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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第参章 ─
34/81

其ノ玖 ── 物語ノ終焉二進厶時 (9/11)


 (サクラ) (イナル)異存在(ソンザイ ト)(マコト)為 真 己(ナル オノレヲ シル)〟 。

 (ソレ) (スナハチ) 舞台( ブタイ ) (トトノフル) 合図( アイズ ) (ナリ)

 刻限(コクゲン) 終 彼女(カノジョノ) (イノチ) 生命(ツイスル) (ソノ) (トキ) (マデ) 焉。

 (ソレ) (マデニ) 不 可 不(コノ セカイヲ) 終 此時間オハラセザルベカラズ

 再度(サイド) (ツタフ)。〝(サクラ) (マイ) (チル) (ソノ) (トキ)(スデニ) 不遠(トオカラズ)


【己の中の〝()なる存在〟、そして〝(まこと)の自分〟に気付いた桜の彼女。

 これで舞台は整った。

 刻限は、彼女の命が終わる、その日まで。

 それまでに、この時間(せかい)を終わらせなければならない。


 ここでもう一度伝えておく。

 〝桜舞い散るその時〟はもう、そんなに遠くないのだということを。】



───────────────



 暖かな日に照らされた、魏国(ぎのくに)の都・洛陽(らくよう)

 その都城(とじょう)内は、普段と変わらない賑やかな雰囲気に包まれていた。


 四方を壁に囲まれている都城には、この国を統治する仲達(ちゅうたつ)やその部下達以外にも多くの民が暮らしており、食糧や衣料、装飾品を売る商人や、旅人などが泊まる宿屋を経営する人もいる。


 木製の武器を手に遊ぶ子どもたち、そしてそれを微笑ましく見守る母親。

 訓練をする兵士も居れば、馬の世話をする者も居る。

 戦乱の時代とは思えないくらいの、穏やかな光景。


 こうして都城内を満遍なく見渡せる唯一の場所が、角楼(かくろう)と呼ばれる見張り台だ。

 都城全体を囲む城壁の内側に、さらに城を囲むようにしてそびえ立つ城壁があり、角楼はその城壁の上にある瓦屋根の朱色の建物である。

 上から降り注ぐ金烏(たいよう)の陽を受けて、角楼の瓦屋根は眩しく照っている。

 それとは対照的に、金烏(たいよう)の陰になる屋根の下は薄暗く、厳かな雰囲気が漂う。


 その角楼から、都城内の景色を見渡す人物がいた。

 影の中、建物を支える朱色の柱に背を預け、険しい表情で腕を組んでいる。

 そよ風が吹き、彼の灰色の前髪と、白群色(びゃくぐんいろ)華服(かふく)を揺らす。

 普段はおろされていて肩にかかるくらいの後ろ髪は、低い位置で纏められており、代わりに青い結び紐が風に揺れている。


 城外に出るためのお洒落なのか、気分転換なのか。

 恐らく、後者なのだろうが。

 

「兄さん」


 そんな彼に、角楼内から出てきた一人の青年が声をかけた。

 兄と同じ色の華服を揺らしながら近づいて来る彼は、弟の子上(しじょう)だ。

 手には美味しそうな肉まんが二つ。


「もうお昼だよ、これ、買ってきたから食べよう?」

「……いらん」


 子元(しげん)は子上の方を見向きもせずに、無愛想に答えた。

 弟なりの気遣いを無下にされた子上も黙っているはずがなく、むすっとしながら言い返す。


「ちょっと、僕の親切を無駄にする気?」

「うるさい、気分じゃない」

「……あのさ、いい加減気持ち切り替えたら? 気分転換とか言って髪も結ってるけど、やっぱそれ効果ないじゃん」


 そう言いながら、子上は手にしていた肉まんを頬張る。

 他人事のような弟の対応に嫌気が差したのか、子元の整った顔が更に歪む。

 実際、子上はあの場に居なかったのだから、他人事と言えば他人事なのだが。


「もう三日だ。まだ息があるとは分かっていても、ああなったのは俺の責任だ。俺が護れなかったから、俺が未熟だったから、あいつは……薙瑠(ちる)は」


 歯を食いしばる子元。

 子上は肉まんを頬張りながらも、真面目に話を聞いているようで。


「……兄さんの気持ちも、分からなくはないけど。あれは誰にも予測できなかったことだよ」


 とりあえずこれ食べてよ、と子上は少しでも兄の気を紛らわせようと、手にしていた兄の分の肉まんを差し出す。

 今まで子上の方を見向きもしなかった子元だが、流石に二度は断ろうとせず、差し出された肉まんを素直に受け取った。



 今から三日程前の、子元と薙瑠が〈逍遙樹(しょうようじゅ)〉のある村へと向かったときのこと。

 そこで幻術を施し、分霊(わけみたま)を彼女の身体に宿すという任務は無事終えたかにみえた。

 しかしその直後、呉国(ごのくに)(りく)伯言(はくげん)(りょ)子明(しめい)による襲撃に遭い、炎の海と化した村の中で、子元と薙瑠は彼らを迎え撃つ。


 問題はその後だ。


 子元が伯言と相対している最中に、予想もしない事態が起きていた。

 〈六華將(ろっかしょう)〉である彼女なら、大丈夫だと思っていた。

 相手を騙すと言えども、命の危機に直面したならば桜の力を使い、彼女が自ら命を危機に晒すような選択はしないと思っていた。

 だからこそ、信じることができなかったのだ。


 彼女が──格下の鬼に、茱絶(じゅぜつ)に刺されていたという事実を。


 そしてその後も。

 負傷した彼女の傷口を(こお)らせることで一時的に塞ぎ、あの戦いに終止符を打った人物のこと。

 彼女を此処(ここ)、洛陽まで空を飛んで(丶丶丶丶丶)運んだ人物──鴉のこと。


 いろんな出来事が起こりすぎて、子元は半ば混乱していた。

 今回の任務を知っている仲達や神流(かんな)を中心とする幹部たちには、鴉が先に説明したのだろう。

 彼よりも遅れて洛陽に戻った子元に、その時のことを問う者は誰一人といなかった。

 そのお陰で、彼自身も状況を整理する時間ができたのだが。

 三日経った今でも、考えるのは彼女のことだけだった。



 彼は、受け取った肉まんに視線を落とす。


 肉まんはまだ温かい。

 ──薙瑠もまだ、生きている。

 はむ、とくわえれば、美味しい味が口いっぱいに広がった。

 ──これを、彼女にも食べさせてあげたい。


 確かに美味しいのだが、気持ちの整理ができていないせいか、あまり美味しく感じられない。

 前を見れば、いつもと変わらない都城の日常。

 それなのに、まだ自分にはいつもの日常が戻っていない。

 そう感じるのはきっと──


「薙瑠殿がいないと寂しいね、兄さん」


 子元の思いを代弁するかのように、子上がぽつりと呟いた。

 既に肉まんを食べ終わったらしい彼は、石造りの柵から身を乗り出すようにして都城を眺めている。


「あいつが来るまでは、一人でもなんとも思わなかったんだがな……」


 そんな兄の言葉に、子上は驚いたように子元の方を振り返る。

 肉まんを頬張りながら都城を眺めている子元は、先程までの険しい顔ではなく、何処か寂しそうな、悲しそうな、そんな表情をしていた。

 気を紛らわせることは成功していないが、少なからず自分を責めるようなことはやめてくれたようで、子上にはそれが嬉しかったらしい。

 小さく笑いながら、兄はきっと答えてくれないであろう問いを投げかけた。


「薙瑠殿に会いたい?」


 子元は景色に目を向けたままで、子上と目を合わせることはなかったが、肉まんの最後の一口を食べ終わると、ぼそりと呟いた。

 それはもう、周囲の音にかき消されてしまうくらいの小ささで。


「……会いたい」


 そっぽを向きながら呟く子元の前髪が、寂しそうに揺れる。

 なんとかその呟きを聞き取った子上は、再び目を丸くしながらも続けて問うてみた。


「薙瑠殿と話したい?」

「……話したい」

「一緒に居たい?」

「いたい」

「お嫁さんにしたい?」

「した……いや、待て、ふざけるな」


 思わぬ罠に、子元は反射的に顔を上げる。

 面白そうにしている弟の顔が目に入るなり、父親に似た鋭い眼光で睨んだ。


「したいんでしょ?」

「黙れ」

「もー、今の兄さん素直だから言ってくれると思ったのに」

「誰が言うか馬鹿」

「でもさ、薙瑠殿に好意を寄せてるのは事実でしょ?」

「は?」

「……ごめん、僕が悪かったって。だからそんな怖い顔しないで」


 その視線が本気であることを感じ取ったらしい子上は、表情を一転させ、真面目な声音で謝った。

 そんな弟を暫くじっと見たあと、子元は睨むような視線のまま、再び日常の景色へと目を移す。

 気を紛らわせるつもりだったようだが、弟に言われた言葉が自然と胸の内で反復し、視覚からの情報が頭に入るはずもなく。


 ──お嫁さんにしたい?


 ──好意を寄せてるのは事実でしょ?


 繰り返される言葉に対して黙っていられず、子元は自問自答をするはめになる。


 好意、だと?


 彼女に好意を寄せている?

 何故(こいつ)はそう思った?

 そんなに分かりやすいのか?

 というかそもそも、自分は本当に、彼女に好意を寄せているのか……?


 それらの問いを、繰り返し己に問いかけるものの、結局答えは出ず。

 しかし、これだけ悩むことこそが、好意を寄せている証になるのではないか。


「……? そうなのか……?」


 険しい顔で真剣に考え込んでいるようで、子元は口元に手を当てながら、うーむ、と唸っている。

 そんな兄を見て、何を考えているのかある程度予想できた子上は、あることを思い立ったらしく、突如、壁に背を預けたままの兄の前に立った。


「……なんだ」


 弟のよく分からない行動に、怪訝そうな顔をする子元。

 子上は兄と同じ青い瞳を僅かに細め、突如子元越しに壁に足をついた。

 兄よりも顔半個分身長が低い子上は、子元を見上げるような形で、悪い笑みを浮かべている。

 その笑みを見て、子元の片眉がぴくりと動く。


 そう、これはまさしく、子元が出会い頭に薙瑠に対して取った行動である。

 そうと分かれば、子上がこの後することは。


「お前、俺の嫁になっ……!」

「いい加減にしろ」


 完全に無防備だった子上のみぞおちを、子元は膝で思い切り蹴りあげた。

 思わぬ攻撃に、子上は最後まで言葉を紡ぐことなくその場にうずくまる。


「ぐ……強すぎるって兄さん……」

「ふざけるお前が悪い」

「僕は至って真面目だよ、兄さんが悩んでるから答えを教えてあげようと思って……」

「余計なお世話だ」


 涙目で訴える子上の言葉を、鋭い声音で一掃した。

 しかし、今の彼の行動のお陰なのか、子元には気付いたことがあった。


 あの桜の木の下で、彼女と初めて出会ったとき。

 その時に比べ、自分の気持ちに変化があった。

 当時は〈華〉の意思によるものだと、己の気持ちを誤魔化していたが。

 今は、誤魔化したくない。

 彼女に対する己の気持ちを偽りたくないと、そう思う自分がいた。


 そして同時に、子元は自覚したのだろう。

 彼女に対する己の思いが──一目惚れによるものであるという事を。

 それはつまり、先程まで悩んでいたことに、答えが出たということで。


 刹那、子元の顔が朱に染まった。

 咄嗟に片手で口元を覆い、顔を背ける。

 子上は蹲っているため、そんな子元の様子に気付いていない。

 そのことに子元は安堵した。


(あの時の事だけでなく、今のこの有様を知られたらこの上なく恥ずかし……)


 突如、時が止まったかのように、子元の思考が停止する。

 そして足元で蹲っている子上に、半ば棘のある言葉で問うた。


「誰に聞いた?」

「……何を?」

「とぼけるな。今の、なんでお前が知ってる?」

「神流殿だよ、後日兄さんの〈開華(かいか)〉の話を聞いたら、面白そうにその話をしてくれたよ、僕と母さんに」

「あいつ……!」


 父親だけでなく、まさか家族全員に知られるとは。

 これ以上の羞恥はないだろう。

 怒りからなのか、それとも恥ずかしさからなのか、拳を震わせている子元の顔は再び僅かな赤みを帯びていた。


 それを冷やすように、涼しい風が角楼を吹き抜ける。

 その風に運ばれてきたのは、僅かな花の香り。

 その香りが鼻を刺激し、子元は脳裏に桜の木を思い浮かべた。

 〈空間変化(くうかんへんげ)〉によって創り出された、あの空間にあった桜の木だ。

 しかし、その香りがしたのは一瞬のことで、ゆっくりと吹く風に乗って何処かへ行ってしまう。

 どこから運ばれてきたのだろう。

 そもそも都城内に自然はあまりなく、花の香りがする方が珍しい。


「子上、今の香りが何か分かるか?」

「香り……? 何のこと?」


 不思議に思った子元は、未だうずくまったままの子上に問いかけるものの、彼には分からなかったようである。


 ──気のせいか。


 今まで彼女に関することを話していたために、別の匂いを花の匂いだと錯覚でもしたのだろう。

 そう思った子元だったが。

 直後にそれは否定される。

 いや、言い方を変えよう。

 その香りは事実(丶丶)だったと証明されるのだ。


 みぞおちを蹴られ、腹部を手で押さえながら立ち上がる子上は、兄に再び問う。


「その香りがどうかし……た……」


 子上の口から不自然に紡がれた言葉を聞き、子元はまたもや怪訝そうに子上を見る。

 目を丸くしたまま固まっている弟。

 彼の視線は子元ではなく、その斜め後ろ、角楼の建物内に注がれていた。

 何事かと、子元も壁に預けていた背を起こし、角楼内を振り返る。


 そんな子元の目に映ったのは。


 まばらにある兵士の人影の中で、静かに佇む青い華。

 その華は、二人を見て何処か気恥ずかしそうにしながらも、柔らかく微笑んだ。



「お久しぶり……ですね」




 ふわりと舞う、青色の華服。

 それは紛れもなく、今まで眠りについていた彼女──薙瑠だった。

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