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討伐依頼──side カンベル──

 エーが協会から出ていったのを確認して、俺は安堵の息を吐く。

 どれだけ強くても子供に人殺しは経験させたくない。俺の独り善がりだとしてもそう思った。


「ちゃんと湖に行けば良いんだがな」


 エーと出会ったのは本当に偶々だ。《幼女吸引の加護》という不名誉な加護のせいで幼女との遭遇はかなり多い。それでも加護の影響だとは思いたくない。いや、そんな加護は早く返上したい。

 加護云々は置いて於ても、エーは普通の子供とはどこか雰囲気が違った。あの年齢には相応しくない落ち着きようと戦闘能力。あの村の出身なら可能性があるが、そんな風に育った原因が竜騎士なら本当に赦せない。子供は笑っているのが一番なのだ。


「おい、変態。変態のロリコン」


 何か聞こえたな。ロリコンって確か、幼女性愛者のロンリー・コンドールって変態貴族が由来だったか?


「変態ロリコン強姦魔カンベル」

「うるせー! ハーニ!」


 周囲はすでに各集団で話をしている。仲の良い奴らで今回の依頼を受けるか等を相談しているのだろう。一部は受付嬢に申請しているのも視界に入る。対人戦闘に不向きだから、基本は街の治安維持を受けるだろうと当たりを付ける。

 それよりも、俺を勝手に犯罪者呼ばわりした人物に視線を向ける。同じく、俺を犯罪者呼ばわりしたせいで痛い視線が刺さりまくるが無視する。俺は冤罪だ。


「なんだ、ハンスト狩猟協会支部会長のハーニスト」


 さっきの厳格な雰囲気は成りを潜めた柔和な笑みを浮かべるハーニスト。俺が嫌みのように言っても気付いてないのか、笑みが変わらない。食えない奴だ。


「そう怒らないでください。幼女が泣きますよ」

「人を勝手に犯罪者呼ばわりしたくせに何言ってるんだ」


 本当にこいつの本性が解らん。たまに会っていたが、未だに本性が掴めん。こんな支部で燻ってるのが不思議で堪らない。


「何時もの事じゃないですか。『青果の守護者』さん」

「その名前で呼ぶな。何回も加護の更新しても消えないんだよ。あと、だからって真逆の犯罪者はないだろ、『水辺の覇者』。」


 《幼女吸引の加護》を返上する為に毎年更新をしているが、何故か消えないんだよな。そのせいで変な呼び名までされるようになった。


「守護者が嫌なら反対の犯罪者が良いと思った私なりの気遣いなんですが」

「なってねーよ!」

「そんなことより、エーさんは何処かに行かれたのですか?」

「そんなことって……。エーは湖に行ったはずだ」


 あの感じは絶対に行ってないんだろうが。言った事は信じてもやりたい。


「そうですか。では、少し部屋まで良いですか?」

「ああ」


 俺達としては不名誉だがさっきの応酬は慣れたものだ。なんで慣れるんだ、俺!


「そっちに座って」

「ああ。で、依頼は討伐だろ?」

「ええ。別の依頼の最中ですが、今回の盗賊団の行動からボルジョル盗賊団の可能性が出ましたので」


 執務室としては調度品が少い部屋で対面に座るハーニストが渋面を作る。

 支部会長の仕事机と、俺達が座る革張りの長椅子。巨木の切り株で作られた机にはここの受付嬢であり、ハーニストの彼女が置いていったお茶がある。調度品が少いといっても、流石は狩猟協会。床には大きい猫科の敷物。壁には鹿の剥製が掛けてある。

 

「懸賞株の盗賊団か」

「そうです。最低でも百名からなる巨大な盗賊団。まあ、傘下が増えているだけなので、今ここにいるのは半分も居ないでしょうけど。そこはカンベルの方が詳しいでしょうね」

「まあな。ま、あっちの依頼が流石に手詰まりだし。依頼主の魚人(アガブル)も納得してくれるだろうな。あいつらも盗賊団がいたら安心出来ないしな」

「助かります。本当なら、そちらの依頼は私向きなんですが、流石に大市目前でしたしね」

「仕方ないだろ。岩蛇まで大量繁殖したんだしな」

「あれは周期を見れば大体の判断が着きます。魔物化は流石に予想外でしたが」

「それも倒したしな。魔物化の原因は?」

「長年掛けて魔物化することはあります。ただ、彼方の依頼との時期を考えると……」

「やっぱりそう思うか」


 魔物化の原因はまだ全て解明していない。長命種が魔物化することが一番多いが、岩蛇は長命種ではない。長命種の基準が人間基準で百年なのだから、そう多くはない。


「ま、今は盗賊団の方が先か」

「はい。カンベルは街兵と共に行動をお願いします。一人の方がやり易いでしょうが」

「いや、街としての対面もあるし。戦利品を安く手に入れたいとも思うわな」

「ははは。そうです。まあ、個人としての依頼金は出しますよ」

「ああ。夜陰狩を通す必要はねぇな」

「はい、友人としてお願いします」


 俺とハーニストが互いに悪い笑みを浮かべる。

 俺が所属する部署を通さないのは問題だが、それ以前からの友人の頼みなら仕方ないよな。


「街兵にはボルジョル盗賊団は荷が重いと思うので、やりにくいでしょうがお願いします」

「はいはい。依頼金は楽しみにしてるわ。んじゃ、ちょいやって来るわ」


 ただの盗賊団なら街兵や傭兵でも問題はない。だが、ボルジョル盗賊団は軍隊並みの連携と練度を持っている。しかも皆一級品の装備だ。傘下にはそこまでの驚異はないが、初期からの団員は一流と見なされている。

 元は腕利きの傭兵五人の集まりだったのは調べが付いている。それが今じゃ百人を越える規模なのだから、ただの集団じゃないだろう。基本は五つの集団に分かれて活動しているらしいが、今回は一つの集団かもまだ解らない。


「岩蛇の時はエーがいたから少し抑えていたし。暴れようか。だが、街兵と一緒だしな」


 そう考えると、街兵が邪魔だが仕方がない。


「えーと、俺のお供は……あれか?」


 協会から出て、詰め所兼作戦本部へ歩いて行く。

 それぞれ索敵班や囮班、警戒班や護衛班に救護班と小旗に書かれてあり、それぞれに分かれている。やはり、猟師は警戒班に人が集まっているが、中には索敵や囮を担当している者もいる。

 そんな中、唯一人が少なく小旗には何も書かれてない集団がいた。


「ローア小隊か」


 この街最強の小隊。これなら足手まといではないな。


「ちは」

「カンベル特殊隊長。ローア小隊一同いつでも出立出来ます」


 左手で剣の柄を押さえ、右手を胸の上に当てる王国式敬礼を綺麗に取る女性。この人物がハンスト街兵一の剣の腕前を持っている。普段は兵士長の副官を勤めているが、今回の盗賊団を考えて最大戦力を前線に出したのだろう。


「気軽に行こう。そうだろ、ローア」

「……頭を撫でないでください、師匠」


 最強の兵士であり、俺の弟子の一人でもある。元は孤児だったこいつの家族は、今回とは違う盗賊に殺された商人夫妻。ある依頼で偶々殲滅したアジトでこき使われていたローアを保護したのが出会い。色々あって剣術を教えていたら、この階級まで昇り積めた。


「お前らも宜しく」

「はい!」


 ローア小隊は全員女性から成る小隊。ぶっちゃけやりにくい。幼女には良く出会うが、十五歳以上(成人)との出会いが少いからな。同じ部署にも女はいるが、親しくないし仲良くもないしな。仲間ではあるが、それだけの関係だしな。


「先行している索敵班からの情報は?」

「はい、轍が森へと続いているのを発見しています。先行している四つの内三つは一度帰還していますが、一つの所在が不明です」

「それと、舟で北へ抜けた商団にも被害が確認されました。死者は出ませんでしたが、予断を許さない状態の者が二名」

「囮商団は現在、第一団が川沿いに進行中。暫くして、第二団が出発予定です」


 次々と上がる情報。最新の情報を纏めて、それぞれの動きを把握しやすい。まあ、当然か。


「俺達は森へ直行するぞ」

「はい!」


 さて、エーのことが気掛かりだが今は任務を遂行させよう。

 もしエーが嘘を吐いていたらお仕置きだな。


「あの……師匠。怖い笑み浮かべてるけど、私なにか粗相しましたか?」

「いや、ローアは気にするな。それより期待しているぞ」

「あ、はい! 任せてください!」


 弟子がどれだけ成長したのかも正直楽しみだ。

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