第63話 侵蝕地での戦い
「そこ――!」
ソフィアが腕を振るえば幾本もの血晶のダガーが放たれる。空飛ぶ生き物のように複雑な機動を描いて空中に赤い軌跡を残光のように残しながらそこかしこに突き刺さる。壁や床に、紛れるように迫っていた蛇。亀裂の隙間に潜むスライム。地面を滑って迫っていたシャドウビースト。ソフィアの超感覚と吸血鬼としての能力は敵の接近を許さない。
そのまま、俺達は断続的に迫ってくる魔物の群れを片付けていく。エステルの誘導と制御は完璧だ。ドローンからの映像を基にそこかしこに音源と幻影を拡散して魔物を誘引し、広場に誘導するまでの群れの規模と時間を調整して、俺達が戦況と敵の頭数をコントロールしやすいように状況を整えてくれている。
魔物からすれば敵の気配を追って来たら広場に出た瞬間に奇襲を食らっているようなものだ。先行してきた魔物の死骸にテクスチャーを被せ、臭いを消して、瓦礫の山に見せかけることで危険を察知すらさせない。だから、出会い頭に魔法や斬撃を浴びせられてから対応を迫られる。
常に先手を取り続けることができるような有利な状況での戦いが連続する。
「ソーマもだけれど、エステルも信じられないことをするわね……」
「お褒めに預かり光栄です。魔物はさして連携もしないし、好戦的で勇猛ですから逆に誘引しやすいですね」
「本当、頼りになるわ」
エステルの返答にソフィアが笑って答え、血の刃を片手に疾駆する。そのまま俺達は思う様に暴れ回り、広場に顔を出そうとする魔物達の機先を制するように斬り裂き続けた。
やがて、広間に飛び込んでくる魔物も散発的になり、小規模になり、段々と途切れ途切れになっていき……広間のあちこちに魔物の死骸が小山となって積まれた頃になって、一先ずの間引きは完了した。
「一先ずはこんなところですか。お二方とも、怪我や調子の方はどうですか?」
「私の方は見ての通り問題はないわ。ソーマは?」
「問題ない。魔法は何回か使ったが、まだまだ余力は感じる」
そう答える。まだ魔物の討伐は終わっていない。エデルガルト達にとって万一遭遇したらリスクの高そうな大物が残っている。
「ソーマは結構な魔力量ね。こっちの世界の魔法戦士としても一角の水準という気がするわ」
「そうなのか?」
「ええ。中級の魔法を何度かに分けて撃っていたけれど、あれだって初心者が扱うには手に余るものよ。世界を超える時に勇者は大きな力を得る、と聞いたけれど、ソーマ達にもそれは当てはまっているのかしらね」
ソフィアはそんな風に俺達を見て分析する。
「だとするなら、魔法に関してはこのまま学んで伸ばしていきたいところだな。色々使い勝手がいいってのは今回の戦いでよく分かった」
「ハーヴェイ達は術を伝えることのできる後継者が出てくれたと喜びそうね。外の魔法とはもう技術体系が異なっているから出所がばれる可能性はあるけれど。ヴァルカランは独自の術体系が研究されているから、まだ色々、伝えていない魔法があるはずよ」
「なるほどな……」
ハーヴェイ達もそれで俺達に魔法を嬉々として教えてくれるわけか……。
ヴァルカランの人達がした研究というのは呪いを解くためのものでもあったのだろうが、その分俺と相性の良い闇魔法は色々と洗練されていそうな気がする。
「さて。少し休んだら大物の討伐に向かいましょうか。その間に、ここに来るまでに倒した魔物の死体も、エデルガルト王女から目に付かない程度には片付けてしまいましょう」
「折角魔物を倒したのに、その死体の山を見られて警戒されてルートを変えられでもしたら、本末転倒だしな」
迷宮外に出た魔物同士でなら激突というのもあるそうで、そこまで神経質に全てを片付ける必要はないだろう。ただ、広場にあるような魔物の死骸の山だとか、ここに来るまでに斬り散らかした死体だとかが残っているのはな。
素材を目的とする冒険者のやり方では無さすぎるので、最低限の体裁は整えておかないとエデルガルトには怪しまれてしまう。
「大物の場所も掴んでいますし、まだまだ夜明けまでには時間もあります。焦らず行きましょう」
エステルが言う。
「ええ。敵の詳細だけれど、見せてもらったドローンの風景だと……大物は2匹ね」
「各個撃破と言いたいところですが、競合しないのか、協力関係なのか、近い場所に固まっていますね」
「どちらも魔法生物型だったものね。迷宮の外まで出てきているといっても、その性質は生きる為の行動ではなく、縄張りへの侵入者の排除に動く傾向が強いと思うわ。同じ目的の魔法生物は連携もするから……」
「やっぱり同時に相手をする必要があるか」
「そうね。私とソーマでそれぞれ一匹ずつ受け持って、足りないところがあるならエステルに支援してもらう形で良いのではないかしら。但し、魔法生物であるが故にその能力は千差万別。能力の予想が事前にしにくい、というところは覚えておいて」
事前の作戦は立てにくいか。臨機応変なのだろうが、映像を見る限りだと大型の体躯をしたゴーレム型と、何か――目玉の周囲にブロックのようなものが浮かんでいるトリッキーなタイプという組み合わせだ。
「大型の方は私が請け負いましょう」
「良いのか?」
「力押しの相手なら私の方が良いわ。もし直撃させられても、私の場合はそれで即回帰に繋がったりはしないし、勿論死ぬことも戦闘不能になることもない。ソーマは話に聞いている感じ……立体的、多面的な戦闘の方が得意でしょう? 搦め手を使ってきそうなのもあっちだし、対処するのだとしたらエステルにお願いすることになるわね」
なるほど。エステルが支援するのなら、連携に慣れている俺の方が向いているというのもあるか。
「分かった。一先ずそれで戦ってみて、問題があるようなら相手を入れ替えたり2対3の形に持ち込むだとか、分断して各個撃破を狙うだとかを考えよう」
「分かりました」
「それで良いわ」
作戦と呼べるほどのものでもないがとりあえずの方針を定め、俺達は少し休んでから行動を開始した。広間の死骸を目に付きにくい場所に隠し、街道沿いの魔物の死骸も片付けて、大物のところに向かうまでに討ち漏らしがいればこれを排除する。但し、そこまで神経質に全滅させる必要もない。
エデルガルト達は護衛のレベルも中々のものであるし、結界のワンドを持っているのだから多少の襲撃があっても切り抜けられるだろう。
素材の回収などは後で時間が許す時、可能な範囲で行えばいい。ソフィアに負担をかけない範囲で夜が明けるまでの間は回収に動けるだろう。 魔物の素材にしたって無駄にするのは忍びないしな。
魔物の死骸は――エステルがハッキング魔法で磁力のレールを作り、手早く並べて積み重ねるように片付けていった。
改めて――ゾラルド丘陵地帯を見ていく。
全体的に無機物、昆虫、魔法生物といった類が多く、しかも擬態や潜伏を得意として背景に溶け込んでくる傾向があるように見受けられる。
迷宮の魔物は内部では完全に迷宮の防衛戦力で、迷宮外に放出された魔物は生物的傾向が強くなるとは言うが、ここの魔物達はそうなっているにも関わらず、戦況を見て恐れをなしたり撤退したりといった情動が薄い種族が多く、縄張りへの侵入者と見れば襲ってくるし、一度接敵してしまえば退かない。
相手をするには普通は面倒臭いというかリスクが高いというか。放置されて外にまで侵蝕が広がってしまった理由もその辺にあるのだろう。
迷宮入口も発見している。奇石群のほぼ中心に丘陵の内部――地下へと降りていくための階段がある。入口は大きく、広く、さながら入口周辺は祭壇のように奇石柱に飾られているように見えた。
ドローンからの映像や、周囲の灰色の奇石、石壁、足下に広がる石畳のような地面を眺めつつ歩みを進める。
「迷宮ってのは、結局何なんだ? こんな風に環境を変えるってのは……」
ちょっと俺達の常識では考えにくい、と言おうとしたが、金属生命体群は似たようなものではあったかと思い直す。あれも常識の範囲外だったし、迷宮よりも混沌としていた存在ではあったが。
「邪精の類や穢れ、瘴気がコアになって地脈から淀みを集めて魔物を輩出する……なんて言われているけれどね。要するに良くないものの吹き溜まりみたいなものかしら。迷宮自体に意志や知性があると感じられるのは、悪意や怨念、怨恨、悲嘆や絶望のような負の感情もそういうものに含まれるからよ。物を食べるように、そういう負の感情を集めたくて招き入れたり、遠くまで根を伸ばすように外に魔物を排出し、周囲の環境を変化させるというわけね」
なるほど……。迷宮自体が悪意を食って生きる生物のようなもの……と考えればいいのだろうか。神霊や精霊もそうだが、信仰のようなものが力になる世界だ。ならば迷宮に向けられる負の感情や、地脈を通じた先に発生した魔物の被害に付随する負の感情というものも迷宮の養分になるのだろう。
俺達はそのまま奇石群の中を歩き続け――やがて先程とは別の開けた場所が見えてくる。そこに奴らは陣取っていた。侵蝕して変化した街道からもそう離れてはいない。場合によってはこいつらが街道を進もうとするエデルガルト達の道を阻むことはあり得る。
加えて言うなら、こいつらの陣取っている広場であるとか、その広場から視線が通って襲い掛かりそうな街道であるとか、そういった要所要所から迷宮の入り口までは、逃亡しやすい緩やかな勾配の広々とした道が続いており、大物に追わせることで迷宮入口まで誘導するといったような……迷宮側の悪意、意志が見えるような地形になっている。
助かりたければ迷宮に飛び込むか、大物に追われたまま擬態型の魔物が多く潜む奇石群の中を抜け切るかという形に持ち込んでくるわけだ。
だから、あの大物をそのままにしておくのはエデルガルト達にとってリスクが大きい。
しかも奴らが陣取っているのはある程度見通しが利いて戦うのにも不自由しない広場。不意打ちは受けず、自分達の力は存分に発揮できるような体制を整えている。
「迷宮の影響を受けて周囲も侵蝕されるっていうなら、あいつらが迷宮の影響を受けているってことは?」
「成長した迷宮と魔法生物……か。そう動作するように作り上げて送り出す。地形が既に決まっているなら追い立てる役として外側に配置し、魔法生物を組み上げる際の術式と方向性でコントロールする、というのは有り得るわ」
なるほど。環境と性質を利用して、か。探索はともかく、ただ通り抜けるのは難しくしているのが窺える。
俺達は――その2体の魔法生物が待ち構えている広場に向かって歩みを進めていく。
エステルの迷彩は機能している。音、熱源、視覚の三つの情報を遮断し、魔力を抑えながらの接近だ。
間合いを詰めながらも観察する。ソフィアが相手をするのは黒々とした鉄の巨人といった風情。身長にして3メートル程で、アストラルナイトに対しては比べるべくもないサイズ。巨大な肉切り包丁のような剣を手にした無骨な姿で、目の部分に光が宿っている。
俺が相手をするのは……何と言えば良いのか。中心部に大きな目が浮かんでいて、その周囲にリング状の金属がゆっくりと回転しているというデザインの魔法生物だ。それらを取り巻くように浮遊する大小様々な無数のブロック群。浮遊するブロックは鋭角で流線形。表面に紋様のようなものがあり、その模様は静かに発光している。あれらを高速で射出すれば接近する者を殺傷するのは容易だろう。盾や鎧として使うことも考えられる。或いは……銃座になっているかも知れない。ブロックを基点に魔法射撃してくる、というような。
見た目から色々と想像を膨らませることはできるが、こうまで変わり種だと戦って見なければ実際のところは分からない。力押しというよりは総じてテクニカルな印象だ。
佇む鉄巨人と、浮遊するブロック群。その2体の魔法生物に向かって、俺達はそのまま進む。
俺の手にはバヨネットの柄があった。
あのブロックを切り払いながら本体であろう目玉まで辿り着くならば、高周波ブレードよりもバヨネットが適切だと判断したからだ。
バヨネットならば射撃戦にも対応できる。ブレードの放出量を制御することで魔法に対しても即席の防壁としても使えるはずだ。魔力に干渉することは分かっているからな。




