55話 バベル・イン・アクター Ⅳ
「到着ですね、ここが今日の会見の会場、地下ホールです。ここから更に下に降るといつもの侵入フロアにつくんですよ」
「おお、こんな場所あったのか」
エレベーターから出ると、そこは広い大広間だった。
味山の感覚だと、映画館に近いものだ。並べられた高そうなソファ椅子がずらり、奥には一際高い舞台が備わっている。
「上級探索者への昇格試験もここで行うんです。でも、もう結構人が入ってますね」
貴崎が辺りを見回す、エレベーターを降りてすぐ、ホールを一望すると様々な人々がいた。
席を立ち、レストスペースで飲み物を楽しみながら歓談する者、席に座り、じっと舞台を見つめるもの、歓談する者たちの周りを警護する者など、様々だ。
「お嬢様、こちらにいらしたのですか! ご当主さまが探しておいでです!」
辺りを見回していると人が駆け寄ってくる。
和服に身を包んだ壮年の女性だ。
「あ、東條さん、ごめんなさい。友人を見かけたもので…… 苦労をかけましたね」
「い、いえ、とんでもないです。見つかって良かった…… そちらがご友人の方ですか? はじめまして、私、貴崎家の使用人の東條と申します。お嬢様と懇意にして頂き嬉しゅうございます」
ぺこりと腰を折るように礼をする女性に味山は慌てて同じくらい腰を折って頭を下げる。
「あ、ああいえいえ、そんなご丁寧に…… お…… 僕は味山と申します。貴崎、さんとは以前同じチームを組んでおりまして……」
「お嬢様と? あ! も、もしかしてあの味山さんですか? ああ、なんという、味山さんには貴崎の家が本当にご迷惑をおかけしておりまして……」
口を押さえてワタワタと目を見開く女性、表情豊かなその様子に味山が警戒を解いた。
「いやいやいや、そんなそんな、お互いさまですよ」
互いに頭を下げ合う日本人の大人2人。じろじろと周りの西洋人達が物珍しそうに眺めていた。
「と、東條さん、人も見てますよ?」
「お嬢様はお黙り!! 味山さんには貴女や坂本も含めご迷惑をおかけしてるのですよ!! だいたいなんですか? 探索者になりたての貴女達の面倒を見てくださっていた大恩ある方を追い出しておいて良く一緒に歩けたものですね! 味山さんがお優しく寛大な方だからこうして一緒にいてくださっているだけですよ!」
くわりと、東條が目を見開き貴崎に詰め寄る。あの貴崎がたじろいでいた。
「あ、あの、東條さん、俺はそんな気にしてないんで」
「まあ! なんとお優しい言葉。ああ! 余計に私、腹が立ってきました。お嬢様、まだ会見が始まるまでは時間があります! 勝手に居なくなったのも含めて少しお話がございます!」
がしりと東條が、貴崎の腕を掴んだ。
「え、ええ…… 私、まだ味山さんと」
「黙らっしゃい!! いくら貴女が貴崎家の中で1番強いと言っても私から見ればまだまだ子どもなんですからね。まったく、ご当主さまも奥様も萎縮して…… 味山さん、大変恐縮、身勝手なのですが少しお嬢様をお借りしたく。」
貴崎をがっちり捕まえたまま東條が丁寧に頭を下げる。
「あ、もうそれはそれは、よかったな、貴崎。こんなにお前のこと思ってくれてる人がいて」
「ええ!? ものすごいいい笑顔! 東條さん、まだ私味山さんとお話したいのに!」
「味山さんはこれから会見でお忙しいのですよ!! いいですか、お嬢様、たしかに貴女は少し特別なお人かもしれません。しかしだからと言って全てが思い通りになるわけがないでしょう! さ! 他の皆さんの邪魔にならないとこにいきますよ! 味山さん、大変お騒がせいたしました。この埋め合わせは必ずや」
「いえいえー、お構いなくー。楽しんできてくださーい」
「うわーん、味山さんに見捨てられたー!! ヤダ、東條さん、お説教長いんですよん!」
ずるずると引き摺られて行く貴崎。おそらく本気を出せば東條の細腕など簡単に振り解けるはずだ。
しかし、それをしていないということはつまり、そういう事なのだろう。
人の波、アジア人が多くいるスペースに東條と貴崎が消えていく。
「なんだよ、貴崎。良い人が近くにいるじゃないか」
さて、この広い会場の中、どこを目指すべきかと味山が辺りを見回す。
どうやら国ごとに席の場所が区切られているらしい。ほとんどの人は立って談笑したり、備え付けのバーで飲み物を飲んだりしてリラックスしているようだ。
味山がウエイターの間をすり抜け、適当に場所を移そうとしたその時だった。
「はへー、あれが噂のリン・キサキね。そして貴方がお姉ちゃんお気に入りの、タダヒトかしら?」
「っ!?」
甘い香り。
首にしなだりかかる白い腕、背中に押しつけられた柔らかな膨らみ。
味山の背中に誰かが抱きついていた。
反射的に脇を閉め、味山が肘打ちをかまそうとした途端、すうっと、背中から離れる感触。
「ああ、ごめんなさい。驚かせた? すぐに手が出るのは良い探索者の証拠ね。ふんふん、ほんほん。あのお姉ちゃんが珍しく人の話を良くすると思ったら、まさかニホン人なんて…… あー、やだやだ、こんなとこまで姉妹似なくていいのにね」
振り返る、味山は首を傾げた。
「いや、誰?」
すごい美人がいた。
豊かな金色の稲穂を思わせるウェーブのかかった腰まである長髪。
赤い胸元が空き、スリットがえげつなく入った色気あるドレス、そしてそれがアホほど似合う西洋人独特の脚長のスタイル。
身長は味山より少し高いくらいだが、腰の位置が全然違う。
白い肌には当然のごとく目鼻のはっきりしたパーツが揃っていた。
「ふふ、誰だと思う? こんな会場で馴れ馴れしく貴方に声をかける謎の人物。ああ、でも話し方、結構似てるからそろそろわかるんじゃない?」
くるくると指通りの良さそうな髪を人差し指で燻らせ、女が笑う。
その自信が滲む話し方、眩しさを錯覚させる風貌。
味山は無意識にその名を呟いていた。
「アシュフィールド?」
ニヤリ、女が笑う。
味山のよく知る笑い方とよく似ている。
「ピンポーン! せいかーい! やっぱりわかるもんなのね。そうよ、あたしも、アシュフィールド」
女が笑い、手を差し出した。
「アリサ・アシュフィールドよ、はじめまして、Mr タダヒト」
「あ、どうも。は、はじめまして」
名乗りを受け、条件反射で頭を下げながら味山が手を握り返す。
柔らかな手のひら。戦う人間のものではなかった。
「やだ! すごい、手のひらカチカチね。へえ、努力の人ってやつね」
「あ、はは。えーと、アリサ・アシュフィールドさん? えっと、あなたは?」
アリサ、と名乗ったその女に味山は問いかける。だいたいその正体の予想はついていた。
「ん? ああ! ごめんなさい、きちんと説明してなかったわね。あたし、妹なの。アレタ・アシュフィールドの正真正銘、唯一の妹よ」
ありがとう、ウエイターにウインクしてドリンクを受け取りながらその女は笑う。
「妹…… あ、そういやそんな話聞いたことがあるような、ないような」
飲みの席で、一度聞いた事があるかもしれない。確か年の近い実家暮らしの妹がいるとかいないとか。
「あは、お姉ちゃん、あんまり自分のこと話さないでしょ? 基本がカッコつけの権化だからさー、家族のこととか弱味として考えちゃう人なのよね」
シャンパングラスを傾けながらアリサが手近なラウンジソファに座り込む。
「タダヒト、隣座ってよ。立ってると他の人の邪魔だわ」
アリサが自分の隣を示す。周囲がわずかにざわめいているのに気付いた味山は言われた通りに、ソファに座る。
わお、ふかふか。高いソファだ。
「あ、どうも。……えと、あの、いつもお姉さんにお世話になっておりまして」
突然の仲間の家族の登場に、味山はまだついていけていない。
居心地の悪さを感じながら頭を下げた。
「あは! 礼儀正しいのね、ニホン人ってみんな同じなのね。ふふ、楽しみが増えたわ。あ! そうだ、タダヒト。貴方出身の州…… ああ、違うケン、そう、トドウフケンだったわね。どこなのかしら?」
指をパチリと鳴らしながらアリサが目を輝かせる。
うーん、この人の話を聞かない独特のタイミングと話題の振り方。間違いない、アシュフィールドの家系だ。
味山は妹を名乗る女から、アレタの雰囲気を感じとる。
「出身? えーと、ヒロシマですが」
それでもその独特の話の流れについていくのは最早職業病だ。
律儀に答える。
「ヒロシマ!!? ワオ! すごい偶然!!タダヒト、ヒロシマに行ったらこれは食べとけって食べ物あるかしら?」
甘い匂いが香る。表情豊かにコロコロ変わるその整った容姿を直視出来ない。
味山は目を瞑って、答えた。
「食べもの。やっぱりお好み焼きっすかね。みっつぁんとか九昌とか有名な店もあるし、後はカラベーのつけ麺とか?」
「お好み焼き、つけ麺!! いいわね、美味しそう! ふふ、ヒロシマに行くのが楽しみだわ」
シャンパングラスを煽り、アリサがにへら、と笑う。
「ヒロシマに?」
「ええ! オンラインのゲームのオフ会に行くの!! とても礼儀正しい人で、仲良くなったんだ、ねえ、もし貴方出身がヒロシマなら、"ウミハラ ヨキヒト"って人と知り合いだったりしないかしら?」
「ウミハラ? いえ、すみません、知らないです」
「っあー! そうよね、そりゃそこまで繋がるわけないわ。でも、ふふ、なんか笑っちゃうわ。お姉ちゃんとあたしはやっぱり変なとこが似ているのね」
その人の話を聞かずに自分だけで納得するところ、すごく似てると思う。
味山は決してその感想を口にはしない。
アレタの妹と名乗るこの女と話しているとどうも奇妙な感覚を覚える。
妹といえど別人、そのはずだが何かがおかしい。その振る舞い、その言葉、その表情。
あまりにも似ている。
「オフ会でニホン…… そりゃその人も驚くでしょうね」
「ふふ、驚かせるために行くの。ちょうどお姉ちゃんのこれもあったし、いい機会だからね。タダヒト、ありがとね」
「え?」
ぽつりと告げられた言葉に味山は首を傾げた。
「お姉ちゃんのこと。貴方と組みはじめてから少し、お姉ちゃん元気になったの。たまにオンラインで連絡取り合うんだけどさ。貴方の話をするとき、お姉ちゃん、ほんとに楽しそうなんだ」
味山に向けられる優しい目つき、その目が見ているのはきっと、味山ではないだろう。
「お、おお。そりゃ、……どうも」
答える味山を、アリサがじいっと見つめる。姉と同じ、海を思わせる色をした瞳が、味山の栗色の瞳に映る。
「ふふ、話の通りね。ほんとに、ほんとに普通なのね、貴方。ものすごいイケメンでも背が高くも、気の利いたことが言えるわけでもないのに。でも、なんとなくお姉ちゃんが貴方を気にいるの少し、わかるかも」
「褒められてます?」
「ええ、もちろん。ねえ、タダヒト、この会場を見回してみて」
「会場を?」
言われた通り味山はソファから身を乗り出し辺りをぐるりと見回す。
人種、出身、宗教を問わずあらゆる人間がここに集まっている。共通しているのはみな身なりが整った、どこか自信ありげな雰囲気を持っていることぐらいか。
「ここにいる人たちは皆、それぞれの国でとても重要な役割を持った人間。多くの中から選ばれたえりすぐりの人間たちよ。その誰もがみんなお姉ちゃんを、52番目の星に焦がれている」
ほぼ空になったシャンパングラスをゆらゆらと揺らしながら、アリサが呟いた。
「みんな、星を見にきたのね。自分たちの不安を照らす尊いお星様。誰もがみんな暗い道を歩いてるんだもの。それも仕方ないわ」
「なんの話だ?」
声色、アリサのそれが少し変わっていることを味山は感じとる。
「お姉ちゃんの話よ。そして貴方の話でもある。ねえ、タダヒト。貴方にとってアレタ・アシュフィールドは何?」
似ている。味山は自分をじいっと見つめるその青色の瞳をよく知っている。
姉と同じ、海を思わせる宝石のような蒼。美しいが故にきっとその目の奥にあるものは誰にもわからない。
だからこそ、味山はあまり考えずに、気楽に、不自然なほどに自然に、言葉を返した。
「俺の上司。チームのリーダー。頼りになる仲間。それ以上でもそれ以下でもねえですよ」
「相手はあの52番目の星よ?」
その言葉には湿り気がある。
お前は本当にアレタ・アシュフィールドという存在に対して正しく理解しているのか?
身の程を知らないのか? そんな意味を味山は感じる。
「確かに。でもそれ以前にあいつは1人の人間だ」
だからこそ味山は平然と返す。アリサの言葉、視線、それら全てを無視して自分の言葉を放った。
「52番目の星だろうが、指定探索者だろうが、その根っこにあるのはアレタ・アシュフィールドという個人だ。だから俺にとってアシュフィールドは1人の個人。少し、いやかなりわがままで頑固で聞き分けの悪いヒーロー病の美人なボス、です」
いかん、ノリノリになって話しすぎた。味山が言葉遣いを間違えたかと内心ヒヤヒヤしながら横目でアリサを確認するとーー
「ごめん、タダヒト。ちょっとよく顔見せて」
「ぐえ」
頰を挟まれ、無理やりにアリサと向き合うように首を動かされる。
「な、なにひょ……」
「……へえ、嘘じゃないんだ。本気でお姉ちゃんに対してそんな認識なのね」
「あ?」
頰を挟まれ、顔を固定された味山はアリサに穴が空くように見つめられる。
吐息、シャンパンの淡い柑橘の匂いすら届く距離。
「お姉ちゃんはね、星なの。この時代に現れた人を導く1番星。その輝きに誰もが目を眩ませ、誰もがその光にこがれるお星様」
「あ、アシュフィールドさん?」
瞳の色が、変わったように見えるのは気のせいか? 蒼い海を閉じ込めていた瞳が、今や夜の海が如く暗く染まったような。
「誰もがあの人を、星として讃える。この狂って軋んで限界が来てるクソッタレの世の中に輝く希望として」
酔っているのか? アリサがぶつぶつと言葉を紡ぐ。
「お姉ちゃんの光に目が眩まない人なんて、いない。自分にはない光を持っている人に惹かれない人なんていない。そのはず、なのに」
頰に痛みを感じてきた。もがこうとすると静かに万力のような力で押さられる。
「あの、痛いんですが」
あれ、これもしかしてやばい? 味山が想像以上のアリサの力にびびっていると、
「あなたはなにもの? お姉ちゃんと一緒にいて、なんで普通でいれるの?」
「えっと、なんの話?」
尋問されているのか? あ、だめだ、抜けれそうにない。
味山が首に力を入れてもびくともしない。
もがく味山をそのままに、アリサが首を傾げて、それからうなずいた。
「ああ、なるほど。そういうことね。あなた、別のことに夢中なんだ」
「は?」
その言葉が、妙にはっきり聞こえた。
「あは、あははは。あなたの中には火があるのね。お姉ちゃんの光に依らない、あなただけの暗い火が。あなたはそれに魅入られている」
「あんた、まじでなんの話してんだ? 大丈夫か? つーかそろそろ離してくれ」
いい加減イライラしてきた味山があまりにも意味のわからない言葉と振る舞いに、つい口調を荒くした。
それでもアリサの態度は変わらない。アレタとよく似た顔で、怪しく笑い続ける。
「その火は…… ああ、貴方。恐怖を知っているのね。死ぬよりももっと重大な恐怖。貴方はそれを恐れると同時に、それに憧れてるんだ」
味山の頰を撫でるように手のひらが動く。目を通じて、何かがアリサへと盗られているような錯覚すら覚える。
「焼けつくような恐怖、絶大な力、貴方はそれに触れている。心のどこかで、強くそれを手に入れることを願ってる」
「……あんた、なにを」
「貴方が星の光に寄せられないのはそのせいね。皆が光を頼りに歩く中、貴方は自分の火を育てることに夢中なんだ。ああ、なるほど、貴方……」
ごくり。
気付けば溜まっていた唾を味山がのみこんで。
「貴方は自分以外を必要としない人なんだね」
凍り付く。
何かを言おうと思ったのに、出るのは嗚咽のような乏しい声だけ。
アレタとよく似た瞳が、味山を映す。見透かされている感覚が気持ち悪かった。
「そして貴方はーー」
その言葉を聞きたくない。聞けば、何かが変わってしまう。
味山はそんな予感に襲われてーー
「ア・リ・サ?」
「ヒイ?!!」
唐突にアリサの言葉が悲鳴と変わる。静かな言葉、しかし怒気を孕んだその声が今は無性に恋しかった。
「アシュフィールド」
「お、お姉ちゃん…… てへ」
アレタ・アシュフィールドがそこにいた。
腰に手を当てて、ソファを見下ろし、睨みつけている。
絵になる、とはこのことか。
正装に着替えていたアレタに味山は目を奪われる。
かき上げてセットされた金の髪、グリーンのベレー帽がそれを彩る。
豪華さと機能性を兼ね備えた深い緑色の軍服、いつもの戦闘服とは違い襟に金の刺繍が施され、数々の勲章に飾られていた。
軍人、アレタ・アシュフィールド。
国家の威容を纏うその姿が、えげつないほど似合っている。
「アリサ、タダヒトの顔から手を離しなさい」
「え、えへ。お姉ちゃん、ぐ、軍服似合うね。チョー素敵っていうか」
先ほどの鬼気迫る雰囲気はどこへやら。ダラダラと汗を流しながらアリサがゆっくり味山の顔を抑えていた手を離した。
はあ、とアレタがため息をしてそれから、小さく呟く。
「……アリサ、来てくれてありがとう。そろそろ会見始まるから、招待席で大人しくしてくれるかしら?」
「ハ、ハイ!! わ、わかったわ、お姉ちゃん。あ! ち、違うのよお姉ちゃん。お姉ちゃんがあんまりもタダヒトのことを話してくれるから、ついーー」
「タダヒト?」
アリサが味山の名前、アメリカで言うファーストネームを当たり前に言葉にした途端、アレタが声の温度を下げた。
「ヒえ!? ア、アジヤマ!! ミスターアジヤマ!!ね! だ、だから少しお話ししてただけなの!! 決してあれなのよ! お姉ちゃんに相応しいのかどうか値踏みしたとか、ちょっと観てやろうかとか思ったわけじゃないわ」
早口になり目を白黒させるその姿からは、先程の妙な雰囲気はカケラも見つからない。
味山はドレスの美人と軍服の美人が揃う姿をぼけーと眺めていた。
「はあ…… アリサ。後でお話ししましょうね。タダヒト、ごめんなさい。この子昔から悪い癖があるの。根があまりいい子でもないし、口も悪くて性格も悪いんだけど、悪人じゃないから多目にみてくれないかしら?」
「お、おお。すげえ評価だな。大丈夫、少し不思議ワールドに巻き込まれただけだ。慣れてるから気にしてねえよ」
押さえられていた頰を撫で、味山が立ち上がる。
「ほ、ほらね! お姉ちゃん! 彼の言う通りよ! あたし、お姉ちゃんのためを思って!」
アリサがアレタにすがりながらわんわん、叫ぶ。
「アリサ、貴方には前科がたくさんあるわ。いつもあたしに近づいてきた男の子を誘惑したり、脅したりとか。気持ちは嬉しいけど、次タダヒトに変なこと吹き込んだら、ひどいからね」
「う、うん! わかったよ、お姉ちゃん!」
アレタに怒られつつも、アリサはニコニコと相好を崩したまま。先ほど味山に見せていた笑顔とは違うものだ。
まるでお姉ちゃん子の小さなこどもがそのまま笑ってるような。
こっちが素? 味山はアリサのあの異様な雰囲気と今の姿の落差に首を傾げる。
「アリサ、いい? ここで大人しくしてるのよ。お姉ちゃんこれから大事なお仕事なんだから」
アレタも世話のかかるこどもを諫めるように告げてそれ以上は責めない。
「うん!! あたし、みてるからね!」
満面の笑顔でアリサが頷く。その様子に満足したのか、アレタが味山に目配せした。
あ、わかった。こいつ、ただのシスコンだ。味山はアリサに目を向けてそれからアレタの目配せに従い、ソファから離れる。
「ミスター!!」
アレタについていこうとしたその時、アリサの声。味山が足を止めた。
「お姉ちゃんのことよろしくお願いしますね!!」
「あ、はい」
何を、とは聞かない。
スタスタと進むアレタ、周囲が本格的にざわめきだした。
「星だ、52番目の星」
「アレタ・アシュフィールド」
アレタの姿を見て人々が一斉にざわつき出す。
味山はアレタの背中を見失わないように歩みを早めた。
….…
…
「あの子と何話してたの?」
ざわ、ざわ、ざわ。
会場を進むアレタ、そのななめ後ろを歩く味山。
問いに簡潔に答える。
「アシュフィールドのことだな。星がどうのこうの。なんつーか、こう、個性的な妹さんだ」
ざわめきの中、交わされる言葉はいつもの会話。
「ふふ、気を遣ってくれてありがと。困った子なのよ。あの子、昔からあんな感じで」
静かに振り返り、笑うアレタの顔に、先程の妹、アリサの影を見つけた。
「似てるな」
「え?」
アレタが足を止める。アレタと並んだ味山がその整った顔を見つめた。
「妹さんと同じ顔してんぞ、アシュフィールド。少し、嬉しそうな顔だ」
「ふふ、なあに、それ」
キョトンとした顔が、ふわりと笑顔に。
「仲良いんだな。羨ましい」
味山が歩き出す。アレタがそれに並び進み始めた。
「ええ、パ…… お父さんとお母さんが居なくなってからは、あの子とずっと一緒にいたから……」
「ああ、なるほど」
つまらないことを聞いた、味山はアレタの生い立ちを思い出し口をつぐんだ。
幼少の頃に起きた、両親との別れ。その類の話が面白くない事を味山は身にしみて知っている。
「ねえ、タダヒト。貴方にはあの子がどんな風に見えた?」
ふとした問いかけ。
それは何かを確認するかのような口ぶりだ。
「どんな? いや、姉妹だけあって似てるって思ったけどよ」
「それだけ?」
「……なんとなくの話で、感覚の話だ。的外れだから聞いたら不愉快になるかもしれねえぞ」
「いいわ、それでも。貴方はあたしの家族にどんな印象を持ったのか、聞きたいもの」
「……あの子、多分だけどアシュフィールドがいないと危うい気がする」
味山はとくに考えもせず、思ったことを口にした。
「危うい?」
「お前がいない時といる時の態度がまるで違う。なんつーか、こう…… あれだ、いやなんでこんな感想が湧くかもよくわかんねーだが……」
味山が歩きながら口籠る。隣に歩くアレタは視線を外す事はなかった。
アリサ・アシュフィールドに感じた違和感。アレタが現れるまで接していたアリサは、まるでアレタの生写しのような振る舞いだ。
しかし、アレタが現れた途端ゆるんだあの様子。
それがどうにも味山には気持ち悪かった。
観念したように、味山は口を開いて
「もし、お前がいなかったら、あの子がアレタ・アシュフィールドをするんじゃないか?」
いや、なんだこの言葉。味山は自分で言っておきながらあまりにも意味不明な言葉に後悔した。
「……たまにあたし、タダヒトが怖くなる時があるわ」
小さな呟き、その声はしっかり聞こえたが味山には次の言葉がない。
「そういえば、タダヒトにも弟がいるんだっけ?」
「ああ、俺とは違う、出来の良くて人の良い奴だがな」
「ふふ、いつか会ってみたいわ。今度紹介してよ」
「ま、そのうちな」
「ええ、そのうち」
会話の終わりと同時に、味山たちが舞台の裏側に到着する。
「さ、ソフィとグレンはもう待機してるわ、タダヒト、退屈だろうけど、しっかり見ててね」
「おう、了解、アシュフィールド」
会場の奥、舞台裏、天幕がまだかかる裏側の関係者席。
そこにすでに待機していた仲間たちに手を振り味山は舞台に上がる。
始まる。アレタ・アシュフィールドの記者会見、世界の注目するその会合に味山は参加した。
……
…
「お集まりの皆様、本日はご多忙の中お時間を割いていただき恐縮です」
天幕があがり、すでに会見は始まった。
始まってしまえばあっけないものだ。
味山の目線の先で、あの世界最大の国、合衆国の大統領がスピーチ台に立っていた。
「すげえな、大統領が司会進行すんのか?」
味山は会場の舞台の上、スピーチ台の後ろの関係者席で、小声を漏らした。
「あたしは遠慮したんだけどね、どうしてもって聞かないんだもの」
「彼はアレタのファンだからね。職権の濫用とも表現できるが」
つつがなく進行していく会見。壇上に立ちスピーチするその姿は見ていてさすがだと感じさせる。
関係者席からもわかるその会場の異常な広さと集まった人間の数、500はくだらないんじゃないのか?
ひと、人、人。
暗い観客席にひしめく大量の人間に目が眩みそうだ。
「ここにお集まりの皆様、今我々はまさに歴史の上に立っています。人類が生まれて600万年、これまで何度も起きた大きな人類史の転換点、ダンジョン。空想と幻想の壁をこえ、ついにそれらは現実の表舞台に立ちました」
会場の席へと向けられて伸ばされる手のひら。大きな身体がゆっくりと動く。
「近年、我々の世界にはどうしようもない閉塞感が漂っていた。終わらぬ内戦、根深い人種差別、絶えぬ怨恨、肥大化した我々人類は、その未来を語ることが出来ないほど、行き詰まっていました」
しんと静まり返るホール、この会場に集まった誰もが大統領の言葉に耳をすませる。
「しかし、世界は人類がこのまま先細るのをよしとはしなかった!! "バベルの大穴"!! 神が我々人類に与えもうた大いなる可能性の坩堝により、今世界は更に次の段階へと進んでいます! 食糧、医療、化学、工学!! この世のものとは思えぬ資源を排出するダンジョンにより人類は再び栄華を極めようとしています!!」
大きく響く声、アメリカの国民を魅了し合衆させたそのカリスマがこのホールに集まった世界中の重要人物に働きかける。
「今、我々は奇跡の時代にいる。バベルの大穴はまさに神の領域にある神秘です。私の言葉はバベルの力により、今この場にいる全ての人々に通じる。創世記の世にて消え失せた1つの言語がここに再現されているのです! これを奇跡と言わずなんというのでしょうか?」
バベルの大穴が異なる言語を1つの言葉に統一する。かつて神に奪われた人の業がここでは再現されている。
「そして、多大なる変化を迎えたこの世界に未だ決定的な混乱が訪れていないのは全て、ここにいらっしゃる皆様のご尽力の賜物です。我々は歴史から学ばなければならない、世界はこれより更に1つになっていくでしょう、今まさに皆さまは新たなる世界に足を踏み入れているのです!」
テレビで見た記憶のある大統領選もこの男はこの会話で多くの支持を集め、歴代で最も若い大統領に選ばれたのだ。
「さて、それでは私のつまらない前座はこれくらいにして…… 本日の主役である我らが52番目の星、アレタ・アシュフィールド氏からのお話を聞いてはいただけませんでしょうか?」
パチパチパチパチパチ!!
波を思わせる拍手の嵐、大統領の言葉に皆が反応する。
「この新たなる世界、新たなる時代の牽引者、バベルの大穴を進む現代の英雄、"探索者"その中でも、輝きを放ち、時代を変えた1人の人物。皆さまもご存知でしょう。嵐を堕とした英雄、我らが合衆国の52番目の星」
味山の隣、音もなく椅子が引かれアレタが立ち上がる。
えぐいほど似合う軍服、深い緑色のスーツに綺羅星の如く輝く勲章をちりばめたそれ。
「じゃ、行ってくるわ、タダヒト」
小声で流し目を送るアレタを味山は黙って頷き見送る。
住む世界はきっと違う。今更なんで自分がこの場にいるのか、少し味山はよくわからなくなった。
見送ることしかできない。
アレタが壇上に近づき、大統領に迎えられ笑顔を作る。それをただ、味山は見つめるだけ。
文字通り、眩しい光がアレタと大統領を包む。カメラフラッシュが瞬き、歓声と拍手が怒涛の如く押し寄せる。
ああ、なるほど。
特別ってのはこういうことか。
味山は自分とアレタとの差を静かに感じ取る。アリサの言葉がふと、脳裏をよぎる。
ーー相手はあの52番目の星よ?
ああ、お前の言葉は正しいよ、妹さん。たしかにあいつはすごいやつだ。
こんなに多くの人に望まれ、そうあれかしと振る舞うあの姿は、ほんとに星だ。
でも、
でも、それはあまりにも、あまりにもダサくねえか?
寄ってたかって、1人の人間をそんな風に扱う世界はひどく、頼りない。そんな気がする。
味山は眩い光に包まれる上司の背中に目を細める。
目を離すとその光に飲み込まれて消えてしまうのではないか。なんとなく味山はそんなことを考えていた。
………
……
…
光があたしを包みこんで、迎える。
「やあ、アレタ。見てごらん、皆がキミを待っている」
大統領のムスクの香りが鼻をくすぐる、くしゃみしそうになるのを我慢して、大統領の言葉に笑顔を返す。
タダヒトは、行ってらっしゃいって言ってくれなかったな。あたしは後ろを振り向いて睨みつけたい気持ちを抑えた。
「星だ、本物の、52番目の星」
「なんて美しい、いや凛々しいんだ」
「綺麗な肌……」
拍手に紛れて、観客の声がほんの少し聞こえる。最近、異様に耳や目の調子が良い。
鳴り止まない拍手、瞬くカメラフラッシュ。この人たちは星を望んでいる。ならばあたしがやることは決まっていた。
「Relic Start」
みぎのてのひら、ひだりのてのひら。
差し出すように広げて、握りしめる。
あたしと繋がっている、南太平洋の海中に保管されている嵐の裁定者が起き上がるのを感じる。
「お、おお……」
「あ、ああ、かみさま……」
「素晴らしい……」
拍手が次第に、次第に消えていく。皆が目を見開き、腕を止め、そして口を開いていく。
視界の端、各国の指導者の近くに座るそれぞれの国の指定探索者たちさえも、あるものは畏敬を、あるものは恐怖を、あるものは敵意をもってそれを眺める。
あは、そうよね。でもいずれあなた達もこうなる。
あたしは力の端末。あたしは嵐と繋がっている。
ストームルーラーを通じて、あたしに嵐が、惑星の息吹を手繰る力がこの手に宿る。
会場の天井、ふつふつと湧くのは雲。
もくもくとどこからか湧いた雲は、回りながら綿飴みたいに固まって、やがて雨を宿す。
「雨が、天井に……!」
「スゴイ……」
「何をみているんだ、我々は……」
雨を宿した雲から水が溢れる。けれど、それが重力に従うことはない。無重力下の水のように、ポワリ、ぽわりと踊るように揺れる。
*あは、じょうず、じょうず
ああ、彼女の声が聴こえる。嵐を通じて、その中にいる彼女が笑っている。
彼女の薄い笑い声が響くたびに、あたしと嵐の繋がりが強くなる。あたしの中の、何かがずれて、それから合わさる、そんな感覚。
「これがキミの力…… これが、人類の極地…… ああ、称賛に値するよ、我らが星よ」
大統領の声、背後からねとりと届くその声も、今のあたしにはどうでもいい。
丸い、まるく、まんまるく。
綿飴のように育った雲を、雨のヴェールが包み込む。
水は重力に逆らい空中を泳ぐように揺蕩う。
今のあたしには全てが分かる。この嵐の使い方も壊し方も。
*おめでとう、おめでとう。貴女が最初にたどり着いたね
視界を横に。
彼女がいる。
あの日、あたしを奪おうとした子ではない、もっと別の子だ。
顔を黒くマジックペンで塗りつぶされた彼女が、手を振りそしてタダヒトを見てから消えていく。
「完成」
それはあたしの作品だった。
夏の日に遠い空に登る積乱雲を、雨水で閉じ込めた作品。
ゆらゆら揺れる大水が、雲を包んでぷかぷか浮かぶ。
あたしの力、ストームルーラーの力。
「みなさん、こんにちは。アレタ・アシュフィールドです」
言葉を紡ぐ。それがあたしの役割だから。
「今日はお忙しい中、本当にありがとうございます。皆さまに会えて本当に光栄です」
皆があたしを見つめている。指定探索者の人や軍属の人は注意深く頭上にある大水に意識を向けているみたい。
「ああ、失礼しました。ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。でも見てもらった方が早いと思いましたので、少し、失礼します。Relic end」
ぱちり、合図を送り力を止める。
嘘のようにあたしが作り出した雲と、水。嵐の種は霧になって消えていった。
会場からおののく声、力に魅せられた人たちはみなこんな声を出す。
「みなさん、これはいずれみなさんのもとに当たり前に備わる力です。我々、人類にはまだまだ未解明の領域が残されています」
淡々と話す。事実を、伝える。会場がどよめく、ザワザワと響くその声達が静かになるまであたしは黙っていた。
シンと、やがて静寂が募る。沈黙の有用性は大統領から学んでいた。
「今日、みなさんにお集まり頂きましたのはあたし、アレタ・アシュフィールドがなぜ、探索者活動を休止するのか、それを理解していただくためです」
息を吸う。背中をきちんと見せなければならない。あたしの素晴らしい仲間達に、この姿を見ていて欲しいから。
「みなさん、あたしはこの世界が好きです。遠い水平線に沈む太陽、ふと渡るように吹き抜ける蒼い風、永遠に繰り返す波、そんな世界の当たり前が大好きです」
心のままに、言葉を紡ぐ。
前置きはいらない、ただあるがままに話せば良い。大統領の指示通り、あたしはそう振る舞う。
「でも、それよりもっと好きなのはこの世界に住まう人々、人間が好きです。明日を願って遠い夕焼けを見つめるまなじり、今日を生きようと力一杯泣きじゃくる赤ん坊、それを優しくあやす母親と、それを守ろうと頑張る父親、身近な友達を思う友情、愛しい人と共に居たいと願う火のような感情、恐ろしい存在に立ち向かう飛び散る火の粉のような勇気」
思い出を言葉に。記憶を唇に。
廻るのは生まれてからずっと見てきたヒトの在り方。
「ああ、あたしは確かに人が好きです。人が見せる輝き、人が持つ無限の可能性、それらが本当に大好きです」
その言葉が彼に届けばいい。あたしの知る中でもっとも、人間らしい彼に。
あたしはそんなことを考えながら喉を開き、唇を手繰る。
「だから、次に進みたい。限界の先、まだ世界も人間も終わってほしくない。今、みなさんに見ていただいた力は可能性です。人間が誰しも持っている世界を変える可能性。あたしは一足先にそこにたどり着きました。あたしはあたしに起きたことを解明し、人類に捧げたい」
この力はきっとそのためにある。ああ、いつだって、あたしが戦う理由は、あたしの外にあった。
嵐を堕としたのもそれが世界のためだと理解していたから。
だから、きっとあたしが選ばれたのもそのためだ。
「次へ、次へ進みましょう。人類は神秘、自然、それら全てをねじ伏せ、次へと至ることが出来る存在です」
「あたしの力は世界のために、人類のために在ります。だからみなさん、私に時間をくださいませんか? バベルへの挑戦を少しお休みしてでも、あたしはこの力を人類の役に立てたい。人類は地球を超え、いずれあの星辰の彼方までその手を伸ばすでしょう、その礎になれるのなら、これ以上の光栄はありません」
すうと、息を吸って、吐く。
「ご清聴ありがとうございました」
一瞬、空気がきゅっと縮まる。
次の瞬間にそれが弾けた。
ーーーーーーーーーァーーーー!!!!
拍手の音が、歓声が膨らんで爆発する。質量を持ったかのような音の奔流が舞台へと雪崩れ込む。
ええ、そう。これでいい。
全て、これでいい。届けばいいのに、あたしがここにいる事がお父さんとお母さんに届けばいい。
会場に、あの子を探す。
見つけた。会場の端、アメリカのスペースの近くにあの子は座っている。
あたしとよく似たあの子が、あたしを見ている。
熱に浮かされるように、歓声を上げる人々の中、あの子がどこか不安な面持ちであたしを見ている。
泣きそうな顔しないでよ。アリサ。
あたしは精一杯の笑顔をあの子に向ける、歓声が更に湧いた。
*あと、もう少しだね。
背後から囁かれるその言葉に、あたしは小さくうなずいた。きっと、その姿は誰にも気付かれなかった。
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