臨時依頼の盗賊討伐
大市が終わり、新たな月へと移行した今日は街全体──宿屋や飲食店は除く──が休みとなっている。
それは大市の片付けが大変だから。人が溢れればゴミも溢れる。商品に付いていた泥や枯れ葉は勿論、食べ終わった串や包みが散乱している。特に酷いのが中央広場だ。ここは、昼夜を問わず酒盛りが行われていた場所。当然、みんなお酒と余興を求めて集まったのだ。故に、喧嘩だってある。飲み過ぎだってある。
周囲に点在している血痕に、吐瀉物。中にはお酒に酔った影響か糞尿の類いも見られる。なんとも不法地帯。この街の兵士も巡回しているが、流石に毎回は見ておれないのだろう。彼らだって祭りで羽目を外したいのだ。どれだけが真面目に仕事をしていたのか。まあ、それも毎月の事。すでに慣れた様子で朝から掃除が始まっている。
「みんな、げんき」
二日間満足な食事をして、食費に十万リンドを消費したのは流石に私でもどうかと思う。食べない後悔より食べた後悔を選ぶけどね。つまり、とっても素敵な二日間だった。
「ん、んん。エー、もう起きてたのかよ」
「おはよ」
カンベルと同じ部屋で寝るのも慣れたもの。そもそも、村だと十人近い老若男女が一塊で寝ていたのだからカンベルくらい何とも思わない。
「しょっ! よし、俺は朝食ったら協会行ってくるわ」
「協会? 今日はどこも休みじゃないの?」
大市が終わったにも関わらず聞こえる喧騒。これは大掃除の喧騒らしい。昨日のうちにそのような事を聞いていた。
「ああ、一応な」
「なら、着いていく」
特に用事もない。大市が終わって大掃除をしているなら、屋台だってないだろう。散歩もいいが、結局この二日間はカンベルを放置しすぎていた。可哀想だから気遣う私、なんて大人。
「協会の仕事も通常のしかないと思うぞ」
通常のものとは、肉屋や飲食店に宿屋などに卸す草原豚などの食糧の確保。薬の原料となる薬草の採取。
害獣駆除は大市前に大々的に行ったので、数日は安全なので基本依頼がない。
「流石に身体も動かさないと」
二日間、絶えず妊婦のようなお腹だったが《消化加速》などですっかりペッタンコ。でも、少しでも動かないと体力が落ちると思う。今までは毎日のように山に入って獲物を狩ったり、畑仕事で動き回っていた。
ここは物が溢れているから忘れそうになる。
でも、このまま動かずに体力を落とす訳にはいかない。だって、私にはもうやるべきことがあるのだから。
「お前は湖に行くって言ってなかったか?」
「後で行く」
この街を離れるにしても、《水精霊》とは家族になりたい。武器や防具は手に入ったけど、飲み物にしても調理にしても精霊が協力してくれるならば非常に助かる。カンベルの弱い発現でも、そこの辺は実感した。旅には美味しいご飯がないと、続かないもんね。
「んー、まあ大丈夫か。エー、何かあっても通常依頼以外は受けずに休めよ。滅多に今日依頼が出ることはないがな」
「どゆこと?」
「お前は気にするな」
カンベルの考えていることが分からないけどいいや。どうせ、支部長とかと合うだけだろうし。ちなみに、支部長はカンベルをこの二日で変態としか言わなくなった。どうでもいいけど。
宿屋で軽く朝食を食べて協会に向かう。
「人が多い」
「……今回は大きいのか」
人が多いと溜め息が出るのかな。でも、休みなのに皆よく働くね。今日肉を狩ってこなくても、大市のお陰で食糧は溢れているので普通は皆、休んで遊ぶらしい。
「エー、帰るか? なんなら湖に行ってこい。こんだけ人がいたら、依頼もないだろうしな」
「なんで今日はそんなに協会に行くの嫌がるの?」
「いや。俺は……そう支部会長に用があるんだが。エーはつまらないだろ」
「別に」
カンベルが変態呼ばわりされて、支部会長や受付嬢に罵られながら殴られるのは面白いから、また見てみたい。昨日のは周囲も盛り上がっていた。兵士が止めに入らなかったらどうなっていたかな。でも、私のお腹と周囲の様子を見た兵士がカンベルを何処かに連行して解散となった。たまたま街で出会ったカンベルと話してたら、丁度支部会長と受付嬢が手を繋いで来たからびっくりした。あれが、大人のお付き合いなんだね。
「どうしても来るのか?」
「うん」
そんなにまた変態呼ばわりされるとこ見られたくないのかな。カンベルだから、仕方ないと思うけど。昨日も出会った時に、知らない女の子──私と同じか年下──の手を引いていたし。迷子だったみたいで、あの後は支部会長が引き受けて親捜しをしてくれた。
「まあ、大丈夫か」
何をそんなに躊躇っているのか知らないが、とっとと入ってしまおう。
「お、おい。エー!」
「カンベルは遅い」
人垣の隙間をすり抜けて協会の中にやってくると、支部会長ハーニストが何やら話している。
「今回は久しぶりに大きな盗賊団だ。すでに昨日出発した商団が襲われ被害が出ている。護衛二人と商人一人が犠牲に遭った。今回もハンスト街兵と傭兵との合同討伐だ。お前らは対人戦向けじゃないのは理解している。なので、毎度だが希望者のみの臨時依頼を発行する。報酬は街から改めて通達がある。ただ、拠点の掌握及び殲滅を行った者には、盗賊の所持品の権利が与えられるのは知っての通り。だが、それも街からの買い戻し交渉があることも理解してくれ」
盗賊団? なんか人が多いと思ったら、臨時依頼なんだね。以前に倒した仲間かな。
「エー、こんな所まで来てたのか」
「カンベル。盗賊団の依頼」
「ああ。大市前後には商品や売り上げ目的で現れるんだよ。大抵は数人の落ちぶれて野盗になった奴だから、傭兵が護衛として基本は着いているからそう問題じゃない。今回は、始まる前に岩蛇が大量発生してたから、来るときはそれなりに護衛を用意してたみたいだが、討伐したと知って帰りはケチったんだろうな。そこに、生業とした一団がやって来た。いや、始まる前から隠れていたんだろうな。奴らも岩蛇と戦っても利益なんてないしな」
この街の近くにも森はある。私の村、引いてはコボルトの集落がある山や背後の国境となる高山から続く森がこの街の近くまで続いている。盗賊はそう言う場所に隠れて、街に潜んでいる仲間の合図によって襲い掛かることが多いらしい。人数を活かした確実な略奪。
毎回、巡回エリアに周辺の森も見て回るようだが、生業としている人物達を見つけるのは難しいらしい。
「今回も囮となる商団を何回か放つ。商人に扮することを希望する場合は後で申告してくれ」
いつもと話し方が違うのは、これが本来の支部会長の姿なのだろう。
「猟師は動物相手だからな。対人戦には慣れてないんだ。だが、人手が多いに越したことはない。さらに戦闘も出来る囮には打ってつけ。兵士や傭兵は人の気配を探ろうとして気取られるからな」
「だから合同?」
「ああ。代わりに強力な魔物が出たら兵士達が派遣される。持ちつ持たれつだな。ただ、竜騎士は例外だがな。彼奴らはその力と竜によって大抵は対処出来る。悪い噂も聞くがな」
「竜騎士……」
ここで、その単語が出るとは思わなかった。私が殺す相手は、他でも悪いことしてるんだね。なら、殺すことにはもう完全に躊躇いがなくなった。
だけど、まだ対人実戦が少ない。これは良い機会かもしれない。この前のような失態はもうしない。覚悟を再確認する。
「ま、猟師は基本的に兵士が減ったときの街の治安維持の代理だがな。動物と人間は違う。覚悟出来なきゃ、参加なんてできないしな」
「そう。カンベルは?」
「俺は、まあ参加だわな。だが、エーは無理だぞ」
「なんで?」
「子供が人殺しに加担なんてさせられないだろ。お前がいくら強くても、連れていけない」
「……そう」
カンベルの眼が絶対連れて行かないと言うように、私に語りかけてくる。
解ってる。普通に子供にそんなことをさせようとは思わないだろう。させては駄目だと思うのだろう。
私は復讐を誓い、村人たちにそれを伝えた。半分以上は当然反対。残る殆ども無言。ミルワとコボルトの友達だけが納得してくれた。そして、村人たちも今だに行き場のない怨みを抱えている。無言の人は、きっと何処かで仇討ちを希望していたのだろう。ただ、年齢と目先の生と、技巧の未熟さ。私のような《精霊遊戯》などの変わり種も持っていない様子だった。無力を嘆き、それでも仇は討ちたい。いや、反対していた人たちも同じか。みんな、私が技巧を増やして精霊と次々と契る様子を見て本気と知ったはずだ。最終的には全員が見送ってくれたのだから。僅かな希望を託して。
だから、あの村人ではない人たちにとって子供の私が人を殺さないようにしようとするだろう。だから、怒りも不満もない。それが当たり前なのだから。カンベルたちの当たり前なのだから。
「盗賊を倒した時の所持品の権利って?」
なので、別の疑問を聞いてみる。
この街に来る前に殺した盗賊の所持品は私が貰った。そして、その事実は誰も知らない。
所持品には様々な道具と大金が入っていた。それが正当に自分の物になるなら、討伐希望者は多いのではないか。もちろん、【クウロゥの袋】のような便利な道具を手に入れる機会でもあるので私も狙っている。今回は、流石に隠せないだろうから正当に所持したい。街との交渉も良くわからない。
「盗賊が所持しているって事は、大抵は盗品だ。そして、大抵が持ち主が既にいない。だから、討伐者に所持品の権利がいく。その方が争いが少ないからな。ただ、生存者なり街自体の所有物なら返還要請がある。強制じゃないが、後先を考えるなら返還するわな。討伐者に権利があるからそこは自己判断だが、街の所有物だった場合に断ったらと思うとな。すでに紛失してしまったものと考えられているから、金銭や同等以上の品物との交換交渉があるな。ま、一度全て精査されて所有物の出所と正当性を見られるから、どれだけの品を手にしたか数人にバレる。一人なら、所属先の長と副長。集団や拠点制圧なら、狩猟協会と兵士長に領主側から数人だな。今回は合同だし、いずれもこれに該当するがな」
「傭兵は?」
「あれは個人でやっているものだ。主に護衛、非常時の戦力として。だから傭兵依頼は個人で行うし、統括組織なんてない。まあ、大概の街の酒場や宿屋に拠点と言うかたむろして傭兵同士で情報交換してるみたいだがな」
「ふーん」
猟師みたいに肉や薬草を買い取るとかないし、護衛なら色んな所に行くから協会みたいなのがないのかな。兵士は街や国に所属しているし。
「ま、大量に手にすることなんてないが、権利が入ったらほぼ売るに限る。面倒を回避するにはそれが一番だしな。まあ、クウロゥの袋とかあれば、誤魔化せるがな。お前は力が強いし、もっと成長したら依頼の声が掛かるかもしれねーから、覚えておいて損はないだろ」
そして、「こんな子供にこんな殺伐としたこと、まだ話したくなかったんだがな」と呟いた。
私を思って協会に行かないようにしようとしたのかな。でも、あんな挙動不審だと余計に気になって行ってしまうよ。でも、ありがとう。行かないって言う選択肢はないから、ごめんなさい。
「行く」
「ん?まさか、討伐にか?」
「違う。湖」
嘘なんてあまり吐かないからバレないかドキドキしながらも、ポンと頭に手を乗せて笑ってくれた。
「そか。気を付けて行けよ。俺も遅くならないように帰るから」
「ん。じゃね」
もう、同じ部屋で寝るのがカンベルも当たり前に思ってるのかな。笑って私に話し掛けてくれて胸が傷んだ。
ごめんなさい。だけど、私は私の為に強くならないといけない。乗り越えないといけない。
その為に、今回のこれは犠牲に遭った人には悪いけど良い機会だ。集団戦と対人戦が同時に行えるのだから。
「あなたたちの仇も絶対に討つから」
知らない商人と護衛に私はそう伝え、人垣から抜け私は街を歩く。




