ハンスト大市一日目
今日は始めての大市に若干胸が高まる。まだ見ぬ食材と料理が私を呼んでいる!
昨日は蛇魔物の肉を夜にも食べた事で、《魔晶小耐性》を獲得した。最小ではなく、小耐性なことが不思議だけど、あれだけの魔物だったから魔晶酔いが強かった。その為、今までの分を合わせて一気に小耐性を獲得したのだと思う。もしくは、《食育の加護》が働いたか。
そんなことより、今日の大市が楽しみすぎる。
「カンベル、まだかな」
結局今もカンベルと同じ部屋で寝ている。しかし、岩蛇の状況を聞きに今は協会へと出掛けている。
始めての大市と言うことで、何事もなければカンベルが案内してくれる約束をしている。だけど、待ちきれない。美味しい物が私を待っているのに。
「遅いよ。行こうかな」
月の最終二日で行われる大市。かつては、売れ残りの処分市だったのが、徐々に規模が拡大して商人を呼び、さらに規模が拡大していき現在の大市へと姿を変えた。今では処分品以外に、目玉商品の割り引きや商人が他の街から仕入れた商品なども数多く並んで賑わっている。
賑わっていれば、住民以外に観光客まで訪れる。それに合わせて、食べ物の露店も犇めきより喧騒に輪を掛ける。宿屋にいてさえ、その喧騒が聞こえる程の賑わい。
「はやくー、お腹減ったー」
窓を開けると美味しい匂いが流れてくるので、今は締め切っている。
すぐに戻って来るって言ったのに。
そんな事を思っていると、ようやく部屋の扉が開いた。
「カンベル!」
姿を現したのは、一緒に泊まっているカンベルだった。私は確認するなりカンベルに駆けつける。
「おう、待たせたな」
「ほんとだよー」
私が駆けつけたのが嬉しいのか、カンベルは笑顔で両腕を拡げる。そこに私は飛び込む。ゴギュルッ!
「うっ! ……ちょ、おま……」
「遅いよ!」
あれだけ待ったのに笑顔でいるなんて。思わず、手加減なく股関を蹴りあげた。
カンベルが床に跪いており、何かを必死に耐えているみたいだけど知らない。思った以上にダメージがあったのが不思議だけど、天罰だよね。
「カンベル、早く早く」
「…………ふぅ、おぐっ……」
何か息も荒いけど疲れてるのかな。なら、一緒に行けないね。
「ご飯が待ってる」
もう待てないので、開け放たれた扉から私は部屋を出て街に繰り出す。カンベルなんて、居なかったんだ。
「わふ、いろんな匂いがする」
鼻を最大限に働かせて、あちこちから漂う魅惑的な匂いに惹き付けられる。
「嬢ちゃん、ホロ鳥の串焼きどうだい」
「なら、十本」
「可愛いね、リルゴンの果汁どうだ」
「なら、一つ」
「サルーギョの包み焼き安いぞ。いまなら、イクル水を付けてやる」
「なら、五つ」
「ねぇ、ミッサのジャム菓子いらない?甘くて美味しいよ」
「なら、全部」
美味しすぎる物が多すぎる。最後のお姉さんが顔を引き摺らせていたけど、売り上げに貢献したからいいよね。
他にも何軒かは全て買い取ったけど、お金があるって良いことだね。こうやって、美味しい物でお腹が膨れるんだし。
数十軒も回って楽しんでいると、お腹が出ているのが簡単に解る。お腹を擦りながら、さらに二軒回ったが店員が変な顔をしていた。どうしたんだろ。
「エーさん?」
草原豚の香草包みを買っていると、二人の猟師を引き連れて支部会長であるハーニストが声を駆けてきた。
「うん。こんにちは」
さっそく一口。うわ、これすっごい肉汁。香草で臭みを抑えるだけでなく、豚肉の味を引き立てている。
パクパク食べていると、ハーニストが私のお腹辺りを見ていることに気が付いた。失礼だね。
「その、カンベルは?協会でエーさんと大市を回ると言ってましたが」
「カンベル?」
あれから時間が経ったから復活していると思うけど、どうなったかは知らない。
「いないんですね。所でそのお腹は……」
「いっぱい。幸せ」
改めてお腹を撫でると、ハーニストは顔を顰める。
「一度ならず二度までも。いや、でも早すぎる。でも、あの変態なら……」
何かをブツブツ言っている。お供の二人からも殺意が発せられていたので、知らない振りをしてその場を離れる。
「買い物買い物」
かなりお腹も膨れたので、楽しみは夜と明日に回して食べ物以外にも眼を向ける。
色んな物があるね。普段から街で見掛けるものから、何に使うのか不明な物まで様々。
「クウロゥの袋を特別割り引き。さらに、一点限りのジンロゥの袋百二十リンドで販売中! 早い者勝ちだ!」
そんな声が聞こえた。
「お、嬢ちゃん。興味あるのか? だが、嬢ちゃんが買えるような物じゃないんだわ」
「見るだけ」
色んな形や色があるクウロゥの袋。かなり可愛い背嚢がある。兎の顔みたい。欲しいかな。
他に一点物のジンロゥの袋。こちらは肩から掛ける鞄みたいで、色は黄緑。見た目も丸みを帯びており、革紐も赤茶色で可愛い。どちらも《鑑定》で本物みたいだし。
「ね、お金持ってくるからこれとこれ避けといて」
「嬢ちゃん、可愛いかもしれないがお小遣いで買えるもんじゃないぞ」
「大丈夫。避けといて貰っていい?」
「……一時間だけだぞ」
「うん。すぐ戻ってくる」
渋々と言うか半信半疑ながらも、店にある箱に閉まってくれる。これで、下ろして来るまでに売り切れる事はないね。
「じゃ、待ってて!」
「ああ、気を付けてな」
急いで協会に移動して、私が持っている小さなクウロゥの袋に五百万分の金貨を詰め込む。かなり驚かれたけど、今は構ってられない。
「ただいま」
「おう、早かったな。で、一応言うが二つで百五十万だ」
「なら、これで」
大金貨二枚を出すと、何故か驚かれた。みんな驚きすぎだね。
「本当に買えるのかよ。いや、毎度。あー、驚いた。こんな嬢ちゃんが買うなんてな。貴族様かい?」
「ただの村人」
「そう言う事ね。気を付けるんだぞ。ついでに、これはオマケだ。それでもクウロゥの袋なんだぞ」
何がそう言う事か不明だけど、掌サイズの猫顔のクウロゥの袋をオマケしてもらった。肩から掛ける紐もあるので、これも首に下げられる。それにしても、この人は可愛いのばかり売ってるね。
「ありがとう」
良い買い物が出来た。時間停止が付与した袋が手に入ったので、食べ物を入れられる。今までもオマケで貰った幾つかはクウロゥの袋に入れていたので、さっそく入れ換える。
これからは、温かい物も腐りやすい物も遠慮しないで買えるね。
「他に何か良いものあるかな」
ハンストの街自体、碌に歩いてみたことがなかった。地理知識が不十分だったことが少しだけ悔やまれる。
こうして見ると、今日は魚人も多くが店を出している。普段は漁業をして、朝と夕方の二回湖の畔で市を開いているとは聞いていたが、色々あってまだ見に行けていなかった。だが、今日は街中まで売りにきている。彼らは魚人の特性から、あまり水辺から離れない。
「滅多に捕れないゴルドサルーギョの岩塩焼きだよ?五百リンドですよ?」
疑問系で客寄せをしているが、滅多に捕れない魚と聞いて列に並ぶ。皆邪魔にならないように並んでいる。
値段が高いのに人気みたいだね。
「残り三つになったよ?」
「え……」
そして、私の二人前で売り切れた。そんな。
「ぐすっ」
悲しくなんかない。また、食べられると思うし。でも、食べたかった。うー、悔しい。
「ん?お嬢ちゃん、残念だったね?」
「ふぐー」
いつか食べてやるんだから、覚悟してて。
後ろ髪引かれながらも、残り香を振り払うように私は駆け足で露店から離れる。絶対、食べてやるんだから。
「はあ……」
それからは、とにかくやけ食いをしてふて寝した。




