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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
― 第壱章 ―
9/81

其ノ捌 ── 華ハ時ノ終焉ヲ知ラズ (8/11)


「……ははっ、〈開華(かいか)〉しても所詮その程度かよ」


 明らかに子元(しげん)に向けたものであるその言葉。

 発したのは、今まで傍観していたあの杭なる男──彦靖(げんせい)だった。

 声のした方へと視線を移せば、歪んだ笑みを浮かべる彼の顔が、子元の視界に入る。

 言い返してやろうと口を開きかけた子元だったが、それよりも早く反応を見せた者がいた。



「ならば、()れ」



 低く重みのある仲達(ちゅうたつ)の声。

 足を止め、これまでにない程の鋭い目つきで彦靖を睨んでいる彼は、本気だった。


「所詮あの程度。そうほざく口があるならば、今すぐここであいつを()って見せろ」

「ち、ちょっと仲達!」

神流(かんな)。これは俺たち(丶丶丶)の問題だ、部外者は黙ってろ」


 止めに入ろうとした神流だったが、今の仲達の言葉を聞いて、意図を理解したらしい。

 そして彼の意図を理解したのは、神流だけではなかった。


「……受けて立つ」


 そう言ったのは他でもない子元で。

 彼もまた、半ば呼吸が荒いものの、真っ直ぐな視線で男を見ていた。

 子元の側にいる薙瑠(ちる)も、仲達の言葉の意図を理解していたようで。

 心配そうに瞳が揺れているものの、受けて立つと言った子元を、止めることはしなかった。


「そういうことでしたら、遠慮なく殺りますよ」


 彦靖は嘲笑したまま前に進み出て、一定の距離を保ちながら子元と対面する。

 その右手には、既に刀を持っている。

 臨戦態勢に入った彼の様子を見て、薙瑠が「頑張ってください」と一言を残して子元から離れた。

 子元もそれに小さく頷いて、その場に立ち上がる。

 まだ僅かに息切れをしているものの、先程よりは安定してきていた。

 そして彦靖を見据え、右手のみに刀を出現させる。


 そよ風が吹き、無数の桜の花弁(はなびら)を散らす。

 その風が徐々に弱まり。

 完全に収まった、刹那のこと。


 二人の刀が交錯した。

 彦靖は鬼の姿に変化(へんげ)しているが、連戦による疲れからか、子元は変化していない。

 そんな状況で、鬼としての経験が上の彦靖を相手にしているのでは、子元の勝率は低いだろう。


 予測通り、子元と彦靖、二人の戦闘は呆気なく終わる。

 しかし──その結果は誰もが予測していなかったに違いない。

 ただ一人、仲達を除いて。


 刃が交錯した直後、鍔迫り合いになるが、両者ともに後方に飛び退く。

 その直後、再度地を蹴ったのは子元だけだった。


 ──否。


 彦靖の行動が遅かった(丶丶丶丶)のだ。


 体勢を整え、次の行動に移すその動き。

 それに差が出たのである。

 子元はその隙を逃さず、一瞬にして間合いを詰め、驚いたように目を見開いている彦靖に向かって、左足を力強く踏み込む。

 そして右手に持つ刀で、斜め下から切り上げようとした(丶丶丶丶丶)

 それを避けようと、彦靖は身体を横に傾ける。


 その瞬間にできた、僅かな隙。


 子元はそれを、見逃さなかった。


 子元は刀を持つ右腕を動かすことなく、代わりに右足で彦靖の腹部を思い切り蹴飛ばした。

 予想外の体術に、彦靖は対応できるはずもなく。

 みぞおちに直撃し、彼の身体は後方に吹き飛ばされる。

 子元は透かさず間合いを詰め、仰向けに倒れ込んでいる彦靖の首元に、刀の切っ先を突きつけた。


 空間に静寂が落ち、柔らかな風が再び桜の花弁(はなびら)を運び始める。

 誰の目から見ても、勝敗は明らかだった。


 もちろん、神流も薙瑠も、その他の者も。

 仲達を除く誰もが、そんなに簡単に敗れるとは思っていなかっただろう。

 鬼に変化している──彦靖が。

 その結果に一番驚いていたのは、子元自身だった。

 同時に彦靖自身も、自分に何が起こっているのかを、いまいち理解できていないようだった。

 ──いや、信じたくなかったのだろう。

 あれだけ馬鹿にしていた相手に、変化しても敵わなかったという、その事実を。


 呆然としている彦靖のもとへ、仲達はゆっくりと近付いてゆく。

 そして真横で立ち止まると、苛立ちを含ませたような紅い瞳を、爛々とさせながら彼を見下ろした。


「口程にもねぇな」

「……」


 黙ったままの彦靖に、仲達は低く冷たい声で言葉を続けていく。


「貴様は鬼の力に頼りきり、己の実力を過信していた。

 一方で役立たずの〈()(ぞこ)ない〉は、力が扱えないからこそ、己に在る能力(丶丶丶丶丶丶)を磨いた。

 その結果がこれだ。

 この状況を以てしても、〈咲き損ない〉は無駄だったと、馬鹿にできるか?」


 彦靖を見下ろしながら、淡々と語る仲達の瞳は、揺らぐことなく真っ直ぐと彦靖を捉えている。


 努力は裏切らない。

 〈咲き損ない〉になったことは、無駄じゃない。


 そのことを堂々と言ってのけた仲達。

 そんな父を、子元は初めて──いや、久しぶりに。


 格好いいと、感じていた。


「は……はは……」


 突如、彦靖は左の腕で目元を隠しながら、不気味に笑う。


「はははははっ!! っくそ!!」


 最後は歯を食いしばりながら、右手を力強く地に叩きつけた。

 子元は彦靖に向けていた刀を降ろし、内にしまう。

 そして再び、彦靖を見下ろす父の横顔を見る。


 この人は、自分の勝利を確信していた。

 それ故に、彦靖に迷いなく殺れと命じたのではないか。


 都合のいい解釈かもしれない。

 でも、今は。

 今は何故か、その解釈が当たっている気がすると、子元は思っていた。


 突如、紅き瞳の鋭い視線が子元を容赦なく射抜く。

 目があった瞬間、子元は思わず息を呑んだ。

 しかし、その視線は彦靖に向けられたものとは違い。

 ただ鋭いだけの、落ち着いた視線だった。


「子元」

「は、はい」


 急に名を呼ばれ、子元は慌てて拱手する。

 しかし、名を呼ぶ仲達の声音は、先程までとは一転、どこか優しさを含んでおり。

 次いで彼の口から出た言葉は、怒りの言葉などではなく──



「……良くやった」



 恐らくその場にいた全員が、その一言に驚きを感じたに違いない。

 何故なら、仲達は人を褒めるなどという事を殆どしない人だったからだ。

 褒められた子元も驚きを隠せず、直ぐには言葉が出てこないようで。

 僅かに目を見開きながら、その場で固まっている。


 そんな子元の様子に、仲達は僅かに眉根を寄せた。

 しかし、その視線はすぐに、離れたところで傍観していた薙瑠へと向けられる。


「戻せ」


 たった一言ではあったが、彼女はその意味を理解したらしい。

 薙瑠はその場で微笑みながら、拱手して応えた。


「ち……父上」


 言葉を失っていた子元は、半ば緊張気味な面持ちで父を呼ぶ。

 その声に、仲達の視線は子元へと移った。

 再び目が合えば、子元の顔は更に強張る。

 しかし、今までのように、もう目を逸らしたりなどはしなかった。


 いつぶりだろうか。

 この人のことを「父上」と呼び。

 礼を伝えるなんてことをするのは。


 そんなことを思いながら、子元は素直な気持ちを口にした。

 父の瞳を見ながら、小さな声で。


「……ありがとう……ございます」


 思わぬ言葉に、仲達の瞳が、一瞬だけ見開かれる。

 何も言わずに、じっと子元を見詰めたあと。

 先に目をそらしたのは仲達だった。

 そして彼も、小さな声で。


「……ああ」


 と、頷いた。

 たったそれだけの返答ではあったが。

 何だか昔に戻ったようで。

 それがくすぐったくて。

 子元は〈咲き損ない〉になって以来、初めて父の前で微笑んだ。


 そんな二人の様子を、微笑ましく眺めていた薙瑠と神流。


「仲達ってほんと親馬鹿よね」

「ふふっ、そうですね。

 仲直りできたようで安心しました」

「全てはあなたのお陰よ。

 ありがとう、薙瑠ちゃん」

「いえ、お役に立てたなら何よりです」


 微笑みながら、そんな会話を交わしていた。

 そよ風とともに、神流の白い髪と、薙瑠の淡紅色の髪が柔らかになびく。

 それがとても、心地の良い風で。

 神流は名残惜しそうに空を見上げた。


「この場所とも、また暫くお別れね」

「言ってくだされば、いつでもここに来れますよ?」

「いいの、力は無駄に使っちゃ駄目よ。

 ……減るもんじゃないけど」

「ふふっ、そうですね。

 では、空間を戻します」

「そうね、よろしく」


 薙瑠は小さく頷いたあと、手にしていた刀を再度抜刀し、その切っ先を地にあてた。

 そして、一拍の間を置いて。



「〈空間変化(くうかんへんげ)逍遙(しょうよう)〉──(さん)!」



 その瞬間、視界を覆いつくすほどの桜の花弁(はなびら)が舞い上がり。

 視界が開けたときには、既にもとの広間に変わっていた。



─────────────────



 時間(セカイ) () 向 終焉(シュウエンニ ムカウ)

 (ソレヲ) 其 何(イカンセン)(ナンゾ) 生 必死 乎(ヒッシニ イキランヤ)

 (モシ) (シュウエンヲ) 終焉(ムカフレバ)築 物(キズキタル モノ) (スベテ) 崩墜(ホウツイ スル) (ナリ)


時間(せかい)は終焉に向かっている。

 それは、どうする事もできない定めであるにも関わらず。

 何故そんなに必死に生きているのか?

 終焉を迎えてしまえば、この時間に築き上げたものは全て、残らず壊れてしまうのに──】

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