初めての殺人
「あむっ」
ハンストの街へ向かい旅をしている最中、美味しそうな草や茸を摘んで食べている。けど、この草はあんまり美味しくない。赤紫色をしており表面がザラザラとしている。細かな棘も頂けない。ピリッと苦い味は大人向けだけど、まだ私は子供なのであんまり苦いものは好きじゃない。
「これはハズレだね。ねー?」
左手に乗せた無害な魔物。掃除屋と言われるゲルーパ。世界各地に分布しており、主に死骸を食べてある程度大きくなると分裂して増える。今、私の手に乗っているのは掌サイズの子供。古い角質を食べたのか若干肌と同じ白橙色に近い色合いに変わっている。
「君は不味いから食べないし、安心していいよ」
プルプルと揺れる物言わぬ魔物にそう話掛ける。別に寂しいから捕まえた訳じゃない。話し相手が欲しかっただけ。
このゲルーパは危害を加えなければ攻撃をしてこない。半透明な身体に小さな魔晶核が可愛い。だけど傷付けると身体から溶解液を噴出して攻撃してくる。このサイズなら肌が爛れるくらい。
私はもうゲルーパは食べる気にはなれない。あれは森で迷子になっていた頃。動物を捕獲出来ずに空腹も危険な状態になっていた時に、子供のゲルーパを発見した。簡単に捕まえられたのでそのまま一口。
「思い出したら気持ち悪い」
動物の死肉とは違う気持ち悪さが咥内を蹂躙した。グニュッとした食感だけなら平気だけど、途端に吐き気が襲い吐き出してしまった。もったいない。
噛み千切られた事で、私に向かって溶解液を何度も噴出して肌が爛れた。もう少しで眼に入って失明まで仕掛けた。なんとか顔を覆い、落ちている枝や石で何度も叩き魔晶核を破壊して難を逃れた。その時に《溶解耐性》を獲得したみたい。それからはゲルーパを見かけても食べようとは思えなくなった。
「魔物食べようとする人なんていないから、調理も出来ないしね。君は火で熔けそうだし」
プニプニと優しくつつく。このくらいなら攻撃はしてこない。
「こんなに美味しそうなのに。残念」
現在、人口三百人くらいの村を通り過ぎてさらに二日が経った。その村の特産品も特に目立ったものはない。私の村よりも野菜の種類が多く、家の作りも確りしており、なによりも衣服がきちんとしている。
私と言えば、いや私の村と言えば人口の少なさもあり畑も小さく野菜の種類も少ない。
家は木をそのまま蔦で縛って、屋根は大きな葉っぱや枯草を載せただけ。衣服については狩りで得た毛皮。布の服は他の村へ行く村長や村長代理、あとは二人の補佐に優先的に回されている。昔の村よりもかなり質が落ちているみたいだけど、私は子供ですぐに汚していたので当時も毛皮服が多かったから着る物に不満はない。下着なんて贅沢な物を通過した村で知ったばかりだしね。
再開発には食と住を優先して力を入れているので、まだ布の服を作るには至っていない。コボルトたちの方が衣食住が整っている。
「初めて他の村に行ったけど、あんまり私達と変わんなかったね」
村と村の距離は一日と半分もあれば辿り着けた。だからそう環境の変化はない。しかし、人間種を始めて見る事は出来た。
数は少なかったけど、私の村は人間種しかいない。王都だと私達の人種は少ないと聞いたけど、この辺りはまだ私達と同じ人種の方が多い。国になる前は人種同士で住み分けていたとも聞いたけど、歴史にあんまり興味がなく真面目に聞いていなかった。あの時のミルワお姉ちゃんが怒った怖さの方が印象が強いくらい。
人種の違いと言えば、人間種が森に住んでる人が多く、髪が薄茶色で肌が白橙色。脚力があるのは森で暮らしているからだけど、あとは瞳が淡緑色から濃緑色。犬歯が発達しており、やや耳の尖端が尖っている。
ちなみに私は背中の半分くらいまである薄茶色の髪。村で一番色が薄い。瞳も淡緑色。
それに比べて人間種は髪が焦げ茶から黒色。肌が薄橙色で瞳が茶から黒色。犬歯も別に鋭くないし、耳の尖端は丸い。
おじいちゃん人間種に触りまくって観察させてもらった。感謝だよ。
あとは、人間種の方が身体が丈夫だからか寿命が三十年か四十年は長いみたいとも観察中に教えて貰えた。あの時貰った干し白棒根は美味しかったな。
「お腹減った」
肉が欲しい。ちゃんとした料理が食べたい。
簡単な炒め物は作れるけど、貴重な調理道具なんて持ってきていない。買うお金もない。
村同士は金銭以外に物々交換も出来ていたから、私の村にお金がない。それも竜騎士にあらかた盗まれたのと、火事で焦げて価値がなくなったりしたせい。全部ドラゴンと竜騎士が悪い。
「君とも別れて、そろそろ寝る場所と食べる物探さないと」
ゲルーパを踏み締めて固められた道から外れて、草の上に帰す。私に未練もなくゆっくりと離れるゲルーパの行動が少し悲しい。
「んー、んじゃ木がある場所はっと」
もし雨が降ったらを考えて、固まって生えている木々を見渡す。《視覚強化》とともに《樹精霊》に話掛けて最適な場所を探す。
「あ、向こう側いいかな。野猪も一頭発見!」
寝る場所の近くに、一頭の野猪が歩いている。親子なら危険だし可哀想だけど、あれなら大丈夫かな。
「きょーのごっはん、ごっはん。いのししのおっにくー!」
駆ける。隠れる。ゆっくりと《隠密》を使い近付く。それを慣れた感じで一つの動作として行う。
「ふー……。しっ!」
背後から一気に飛び出して、【銅のナイフ】で両後ろ脚を斬り付ける。まだそれほど大きくないので、一人立ちしたばかりの個体か危機感が薄かったので助かった。
漸く気付き前脚だけで逃げようとする野猪。この状態でも近付いたら危険だけど、そこは《体術》で鼻先を蹴り昏倒させる。留めに咽元をナイフで切り裂く。この程度ならもう慣れた。
「やった、お肉手に入った。寝床まで運ばなきゃ。あ、おじいちゃんみたいに干し肉にしてもいいかな。でも、そんなに一ヶ所にいないし。むー、食べちゃえ」
普通の子供より、いやその辺の大人より腕力があるので抱えて運ぶことも難しくない。
「先に血抜きしなきゃ」
そのまま抱えると汚れるので、《解体》で適切な箇所をさらに切り血を抜く。
「やっわらくー、のーこー。ちょいけものくさいけどー、おいしいおっにくー」
寝床に到達するなり、さらに皮を剥ぎ、手頃なサイズに切っていく。骨や内臓も私なら問題なく食べられる。世界に優しいね。
「天空と大地と大海に感謝を。生命の糧に祈りを」
食事の前にする祈りを行う。おやつにはしないけど、毎日二食の食事には欠かさない。大海なんて見たことないんだけど、色んなお魚が獲れるみたいなのでいつか行けたらいい。隣国に行かなきゃないから、この旅が終わるまで我慢しないといけない。だから次の湖に面したハンストの街が楽しみです。
「生で食べれるようになって良かったよ」
まだ血の味がするけど、それがまた癖になる。柔らかいのに筋っぽく、噛みごたえがある。獲りたてなので弾力感が強い。
「んー、骨の中の液体もおいしい」
ガリボリと骨を噛み砕き、中の僅かな液体を啜る。濃厚で、まず誰も知らない美味がここには詰まっている。内臓もまたおいしい。特に肝。蕩ける幸せです。
「はふぅ。まだ、頭残ってるけどお腹一杯」
大人でさえ残す肉の量に加えて、骨と内臓も食べて漸く満腹になる。喉が渇くので、避けていた体液や血液で喉を潤す。もう、人間とは何かと言う忌避勘のなさ。さすがに村人にさえ見せていないエーの姿がそこにはあった。
「頭は明日の朝にでも食べればいいかな。二日目の方が美味しいしね」
毛皮は他に使えるので枝にかけて乾燥させる。匂い取りと腐敗防止にそれぞれに効果がある野草を刷り込んでいる。
「ちょい眠い。先に頭を避難させなきゃゲルーパに横取りされちゃうよね」
口を血で染めた幼女はやはり食べ物を優先する。《睡魔耐性》があろうとも、寝なくて良い訳じゃない。ずっと起きていれば、それだけ思考力が低下して危険に直結する。
だけど、耐性のお陰で他を優先することも出来る。エーはそれを食べ物に費やす。
「おお、枝に頭だけ刺さっているとやっぱり怖いね。んじゃ、おやすみ野猪さん」
眼を閉じてどれだけ経ったか。
ザワザワッと草を掻き分ける音と、人の声。
「ん。ふわっ。こんな夜中になに?」
街道から外れたこんな場所に人がいるとは思えない。こんな夜中─時間にして夜十時くらいなのだが、そこは子供なエー。本来は熟睡している時間─に狩りでもない。
「兄、血の臭いがするぞ」
「狩人だろ。それよりもハンストに向かう商人を殺せたんだ。さすがに大丈夫だろうが注意しろ」
「はいはい。こんだけ離れれば大丈夫だと思うがな」
その会話を寝惚けながらも《聴覚強化》で聞き、それが二人の正体が盗賊だと判断する。
「ミルワお姉ちゃんに聞いたけど、盗賊ってもっと多いんじゃなかったかな」
会話から二人が兄弟と当たりを付けて、草むらに身を潜めて《隠密》と《追跡》で移動しながら一定距離を開けて観察する。
「兄!な、なんか枝に変な物が!」
それは先程ぶっ刺した野猪の頭。月光が瞳を反射して怪しく光るが、残念かな。高低差でその眼光は見えない。
「動物の頭?魔除けとかか?それより毛皮もあるぞ。牙も少しは売れるかもな。おい、引き摺り下ろせ」
「え。あ、あいさー」
私のご飯!横取りなんて赦せない。
二人が後ろを向いている内にそっと近づき、兄と言われた人物の足の腱を切り裂く。
盗賊なら、殺しても良いよね。
「ぐぎゃ!あ、あっ!」
「兄、どうがぁ」
細身の男にも同じく這い寄り、足の腱を同様に切り裂く。
「私のご飯盗むなんて赦さないよ」
草むらから立ち上がって二人を見下ろす。
兄の足は深く切れたのでほっとけば死ぬかもしれない。だけど、細身の男は危険を感じたのか動いたせいで片足しか切れなかった。それも完全に動きは封じれない程度。
「ガキ?お前か、俺達を切ったのは」
「うん。ご飯の恨み」
「ご飯?なに訳わかんねーこと言ってやがる。今なら犯されるだけで赦してやる」
「……ん?犯されるってなに?」
意味が解らなかった。聞いたことのない言葉だから仕方がない。
「その身体で理解させてやる」
足を庇いながら男が直剣を持って斬り掛かってくるが、あっさりと躱される。
「遅いよ?」
「ぐわっ」
勢いそのままに地面に倒れ混む男。いくら怪我をしても子供に避けられるとは思わなかった。
二人は剣の扱いだけはかなりの物だと自負しているので、落ちぶれてからも剣の鍛練は惜しまず、そのお陰で何人かの商人から荷物を略奪することに成功していた。それなのに、この子供には当たらなかった。護衛さえ殺せる自分たちがこうも簡単に。
「殺す」
「うん」
気力で立ち上がる男。今の攻撃で足からの出血が増えている。それでも男は一つしかないプライドの為に剣を構える。
「ガキ、もう死にやがれ」
「ごめんなさい」
傷みのせいか、大上段からの大雑把な攻撃をいとも容易く躱し、《跳躍》を使用せずとも軽い飛び上がりで男の胸にナイフを突き立てる。さらに、開いている左手で男の手を捻り剣を取り落とす。
「ぐ、がばっ、がほっ」
「ごめんなさい。私はもう人殺しの覚悟しちゃったから」
落ちた直剣はあまり切れ味がよく無さそう。それを持ち上げ、鈍く月光を反射させる。
男は、月光を背にした子供に畏怖した。顔は見えないはずなのに、口は裂けたように紅く妖しく嗤っているように。
「あく、ま……」
詩吟で語られる幻の魔物。それが彼が最期に見た光景となった。
「ふぅ」
二人の遺体が転がっている。二人目は死にそうだったけど、何もする事なく─ご飯の略奪は重罪だが─動けなくなっており、可哀想に思い首を跳ねた。
元から歯零れにより切れ味が下がっていた直剣だが、乾いていない血が付着してさらに切れなくなった。いや、骨を叩き切ったせいか。
そのせいで兄と呼ばれた男は何度も首を切られ、余計に酷い死となった。
「食べる気にもなれないよ」
こんなに簡単に殺せるとは思わなかった。
特に何かを感じる訳でもない。
「戦利品は貰うね」
二人の荷袋と身なりを確認して、ナイフや直剣などの武器や薬瓶など身に付けていたものを外していく。流石に衣類はそのままにする。
次に二つの荷袋を確認する。
「宝石にお金。干し肉や干し野菜。これは干し魚?あとはお酒に魔晶核が少し」
魔晶核は使い方を聞いていないが、何かの道具に使うと聞いている。
「あとは……袋?」
荷袋にはさらに両手幅くらいの袋があった。
「中は……お金と宝石。あと、これは大きな魔晶核かな」
中身も別に変わった物は入っていない。色の違うお金と大きな宝石と魔晶核。食べ物がなくて残念。
「でも、袋の大きさよりも沢山入ってる?」
お金の数や宝石の大きさが袋の大きさと一致しない。
「まあ、いいや」
荷袋二つに武器や小さな袋を入れてから寝床に戻る。遺体は野猪を狩った辺りに捨ててきてある。
「人間の血の臭い……ふぁ。いいや、おやすみ」
始めての人殺しを経ても特に気にせずに眠る。
夜中なのだ。寝直さないと身体が持たない。
そしてエーは眠る。何度も悪夢に魘されて。
人間種
平均ステータス(八歳)
体力:80 精力:21
腕力:22 脚力:32 知力:18
俊敏:37 抗体:17 恩恵:12
技巧含まず、さらに環境や年齢、血筋や才能に左右される。(平均値は少数切り捨て)
また、腕立てや走り込みなどでも僅かに上昇するが、上昇幅も小さく、上昇までの期間も長い。
ステータスの後ろにある(+数字)は技巧による上昇数。




