手始めの殺戮
教会から出て、内門を抜けるとそこには兵士や商人が集まっていた。
「護衛希望の商団は申告してください。それ以外は近日中は街での滞在をお願いします」
商団の代表らしき人達が兵士に話をして、暫くすると護衛を請け負った傭兵と共に外門に向けて出発していく。
兵士たちの動きから今回の盗賊団が大規模か、または魔物が出たと思い住民も騒然として、彼方此方で噂や憶測が飛び交っている。
それを尻目に私は外門に向かって歩いていく。
カンベルに湖に行くと嘘を吐いた事が少なからず後ろめたいが、これは私にとってのチャンス。逃す訳にはいかない。
「今度こそ、人殺しに慣れなきゃ」
村をあんな風にして、私から家族たちを奪った悪者を殺す。その為にも、殺害に慣れないといざと言う時に動けなくなる。
幸いにも盗賊と言う殺すことに問題のない悪者が大挙としてやって来た。調度いい練習相手だ。
「おい、そこ止まれ」
「ん?」
決意をたぎらせている所に水を差す兵士。門番が出入りする人間を普段以上に確認している。そこで呼び止められてしまった。
「お嬢ちゃん。今は外が危ないから出ちゃ駄目だ。早く帰って街に戻りなさい」
「でも、外に用事ある」
「今は規制している。用事なら親に任せて、護衛を連れて来なさい」
「親、いない」
「そうか。なら、出るのは許可できない」
「むー」
増員された門番でも、無理矢理に行けば突破出来るかもしれない。だけど、外門は川から引いてきた水堀と言う人工の川を挟んでそれぞれに四人が立っている。他にも兵士や猟師など治安維持の巡回で近くを歩いている。無理矢理に行けば失敗するかもしれない。殺害は論外。これが敵なら問答無用で行くが、兵士相手に今は問題を起こす気にはならない。
「解った」
仕方なくその場から離れて考える。
「どうしよ」
外壁は柵と逆茂木、それとセンリの植木。これらを飛び越えることも考えたが、やはり巡回兵士は外周部に特に多く簡単に見付かりそう。見付かれば、追っ手が来る。そうなれば、私の行動に支障が出てしまう。
「何かないかな」
何か人目に付かないで街から出る方法がないか周囲を観察しながら歩いていく。どうやら街全ての兵士が動いているようだ。人数は不明だが、定期的に巡回兵と擦れ違う。さらに、猟師まで動いているのだから隙は少ない。それでも完全とはいかないが。
「目立たない方法」
たとえ隙を付いてたとしても、住民だって家から出て様子を見ようとする野次馬の目がある。これらに目撃されるだけで報告される可能性が高い。まだ毎月のことと陽気にしている人がいるが、柵を乗り越えようとするのを目撃したら兵士を呼ぶだろう。
「うー、どうしよ。あと、お腹減った」
空腹は問題なので、近場でやっていた店から小魚の詰め合わせを二百リンドで購入し、食べながら歩く。
「うま」
雑魚は種類も大きさもバラバラ。小さく、数も中途半端なので纏めて売っている。自分の指と同じ大きさが約五十匹。種類もあるので、生魚でも味や歯応えも違うのでお得だ。もちろん、頭から内臓まで食べる。苦苦。
「ん?」
そして食べ歩き中に、兵士達が集まっている場所に着いた。そのまま素通りしようとしたが、そこである言葉に足が止まる。
「囮隊第一陣、間もなく準備完了します」
「第二陣、商人役の猟師が到着しました」
「第一陣は準備出来次第に川沿いに進行せよ。第二陣は準備を急げ」
護衛の傭兵に商人風の猟師かな。それに、馬車に魚の加工品や民芸品等を詰め込んでいる。第一陣は詰め込み作業が終了しているのか、装備品や行動の最終確認をしているみたい。
そこで私が動く。これなら上手く街から出られるかもしれない。
「よしっ」
兵士の大半は第二陣の詰め込み作業や装備の確認などを行っている。今なら誰も第一陣の馬車には目を向けていない。
私はそこ目掛けて駆け出し、見つかる事なく馬車への侵入に成功。馬車は前面に商人等が座る座席があり、板ごしに商品を詰む空間と分けられているようだ。これなら、いざ誰かが乗り込んでも見つからない。
そう思ったのに、馬車の外が騒がしくなり咄嗟に商品の隙間に身を隠す。思ったより商品が少なくて焦ったけど、身体が小さいお陰で隠れる事が出来た。
「囮用なら商品いらなくないか?」
「そう言うなよ。始めから兵士が隠れてるのに気付かれる訳にいかないしな」
「そうそう。俺達が乗った後にも商品を載せて隠れて、奪う瞬間に奇襲する為なんだし」
「猟師には傭兵が二人付いているから、俺達は背後からの強奪に備えてってのもあるんだしな」
どうやら荷物側にも兵士が乗るなんて思わなかった。内心ドキドキして見付からないように息を潜めてみるが。
「なんか生臭くないか?」
「そりゃ、燻製や野菜だってあるんだしな」
「いや、生魚のような匂いなんだが。燻製なら、ここまで生臭くないだろ」
「じゃ、燻製が間に合わなくて魚を入れたんだろ。戦闘前に魚臭くはなりたくないな」
んぐんぐ。慌てて残っている魚を口に入れて咀嚼して飲み込む。これでバレないかな。
「なんか生臭さが強くなってないか?血生臭いっていうか」
「俺は魚臭さには慣れてしまって分からないな」
「緊張してんだろ」
全てを飲み込む頃には四人の話題が今回の任務について話し出していた。どうやら、ここまでの規模で動く盗賊団はこの街では十年以上ぶりらしい。
盗賊団の話がいつの間にか戦利品がどうなるかになり、女性の話に変わり、よく分からない話題に変化していった。その頃には、積まれた食べ物が気になって話なんて聞いてなかったんだけど。
「来た!」
「へっ。囮とも知らないで返り討ちにしてやる」
「全員は殺すなよ。尋問しないといけない」
「下っぱだから情報には期待出来ないけどね」
停車した馬車。外から騒がしい声が聞こえてくる。
兵士は被害が大きくなる前に飛び出したい様子だったが、直ぐに後方の幌が捲られた。
「へへっ、楽勝だな」
盗賊の一人が中を覗き込んだ途端に商品の間から現れた剣によって貫かれた。
「突撃!」
「熟練の傭兵にばかり活躍させるな!」
兵士たちは偽装に積み込んだ商品を倒して、外に落として、一人は食料をこっそり懐に入れて馬車を出ていく。そして怒声とすぐに剣檄が響き渡る。
「ふう」
なんとか見つからなかった。安心したので、箱から溢れた芋を二つ摘まみ生でシャクリ。たしかこの芋は生で食べない種類のはず。私には関係ないけど。
「瑞々しい」
どうして生だと駄目なのか不思議に思いながら、こっそりと魚の燻製を幾つかクウロゥの袋に入れてから幌の隙間から顔を出す。
「ん、大丈夫」
今なら見付からないで抜け出せるかな。芋の一つを袋に入れてもう一つをシャクシャクしながら馬車から降りる。泥付き芋だけど美味しい。ん、これも盗賊行為かな。でも、兵士もこっそりと持ち出していたから大丈夫だよね。兵糧とかいうやつ。必要な出費だよね。
「兵士四人。傭兵二人に猟師が一人。盗賊はあと五人」
私の足下には剣で貫かれた盗賊が一人。前方を隠れながら見た限りだと盗賊らしき人間が一人倒れている。傭兵を含めて、盗賊よりも腕があるみたいなので大丈夫そうだ。
「急いで離れないと」
取り敢えず、足下の死体から直剣と短剣。小銭を貰って見付からないように駆け出す。この戦利品も後で提示して、きちんと所有権を貰わないといけないかな。
「……たしか森に盗賊団がいるんだっけ?」
森の出前までなんとか来れた。思ったより来るまでが大変で時間が掛かったけど、まだ本隊は到着していないかな。兵士たちの雑談でまずは囮が出て、盗賊団の戦力分散と捕縛、拠点把握を第一にするようなことを言っていた。
さて、森に入る前にまずは自分の能力を確認し直す。
「《身体把握》」
体力:97(+355) 精力:31(+330)
腕力:32(+175) 脚力:41(+185) 知力:22(+270)
俊敏:46(+175) 抗体:35(+395) 恩恵:17(+195)
岩蛇やその魔物化した蛇を倒して基礎的な身体能力が向上した。自然成長や昔に狩りをした時よりも上がり易いのは《日進月歩の加護》の影響かな。
戦闘後には《魔晶小耐性》を得た程度なので、技巧補正がない。
次に装備品を確認する。
主武器:白鉄の直剣
副武器:センリの棘棒、キンキョダガー
防御具:崖山羊の服、クヌハの葉靴、ミリミルの胸当て
装飾品:勝情の指輪
主武器の攻撃力と貴重度が副武器に劣るけど気にしない。私の戦闘は精霊術。ただ、人を斬るのに慣れる為に剣とセンリの枝も使う。
センリの棘棒にしても《鑑定》と実際の攻撃力に差違があるのも不思議。
センリの棘棒は精霊術で強度や攻撃力が一時的に増大するけど、日々宿っている《樹精霊》に精力を上げてるので、ただのセンリの枝とは別物と言っていいほど基礎的な強化がされている。《鑑定》で出るのは、始めて手に入れて武器として私が加工した時の内容。精霊が宿っただけでも貴重度が上がるはずなのに、それも見られない不思議武器。
防具に関しては胸当てしか機能しない。靴は葉っぱで簡単に作ったし、服も崖山羊の皮から私が作った簡単な物。ただ着れれば良いだけの物でしかない。
装飾品は掘り出し物の指輪だけ。だけだけど、かなりの効果がある。攻撃力や防御力強化よりも、私的には疲労回復が嬉しい。私、これでもまだ数え年で八歳だしね。この後の連戦を考えると、食事だけで戦い続けられるか不安だったし。だって、動けばお腹減るしね。お腹減ったら疲れちゃうしね。精神的に。
「うん、大丈夫」
じゃ、悪者退治に行こう。
******
「やぁあ!」
始めに出くわしたのは痩せた男二人。どちらも大した技術もなく、呆気なく切り伏せられた。
「前に会った盗賊の方が強いね」
なんと言うか、皆が騒いでいたからどんな強い人物かと思っていたのに予測以上に弱かった。
私の武器が良くなったにしても、並の武器でしかない。それよりも、相手の身のこなしが緩慢すぎた。いや、戦闘慣れしていない。盗み主体にしても、先程の兵士たちと戦っていた盗賊のほうが強いと思う。あちらは普通に戦い慣れていた感じだったしね。
そんなことよりも重要な事がある。
「手は……震えてない。気持ち悪くもない。大丈夫」
殺す事に抵抗はない。大丈夫。また、悪夢に魘されるかもしれないけど、数をこなせばそれもないと思う。だから大丈夫。このまま殺していこう。
「取り敢えず戦利品戦利品」
戦利品と言う程もない。欠けた青銅の剣しかなかった。小銭すらないなんて、下っぱ以下なのかもしれない。剣はどうしようかと思ったけど、武器としての価値はないのでそのままにしていく。これからもっと良い武器もあるだろうし、クウロゥの袋だって容量には限界があるしね。
さらに草や茸等を食べながら奥に向けて歩いていると、先程と同程度の二人組が襲ってきたが、やはり素人らしく連携もなく大振りに勢い任せな攻撃だった。
「不味い」
これなら毒草や毒茸の方が美味しい。これなら生ゲルーパや腐った山羊乳の方が気持ち悪くない。
ただ、少なくともお腹は満たせたので再び歩く歩く。
「っと!」
矢! 何処から射っているのか視線をさ迷わせていると、第二射が放たれた。
「見付けた! 《風精霊》お願い。前方の障害を斬り刻んで」
矢の精度は高くない。第一射で当たらなかったのが良い証拠。出来れば剣で斬ることに慣れたいが、樹上には届かないので精霊にお願いして使い慣れたイメージの《風刃》で木々共々襲撃者を細切れにする。
それを確認する前に左右からの襲撃者に対応する。
右手に【白鉄の直剣】を、左手に【キンキョダガー】を握り迫る凶刃に対応する。
「この、ガキの癖に!」
「油断するな。ただ、精霊使いなぐおっ」
右手の男性の剣を弾いた瞬間に接近して股間を蹴り上げる。お腹を蹴るはずだったけど、目測を誤った。《空間把握》があるのに痛恨のミス。碌にダメージがないと思ったのに、どういう訳か男性は踞って呻いている。
「計算通り」
左手の男性を牽制しながら、呻いている男性の頚に剣を突き降ろす。剣はそのままにして、直ぐ様残りに視線を移す。
「きさまー!」
感情的になり、お座なりな剣筋。その顔は怒りなのか恐怖なのか解らない。ただ、私を殺そうと遮二無二剣を振るが遅い。
「がっ、ころ、す。おま……」
足の腱を斬り、背後に回り《跳躍》と共に頚を短剣で刺して終わり。弱い。そして、不味い。
「あ、小銭はあった。武器は短剣だけ貰うね」
弓使いから短剣を奪い、残った遺留品はそのままにする。埋めるのも面倒だし、後から兵士が回収に来るだろう。
そして再び進む。時折ある襲撃は徐々に間隔が狭まり、同時に練度や装備も向上している。だが、まだ岩蛇の魔物以下。戦利品が少しずつ良くなっていく。ただ、やはり不味い。
「けぷっ。ふう、結構敵が増えて来たね」
そう思った瞬間に木々が襲ってくる。
「っ!《樹精霊》お願い。止まって! 《風精霊》お願い。精霊使いの居場所を教えて」
精霊使いがここで襲ってくる。しかも、この森全てが武器として使える《樹精霊》使い。
だけど、精度も速さもない。同じ精霊使いなら、より恩恵の高い精霊使いに精霊は従う。《樹精霊》はどうやら私の方が親しいみたい。
「見付けた。《土精霊》《樹精霊》お願い。隠れている敵も一緒に貫いて」
《風精霊》が教えてくれたのは精霊使いだけではない。隙を突く為か、数人の伏兵がいた。しかし、その伏兵も纏めて土が樹が敵を串刺しにしていく。
「あ、これはまあまあ」
装備もさらに良くなっている。あと、精霊使いは一味違った。
「防御の腕輪かー」
ここに来て装飾品を身に付けてもいた。防御力が2増える程度だけど、防御具が少ないのでそれを補う為に腕輪を身に付ける。
ここからが本番と言う感じで私は気合いを入れる。まあ、串刺しで簡単に倒しちゃったんだけどね。それでも、装備品や隠れ方がさっきまでとは違うので油断なく行くことにする。
「この紫の茸、ピリピリするけど美味しい」
もちろん、森の恵みは堪能する。




