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加護

「お前の加護はどんなだろーなー」


 カンベルが楽しそうに私に話し掛けてくる。

 加護を教え合うのは別に問題ではないが、不必要に言いふらすものでもないとのこと。ただ神からの授かり物と言うことで、加護を受ける時は皆ドキドキしてしまうし、身内にとっては一大イベントになるらしい。加護の内容は成長と共に変化するが、更新をしなければ同じ加護を受け続けることも出来る。

 教会がある街だと、一歳の生誕時と十五歳の成人の際に加護を受けるのが基本であり、四十を越えて寿命が近付く時に受ける人もいるらしい。そして、人間種に限らずコボルトなどの獣人種やアブガルなどの魚人種なども加護は受けれる。人種が違うだけなので当然だろうけど。


「ま、俺みたいに凄い奴なんてそうそういないがな!」

「…………」

「ふおっ!無言で蹴ってくるなよ!」

「カンベルが悪い」


 どうやら複数の加護があるのは珍しく、それが自慢なのかさっきからこうして威張ってくる。


「所で特典てなに?」


 狩猟協会で加護の数や希少性によって教会からの特典が変わると話していたので気になった。害竜の特効薬とか、神聖な料理とかすごく期待しているけど、どんなものか聞いてはいないのでずっと気になっていた。


「俺も詳しくはないがな。一般的な加護一つ持ってる奴は特典がない。俺は教会の寝食を無料で受けられるな」


 信徒による寄付金で運営されている教会だが、加護によっては神の寵愛を受けているとして、その者にも信仰が向けられる。よって、度合いにより特典が変わる。

 カンベルの場合は月に十日間は無料で寝食が与えられ、また神官の一部権限も持っていると話してくれる。また、治癒などの施工料も半額と待遇は良いみたい。金欠になれば、十日だけでも無料で寝食が確保出来るのだから猟師にとっては助かっているとのこと。


「無料でご飯……」

「エー。お前にその特典だけはやったら危険だってのは解る。一日で教会が潰れる」

「そんなこと…………ないよ」


 歩いてかなりお腹がスッキリして、もう膨らんではいない。そのお腹を撫でながら首を傾げる。寄付金だけで運営しているなら、食糧も少ないと思ったのだ。それなら、食べ尽くす自信もある。


「絶対それだけはやらないようにしないと」


 どうやら神官権限を発動させる気でいるらしい。カンベルは私の事嫌いなのかな?


「とりあえず加護次第だ。悩んでいてもどうにもなんねー」


 そして、指差す方向には白一色の大きな建物があった。


「あれがこの街の聖精教会だ。中央から入ってすぐに礼拝堂。右側が神官たちの居住区やらがあって、左側が孤児院。裏手が子供が遊べる庭だな。加護は礼拝堂の奥にある、聖加室で行われる」

「うん、なんとなく判ったよ」


 カンベルは出入りしているのか内部について詳しそうだけど、私には関係ないと思って細かくは聞いてはいなかった。

 だだ特典である寝食をする場所は居住区側らしいこと、カンベルは孤児院で子供に読み書きを教えていることは覚えた。さすが《幼女引力の加護》を持ってるだけあるね。幼女って、私よりも年下だから、私には影響しないよね。


「ほら、入るぞ」


 相変わらず手を引かれて、教会の簡素だが綺麗な扉を開けて中へ入る。


「ふわぁ」


 光が舞っている。色彩豊かな光が踊っている。


「精霊……」


 そう、この光たちは全て精霊だと直感する。

 街中を含めて何処にでもいる精霊だが、こんなにはっきりと普通は見えない。自分と繋がりが出来た精霊でさえ、見ると言うよりは感じる存在なのだ。

 しかもここには属性の偏りがなく様々な精霊が存在している。私が暮らしていた村や森には少ない《火精霊》や《水精霊》は当然、さらに一部に特性が強化された《氷精霊》や《雷精霊》、また非常に少ない筈の《時精霊》や《剣精霊》など多岐に渡る。


「凄いだろ。普通は見えない精霊がこんなにい…………なあ」

「ん?」

「なんで、精霊がお前に集まって来ているんだ?」


 私と繋がりある精霊以外にも次々と私に近付き離れ、周りを翔んで踊っている。

 カンベルは驚いているけど、私としては普通。この年齢で村一番の精霊使いである私は、昔から精霊を感じ、交流してきていた。だからか扱える属性が非常に多く、また現象に昇華する幅も広い。

 《精霊遊戯》と言う私の固有技巧。他の固有技巧である《身体把握》は生命のほぼ全般が有しているほど固有とは呼びずらい技巧であり、《森の寵愛》においても森林地帯で産まれた人間種(フォレストヒュース)にとってはポピュラーな固有技巧。それに比べて、《精霊遊戯》は私が聞いた数人には備わっていない固有技巧と呼べるものだ。

 その固有技巧は精霊と結び着きやすくなり、かつ精霊及び現象の強化。これによって私は村一番の精霊使いとなった。


「おいで」


 そして今も私の周りには無数の精霊が集まっている。


「エー。お前、精霊に愛されている存在なのか?」

「ただの友達」


 常に傍にいる精霊は私にとっての話し相手であり、遊び相手。なにもなくオヤツとして私の精力をあげることもあるくらい、家族に近い存在でもある。


「おお、これは素晴らしい」


 私が精霊と戯れていると、神官服に身を包んだ初老の男性とブカブカな修道服を着た女の子二人がやって来た。


「ロンリル神官長。ファエルとミイリーも」

「カンベル、数日振りですね」

「ベル兄さん、今日はお勉強を教えにきたの?」

「ベルさん、そっちの女の子は?」


 四人が同時に話した為、上手く聞き取れずにお互いに顔を顰める。一人ずつ順番に話して、ようやく先に話が進んでいく。


「今日は勉強を教えに来たんじゃねー。こいつの加護を貰いにな」

「カンベル、もう少し言葉使いが柔らかくなりませんか?しかも、加護を貰いにってそんな簡単に」

「簡単だろ?」

「準備がありますよ」


 ロンリルと呼ばれた神官とカンベルが話していると、私に興味が合ったのか女の子二人が近付いてくる。どちらも私より身長もあり、年上だと思う。


「凄いね。こんなに精霊が楽しそうにしているの始めてみたよ」

「うんうん。いつもより光ってるし」


 大人びた女の子は成人近くに見え、少し子供っぽい女の子が十歳くらいかな。それでも私より年上だけど。


「いつもこんな感じじゃない?」

「ええ、いつもは静かに舞ってるわ。確かにここは神聖な空気に満ちて精霊が過ごしやすい環境だけど、こんなに活発なのは過去にないわ。少し騒ぐことはあっても、ここまではね」

「私は始めてだよ。こんな元気がいいの」


 教会にいても精霊が活発なのが珍しいのか私の周りを観察する二人。だけど、なぜか精霊の半数は私の背後に移動して楽しそうに舞っている。


「私、精霊に嫌われてるのかな。いまだに契約出来ないし」

「お姉ちゃん、落ち込まないで」


 二人は外見が違うけど、姉妹なのかな?そういえば、カンベルをベル兄さんと言っていたけど。


「ミイリー、儀式の準備を手伝ってくれるかな?」

「はーい、ロンリル様」


 小さい方の女の子がロンリルとカンベルの方へ行き、もう一人の女の子がどうしたらよいか戸惑っている。


「ファエルはそこの……エーさんですか、カンベル。エーさんのお相手をお願いします。場所はどちらでも構いません」

「解りました。子供たちの様子も気になるので孤児院の方でお話していますね」

「はい。準備が出来ましたらミイリーを寄越します」

「はい」


 三人が礼拝堂の奥へ向かって行くのを、私たちと参拝者二人に他の修道士も見送る。


「さて、えと。まだきちんと自己紹介がまだでしたね。私はファエルと申します。今年で十四歳です」

「エー。八歳」


 まだ成人はしていないみたい。

 そのファエルの案内で孤児院へと向かう。


「私もここで育ちました。修道士には自分の希望ですね」


 特に聞いた訳でもないが、ファエルは自分のことを話ながら歩いていく。


「お父さんは私が産まれてすぐに病死したらしいです。そんな中、お母さんは私を育てる為に育児と仕事で休む暇なく、ある時過労で倒れました。あ、お母さんは生きていますよ。ただ、倒れた時に頭を打って……。あ、ごめんなさい。いきなりこんな話をしてしまいまして」

「ん、別に大丈夫」


 ファエルは話している時に暗い瞳をしていたが、すぐに元に戻った。


「この先に子供たちがいます」


 木製の白い扉を開けると、子供たちが遊んでいた。そしてファエルを見て、三人の私よりも小さな子供が駆け寄ってくる。


「お姉ちゃん、お仕事終わったの?」

「遊んでー」

「今日は本読んでくれる約束だったよねー」


 室内には男の子三人に女の子五人と修道服と前掛けを合わせたような衣装の女性が二人がいた。


「ファエル、仕事はどうしたのですか?」

「そちらの子は?」


 その二人の女性もこちらにやって来て、私を見ながらファエルに尋ねる。私も孤児だと思われてるのかな?


「この子はエーちゃん。加護を授かりに来たけど、儀式の準備の間相手する事になりました」

「そうなの?」

「エーさん。呼ばれるまではゆっくりしていって下さいね」

「うん」


 そう答えていると、三人の子供にファエルは引っ張られ困惑している。


「あなたはその子たちの相手をお願いね」

「でも。私の仕事……」

「お願いね」

「はい」


 そのままファエルは連行されていき、女性の一人も挨拶をして離れていった。


「はじめまして。私はこの孤児院の担当しているアインと言います」

「エー」

「ごめんなさいね。ファエルが何か変な事を言ったりしませんでしたか?」

「大丈夫」

「そうですか。良かったです。まだまだ修道士としては未熟なので粗相をしていないか心配してしまいました」


 ここで育ったと言ったファエルにとって、この女性は母親のようなものなのだろうか。それならば、その逆で女性にしたら自分の子供。心配くらいはするよね。


「エーさんは加護を授かりに来られたのですね」

「うん」


 教会が身近にあれば年齢の節目で加護を授かるが、村などからは年齢に関係なく加護を授かりにくる。まあ、私の村はほとんど授かりに来てはないはず。

 無くても困らないので、村人はわざわざ加護の為だけに教会にくることはない。小さな祠に祈りを捧げれば充分なのだから。


「エーさんの親御さんも一緒なのですか?」


 他の村から来たと女性も思っているのだろう。それなのに親の姿がないのが不思議なのだろう。加護を授かるのは一大イベントなのだ。子供には親が付き添うのが普通だとカンベルから聞かされていた。私がホルン村出身なのも狩猟協会で知っているので、両親が居ないこともカンベルは知っている。


「いない。みんな死んだから」

「あ……ごめんなさい」

「大丈夫」


 もう別れは済ませたから。確かに寂しいけど、もう受け入れたから。覚悟を決める時にも別れはしてきた。


「エーさんは、これからどうするのですか?」


 私を孤児だと思っているのかな?だけど、私には家族がまだいる。村人全員にコボルトたちや精霊たち。だから、私は一人じゃない。


「旅をする。王都まで」

「しっかりと目的があるのですね」


 ひょっとして、ここに受け入れようとしてくれているのかな?

 でも私には目的がある。その為に私は止まれない。


「うん。やらなきゃいけないことあるから」

「そうですか」


 会話が途切れた所にミイリーがやって来た。

 アインも私じゃなければもう少し会話が弾んだのかもしれない。


「準備できたよー」

「うん」

「ミイリー、言葉遣い」

「はーい」


 聞いているのか変わらずな感じでミイリーは返事をして、逃げるように私の手を掴んで走る。


「こらっ、ミイリー!走っちゃいけません!」


 すでに扉が閉じかけている向かうからアインの声が聞こえる。


「あははっ。それじゃこのまま突っ切るよー」

「うん」


 後で怒られないのかな?と思いながら礼拝堂まで来て、そのまま奥へ通じる通路を走る。途中、すれ違った修道士も怖い顔をしたけど私は悪くないから、怒られないよね?大丈夫かな。


「ふう。この扉の向こうが聖加室だよ」

「加護の部屋だよね」

「そだよー」


 笑いながらミイリーが扉を開けると、中にはカンベルたちが待っていた。


「来ましたか。ですがミイリー、あなた走りましたね。歩けばこんなに早い訳がありません」

「あ、ははは。あ、掃除してきますね!」

「あの子はまったく」

「元気が一番ですって」


 ロンリルとカンベルが話しているが、私は室内を見渡す。

 天窓から射し込む光で室内は明るく、ここも白を基調とした部屋になっている。

 正面には六つの白亜の像。大神六柱なのだろうか。それを囲むように小さな像が並んでいる。

 壁には神獣が彫られている。そして、精霊が舞っている。

 ここだけで神に連なる系統が揃っていた。それだけ神聖な場所なのだろう。


「エー、こっちこい」


 カンベルに手招きされて近寄る。


「エーさん。こちらの針で指を刺して頂けますか?そして、血を正面の水皿へ」


 六柱の像の中央には銀色の角皿に水が張られている。


「ちょっと痛いかもしれんが、五滴くらい落としてくれれば良い」

「わかったよ」


 いよいよ加護の儀式とあって、私もドキドキしてくる。


「んっ」


 針で刺すくらいの痛みは我慢できる。ゆっくりと珠になり落ちる血液。私の周囲で戯れている精霊が水皿へと近付いて様子を見るような仕草をしていて可愛い。


「あ、光ってきた」


 水皿が光り、そして私の中にも暖かな光が入るような感覚。


「んんっ、はぁ、んっ!」

「反応が強いですね」

「ああ、神像もかなり発光してる」


 身体を駆け巡る、くすぐったいけど気持ちいい感覚が鳴動するように強弱をつけ、やがて収まってくる。


「エーさん。神々の加護を無事授かりました」

「とりあえず、水皿から加護証を取り出してみろ」


 まだ身体が温かいまま言われたように角皿に手を入れると、一回り小さな物が手に触れる。それを取り上げると。


「カード」


 カンベルが見せてくれた狩猟協会の会員証と同じサイズのカードがあった。

 白いカードには名前と加護が書かれていた。


「エーさん。加護者の記録をしないといけませんので、申告して頂けますか?」


 針を置いてあった机には分厚い本が二冊あり、その一冊をロンリルは開いていた。


「えと……」


 改めてカードを見る。そこに書かれてある加護を読み上げる。


「《森羅万象の加護》。《日進月歩の加護》。《食育の加護》」


 最後のはご飯の神様なのだろうか。やっぱりご飯の神様はいたんだ。なんか嬉しい。


「おい、まじか。本当に三つか」

「悔しい?」

「べ、別に悔しくなんかねー!」

「カンベル、静かに」


 ロンリルは記載し、もう一冊の本を開く。何かを探しながらも、ロンリルは語る。


「しかし、《森羅万象の加護》ですか」

「知ってるの?」

「ええ。こちらの本には今までの加護の種類が記録されています。ですが、幾つかは探さないでも有名なものもあります」

「有名?」


 それって一般的な加護だろうか。授かる人が多いなら、本で探すこともなく覚えているだろう。


「はい、単神による最上の加護と並んで複神による加護の最上が《森羅万象の加護》です。この世界で十人いるかどうかの特別なものです」

「ちなみに、単神で最上は原初の混沌神による《根源の加護》だな。こっちは五人もいない。しかも、この加護を授かったら他の加護は受けられない強力なものみたいだな。けっ」

「カンベル。あなたの《幼女引力の加護》も珍しいものなのですから、そう腐る者ではありませんよ」

「それを言うなー!」


 本を確認していたロンリルは、「内容を確認しました」と言って本を閉じる。


「ちなみに《身体把握》で内容は確認できるぞ」

「規約による特典を認めるので、暫しお待ち下さい」

「あ、こいつに無銭飲食だけは絶対やらないように!」


 カンベルがなにか言ってるが、気にせず《身体把握》で自分の情報を見てみる。もしこの技巧がなかったら、神官から教えて貰えるみたい。その為の加護一覧の本でもある。始めて確認された加護は世界中の教会に報告され、重要性や汎用性などを協議するとのこと。つまり、私の加護もすでに誰かも持っている物で少し残念。

 それよりも、把握に意識を向ける。


「固有技巧に入るんだ……」


 《森羅万象の加護》:あらゆる属性に精通し、現象の制限緩和及び強化を施す。また、精霊への精力譲渡を大幅に軽減する。

 《日進月歩の加護》:経験による能力の向上を確実に行う。また、潜在能力を引き出し易くなる。

 《食育の加護》:食に関する技巧を種族の枷を取り外し会得しやすくなる。


「おー、さすがご飯の神様。他にも会得したものあるんだ」


《精力還元》:自身が発現した現象を中断すると、譲渡した五割を還元してくれる。恩恵プラス30。

《身体制限解除》:任意で自身の身体能力の枷を外し、能力を向上する。ただし、使用時間により後遺症に違いが変わる。

《食事回復》:食事により体力及び精力の回復を大幅に増加する。抗体プラス25。

《食材知識》:食材についての知識を得られる。知力プラス10。


「《食事回復》……神様は言っている。何か食べろと」

「は?」


 技巧でかなり強くなれたかな。


体力:89(+355) 精力:24(+330)

腕力:29(+175) 脚力:40(+185) 知力:21(+270)

俊敏:44(+175) 抗体:27(+395) 恩恵:11(+195)


 前回盗賊を倒した時に、基礎腕力と敏捷が上がっていた。それに加えて、今回の補正で強くなれた。

 加護を貰えて良かったよ。


「この後はどうするんだ?」

「直に暗くなるから依頼は明日にして、買い物かな」

「また買い物か。金持ちめ」


 加護を受けてからカンベルがやさぐれている。そんなに加護の数が同じだったのが不満だったのかな。

 加護などを確認していると、ロンリルが戻ってきた。

 買い物前に特典を聞いてみよう。

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