ハンスト大市二日目
昨日は貴重だと言うゴルドサルーギョを食べ損なって、やけ食いにふて寝で時間を無駄にした。
二日に渡る大市は今日を逃せば一ヶ月待たないといけない。そんなに滞在する予定は今のところないので、今日は最初から最後まで見て回るつもりで早起きした。いや、ふて寝で早く寝たから、早く目覚めただけなのだが。
「まずはご飯」
一日の始まりはご飯から。そうご飯の神さまの神託を夢で承けたので、早速美味しい物を探しにいく。
まだ隣でカンベルは寝ているので起こさない。何故か昨日帰って来たら、カンベルが顔を腫らして「俺は無実……あいつに種付けなんて……」なんて変な譫言を呟きながら倒れていた。当然無視した。今は寝床にいるので、自分で起き上がれたのだれうから大丈夫と判断する。
「今日はどこ行こう」
ここはやはり、昨日食べられなかったゴルドサルーギョだろうか。それならば、普段から魚人が市を開いている湖の畔に行くべきだよね。
「売り切れる前に全速で!」
まだ早朝。大市に出店する屋台や通行人も少ない。
中央広場だけは昼夜問わずに賑わっているので、そこも気になったが今は湖へと向かって過去最速で人が疎らな通りを走る。ご飯の為なら、私は風にだって負けない。
「とうっ!」
今まで来る機会がなかった湖。たおやかな風に揺らめく湖面に舟が幾つも浮かんでいる。
小島に住むという魚人は朝と夕方に漁業に出て、自分たちが食べる分を除いてハンストの街に売りに来る。そこでお金や日常雑貨に食料などへと換えて長く人との交流を図ってきた。
ハンストの街に魚人の島も含まれていると思われるが、本当は住み分けられている。人間よりも先に定住した魚人のお陰でハンストは栄えた。確かに魚人の漁業技術で安定した収入を得られるようになった。だけど、元は人間に追いやられた魚人が辿り着いたのがこの湖。
先祖が人間嫌いだった名残りで小島には一部の人間にしか立ち入りを禁止している。だが、魚人たちも生活を豊かにするためには交流が必要。若い世代により交流が始まり、現在まで続いている。
そして魚人の歴史を語り継いで来たが、もうほとんどの者は人間に虐げられた歴史を忘れている。いや、乱獲され食された歴史を忘れている。そう、魚人種はどれもそれはもう美味しいのだ。
その為、人間から逃げて捕まらない小島に辿り着いた。だけど悲しいかな。彼らの寿命は三十年くらいしかない。現在の長老も三十八歳。当然代変わりが早く、伝承も廃れていく。自分たちが美味しいと言う事実を知っている人物は本当に僅かしかいない。それでも、小島の立ち入り規制だけは残っているのは、本能的な危機感からなのだろうか。
「まだ早かったかな」
舟が小島に向かって行く光景が見えるが、まだ此方には向かって来ない。
別に魚人だけが漁業をしている訳ではない。人間の舟も漁に出ている。だけど、聞いた話だと良い漁場は魚人が押さえているらしい。これは昔からの協定だと言うことだ。さらには漁業技術も魚人の方が高い。いくら技術を教えて貰っても、それは基礎と幾つかの知恵だけ。漁業に於いての彼らの優位性は未だに健在。それ故に、魚人が捕獲した魚は大振りで身が引き締まっており美味しい。若干高くても、商人や料理人は魚人の魚を選ぶ。
「魚人を待とう」
人間側の舟が戻って市の準備が進められているが、魚人はまだ来ない。
裸足になり湖の波で遊んだり、蟹や貝を捕って食べたりしながら待つこと三十分。すでに市が始まり新鮮な魚を求めに人が集まっている。集客と熱が高まった時間を狙ったように待ち望んだ舟団がやって来た。先頭の三つは舟と言うより船と言えるくらい大きく確りしている。
「来た!」
まずは生で食べようか。それとも店に持ち込んで料理にしてもらおうか。逸る気持ちを溢れさせながら商人や住民の中に飛び込む。
「きききょうも、お多いですねねね」
「大市? だからだろうね?」
あ、あの疑問系魚人がいる。あの人ならゴルドサルーギョを売ってくれるかな。
だが、次々に並べられていく中にゴルドサルーギョはなかった。
「あと少しだよ!」
「あ……。あの! ゴルドサルーギョは?」
貴重な魚がいないことに茫然自失となり、次々に売れていく光景を見ていた。だって、ゴルドサルーギョを食べる気でいたんだ。すでに口が、心がそれを求めているのだ。なのに売りに出ていない。なんでと疑問と絶望に支配されてもおかしくない。
「ゴルドサルーギョ? あれは昨日で売り切れたよ? 天然も養殖も滅多に捕れないよ?」
養殖ってなに? それよりも……。
「昨日、屋台で売っていた」
「昨日で養殖のをかき集めたんだよ? それでも二十匹ほどだったけど?」
どうやら、この人は私の事を覚えていないみたい。
「ゴルドサルーギョは、大市初日限定の目玉商品だよ。百匹に一匹いるかどうかのサルーギョの事だ。知らなかったのかい?」
「うん」
近くの商人がそう教えてくれる。
ゴルドサルーギョはサルーギョが稀に金色の身体をして生まれてくる変異種。サルーギョよりも身体が大きく脂の乗りがよく、口で蕩ける食感。その脂がほんのりした甘味で、しつこくない。
天然は滅多に取れず、養殖という人間にはない技術で繁殖したサルーギョからも僅かにしか生まれない。
大きさによって売りに出せるか決めているので、月一で販売しているらしい。それが大市初日限定の目玉商品の一つ。屋台で二十匹くらいだったが、それは中途半端な大きさの物だけ。市に出すには小さく、来月まで待つと大きくなりすぎる前に死んでしまう可能性がある物。市には天然と一定水準のゴルドサルーギョだけが並ぶとのこと。
「うー。ゴルドサルーギョ……」
もう食べられないの?
「嬢ちゃん、昨日の余りが少し残ってるが?」
どこからか救いの声が聞こえた。振り返ると恰幅の良い中年男性がいた。
「本当! 食べる!」
「あ、ああ。買い付けが終わるまで待っててくれるか」
「うん!」
私がこんなに食い付くとは思わなかったのか、引いているがそんなことどうでも良い。だって、ゴルドサルーギョが食べられるんだもん。
それから、何種類かの魚を買い付けた男性が店に戻る事を告げ、挨拶をしてくれた。
「僕はカナール。北側にある魚料理の店長だ」
「エー。猟師」
協会に登録したから、猟師と名乗っておく。たぶん職業を言えば良いんだよね。
「お父さんのお手伝いをしてるのかな。それで、ゴルドサルーギョだけど切り身が少しだけなんだけど」
「いい。それだけでも食べたい」
少しだけでも食べられるなら今はそれでいい。いつかは一匹食べてやるんだから。
道中、購入した魚や料理の話を聞きながら歩くせいで涎が止まらなくなった。
「さ、ここが僕の店だよ。小さいけどね」
木造であるが、その造りは街周の民家に比べて立派であり、この辺で伐採出来る木材の中でも火に強く高価な物だ。
自分たちが伐採して売ったりしたこともあり、多少の価値観は学んだのでどれだけこのお店が高価かが解る。
「良いお店」
「そう言って貰えて嬉しいよ。さ、中にどうぞ」
子供の私にも優しく話しかけてくれる。どこぞのカンベルとは大違い。
「あ、父さん。遅い!」
「ごめんごめん。お客さんを案内していたんだよ」
「まだ、開店時間じゃないよ」
店内に入ると若い女性と中年女性がカナールを叱り付けている。
「その女の子がお客さん?」
「まあまあ。彼女はエーさん。ゴルドサルーギョが食べたいそうだ。まだ、残ってたよね」
「あと半身があるね」
「良かった。エーさん。こっちが僕の嫁さんで、そっちが娘だ」
「よろしく」
このお店は家族で経営しているのかな。
「少し待っててくれるかい。今、調理するから」
「うん」
そう言えば値段とか聞いてないや。でも、お金は一杯あるから大丈夫だよね。
「エーちゃん? ゴルドサルーギョが食べたかったの?」
「うん」
机を拭いている娘に掃除を終えた席に案内して料理を待つ。
まだ開店準備中なのか掃除を再開したのを見ながら、まだかまだかと待ちきれない。
「はい、お待たせ。やっぱり初めてだし、天然物ならそのままの味を知って貰いたいからな。水煮とあとは、焼き魚だ」
半身の半分で量は少ないが、稀少中の稀少である天然らしい。天然は大きさに左右されないで市に売られるみたい。天然と養殖じゃ、また味わいも違ってくるらしい。
「天空と大地と大海に感謝を。生命の糧に祈りを」
まずは水煮から。
「ほぅっ」
口に入れるなり程よく身が崩れ、甘い脂が拡がる。聞いていた以上に脂の量は多いが、それに負けないあっさりとした身の味。鼻を通る香りは魚特有だが、香草の香りも混ざり生臭くない。そのころには、崩れた身が溶けるようにさらに粉々になり脂と混ざり合いさらに深みが増す。
水煮の汁も魚から滲んだ味と脂が混ざり、こちらは香草が程よく自己主張を張りあっさりとしたのど越し。水で煮込んだだけでもこんなに美味しいなんて。
「はむっ!」
次は焼き魚。こちらも炭火で焼いただけだろう。焼けば固くなりやすい魚肉が多い中、これはまだまだ柔らかい。脂が凝縮したみたいにより甘味と旨味が噛めば噛むほど流れ出す。あの量のどこにこんなにも脂が入っていたのかと思うくらい。 それでも食べられるのは味と共に、脂自体が軽いからか。これなら胃もたれだってしないだろう。
「ほふぅ」
天然物は小さいらしいけど、量に反して満足感が身体を支配する。
すぐに何かを食べるなんて考えられないくらい、この口内の味を忘れたくない。
「エーさん。どうでしたか?」
「まんぞく」
皆が並ぶのが解る。昨日の屋台も半身での販売だったみたいだけど、あちらは養殖。これよりは味が落ちるらしい。それでも美味しいから人気みたいだけど。天然を食べたら、物足りなくなるらしいことは食べてみて実感した。こんなのが簡単に食べられる訳がない。
「天然物なので二千リンドになります」
高い。昨日のは五百リンドじゃなかった?天然物は養殖の倍は軽くすることは道中で聞いたけど。
「あれは養殖ですし、魚人自らやっていたので中卸し代金もなく屋台価格でかなり良心的……少し損をする値段ですね」
どうやら普通は付けれないお買い得品価格だったみたい。
「じゃ、これ」
「はい、二千リンド丁度ですね」
これだけ美味しいならこの値段も納得なので、代金をすぐに払う。今回の値段に驚くんじゃなく、昨日の値段に驚くべきだった。それだけの価値がゴルドサルーギョにはある。
「美味しかった。ありがとう」
「はい。また今度いらして下さい」
店先まで見送りをしてもらい、店を後にする。
「どこ行こう」
お腹はまだ減ってるが、この余韻をすぐに忘れるなんて下策。
そう思っていました。屋台が増えるまでは。
「あむっ。ほむっ」
両手に色んな食べ物を抱えて、交互に食べる幸せには誰も勝てない。大市限定商品は今日までに食べないといけないのだから。食べ物が私を待っている。
「ふむ?」
口を動かしながら路地に並べられた商品を見ていく。
昨日は中央周辺を回ったので湖から外壁の居住域から攻略していき、内壁に入った辺りを今は見ている。
この辺は住民が自作した物や、不要になった物を売っている一角みたい。
「んぐんぐ」
そんな一貫性のない商品を見ていき、ある露店で足を止める。
「こんにちは」
「んぐっ。こんにちは」
片手が空く頃にあった露店は中年女性が開いている防具屋みたいな感じ。剣は買ったけど、防具は買っていなかったので足を止めただけ。昨日下ろしたのでお金はまだまだある。昨日今日で食べ物に二万以上使ったけど、まだある。
「手作り?」
装備の種類や大きさもバラバラ。中には見た目だけ良く実用性に欠ける物もある。
「いや、旦那の趣味で集めていたものさ。給金が少ないのにこんなのばっか買ってね。猟師でもないのに」
「勝手に売ってる?」
「いやね。子供がようやく出来たから、これを気に辞めるんだと。それで子育ての費用にするのに売りに出すって決意してね。でも、自分で売ることは出来ないって私に頼んできたのさ。防具屋じゃなく、本当に欲しい人に売りたいって露店を勧めてきたけど、ありゃ、売れ残ることを見込んでいるね。口じゃああ言ってたけど、辞めたくないんだろうね。男の子だったから、尚夢を共有したいのかもね。あ、ごめんね。こんなこと愚痴っても迷惑だよね」
「別に」
家族の為に大事な何かを手放すのは生半可じゃない。当たり前だったものが、当たり前じゃなくなる。大切な物と大切な者を選ぶなら大切な者を選ぶだろう。だけど、そう簡単に諦められる訳でもない。
私にはもうお母さんもお父さんも、お兄ちゃんもいない。
村人や精霊たちも家族だけど、でもやはり本当の家族が何より大好き。未練はあるが、食べ物を差し出す変わりに家族が戻るなら私は食べ物を差し出す。だけど、やはり好きなことを簡単には辞められない。
「見ていっていい?」
「好きなだけいいよ。いまなら安くして上げるよ」
書いてある値段も相当安いけど、値段はどっちが決めたんだろう。まあ、いっか。
「んーと」
鎧や鉄兜。手甲や脚甲。腕輪や指輪。一応、短剣などもある。
「これと、これ。あとは……」
「そんなにかい?えーと、ああもう。一万リンドでいいよ」
「いいの?」
「ええ。可愛いお客さんだし、少しでもお金になればね」
書いてある合計金額よりもかなり安いなった。
良い買い物が出来たとお礼を伝えて、また露店を巡る。そこでさらに食べ物を買い食いしたのは言うまでもない。
【キンキョダガー】
攻撃力:31
貴重度:希少
説明:鋭い刃先による無血殺傷を追い求める過程で生まれた一品。
付与:なし
【朱精の短弓】
精密性:48
貴重度:希少
説明:朱塗りの綺麗な一品。かつて精霊が宿っていた短弓。
付与:なし
【ミリミルの胸当て】
防御力:53
貴重度:希少
説明:ミリーケルの毛とミルミンの毛皮を鞣した合皮の胸当て。モフモフ感が女性に人気。
付与:軽量化。耐寒耐熱。
【勝情の指輪】
貴重度:詩吟
説明:常勝の願いを籠められた指輪。
付与:攻撃力20上昇。防御力5上昇。疲労回復。
とりあえず希少以上の商品を全て購入したが、やはり安い。弓は矢がないのであとで買わないといけない。使うか不明だけど。
詩吟以上の貴重度なんて初めて見たけど、こんな所でこんなに安く売っているとは思わなかった。指輪だけでも一万以上は余裕でするはずだしね。




