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アブガル

 大きな魚がいた。その魚が私にぶつかり、振り返る。

 見た目は魚だが、腹ヒレが手足のように大きく、下半身に値するヒレが足のようにしっかりと地面につき身体を支えている。


「これはすみません。怪我はされませんでしたか?」


 紳士的で流麗な言葉で話し掛けてくる。賢い魚だね。


「…………、……ごくっ」


 さっきご飯を食べたのに喉が鳴る。こんなに大きいと一回で食べられるかな?


「あ、あの?えー……涎出てますよ」

「じゅる。ん、大丈夫」

「いやいや、あの。なんか、身の危険を感じるのですが」

「大丈夫」


 焼いて食べても、煮て食べても。蒸しても、生でもこれだけ大きいならいろいろ試せるね。


「あれ、逃げないで」

「ひっ!」


 魚が後退りする分、私は前に出る。すると、ただでさえ青い顔を青くする。

 うーん、魚でも魚人かな?賢い魚がいるって、なんか聞いたことあるような気がする。確認に味見してみた方がいいよね。


「こらっ!」


 私が魚に視線を集中させていると、突如後ろから掴まれた。


「なに?」


 そこにはかなり筋肉質の人間が難しい顔で私を睨んでいた。


「横取りはダメ。私が食べるから」

「ひぃぃ!」

「何言ってるんだ?魚人種(アブガル)は食べ物じゃねえ。この街の住人だ」

「…………知ってた」


 アブガルと言う種族は聞いたことがないけども、コボルトのように一緒に暮らしてるみたいだね。残念。


「そうかっ……って、またそいつ見て涎出してるんじゃねえよ」

「出して、じゅる、ない」

「ああ、あの、助けて下さい。このままだと食べられてしまいます‼」


 そこでようやく、恐怖から復活したアブガルが筋肉質の男性に救いを求めた。


「ああ。嬢ちゃん。確かにアブガルは旨いとは聞く」

「ひぃぃ!」

「だがな、こいつらは共に漁をして暮らすこの街の住人なんだ。こいつらに危害を加えたら、自警団などがお前を捕まえにくるぞ」


 自警団って、橋の兵士たちのことかな?

 共存しているなら下手に食べられないね。でも、旨いってことだしいつかは食べてみたい。


「味見だけ」


 つい、口から欲望が漏れた。


「ああ、私はここでこの小さい女の子に食べられて死ぬ運命なのでしょうか。やはり、私どもは食べられる運命からは逃れられないのでしょうか。ご先祖様がこの湖の浮き島に避難してきたにも関わらず、食物の連鎖は断ち切れないのですか。後から来た人間ともこの百五十年程は良好な関係だと安心していましたが、それはまやかしだったのでしょうか。あんまりです。これが運命だと言うのなら、私どもは何を信じて行けば良いのでしょうか」


 男にすがり付いて泣くアブガル。そんなアブガルを見て、男も嫌そうな顔をする。


「あ、眼が乾いて来ましたね。皮膚も少し乾燥してきました。いやはや、私はこれにて湖へ帰ります」


 泣いていたと思ったら、急に立ち上がり何事もなかったかのように去っていった。


「あ、魚。逃げられた」

「はああ。おい、お前」

「なに?」


 美味しいと言われた魚が逃げたので、少し機嫌を悪くして男に視線をやる。


「お前、この街の人間じゃないのか?」

「うん」

「だよな。いいか、さっきも言ったがアブガル達とは長いこと共に住んでる。ここが発展して物流も盛んになったのはアブガルの漁の技術のお陰だ。あいつらの棲みかは湖にある三つの小島だが、よく物々交換にやってくる」

「うん」

「お前だってこの街に来て魚くらい食っただろ。あいつらがいなくなれば、魚が高騰するし、数も減ってなかなか食べられなくなる。それでいいのか?」

「それは絶対ダメ」


 この街が発展する上でアブガルたちの漁技術は大変重宝された。現在では人間だけでも漁獲高は上がるのだが、そこはかつてより暮らしていたアブガル達を配慮してと、発展に貢献したアブガルたちの暮らしを守る為に漁獲制限と漁場を決めていたので、一時的にでも言ったことが現実のものとなる。

 子供にそんなことを言っても理解は出来ないと思った男は、その子供の涎と獲物を見る眼から食いしん坊だと当たりを付けた。半分賭けだったが、どうやら本当に食いしん坊なだけだったと確信する。


「嬢ちゃん、腹減ってるのか?」

「んー、まだ少しなら食べられる」

「奢ってやる。ただし、今後あいつらを食べようと思わない事だ」

「ムリ。だって、美味しいんでしょ?」

「あ、ああ。だが、食べるな。思うだけならいいが、食べようとするなら奢らん。ついでにこのまま自警団に尽き出すが?」


 男は旨いと言ったことを後悔しながらも、半ば脅迫のように伝える。男だって、実際に旨いのかは知らない。古い詩吟にそのような事が謂われていただけの噂にもならない情報だった。そんな情報を信じて子供がアブガルに食らい付いたら確実に自分のせいだと思った。だから、子供の腹を満たすくらいならと軽はずみな判断をした。

 こんな子供を自警団に渡すのも可哀想だしな。だが、親はどこにいるんだ?

 親の無責任さに憤りを感じながら、ほっとけない男は手を差し出した。


「俺はカンベル。狩猟協会に身を置いてる身だ」

「エー」

「エーか。とりあえず着いてこい」


 男が向かったのは安くて量がある大衆食堂。そこそこの味にさえ無視すれば満足に食べられるので、座席はいつも半分は占めている人気店。

 そこから男の悲痛な叫びが上がった。


「もう勘弁してくれー!」

「え、まだ甘いもの食べてない」


 机には何枚もの空の皿。そして、未だに次の料理を吟味する子供。

 この三日の稼ぎが全て消えてしまった。消えた先は、妊婦のように膨らんだ子供のお腹。


「本当に勘弁してください。お願いします‼」

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