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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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0115.昔の音の部屋

 二人が戻って来た。

 誰も……何も居ないと確認できたのも、充分な収穫だ。


 クルィーロが、近くの棚から無造作に薄い物を抜き取った。

 「再生機はスタジオにあったけど、停電してるから、見るだけだな」

 独り言のように言ってモーフに差し出す。


 反射的に受け取った。

 硬くてすべすべ。

 上等の紙に空の絵が描いてあった。青空に様々な色と形の雲が浮かび、太陽が微笑む。

 紙全体を横切る虹に文字があるが、モーフには読めなかった。


 「曲名は『この大空をみつめて』だな。国営ラジオで、天気予報を聞いたことはないか?」

 ソルニャーク隊長に聞かれ、小さく頷く。

 「予報官が、明日の天気を読み上げる後ろで、小さく音楽が流れるだろう。あれが、これだ」

 「これが……」



 モーフは工場で働いていた頃、昼休みは毎日、ラジオのニュースを聞かされた。

 番組の終わりは、天気予報のコーナーだ。

 いつも同じ曲が静かに流れ、天気予報の始まりが告げられる。

 控え目な音量だが、予報官の単調な声を彩った。


 主旋律は、色と形を変えながら流れる雲を音に変えたようで、モーフは明日の天気より、背後に流れる曲に耳を傾けた。

 番組の(しゃく)より曲の方が長いのか、天気予報が終わると唐突に切られた。



 今、その天気予報のレコードが、あの曲をそのまま絵にしたような姿で、モーフの手にあった。


 ……「この大空をみつめて」って言うのか。


 少年兵モーフは曲名を反芻(はんすう)し、それに相応(ふさわ)しい絵に目を奪われた。クルィーロが遠慮がちに声を掛ける。

 「中のこれが、レコードだ」


 棚からもう一枚抜き、絵の紙の中から黒光りする円盤を引っ張り出して、薄い袋を外した。

 円盤は、小さなお盆くらいの大きさで中心に穴がある。穴の周囲には、同心円状の細い筋が無数にあり、目が回りそうな模様だ。


 「この溝に音が記録されてるんだ」

 クルィーロの説明に、モーフは手の中のレコードに視線を戻した。

 「それはジャケット。本体は傷付きやすいから、これで包んで守るんだ。溝が汚れたり、埃がついたり、傷が入ったりしたら、その部分の音が飛んじゃうから」

 「へぇ……」

 モーフは、わかったような、わからないような顔で、自分とクルィーロの持つジャケットを見比べた。


 天気予報は空の絵だが、クルィーロが持つのは、子供が大勢並んで同じポーズを取る写真だ。

 こちらは、モーフにも辛うじて「たいそう」だけ読めた。

 クルィーロがレコードをジャケットに収める。


 黙って見守る隊長が、不意に顔を(ほころ)ばせた。

 「随分、懐かしい物を引っ張り出したんだな」

 「ご存知なんですか?」

 棚に戻す手を止め、クルィーロがジャケットを隊長に向ける。


 「国民健康体操の曲だ」

 「こくみんけんこうたいそう?」

 若者二人の声が重なる。


 年配の隊長は、遠くを見るような眼差しで語った。

 「ラキュス・ラクリマリス共和国時代にできたものだ。内乱時代も、学校で毎朝あった。それなりの年の者ならば誰でも知っている」


 それなりの年と言われ、少年兵モーフはメドヴェージを思い浮かべた。

 「見るだけだったら別に減らねぇし、おっさんにも見せてやっていいッスか?」

 モーフが国民健康体操のレコードを指差す。クルィーロは、怪訝(けげん)な顔をしながらも、レコードを手渡した。

 「停電で聴けないんだけど、いいのか?」

 「うん。隊長があんな嬉しそうに見るんだから、きっといい物なんだ。おっさんにも見せてやりてーんだよ」


 少年兵の無邪気な言葉に、隊長が口許を(ほころ)ばせた。どこか淋しそうな笑みだ。

 モーフは、何かマズいことを言ったのか、と二人の顔色を(うかが)う。


 「見るだけ……ここ、放送局だから、多分、自家発電の装置もあると思うんだ。燃料があれば、再生機を動かせるかもしれない」

 クルィーロが言いながら、音源保管室を出る。

 モーフは買物袋に二枚のレコードを入れ、隊長と共に昔の音が仕舞ってある部屋を後にした。


 ……あんなにいっぱい、長命人種(ちょうめいじんしゅ)でなきゃ、一生掛かっても全部聴けねーよな。



 モーフは階段を昇りながら、棚の高さを改めて思い出した。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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