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はじめての水中戦

 猛然と接近してきたのは私の倍以上もある巨大な魚だった。


「サルーギョ?」

「色的にゴルドサルーギョが魔物化したみてーだな」


 水面からの光に反射して金色に光るサルーギョは、とても筋肉質で食べがいがありそう。


「まずは……《水精霊》に乞う。目前の敵の拘束を願う」


 カンベルが精霊に願い、それに答えるように水流が巨大ゴルドサルーギョに纏まり付こうとした瞬間、魚体を捻り水流を掻き砕いた。


「ちっ!」

「《水精霊》お願い。魚を捕まえて」


 続いて私が捕獲に出ても結果は同じ。特に指定しなかったので小魚は手に入った。後で食べよう。


「水中だと分が悪いな」

「むー」


 巨大ゴルドサルーギョが素早く私たちの横を泳いでいった。


「獲物として襲っては来ないみてーだな」

「また来るかな」

「回遊してるから大丈夫だろ」


 カンベルの言うとおり、暫くしたら再び前方から先程の巨大ゴルドサルーギョが泳いできた。

 これなら、楽かもしれない。


「避けろ!」


 楽と思った途端に、水中なのに水の矢が回転しながら向かって来るのが見えた。

 咄嗟に足を蹴って避けることに成功したが、地面を蹴るより鈍い。もう少しで膜に当たるところだった。


「魔物だけあるな」

「真っ直ぐ来るだけだから大丈夫」


 水の矢は直進して解けていった。

 そしてまた私たちの横を悠然と泳いでいった。


「持久戦だな」

「引き上げないの?」

「無理だ……いや、エーなら大丈夫なのか?」

「さあ?」


 私だって、あの大きさをどう引き上げるか想像できない。いつも精霊頼みだもんな。


「エーでもやっぱ無理か」


 作戦という作戦を立てられず三度目の邂逅。


「さっきより多い!」


 水の矢が数十に増えていた。軽く避けるだけでは当たる。


「《水精霊》お願い! 矢を防いで!」


 速度も上がっていたらしい水の矢が殺到する。

 だが、間一髪で縦に渦の壁が出来上がり矢が飲み込まれて消失していく。私もどうやったらこんな壁が出来るのか解らない。


「くっ! エー、一旦俺は……」


 声がする方を見ると、カンベルの周りに赤い靄が漂い消えていく。

 左足を押さえて、そこから赤い靄が漂っている。出血。回避が間に合わず膜を突き破られたみたい。


「カンベル! 大丈夫!?」


 手を上げて一目散に水面に向かって上がっていくカンベル。

 会話どころか呼吸も出来ないみたい。


「私も気を付けないと」


 四度目。矢の数はカンベルの分も集中したのか視界を埋める程だった。だが、密集していたお陰で避ける事が楽だった。

 私の横を泳いでいく際に、こちらも水の矢を真似て打ち出すも相手の方が早くて当たらなかった。


 五度目。面の攻撃。魔物となったからか学習してくる。だけど、密集していないので渦の盾で受けとめられた。


 六度目。こちらから水の矢を先に打ち出すも、きっちり相殺された。私よりも《水精霊》の恩恵があるみたい。ぐぬー。


 七度目。膜にあった空気が切れて苦しく、辛うじて離脱。足先が浅く切られた。

 いくら《風精霊》に呼吸の手助けを頼んでも、水中は《風精霊》の恩恵が少ない。加護などで普通よりもったみたい。

 水面に行くとカンベルがいない。見渡すと、離れたところに小舟が浮いている。


「カンベル?」


 近付いて見ると、カンベルがいた。夥しい出血と共に。


「よ、大丈夫か」

「カンベルこそ!」


 足を縛って今は出血が収まっているみたい。だけど、かなり左足の肉が抉れている。


「《癒精霊》お願い! カンベルの傷を治して」


 カンベルは平気そうな顔をしているが、顔面は蒼白。このままじゃ、死んじゃうかもしれない。


「カンベル。早く街に……」


 ここまでの出血をしたカンベルは見たことがない。たぶん、気が動転していたと思う。

 陸に辿り着いてから兵舎までの記憶が曖昧だった。兵士に落ち着かされた時に私は泣いていた。

 いつ以来かな、泣いたのは。家族が居なくなってから泣いたことがあったかな。あるかもしれないけど、久しぶりに泣いていたらしい。

 既に救護班は湖に向かってくれていると言って安心させてくれた。

 そのあとはカンベルが運ばれ、私を励ましてくれる。痛いのはカンベルなのに。


「追撃もなくて、エーが無事で良かったわ」


 そう言って頭を撫でてくれた。今は部屋で休んでいる。


「もっと確りしないと」


 魚に負けた。カンベルが大怪我をした。私を慰めてくれた。


「私はまだ弱いね」


 だから止まれない。大切な人をもう喪わせない。

 ゴルドサルーギョの魔物に罪はないかもしれないけども、カンベルを傷付けた。

 私の勝手で復讐する。身勝手で、私達が手を出さなければ怪我を負う必要もなかった。今回は人間の勝手によって起きたことだけど、でも赦す気にはなれない。


「殺して、きっちり食べてやる」


 既に兵舎は静かになっている。夜番以外は夕食を摂ってからは比較的早く眠る。

 私を心配してくれた人達もそれぞれ部屋に行っていない。


「カンベル」

「悪いな。先にヘマしちまって。でもエーが無事で良かったわ」


 夕食後にカンベルを見舞いに行くと起きており、このままこの部屋に泊まれることになった。

 カンベルからは運ばれた時と同じ事を言われ謝られた。


「カンベルはどう?」

「暫くは左足使えないだろうな」


 気が動転していたのか、私の《癒精霊》でも止血止まりだった。そう言ってみれば飽きれられた。


「普通は止血とかの応急処置くらいだぞ。無くなった肉が戻る方がおかしい」


 いくら私でも、抉れた肉がそうそう戻らないよ。折れた骨を治したりくらいだよ。


「戻せなくはないんだな」

「時間かければ。今からやる」

「いや。俺の失敗だし、そんな簡単に治すことを知られるのは不味いな」

「ん?」

「普通は時間掛けて治すものを、一晩で治ってみろ。どんな騒ぎになるか。エーは少し自重を覚えろ」

「……よく解らない」

「とにかく、今は治さなくていい。必要になったら頼む」

「うん」


 治るのに治す必要がない意味が解らないけど、カンベルが良いと言うならそうしようかな。これから、疲れるのだし。


「なあ、エー」

「ん?」

「なにしようとしてる?」

「魚獲りに」


 よく解ったね。


「……言っても無駄か? まあ、お荷物になった俺が止める資格はないだろうが。俺がエーに依頼したから、やっぱエーに無理はさせたくない」

「大丈夫」

「はあ。無茶はするなよ」

「うん」


 カンベルと行動していたから、私の考えもわかるのかな。私、そんな単純じゃないけど。


「捕まえてもすぐに喰うなよ」

「味見だけ」

「そか」


 それだけ言って、カンベルは眼を閉じた。やっぱりキツいのかな。治したいけど、我慢して私は部屋を出る。

 すでに外は暗い。夜番の兵士に見つからないように抜け出して湖を目指す。


「《水精霊》お願い」


 先ずは探知から。程なくして、巨大ゴルドサルーギョが見つかる。


「《水精霊》お願い。大渦を作って」


 巨大ゴルドサルーギョの前方に大渦が来るようにする。渦の盾を見て思い浮かんだことだけど、どうなるかは不明。


「んくっ」


 かなり精力が減っていく。だけど、そのお陰で徐々に渦が大きくなっていく。

 すぐには巨大にならなかったせいで、相手に察知されて回避される。


「《水精霊》お願い。もっと早く!」


 加護のお陰で以前より精力が減る事は無かったのに、今は体感出来る程に身体から喪われる。

 恩恵対決。《水精霊》の恩恵を多大に受けたゴルドサルーギョと、加護などで強化された私。


「ん、よし」


 尾ひれを掴まえた。水流が乱れて泳ぎに支障が出ても、恩恵と筋力によって流れに逆らっていたゴルドサルーギョに渦の大きさが追い付いた。

 渦に飲み込まれて湖底に叩きつけられ、湖底から離れようと泳ぐが渦の力に負けて再び湖底に叩きつけられる。

 さらに流木や石が魚体に傷を付けていく。


「まだ、まだ」


 《土精霊》にお願いして、拘束状態の魚体に向けて湖底の土が硬度を増して突き上がり貫いた。


「はあ……はあ……」


 まだ生きている。でも、渦と土の槍からは逃げ出せず次第に抵抗が減り、遂には動きを止めた。


「かった」


 ああ、もう疲れた。久しぶりに精力が尽きそう。

 最後の力を振り絞り、巨大ゴルドサルーギョの魔物を陸に上げる。


「疲れた」


 少し味見したら、眠ろう。

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