を辞め、家を出て、星の道義勇軍に入って……「0037.母の心配の種」参照




