拠点到着 ──side カンベル──
「はああぁ!」
「二名逃走です。追いますか?」
「いや、中に入れば嫌でも来るだろ。ま、戦闘中に報告に帰った奴がいるから、確実だろうしな」
「え? 他にもまだ居ましたか? でしたら、逃げられるんじゃ」
「戦利品があるんだ。盗賊団だが、軍隊みたいに連係を取っているんだ。組織立つと逃走にも時間が掛かるってもんだ」
俺達が森に入る直前に三人による奇襲があった。だが、俺とローア小隊の合わせて七人によってあっさりとこれを撃破。
傘下になった身分が低い偵察隊だったようで、ろくな装備もしていなかった。
偵察があったので、森の中に本隊がいるのは確実だと思い森へと踏み入れて十分。今度は五人による攻撃を受けて、戦闘中に別の三人組が背後から襲ってきた。
始めの五人は連係もなく好き勝手に得物を降り下ろしてきたが、後続の三人はまず端にいた小隊の一人を集中的に攻撃を繰り出し、少なくない怪我を負った。
「まだ、戦えます」
「セミナ。無理はしないで」
「はい、ローア隊長」
怪我を負ったが、離脱する程でもない。鎧を脱いでローアに怪我の具合を見せて、応急措置をしている間は流石に居づらかった。女だけだと、周囲を気にせずに脱ぐんだな。いや、感染症などもあるからすぐに対処するのはいいんだが、俺がいるのになあ。
「師匠は幼女にしか興味がありませんから、無害です」
「おい! ローア、テメエ」
「なら、私が初潮を迎えてから口数が減って、終いには騎士団に勝手に話を進めて預けたのはなんででしょうね」
「……まだ根に持ってたのかよ」
あれは女性になるにつれてどう対処したら良いか解らなかったしな。自分の仕事もあってハーニストに相談して、騎士団への入団を薦められたからそうしただけだしな。
そんな言い訳を口に出さずに答える。だって、女性六人に睨まれているしな。あからさまに嫌そうな顔をするな、そこっ!
「戦闘の邪魔になるから、倒した奴らの装備や金品は穴を掘って後から回収な」
「はい」
追い剥ぎのようだが、遺体をそのまま埋めても装備品は土に還らない。まして、金品などは盗品なのだから回収の義務が騎士団にはある。俺にとっては臨時収入だが、今回は騎士団が回収するのが筋だろう。報酬以外に、一部が貰えるがどうせ売って孤児院に渡すしな。
「そろそろ出発するか」
土と落ち葉で装備品を埋めてから、木に目印を付けてから歩き出す。猟師ならではの目立たない目印なので、盗賊団にもバレないだろう。
「見られてるな」
「はい、左手に五名。右手に四名ですね」
「正解。随分精度が上がったな」
「鍛えましたから」
視線だけで周囲を確認しながら、愛弟子の成長に嬉しく思う。
「だけど、男がいないんだよな」
「師匠! 今はそんな事より仕事です」
「いや、でもそう言って出遅れになったらどうするんだ? それとも女が好きなのか?」
「私をリンリーやセミナと一緒にしないで下さい!」
「え?」
さっき怪我をしたセミナは女好きだったのか。
「私は普通です。偶々好きになったのがリンだっただけです」
「あ、そう」
「私は男が好きなんですからね、師匠。勘違いしないで下さいよ」
「あー、はいはい。んで、仕掛けてくるか」
こんな話をしながらだが警戒は怠ってはいない。ちなみにリンリーは領主館で護衛兵士長らしい。あの長髪で高身長の女性か。ローアと同等の腕前だったはずだ。
「セミナは私の隣で防御重視。円陣を展開!」
すぐさまローア小隊が円陣を組む。だが、俺はそこには加わらない。本来の連係に俺が入るよりも、遊撃で各個撃破をする方が損害が少なくて済むからだ。
「《水精霊》に願う。前方の敵をその水糸で穿て」
先手必勝。岩蛇との相性は悪いが、人間に対してはその威力が発揮される。細く細く圧縮した水を高速で発射すれば大抵の防具なら貫通して致命傷を与える。岩蛇に与えた攻撃を考えると、エーがいかに規格外なのかがありありと解る。まあ、こっちの手は隠してたが、あの精霊使いの力は俺以上なのは確か。
「お前は精霊術が使えるのか。なら、先に殺させて貰う」
木陰に隠れながらちまちま《土精霊》で攻撃を加えてきた男を一刀の元に斬り伏せる。そんな威力じゃ弱すぎるな。
ローア小隊は盾で防ぎ、槍で剣で襲い掛かる敵を確実に対応している。セミナは精霊術で援護か。
街で一番のローア小隊は、皆一様に剣術と槍術をかなりの練度で扱える以外に、精霊との感応性も高い。少なくても二精霊との契りを結んでいる。
ハンストは川と湖に面しているお陰か《水精霊》が多く、一定の感応性がある人物なら大抵が契りを結んでいる。
ローアは俺と行動していた時に《風精霊》と《癒精霊》と契約し、現在は《水精霊》も扱っている。俺よりも感応性は高い。
セミナは現在は《水精霊》での攻撃しか行っていないが、俺よりも扱いが細かいように感じる。やっぱ、男性よりも女性の方が感応性は高いのかもしれないな。
「お前らには用はない」
やっぱ俺は精霊術よりも剣と弓の方がいいな。
相手を斬りつけながら、手に伝わる感触でそう思う。こんなこと思いたくないが、穢れたらもう戻れないんだろうな。どんなに子供を助けても、優しくしても、戦いに於いて斬り合いの方が良いなんて思ってしまうのだから。
「終わったか」
「少し手強くなってますね」
「そうだな。思いの外、本拠地が近いのかもな」
「ですが、この辺りまでなら大市前に巡回しています。あの時は異常がありませんでしたし、隠れられる場所もありませんよ」
「と言うことは、大市と共に来たか大人数で今回は来ているか。他にも偵察は出しているだろうし、大市が終わって二日目までは向こうも商団を襲うのに留まっていると思うからな」
商人は大市中も出入りがあるが、やはり大市が終わった翌日からの二日間か三日間に出ていく事が多い。
ギリギリまで売り買いをしたり、観光をしたり、交渉が長引いたりといった理由である。この期間に雨が降れば、馬車が泥濘に嵌まったり、水量が増えて橋が使えなくなれば足止めを食らうこともある。荷物の詰めすぎで馬足が遅くなり、橋で渋滞することもある。こういう時が一番盗賊団が襲いやすい時だ。
「ボルジョル盗賊団なら、人数も多いですし元手を取り戻すことも大変ですよね。それに並みの練度じゃないですし」
「そう言う事だ。なら、かなりの人数が今回は動いている方が高いと思った方がいいな」
「私たちだけで制圧できますかね?」
「お前らだけじゃないだろ」
「はい。その場合は合流が先です。ですが、新兵には荷が思いますし、戦力となる兵士も全員が投入されませんし」
ボルジョル盗賊団は人数が多い。今回は特に多いと予想できる。じゃないと、まだ入り口近くですでに十五人も投入しないだろう。まして、他でも行動しているだろうし。そして、人数が増えれば食料や拠点も大規模になる。とくに食料だ。盗むにしても襲うにしても腹が減る。盗品だけで食料を維持なんて出来ない。先行投資のように食料、そして装備を揃えるだろう。なら、その元手を取り返して、次回に回す以上の稼ぎを出さないといけない。ボルジョル盗賊団と言う巨大で有名なのも名に傷が付かないようにより逃げるなんてことはしないだろう。
そして、現在投入されている街兵は約二百人。最南端で国境に近いが、この街には五百人もいない。その中で、新兵と救護兵、輜重兵で二百人。領主館の護衛で三十人。残り二百七十人だが、街の巡回や周囲警備にも百人近くは最低残している。さらに、囮部隊には制圧作戦には加わらない。対人戦の乏しい猟師がいると少人数での戦闘ならともかくも、制圧作戦では猟師が邪魔になる。
国境に近いのにと思うだろうが、この街の戦力がそれで充分。国境が険しい高山の連なりで大部隊の進行を妨げており、唯一安全に移動できる渓谷は狭く、両国とも関所と砦を築いている。そこに国直轄の軍隊が配属されているので、ハンストには害意に犯される危険が少ない。それでも、街の治安維持と砦の後詰め。第二防衛拠点として約五百人が詰めている。
「ま、なんとかやるしかないだろ」
最悪《狂化》で暴れ回ってもいいしな。エーと居た時は理性を保つ為に全力は出せなかったが、全滅するようなら街だけは俺が護るように動かないといけないしな。ローアには《狂化》のことを伝えてあるので、事前に伝えれば離脱出来るだろう。
「さて、早く行くか」
街兵よりも、俺はエーの方が気がかりだ。
あいつが本当に湖に遊びに行ったら良いのだが、あの顔は遊びに行くような顔じゃなかったしな。
「はあ」
「師匠、疲れましたか? 師匠も歳ですもんね」
「俺はまだ若けぇよ!」
まだ三十二になったばかりだ。十七の小娘に言われたくない。
「そうですか? なら、早く良い女性と出逢わないと子供出来ませんよ? 他人の子供ばかり気にしてますが、自分の子供は欲しくないのですか? まあ、幼女好きの男を好きになる女性も希有な存在ですけど」
「……さっき言ったことまだ根に持ってるのかよ」
騎士団に預けたことも根に持ってたしな。こいつ、昔は可愛かったのに、なんでこんなに刺々しくなってしまったんだ?
「師匠にこうして優しくするのは私くらいなものですけど、良い女性が早く見つかるといいですね」
「今のお前は全然優しくねぇ!」
「優しいですよ。騎士団のみんなに慕われてますから。特に女性にですけど」
やっぱりこいつは女好きの気があるんじゃないのか?
確かに女性は少なくて、相談にこいつの地位は便利だが。んー、部下に利用されてなきゃいいな。
「そんなことよりもまたお客さんだ」
「話を反らさないで下さい。倒してからまた聞きますからね」
次に現れたのは弓使いと精霊使いの五人組。全員が樹上からの攻撃に接近戦が不利だったが、そこは街随一のローア小隊。
盾で防御しながらまずは《火精霊》を行使する敵を《水精霊》で封殺し先に倒す。《水精霊》は全員が契約しているみたいで、ローアだけは《風精霊》で矢の妨害をしていたので怪我を負った人物はいないようだ。
俺は弓と《水精霊》でその間に弓使いを順に屠っていき、数分で戦闘は終了。
「皆、大丈夫?」
「はい」
「これくらいなら」
「精霊使いの練度が低いから楽でした」
あの中では弓使いの一人だけが戦力が突出しており、残りはそれ程でもなかった。先にその男を殺したので、もう指示を出すような人物は存在しなくなり呆気なく終わった。
「今度も遠距離ですか」
「いや、少し俺はさがる」
そう言って彼女たちから離れる。刹那、集団から離れた俺目掛けて刃が迫る。
「遅い」
弓は囮。ローアたちは背後の草を掻き分ける音に気が付かなかったようだ。獣相手だとこういうのも敏感になるんだがな。
「うわっ、は、はなせ! このっ!」
だが、俺を驚かせたのは相手が女の子だったこと。まだ、十歳くらいか。身体が小さい敵だと思ったらまさか子供だとは思わなかった。
「な、子供?」
「そうみたいだな」
「はなせー! あー、犯されるー!」
「ちょっ、てめ!」
子供からそんなことを言われるとは思わなかった。
取り敢えず、歯こぼれが多く錆びたナイフを取り上げて投げ捨てる。
「はあ。お前は親がここにいるのか?」
「知らない!」
「犯すぞ」
「えっ、あ、や、やめ」
本当に怖かったのか、女の子の足から水滴が伝っていく。
「師匠!」
「いや、言われたから、それで脅しただけなんだが」
「師匠は洒落になりません!」
こうしている間にも向こうの戦闘が終わったようだ。
「で、殺すんですか?」
「罪は償わせるが……おい」
「はひっ。犯さないで。まだ、子供作れないからっ!」
「いや……」
「師匠はあっち行ってて下さい」
本来なら子供でも盗賊行為をしていたなら、殺しても問題ない。だが、親の強要や脅しで無理やりされていたら減刑される。
それに、俺としても強い理由がない以上は殺したくないしな。
「じゃあ、君は親がいないんだね」
「そうだっ!」
「なら、なんで盗賊団なんかに?」
「借金の代わりに売られた」
「奴隷制度はこの国にないのに……。それで、盗賊行為に?」
「そう。じゃないと、私は生きて生けない」
「解りました。今は裁きません。セミナ、彼女の手を拘束してあなたに任せるね」
「はい!」
ローアが立派に成長している。感心感心。
「師匠はエルちゃんに近付かないで下さいね」
「なんでだよ!」
「あのオッサン嫌い」
「うっ」
俺よ、なんであんな脅しをしたんだよー! 考えれば解るだろーが!
「少しキツいけど我慢してね」
「殺されないなら、別になんだって我慢できる。あのオッサンに犯されるのも我慢する」
「しねーよ!」
俺、今日は厄日か? 厄日かもしれないな。
「エルちゃん。盗賊は何人か解る?」
「百以上。細かくは分からない」
「じゃ、拠点は分かる?」
「当たり前だ」
エルの案内──両側をローアとセミナに挟まれて──で移動していく。
「この先。だけど、すでに何人も殺されている」
「え、どういうこと?」
俺たちは先陣を切って森に入っている。なのに、すでに何人も被害が出ているようだ。エルが出てきたのもそのせいらしい。
考えられるのは一つ。外れて欲しいが、そいつの事が真っ先に思い浮かんだ。
「これは……」
「この先はこんな感じばっかだ」
五人の無惨な遺体が転がっている。
剣で切り裂いたような傷ならいい。なにか巨大なもので斬られたのか、背後の木と共に上半身がない死体。土の槍に貫かれた死体がそこには転がっている。
集団でなら分かる。だが、俺が思う通りなら一人でこれを成した。一人で複数を。至難とされる、接近攻撃と精霊術の同時行使。精霊術は余程の腕前でないと、立ち止まって精霊に祈らなければいけない。ローアたちは僅かに動きながら行使はできる。俺も威力は落ちるが、そこそこ動きながら行使はできる。だけど、これは激しく動きながら通常時と変わらない威力。
「……エー」
お前はどんだけ規格外なんだ。もう、それすら霞む言葉かもしれないが。エーがしたと決まっていないが、岩蛇討伐で見た動きでこれくらいなら出来るだろう。むしろ、出来そうな人物はエーくらいだろう。
「師匠、何か言いましたか?」
「私を痛め付ける計画ですか? 鬼畜です」
「だからちげーよ!」
エルは俺を何だと思ってるんだ。え、強姦魔? だからちげーよ! 俺は無実だよ!!
「はあ、何でもないわ」
戦闘以上に疲れる。
そして歩くとまた死体が転がっている。
一度襲撃はあったが、あとは死体ばかり。
「師匠、これは……」
「取り敢えず行くぞ」
「はい」
ローア小隊の面々は恐怖と不安と緊張の表情が混じった顔をしている。そりゃ、そうだ。何者かの襲撃を受けているのだから。
しかも、使えそうな物が見られないので、殺した後に奪っているのだろう。殺すだけでも忌避するべきものなのに、死体漁りをしているのだから。
「エル、この先か?」
「う、うん」
エルがセミナに自分からしがみつくくらい近寄っている。行動を疎外しようとする魂胆ではないだろう。その顔は不安に彩られているのだから。
「…………あ」
「うっ」
「なに、これ」
「だれ? 子供?」
死体が、死体の山が築かれている。
辺り一面を血で赤く染めて、まともに五体が繋がった死体が存在しない。
もう、死体と言っていいのか不明な肉塊の山と赤い湖。その中心────。
「あ、カンベル。お腹減った」
全身を血で染めた幼女がいた。
予想通りだったが、予想以上の光景と共に。
「エー」
湖に遊びに行くと言った幼女が、笑顔でご飯をねだってきた。




