カンベルの実力
「俺が前に出て引き付ける。その間にエーは援護を頼む」
カンベルはいよいよ前線に立ち、戦闘を行うようだ。いや、漸く我に返ったのか申し訳なさそうな顔をしている。
「悪いな。お前ばっかに戦わせて。んじゃ、ちょい行ってくるわ」
なんとも気軽に言って、剣をダラリと提げて歩いていく。
「待って。私も行く」
「はあ?援護だけ頼む」
「無理。そんなに精力残ってない」
あとは簡単で弱い攻撃くらいしか出来ない。それでは傷を付けることは出来ないと私は判断して接近戦に切り換える。精霊術程ではなくても、剣などはそこそこ扱える。
「いや、なら俺一人でやる。エーは離れて回復に専念してくれ」
カンベルはどうしても私を戦わせたくないみたい。まあ、普通は子供に魔物討伐なんて荷が重いしね。
「大丈夫。戦える」
「いや、そう言ってもな」
「グダグダ言わない。もう槍の拘束解ける」
「っ!」
貫いていた石槍が音を発てて崩れたのは発言とほぼ同時だった。
その音に慌てて振り返り、いつでも行動が出来るように再び剣を構えるカンベル。
「……どうしても着いて来るのか」
「うん。離れて目眩まししたらカンベルも動けなくなるし、弱い攻撃だと意味ない」
「接近になったら庇えないぞ」
「大丈夫」
「解った。なら、頼む」
「うん」
カンベルの許可が出たので、鞘から片手剣を抜き、右手には背中に設置している【センリの棘棒】を持つ。
「そんな木の棒なんて、武器にならないぞ」
「これは特別」
街の周囲にも植えられているセンリだが、この棒は私が加工して長く愛用の武器として使ってきた。
普通のセンリも固く、棘も鋭いので動物避けには使える。でも、これは普通ではない。
「目覚めて《樹精霊》。吸い与えよ《疫精霊》」
「精霊武器か?」
「うん」
長く私が使う間に宿った《樹精霊》。それがさらに樹の生命力を活性化して丈夫にする。さらに、《疫精霊》にて私の体力と精力を与えてより強固な物へと変質する。この繰り返しで少しずつ強力な武器に変化した。鉄剣すら折るくらいに。
「なんだ、それは」
「少しだけ強化」
《疫精霊》により、棘棒の持ち手が根のように私の手を覆い突き刺さっている。その光景にまたカンベルが驚いている。
長く試行錯誤して編み出した強化技。一度に体力と精力を与えたら耐えられず砕けてしまう。強化も一時的な物。強化後には棘棒自体が成長するが強化幅は僅かに向上するだけ。それでも、ここまで成長したからかなりの凶器なんだけどね。
「とことん規格外な奴め」
今日だけでどれだけ驚いたのか、驚き方が落ち着いてきている。
「ま、お前に無理はさせないさ。《狂化》!」
瞬間、カンベルの雰囲気が変わった。
「オオオッ!!」
束縛から解放された蛇も私たちを殺す為に素早く向かって来ているが、カンベルはそれよりも速く駆けて一気に接近、一線する。他の技巧も使用しているのか、その素早さは私を凌ぐ。
「爆衡旋!」
カンベルの技が胴体を深く斬り裂いていく。かなりの威力があるのか、衝撃波だけでも周囲にダメージを与えているのが解る。
「私も、頑張る」
駆ける足に力を入れて跳び上がり、《風精霊》に背中を押して貰い、速度を上げる。これくらいなら消費もほとんどない。
「はあっ!」
剣で斬り、棘棒で刺し殴る。私に剣術なんてものはない。我流での攻撃。本来なら精霊による属性攻撃もするのだけど、この巨体には効果がないと判断し、鱗を剥がしそこを突いていく。
「《水精霊》に願う。水糸となり、敵を穿て」
カンベルも剣術の間に精霊術を使用しているようだ。ただ、カンベルの恩恵は低いのか効果は今一。
「くそっ! 円爆衝!!」
所々でしか視界に入らないが、カンベルの攻撃圏内はかなり鱗が剥がれ血が噴き出している。そこに《水精霊》が追撃している。
「っ!危なかった」
蛇はカンベルを先に倒す為か、頭をそちらに向けている。長い身体が逆にいい的になり、私には攻撃がこないけど巨体だけあって移動自体が攻撃のように迫ってくる。
「そろそろ、いいかな」
私の攻撃した場所は少ない。だけど、私の攻撃はここからが本番。
「《樹精霊》お願い。宿り木の成長を!」
点在している出血痕から、一気に蔦が伸びていく。蛇自体の血肉を養分にして、《樹精霊》がそれを促進する。
私が行った事は簡単。剣で鱗を剥ぎ取り、棘棒で深く穴を開けて、そこに村の山で採種した宿り木の種を仕込んだだけ。あとは、成長を促進すればいいだけ。
蛇肉は勿体ないけど、これだけ巨体ならまだ食べる場所はある。
「栄養いっぱい」
蔦が伸び、種があった場所からは枝が見える。蔦は木の一部でしかないが、蔦自体からも根が伸びてさらに蛇を餌として絡み付く。
「エー! お前の仕業か!」
姿はないが、その大声は酷く慌てている。近付き過ぎて、蛇と一緒に攻撃されたかな?
「カンベルなら大丈夫だよね」
囁きながら、ちょい舌を出して少しだけ反省。カンベルのこと、信じていたからね。このくらい避けるって。
「みんなありがとうね」
精霊たちにお礼を伝えて、術を解除する。これだけ育てば勝手に宿り木が蛇を吸収する。
強化を解いた棘棒は背中に戻して、尻尾だけは確保する為に重点的に攻撃を加えていく。
「おい、エー。ここにいたか。あれはなんだ!」
「宿り木」
今は急いで侵食されていない部位を切り離しているのだから、話し掛けてきて欲しくない。あ、でも、カンベルならもっと速く斬れるよね。
「カンベル、肉確保」
「はあ?いや、討伐証拠は必要だけどよ」
文句を言いながら、二又に分かれている付け根を反対側から何度も斬り付けてくれる。
「あ、死んだ」
尻尾を切り離して暫くして蛇が動かなくなった。
かなりの距離を移動しながらの戦闘だったので疲れた。移動跡が草原にくっきりと残っている。
「《樹精霊》お願い。宿り木を枯らして」
見事に赤い花をつけている。それを枯らすのは可哀想だけど、このままだと大地の養分すら奪ってしまう。
「はあー。いろいろ言いたいが、なんとか終わったか」
「カンベル、休まないで手伝って」
「解体なら待ってくれ」
「違う。種の採種」
「種?」
「うん」
カンベルに種が私の武器の一つであることと、宿り木の種油が上質で量があれば売れる事を伝える。さらに、蔦も枯れたとしても荷を縛るには充分な強度があることも教える。宿り木は武器でもあり、道具にもなり、お金も稼げる有能な植物なんだよね。
「そんな事言われたら手伝うか。蔦を退けないと解体も出来ないし、肉も腐るしな」
地面から渋々立ち上がって、手近な蔦を剣で一定の長さで斬っていく。
私も蔦を斬りながら、種を集めていると街から続々と人が集まってきた。
「カンベル、エーさん? 大丈夫でしたか」
「だれ?」
「ハーニスト! いや、支部会長。どうしてここに?」
猟師の格好をした人が十数人。みんな完全武装で肩で息をしている。
他には野次馬なのか、商人や街の人間が後方でこちらの様子を見ている。
「商人から連絡があったのです。魔物化した岩蛇らしき生物が二人と戦ってると」
報告を受けて、緊急で猟師を集めて武装を整えて出発してきたらしい。その間に、商人が話したのか街は騒ぎになって先ずはそれを静めてきたから遅れたと言われる。見れば、離れた所である商人が顔をこちらに向けていない。
「見たら解りますが、二人は大丈夫なのですか? これを倒したのですよね?」
ハーニストと呼ばれた狩猟協会ハンスト支部、支部会長が死んだ蛇と私たちを見ながら心配してくれる。
「大丈夫そうですね。ですが、よく一人でこんなのを倒せましたね。流石ですカンベル」
ハーニストはカンベルの背中を無遠慮に叩き、カンベルは顔を顰める。
「待ってくれ。俺はほとんど何も出来なかった。こいつがほとんどやってくれたんだ」
そう言いながら、カンベルはハーニストの手を逃れて私を前に突き出す。私を盾にするの?
「は? 冗談はよしてください。子供に出来る訳ないでしょう」
「いや、本当の事なんだがな」
どうやら信じてくれていないみたい。それは他の猟師も同じ。
そうこうしていると、危険はないと判断したのか野次馬が近付いてくる。
「えーと、もう危険はないのでしょうか?」
「ん? ああ。こいつが倒してくれたからな。来る途中で蛇の死骸の山も見ただろ」
「ええ」
どうしてもカンベル一人で行ったと思っているよう。顔を背けていた商人が尋ねてきたってことは、やっぱりこの人が報告をした人物かな。
「だから、信じられないかもしれんがエーがほとんどやったんだって」
「んー、カンベルが言うなら信じますが……」
そう言いながらもまだ信じていない感じ。別にどうでもいいけど、はやくこれ食べたいんだけど。
「カンベル、それより解体」
まだ話している二人に割り込んで、解体を促す。流石にこのまま放置は食材が勿体ない。私一人ではこんな巨体の解体には時間が掛かる。
「いや、もう解体はいいぞ?」
それなのにそんなふざけた事を言ってきた。
「なんで?」
若干怒気を込めて呟く。ご飯の神様は言っている。食べなきゃ勿体ないと。
「解体したのは討伐の証明の為だ。本来なら中の魔晶核を取り出すんだが、二人じゃ時間が掛かると思ってな。これだけ人が集まったんなら、さっさと核を取り出して加工用の皮と歯を採ったら焼却だな。じゃなきゃ、他の魔物を呼ぶしな」
「食べないの?」
こんなに肉があるのに何を言っているんだろう。
「食う訳ないだろ、魔物の肉なんて」
「エーさん、魔晶酔いのこと知らないのですか?」
カンベルは当然のように、ハーニストは私の無知について話してくる。
「魔晶酔い?」
「はい。魔物を食べると気持ち悪くなり、酷い場合は何日も寝込むこともあります。教会にて回復しますが、その為に高い治療費が掛かります」
「原因は魔晶核らしいんだが、それに汚染した肉はその影響で汚染するんだよ。精霊術に使えるから重宝はするし、体内に入れなければ汚染はないんだがな」
「食べると気持ち悪くなる?」
「そういう事だ」
私が過去に食べたゲルーパと兎くらいの魔物で気持ち悪くなったのはそれが原因なのかな?でも、こんな大きいの勿体ない。気持ち悪くなるだけなら食べればいいのに。ゲルーパより、兎のような魔物のほうが美味しくはあった。なら、この蛇もまだ食べられる範囲かもしれない。魔晶核を食べた時も気持ち悪くなっただけだし、大丈夫だと思うんだけど。
「カンベル、これ私が貰っていい?」
「は?肉をか?」
「うん」
「それは構わないが……まさか食べる気か?」
「食べる気だよ」
「……、一度経験した方がいいか?」
今、何を言ったのかな?
「魔晶酔いの事は伝えたから、あとは自己責任だな。だが、尻尾の部位だけだ。他は食べられないだろ」
「んー、すぐには無理だね」
全部食べるにはどれだけ時間が掛かるか解らない。その頃には腐ったり、魔物が寄ってくるかもしれない。
「解った。それでいい」
「あの、カンベル?」
「こいつの言うようにしてやってくれ。ああ、素材の売り上げはエーと半分ずつで」
「えと、魔晶核も売るの?」
これだけの巨体ならかなり上級の核が採れそう。精霊術には勿論、味見もしてみたい。
「エーは精霊使いだったな。今回はエーの手柄だから、売らなくても良いぞ」
ハーニストが何か言いたそうにしているけど、依頼は討伐であって、素材の権利は私たちにある。ご飯の為に事前に調べたんだから、今さら変更は赦さない。
「売らない」
「そうか」
「代わりに他の岩蛇の素材は良いよ。あと、蔦も」
肉は赤ちゃん岩蛇の分を残して貰おう。蔦はかなりの量があるしね。種六つでも、栄養が良かったのか成長が速かった。
「では、暫く待ってください」
そうして、この日と翌日の朝を利用して素材の剥ぎ取りと焼却処分をした。素材の売り上げと討伐だけで二十万以上になった。
ただ、肉の置き場所が協会の倉庫じゃ圧迫しちゃうので問題にになり、仕方なく街の外で地面を掘り周囲を石で囲み倉庫にした。小さな風穴も開けたから暫くは腐らないと思う。出し入れの度に《土精霊》にお願いするのが大変なだけ。
昨日は草原豚の頭や内臓を焼いたり茹でたりして食べた。生で食べるよりも美味だった。流石、文明の利器。今日は赤ちゃん岩蛇を食べる予定。あの魔物の子供なのか、小指の先程の小さな魔晶石が体内から見つかった。これだけ小さいと、価値なんてない。
「凄い稼ぎになったな……」
「うん」
「明日の大市に間に合って良かったわ。他の猟師は残った岩蛇がいないか探しにいったが、俺は休む」
「うん」
別に私に宣言しなくてもいいのに。
「それで、お前は料理か」
「うん」
ぶつ切りにした岩蛇を深い鉄鍋で煮込むと同時に、浅い鉄鍋に宿り木の種油を敷いて焼いていく。とっても良い匂い。
「本当に食べるのか?」
「当たり前」
多少気持ち悪くなっても、食べないなんて選択肢はない。かなり強い毒茸や痺頭虫を食べて生きてきた私には、この程度は問題じゃない。
「カンベルは?」
「いるか!」
カンベルも街の外で串焼きを食べている。早く《火精霊》とも家族になりたいな。そうしたら、どこでも温かいご飯作れるのに。火打石だと時間が掛かるもんね。
「天空と大地と大海に感謝を。生命の糧に祈りを」
感謝と祈りを欠かさずに伝えて、先ずは焼き蛇を口にする。
「んんっ!」
「ほらみろ、不味いだろ。酔う前に吐き出せ」
「美味しい……」
鳥肉のようにあっさりとした食感。味は濃くないけど、どこか甘くもある。
「んー、少し気持ち悪くなるのかな」
産まれたばかりなのか、気持ち悪さはほとんどない。
「気持ち悪いのか?旨いのか?」
どうやら次々と食べる私が不思議なのか、カンベルが気にしている。仕方ないな。
「カンベル、はい」
食べ掛けをカンベルに差し出す。
「う……。えーい」
覚悟を決めたのか、大きく口を開いて肉を頬張る。大袈裟な。
「ん?んー。んぐっ!やっぱ、気持ち悪いじゃねーか!確かに味は悪くねーけど」
あまりの気持ち悪さに飲み込んだと言うけど、本当に大袈裟だね。
「なら、もう上げない」
「いるかっ!」
煮込むとムニムニとした弾力になり、噛みごたえが増えた。だけど味は濃くなり、これなら薬草等と煮込むとさらに美味しくなると確信する。
「ふう。……えいっ」
全て食べ終わり、このまま食事を終えようと思った所にゲルーパが近くに来ていた。
生だと気持ち悪すぎたけど、この煮込んだ汁に入れたら美味しくならないかな。
「おい、今何入れた」
「美人の元」
肌を綺麗にしてくれるゲルーパなら、食べても綺麗になるかもしれない。不味くても、調理次第で美味しくなるかもしれない。
「溶けてきた」
かき回すと、トロォとトロミが出ている。
そっと木匙で掬い、口に運ぶ。
「ほわぁー」
「お、おい」
蛇の味が絡まるように舌にまとわりついて、味が消えない。ゲルーパ自体の味はしないけど、これはこれで凄い。何時までも味が無くならないなんて素敵すぎる。
気持ち悪さは増えたけど、そんなものは些末だ。生よりも断然マシだしね。
「全てに感謝を」
意外な発見と共に至福の時を私は過ごした。
大市まであと半日。




