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第72話 地下祭壇にて

 城の一角で身を潜めて待っていると夜も更けてきた頃に動きがあった。

 ローブを纏った一団が廊下を進んでくると、騎士達は心得ているというように彼らを一礼して迎える。


 先頭の男が扉をノックすると、僅かに間を置いて返答がある。


『……何でしょうか』

『夜分遅くに申し訳ありませんな、エデルガルト殿下』

『陛下の命により、至急お尋ねしたき儀がございます』


 部屋の中から返って来たエデルガルトの声に、男達が答えると、扉が開かれた。


 エデルガルトはやってきた者達と、周囲を固めている護衛の顔触れに一瞬視線を走らせる。その顔触れを確認しているのだろうが、エデルガルトの表情に少し驚きの色が浮かぶ。


『宮廷魔術師隊……それに近衛の方々……ですか? 何かあったのでしょうか』

『急な話で申し訳ありませんな。まずは私達についてきてください。ゴファール王国における重要な話、とのことです』

『……分かりました。至急ということであればすぐにでも。少し用意をします』


 エデルガルトは一瞬怪訝そうな表情を浮かべるが、一旦部屋の中に戻り、暖かそうな夜着の上に上着を羽織る。


 少し思案し、エデルガルトは護身用の武器ではなくワンドを手に取る。袖の中にワンドを隠すと肩にかけたストールと上着で腕と衣服を隠しつつその下に保持する。

 ドレスに着替えるよりも隠しやすい格好ではあるか。


 ……不審に思っている部分もあるのだろう。エデルガルトは観察眼に優れているだけに、やってきた者達の顔触れや纏っているその空気に、何かしらの違和感を見出しているように見えた。


 エデルガルトは、結局俺達やワンドのことは報告していない。俺達が余計な事態に巻き込まれないようにと義理を通してくれたのだろう。再び辺境を訪れ、俺達に返却するという約束を果たそうとしていたのだろうが、だからこの場でも中途半端に武器を持つよりは結界のワンドの方が身を守るには向くと判断したようだ。


『お待たせしました』

『では、参りましょう』


 ローブの男達が先導し――後ろから近衛騎士達が同行する。


 同行、護衛という体を取っているが、その実はエデルガルトが逃げられないように周囲を固めるための布陣。それに対しても一瞬視線を巡らせるエデルガルトであるが何も言わず、静かに先導する宮廷魔術師達に続く。


「俺達も行くか」

「はい。いつでも」


 迷彩を施し、エデルガルト達の後を追うように少し距離を取って移動していく。


 回廊を通り、彼らが移動していったのは地下区画だ。但し、隠し通路を通ってのものだ。廊下の一角――彫像に触れながらコマンドワードを唱えれば、壁がスライドし、地下への階段が姿を見せた。


『これは――』

『幾度となく国難に対処するために用いられてきた、秘密の儀式場です。殿下も耳にしたことがあるでしょう。かつての偉大なる先達が幾度となく神気に触れて力を得たという話を』

『神気……英傑の目覚め、ですか』

『左様。力なき王子、王女が大きな力を宿し、国難に立ち向かった。これをして英傑の目覚めと呼びます。ゴファール王国にはそのように、大きな力を引き出す秘匿された技術があるのです』

『……そう、ですか』


 エデルガルトは地下に通じる暗い通路を見つめながら答える。力を与えると言われても表情は、警戒を解いていないという印象だ。英傑の目覚めという話はエデルガルトも知っていたようだが、エデルガルトの観察眼からすると、それらの逸話にも何か思うところがあるのかも知れない。


 それでもエデルガルトは地下へと向かうようだ。少し意を決したような表情で後に続く。俺達も距離を詰め、歩調を合わせて気配を隠し、隠し通路が閉じられる前に内部へと滑り込む。背後で扉が閉ざされる音。儀式が終わるまでは逃がさないということなのだろうが。


 長い下り階段だ。等間隔でぼんやりとした青白い灯りが配置されていて、壁にも装飾が施されている。地下区画で怪しいのは確かだが、陰鬱というよりはやはり儀式のための区画という雰囲気が漂っている。


 やがて階段に終わりがやってくる。重厚な扉が開かれると大広間が視界に入って来た。


 広々とした円型の広間。太い柱と高い天井。円形の広間には魔法陣が描かれ、一番奥に祭壇や儀式に使うのであろう祭具らしきものがある。そこにオーヴェンハウトが待っていた。


「これはエデルガルト殿下。夜分遅くに申し訳ありませんな」


 オーヴェンハウトが柔和に笑って一礼する。エデルガルトは一礼を返し、それから周囲に視線を巡らせる。地面の魔法陣であるとか、儀式場の作りを見ているようだ。


「――父上はどこにいらっしゃるのですか?」

「陛下はいらっしゃいませんよ。ですが、陛下より指示を受けて殿下に英傑の目覚めの為の儀式を受けてもらうようにと。私めはその儀式を取り仕切るようにと仰せつかりました」

「そうですか」


 エデルガルトは頷く。


「ささ、こちらへ」


 オーヴェンハウトに促されるも、エデルガルトは動かない。ストールの下に隠したワンドを握る手に、力がこもる。


「その前に……この魔法陣を用いた儀式について説明をして頂きたく思います。この魔法陣は……何ですか? 死霊術と呪術が混ざったような……魂に関する紋様、文字がいくつも重ねて描かれています。読み取れない部分も多いのですが……このような魔法陣で、一体どのような儀式をしようと?」

「ふむ。流石の博識ぶりです。……そうですな。この魔法陣は過去の英傑の知識、技術をそのお体に降ろし、焼きつけるもの、とでも申しましょうか」


 オーヴェンハウトは柔和な笑顔を貼りつけたままでそう嘯くが、エデルガルトは動かない。


「英傑の目覚めの逸話は知っています。魔物の群れに対処した王女。病床の老王に代わり、軍を再拝して蛮族の侵攻に対処した王子……。その他にもいくつかの例がある。彼らは皆、それまでの評価を覆し、さながら別人のように勇戦したと。それは良いのです。確かに、過去の英傑の知識を得たというのなら、そういうこともあるのでしょう」


 しかし……とエデルガルトは続ける。


「彼らの逸話に、私は違和感がありました。戦功を得た後の彼らの行動が、それまでの彼らの記録とは本当に別人のようになったような。時に陣営を変え、派閥を変え、主張を変えて国の利の為に勲功を上げる。私はそれが、英傑の知識を得たというよりは、それまでとは別人のようになった、ように感じたと言いましょうか」


 オーヴェンハウトはそう言われても笑顔のままだ。人の良さそうな老爺の表情のままでエデルガルトの話に静かに耳を傾ける。


「もしかすると、英傑の目覚めとは知識だけではなく、人格も……というよりも魂を移し替えるための儀式なのではありませんか? 彼らの逸話と合わせてこの魔法陣を見て、そう思いました」

「ほう……」


 オーヴェンハウトは感心したような声を漏らす。


「確か――宰相殿は数年前より病を患っておいででしたね」


 そうエデルガルトが問うと、オーヴェンハウトは笑みを深くする。影が差すような、不吉な笑みだった。


「……殿下は、大変聡明であらせられる。王族たるもの国家に育てられ、国家のために尽くすべし。殿下はその教えの通りに私心を抑え、理想に燃え、王家のために王国のために……民草のために奔走なさっておいででした。であれば、此度のことにどのような不満が? あなたの聡明な頭脳。卓越した記憶力。そのお人柄で紡いだ人脈。それらはこれからも、余すことなくゴファールのために活用されるのです。その卓越した才。私の後継者として相応しいと、陛下も私も判断しました。それは……殿下にとって喜ばしいことではありませんかな?」

「……取り繕おうともしないのですね。この話を聞いて騒ぎもしないとは……皆共犯ですか。或いは、中身も入れ替わっているのではないですか?」


 エデルガルトはそう言いながらも肩越しに背後を見る。エデルガルトを逃がさないように騎士達は油断なく背後を固め、魔術師達も少し距離を取りながらエデルガルトを包囲している。


「事ここに至ってはその必要もありませんからな。あなたは生まれた時より、国家に属する者。爪一枚。髪一本に至るまでゴファールの財産なのです。王族として国家のために働くことや他国との婚姻に赴くことと、我らを継ぐ器となること。それらに何も違いはないでしょう?」

「……違いますね。少なくとも、守りたいものの為になると思ったからこそしていたことで、別の人間の意志に、私が作り上げたものを委ねたいとは思いません」

「左様でございますか。しかし、だとしてもあなたの意志は関係ない」


 笑うオーヴェンハウトがエデルガルトに向かって指先を向ける。瞬間、エデルガルトの足下から上に向かって、雷が立ち昇った。非殺傷ながらも相手の肉体の自由を奪うための術だろう。

 詠唱も魔力の集中も、魔法の予備動作のようなものは全くなかった。ここに連れて来た相手を仕込まれた術式で不意打ちして意識を奪う用途のものだろう。


 しかし――。


 エデルガルトは表情を強張らせてはいるものの、そこに無傷で立っていた。身体の周りに光る粒子のようなものが纏わりついている。


 ワンドの結界だ。既に身体の表面を薄い膜のように覆っていた。


「ほう? 見たことのない防御魔法……何ですかな、その術は」

「答える必要はありません」


 エデルガルトは眉根を寄せてオーヴェンハウトに鋭い視線を送るも、向こうは余裕の表情だ。


「しかし、多少抵抗したからと何だというのか。ここから逃げられるとでも? 逃げた先に行き場や展望があると?」


 ここで抵抗して、切り抜けたとしてもゴファール王国の王女である以上、行き場等ないとオーヴェンハウトはそう嘲る。それは、真実ではあるのだろう。


 身構える近衛騎士達と宮廷魔術師達に、エデルガルトも構えを取り、結界の範囲を一段広げる。自分に触れられることのないように結界で遮断し、そのまま逃亡、ないし反撃を図ろうという考えなのだろう。


「やれ。殺さなければ多少の怪我はさせても構わん」


 騎士達が鞘に納めたままで剣を構え、魔術師達が杖に魔力を灯す。改めてエデルガルトを取り押さえようと動こうとしたその瞬間、先に俺達が動いた。迷彩を解いてフード付きの外套で顔を隠した俺とソフィアが飛び出す。


 奇襲は完璧なタイミングだった。俺の回し蹴りが背後から騎士の側頭部に直撃して真横に吹き飛び、もう一人の襟首を掴んだソフィアは力任せに振り回し、空中に放り投げる。柱に激突した騎士がずるずると力なく滑り落ちてくる。


「な――」


 俺とソフィアは、エデルガルトを守るように立つ。


「あ、貴方達、は……?」


 エデルガルトは突如現れた俺達に目を瞬かせている。これ以上ない程驚きながらも観察しているのはエデルガルトに染み付いている習慣のようなものか。西で会った時とはまた姿を変えているけれど、エデルガルトなら体格などから何か気が付くかも知れない。

 それはそれで良い。どうせうまく脱出できたら諸々の種明かしはするつもりなのだし。


「話は後だ。ここから脱出して、これまでとは違う道を通ってでも、先のことに望みを賭けるつもりはあるか?」

「違う道……」


 問われたエデルガルトは一瞬固まる。エデルガルトが何を目標にしているのかは知らない。俺達と利害がぶつかるかも知れないから、この時点で何を確約できるわけでもない。

 それでも落としどころは見つけられるだろうし、エデルガルトが自身の望みのために動くことを止めようとは思っていない。


 ただ――ゴファール王国と和解なり話を付けるという一点において、国王一派は今のままでは論外だ。こんな連中と組みたいとは思わない。

 エデルガルトは違う。これまで見てきた人柄に問題はなく、判断力や観察眼には目を見張るものがあった。何より乗っ取られていないということに確信が持てる相手。今は実権がなく、仮に追われる立場になろうとも、先行き次第で交渉相手になり得ることに変わりはない。


 この国のトップらが乗っ取りを繰り返してきたとなれば、既に状況が違っている。ヴァルカランにとっても俺にとっても、利害とは関係なく絶対に手を結べない相手というのはいるのだ。断絶者もそうだが、もし当事の為政者達がまだ存命であるなら、それはヴァルカランにとっての直接の仇である。


 それに、そういう諸々を差し引いても肉体の乗っ取りなんてものを見過ごすのは単純に気分が悪い。例えエデルガルトがゴファールの王女としての道を諦めて捨てるのだとしても、助けて避難させるに決まっている。


「……助けて下さる、ということで良いのですね?」

「ああ。あんたがそう望むならな。後のことは状況を見て考えてくれればいい」

「……では、よしなにお願いします」


 エデルガルトは意を決したように、俺を見て言った。


「分かった。後は任せろ」


 その言葉を受けて、俺達は構えを取った。

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― 新着の感想 ―
うーん、エデルガルトの受けた恩がデカすぎる・・・。 これは激重感情向けられても仕方ないな!ほんと小野崎さんの作品の主人公は誠実で熱くて真っ直ぐな男(人形師ちゃんも)しか居ないからヒロインたちの情緒がヤ…
もうゴファール王国は滅ぼした方がいいんじゃないかな?上層部が邪悪すぎる。
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