始めてのお買い物
「ぐえぇ、おぷっ、うげえぇ」
眼を醒ましてすぐに吐き気がきた。
「うえっ。……はあはあ、もったいない」
手が震えている。喉が熱い。
寝床にした草の上に吐瀉物を吐き散らかす。それでもまだ足りないのか酸っぱいものが込み上げる感覚がある。
胃液以外には僅かな骨の欠片のみなので、夕べの肉が無駄にはならなくてホッと安堵する。食べ物を無駄にはしたくないもんね。
「はあー。うぷっ」
もう何も口から出ない。朝一からこれはキツいよ。
「…………覚悟足りなかった」
原因は解っている。
昨日始めて人を殺したんだ。もう覚悟が出来ていると思った。殺した時も特に感じなかった。
だけど甘かった。何処かで忌避していたのかもしれない。あんな夢を見るなんて。
「もっと強くならなきゃ。あいつらを殺すまでは、もっと慣れなきゃ」
ああ、膝も震えていて力が入らない。それでも目的の為に強くならないといけない。
「お腹減った」
空っぽのお腹を擦りながら私は枝に刺した野猪の頭を取り、礼を述べてそのままかぶり付く。
「うん、美味しいね」
いつもよりは食欲がない。それでも頭位なら簡単に胃に収まってしまった。ごちそうさまでした。
「そろそろ動かないと」
ハンストの街までまだ距離がある。それにこれだけ血が流れているんだから、いつ魔物が来てもおかしくはない。寝ている時に来なくて良かった。
見ると男達が流した血痕に何処からかゲルーパが集まって、体色を赤黒く染めていた。
「一緒に行く?」
荷袋二つを担ぎ、食事が終わった子供ゲルーパを手に乗せる。うん、やっぱり可愛い。
寝床を離れて移動すると、ゲルーパの山が見えた。きっと男達に群がっているのだろう。
それを尻目に街道に向けて歩く。街道からは街までひたすら歩いていく。文字通り道草を喰いながら。
「今日は土鼠が二匹だけ。残念」
魔物も見付けたけど、武器がいまいちなので無視して獲物を捕まえたが、今日は不猟。小さい鼠二匹をあっけなく食べて、荷袋から干し野菜を食べて今日は休む。ほとんど休みなく歩いて疲れた。
「おやすみ、ゲルーパ」
子供ゲルーパを寝床の草に移して眠る。この日は悪夢を見ることはなかった。
「んわ、んー。もう朝……」
起きたらゲルーパはどこにもいない。一人で干し肉を食べながら再び歩く。
半日も歩くと湖が見えてくる。
「すごい。キラキラして綺麗。全部水なの?あそこにお魚いっぱいいる?」
ワクワクしながら足を速めること二ターム。とうとうハンストの街が見えた。
「おっきい」
遠目に石の壁。その手前にも天幕や木屋が建ち並んでいる。それを囲うように木の柵が見える。
「川が囲んでいる?」
さらに近付くと、柵の手前に街を包むように川が流れている。
「これが堀っていうやつなのかな」
自然な川には見えない。柵の回りを五十メルト位の幅で整えられている。私の身長が十三メルトくらいだから、脚力に自信がある大人なら飛び越えられるとは思う。私も余裕だけど、中の柵が問題だね。
太い木を縦に半分にした柵が高さ三十メルトはある。さらに、私の武器でもあるセンリの木が等間隔で植えてある。
センリは幹も枝も鋭い棘がある木で、私の【センリの棘棒】は自分で枝を伐って持ち手部分の棘を取り除いただけ。小動物の狩りには便利な自然の武器。ちなみに、これの若葉は茹でたら美味しい。
「あ、若葉発見」
採るには中に入らないといけないかな。そもそも採って良いのかな?
「とりあえず中に入ろ」
堀を越える橋が二ヶ所あると手前の村では聞いている。そこに向かい歩く途中にも若葉を見付けて、涎が出る。美味しいものが目の前にあるのに食べられない苦しみ。それを耐えながら橋に到着。兵士みたいな人が二人、それに話している商人みたいな人。後ろにも一人いるので、その人の後ろに並んでみる。
「子供一人か?街に入りたいのか?」
「うん。いい?」
「武器はナイフと剣か。協会の人間か?」
センリの枝も武器なんだけどな。それよりも……。
「協会?」
「違うのか?協会は協会。狩猟協会だ。狩った動物や魔物の素材を買い取ったりする」
「そうなんだ。ありがとう」
ご飯の素材も売ってるのかな。未知の食材なんて魅力的だよ。
「で、ここには観光か?親は?」
「うーん、お魚食べに。あと、親いない」
「あ、そうか。よし、入っていいぞ」
「うん」
兵士の間を通って橋を渡る。あ、こっちにも一人兵士いるね。
「あ、若葉」
足を止めて、内側の兵士に話掛ける。
「どうしたんだい?」
膝を曲げ、私の目線に合わせてくれる優しいオジサン兵士。おなじ人間種みたいだね。
「えと、周りのセンリの若葉って貰っていい?」
「うーん。採りすぎると成長が遅れるから、一本につき少しならいいと思うよ」
「ほんと?ありがとう」
この日、全てのセンリの木から若葉が摘まれたのは言うまでもない。
「えっと、まずは食べ物食べ物」
若葉を毟りながら、外周を歩いてみる。中心に行くほど店があるようだけど、湖に面した箇所は流石に鮮魚を売っている。
「えーと、このお金で買えるかな」
始めてお金を使うのにドキドキする。物々交換しか知らないから価値が解らない。盗賊に先に聞いておけば良かった。
「いらっしゃい。お使い?」
「違うけど、これ、買える?」
木の棚に並べられた大小、四種類の魚が沢山ある。その中で一番大きな白銀に黄色い斑点の魚を指差す。
「サルーギョか。これだけ大きいのは三百リンドはするな」
「サルーギョ?三百リンド?」
「……貨幣知らないか?村の出身か。リンドはこの国の通貨単位だよ。三百リンドで銅貨三十枚。ちなみに、サルーギョはこの魚の名前」
「えっと……これで足りる?」
銅貨ってどれだろ?色が同じだから解らない。
「これだけあれば……いや、これはベンス銅貨でこれはリグル小銅貨にリグル銅貨か。えーと、これとこれと…………」
なんか硬貨を選り分けている。うん、同じ硬貨で分けているね。
「リンド銅貨が五三枚か。ああ、これで足りる」
三十枚を避けて、それぞれに小さな袋に分けてくれる。
「どうやって手に入れたか解らないが、リンド通貨以外はこの国じゃ使えないぞ。この袋に入っているものだけ使える。他もそれぞれに分けといた」
「うん、ありがとう」
沢山あると思ったのに、使えるのがあと二三枚なんて。
「そんな泣きそうな顔すんな。よし、この小さいのはオマケだ」
「わあ、ありがとう」
サルーギョを包んだ葉っぱを一旦拡げて、青銀の小さい魚を五匹追加で入れて包んでくれた。
「この小さいのはフーギョって言うんだ。少し生臭いが、焼いたりすれば気にならない」
「そうなんだ。サルーギョは?」
このままでも美味しそうだけど、料理も食べてみたい。
「同じく焼いたり、あとは蒸したりかな。この街の魚を扱う飲食店なら持っていけば、安く調理してくれる。まあ、魚扱うなんてほぼ全てだがな」
「ほんとに?嬉しい」
「泣きそうだったが、笑った方が可愛いな。やっぱ子供はそうじゃなきゃ」
「えへ、うん。色々ありがとう」
「おう。また買いにこい」
「うん。ばいばい」
お金は残念だったけど、オマケと料理の事を聞いて私は嬉しいままにお店を探した。
サルーギョとセンリの蒸し焼きと、フーギョの直火焼きがとっても美味しかった。
サルーギョはホクホクでふっくら柔らかく、センリの味と相まって淡白だけど薄すぎることもなく、ペロッと食べた。
フーギョは身が締まっており、魚独特の香りと脂が口一杯に広がり、こちらもあっという間に完食。どちらも頭から骨まで満足だった。店員に驚かれたけど、残すなんて勿体ない。ちなみに、二品で百二十リンド。持ち込みだからこれだけ安いみたい。
「ふう、満足」
満足だからお金なんて気にしない。
気が緩んだからか、飲食店から出て人にぶつかった。いや、人間種ではなかった。
「おっきなお魚。……美味しそう」
崖山羊の服
防御力:2
貴重度:一般
説明:崖山羊の皮を二枚張り合わせた服。袖の部分は無いが、見た目より温かい。
付与:なし
クヌハの葉靴
防御力:1
貴重度:一般
説明:クヌハの木にある葉を編み込んで作った靴。通気性がよい。
付与:なし
銅のナイフ
攻撃力:3
貴重度:一般
説明:銅を用いて作られた一般的なナイフ。切れ味はいまいち。
付与:なし
センリの棘棒
攻撃力:2
貴重度:一般
説明:センリの木の枝を加工した物。鋭い棘が痛い。
付与:なし
青銅の直剣
攻撃力:5
貴重度:一般
説明:青銅を用いて作られた一般的な剣。切れ味はそこそこ。
付与:なし
貴重度(一般➡希少➡詩吟➡伝説➡神物)




