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巣穴掃除

 草原豚を二頭確保してから私は解体を行い、売り物にならない頭と骨、それと内内臓を貰う事にした。内臓を食べると言った時のカンベルの顔は表現出来ない物だった。


「駆除には邪魔だから一旦街に戻るぞ」


 餌になる物を持って行けば、あっという間に血の匂いに引き寄せられ蛇に囲まれる。

 移動時間が勿体ないが、それよりも報酬(ご飯)を蛇にやる気は無いので協会へと戻り達成報酬と、売れない素材(ご飯)を有料で預かって貰う。有料の倉庫があって助かったけど、内臓には嫌な顔をされた。焼いたら美味しいのにね。


「さて、エー。行くか」

「うん」

「本当に彼女の同行を許可されるのですか?」


 私たちが行こうとすると、受付嬢が怪訝な顔で聞いてくる。本当に大丈夫なのか心配なんだろう。


「ああ、こいつの実力は少しだが見た。充分に戦力になる。それに、俺が危険にはさせねー」

「貴方がそう言うのなら大丈夫なのでしょうね。エーさんでしたか?くれぐれも無茶はしないでくださいね」

「うん」


 猟師は危機管理を自分でしないといけない。いや、基本は自分でしている。だが、私の年齢が低いからこんなにも心配してくれているのだと思う。成人には程遠い私くらいの子供は親に着いて行ったり留守番をするのが普通らしい。

 だけど、私の村は違った。人口が少なく、幼くても働き手の助けにはなる。よって、下手でも時間が掛かっても色んな事をやって来た。やらないと生きていくことが難しい環境だった。滅んでからの一年は特に過酷だった。だから、私にはこの程度の危険は問題じゃない。


「よし、行くか」

「おー」


 平淡に答えてカンベルと共に巣穴があると報告された場所へ向かう。


「エー、まずは遠距離で周囲を片付けるぞ」

「うん」


 移動しながら簡単な打ち合わせをする。カンベルは長弓で一匹ずつ確実に減らして行くみたい。それに対して私の遠距離手段は精霊達しかいない。弓も使えるがカンベルほど練度は高くないので、範囲攻撃による弱体化と殲滅。


「あの辺だな。大人に成りかけもいるな。小さいのは藪に隠れて見えないから、エーは中心に集めてくれ」


 逃走を困難にするために今回も土壁を使う事は織り込み済み。消費した精力も食事と時間経過で回復しているので、今回は城壁のような頑丈な物を造る訳ではないので余裕。


「《土精霊》お願い。壁を。そして集束を」


 伝えるイメージは土の壁を二重。内一つを中心に向かうように移動させる。これで中心に移動するならいいが、しなくても外側の壁が逃走の邪魔をする。外側の壁は内側に反っているので逃げるにも時間が掛かる。それを土を突き上げた高台から私達は見下ろす。


「本当に便利な」


 弓を引き構えるカンベルはすでに猟師の顔だが、その顔には若干まだ驚きの表情が見える。ここまで精霊の力を借りるのは難しいみたい。

 臆病な子供蛇は動く土壁に追われるように中心に移動する。大きい個体は三匹程僅かに中心に移動したが、そこで土壁は中心に近付き消失。


「先ずは大きい奴を狙う。エーは補助と、子供を」

「わかった。《光精霊》、強い光を照らして」


 光に弱い岩蛇には草原豚よりも目眩ましが有効らしいので、同じ手を使う。同じイメージの方が簡単だし、時間も掛からない。なにより、精力消費も極僅かでも減少する。


「《風精霊》、鋭い刃になって蛇の攻撃お願いね」


 《風刃》と名付けている、私の使い慣れた技。山の狩りでも、過去の岩蛇討伐でもよく使っていたので威力も精度も高い。なにより、精力消費も少ないので数も一度に沢山作れる。


「は?」


 二射目を放ったカンベルから音が漏れた。きっと、血で染まった風が蛇を蹂躙しているからだろう。血飛沫が地面に落ちる前に新たな風に乗り、蛇を斬り裂いているのだから始めてみたら驚くだろう。

 そんなカンベルも二匹目の眉間を射貫いているのだから、その手腕の高さが伺える。


「おいおい。なんだ、この光景……」

「カンベル、まだ大きいの一匹が死んでない」

「あ、ああ」


 手負いの大きい蛇二匹は私の風で止めを刺したが、本来は岩蛇と言うだけあって硬い鱗に覆われている。

 獲物を丸呑みするので顔は鱗が柔らかいが、残った一匹はとぐろの中に顔を突っ込み防御している。それでも、鱗は傷付いているが時間が掛かりそう。

 そんな一匹にカンベルの矢が立て続けに二本刺さり、痛みで防御が緩む。それだけ貫通力が高いのだろう。防御が緩んだらあっけなく、隙間から風が入り込んで顔を傷付けてやがて息絶えた。


「おわり」

「あ、ああ。そうだな」


 なんだか納得がいっていない顔をしている。

 今回、かなり矢を持参したカンベルは自分一人でほとんど片付ける気でいたのかもしれない。この程度余裕なんだけどな。


「あ、終わったか」


 まだ受け入れてなかったのか、暫く血で染まった草原を見下ろす。かなりの蛇が繁殖していたのが分かる。


「聞いていた以上の数だな。今からあの中に行くのか……」


 赤い大地を歩くのが気が引けるみたいだね。後で洗えばいいだけなのに。なんなら《水精霊》に頼んでみたらいいのにね。


「と、とりあえず行くぞ」

「うん」


 《土精霊》に頼んで高台にした草原を元に戻す。高台のままだと、周囲から持ってきた土で巨大な溝になってるから移動に支障が出る。


「本当に規格外な奴だな」

「ん?何か言った?」


 精霊に感謝を伝えていて聞こえなかった。


「いや、なんでもねー。それよりも、ここからが本番だからな。最低でも二匹はいるだろうし、産まれたてもいるかもな」

「赤ちゃんは美味しい」

「…………」


 草原豚の内臓が美味しいって言ってから、あんまり食べ物について反応を示さなくなった。岩蛇の肉は固いけど、赤ちゃんは柔らかいからカンベルにもお勧めなんだけどな。いらないなら、私一人で食べられるから嬉しいけど。どれだけご飯が穴にいるかな?


「カンベル、どうするの?」


 巣穴の近くに来たが、親蛇が現れない。血臭にも誘われない。


「精霊に頼む。水の中なら長く潜っていられないしな」

「なら、任せるよ」


 私がまだ家族になってない《水精霊》に頼むみたい。


「《水精霊》に願う。祖の力持ち、水流にて敵を鎮めよ」


 カンベルの詠唱を始めて聞いた。人によってイメージを伝えやすくする言葉は違うけど、カンベルのは威圧的とでも言えば良いのか。私にはお願いには聞こえなかった。

 その言葉に反応して、巣穴近くの川が細く枝分かれして巣穴へと向かう。そして、小川くらいの細さとなり巣穴へと到達して水が流れ込んで行く。

 なんて言うか、精霊の力が弱すぎる。巣穴の深さは分からないがどれだけ時間が掛かるんだろ。


「……《土精霊》お願い。小川を広げて」


 痺れを切らして《土精霊》に願う。小川を作るなら別に《水精霊》でなくても出来る。むしろ、《土精霊》の領分に《水精霊》が侵攻して無理矢理道を作っていた。

 一気に水量が増して巣穴へと注がれる。


「おい」


 カンベルの見せ場なんて知らない。だってこっちの方が早いんだもん。早く豚と蛇を食べてみたいんだよ。


「っ! 来るぞ!」


 水流とはまた違うゴオォォ!と言う音が聞こえ、水柱を立ててそれが姿を現す。


「エー!後退だ!」


 頭だけでどれだけの大きさか。私が見た中で一番大きい。

 水柱が消え、穴が塞がれたことで川の水が周囲を洗っていく。血で汚れた草原を洗い流すように広がっていく。


「《土精霊》お願い。小川の元を壁で塞いで」


 すでに小川とは呼べないが、大河に比べたら小川なので伝わるはず。

 それよりも、穴から這い出してくる蛇の異様をこの目に納める。

 胴回りだけでもカンベルよりも高さがある。三十メルスは軽くある。体長も六十メルス以上。まだ穴に尻尾があるので全長が把握出来ない。


「魔物化したのか?」


 岩蛇は灰色の鱗だが、この蛇は黒色。そして特に視線が行くのは顔にある四つの眼。そう四つ。こんな異変があるのは魔物くらいだ。


「生き物が魔物になることなんてあるの?」


 魔物は魔物として生まれることは知っている。だけど、動物が魔物になるなんて聞いたことがない。


「ああ、長く生きた生物だったり、土地が汚染されている場所で生きていたりするとな。あとは、まだ解らんが違う原因でも確認されてるとは聞いたことがある。いや、そんなことより、エーは逃げろ。すぐに協会に連絡してくれ」


 カンベルが慌てないのは、警戒して隙を作らない為だろうか。

 ジッと獲物を狙うように蛇がこちらを見ている。背中を見せたら一気に噛みついて来そうな予感がする。

 私もここまで大きな魔物は見たことがない。今まで触れあっていたゲルーパは無害な魔物だし、山でみる魔物は兎や大きくても猪くらいの物だった。それらは単に野生動物よりも力強く素早いだけだったが、それでも強力な生物だった。私が倒せたのは兎くらいの魔物一匹だけ。あれも、食べたら気持ち悪くなった。勿体ないから全部食べたけど。


「無理。あれからは逃げられない」


 本能的にそう理解する。それに、四つの眼の内二つは器用に私に狙いを付けている。


「ちっ!俺が囮になるから、逃げれたら逃げろ」


 カンベルは長弓を地面に置いて剣を構える。それに合わせて蛇も首をもたげる。


「カンベルは魔物と戦ったことは?」

「あるが、こんなデカイ奴は始めてだ」


 ジリジリと巣穴から這い出してきた蛇の全長が露になる。だいたい百メルスはある。その尻尾は二又に分かれており、それが巣穴から出てくるのを邪魔していたのかもしれない。

 シュララララと威嚇した蛇もいよいよ戦闘体勢は整ったようだ。


「先ずは精霊にお願いする」


 カンベルは警戒して、精霊に頼む余裕はない。

 だけど、私はこんな所で負ける訳にはいかない。私が成長するにはこの程度は簡単に乗り越えないといけないんだ。


「始めてだけどお願いね」


 先ずは蛇に有効な目眩ましを放ってから、なるべく強いイメージを描いて伝える。


「《風精霊》、《土精霊》お願い。蛇を呑み込むほど大きな矢礫と風の渦を」


 鏃のような形と硬さをした石を、空に巻き上げる風の渦と共に舞い上がる。風も《風刃》のイメージ。

 複数の精霊に同時にお願いするのはかなり精力消費も大きくなるし、イメージを作るのも難しく疲れる。複数にお願いするのが始めてじゃないだけ、まだ楽だけどこれだけ巨体を覆う規模は始めて。

 《精霊遊戯》と《森羅万象の加護》が無かったら発動すらしないかもしれない。


「グジャャャャ!」


 石と風の渦の中心で悲鳴のような声が聞こえる。鱗があっても無傷じゃないことにホッとする。


「エー、お前って奴は……」


 振り向かずに話すカンベルの声は先程よりも柔らかいが、まだ倒した訳じゃないので構えは解かない。


「止むよ」


 風が止む。そこにはとぐろを巻いて防御する蛇。鱗は何枚か剥がれたのか、斬り傷と共に出血しているが深手ではない。その血も、赤ではなく紫。


「《土精霊》お願い。巨大な槍で突き刺して」


 すぐさま次の手に出る。斬って駄目なら刺す。地面から幾本もの石と土の槍が蛇へと突き刺さる。


「土は折れる」


 《土精霊》が石も使えるとは言っても本領は土そのもの。その本領は岩蛇だった魔物とは相性が悪いみたい。それでも石槍は浅くない傷を作り、未だに刺さっている。


「こんだけ大きいと精力もすぐになくなる……」


 雑草を千切って食べる。体力や精力が減るとお腹が減るし、酷いと意識が朦朧とするから、普段なら余裕を持たせるけどそうも言ってられないかもしれない。

 そう思っていると、カンベルは覚悟を決めたのか口を開く。

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