初依頼
「今日は依頼をするんだったか」
昨日の内に今日の日程を伝えていたので、カンベルは朝一に確認をとってくる。部屋を変えたことに泣いていたけど、そんなことは知らない。
「ようやく俺の出番だな。お前のせいで貧乏まっしぐらだから、次いでに少し稼ぐか」
カンベルは新人の私の教育係と言う仕事を受けているみたいで張り切っている。それよりも、自分も狩りが出来ることを喜んでいる。お金を稼ぎたいみたい。
「俺は穴兎と岩蛇の駆除だから、駆除は見学しておけよ」
街の北側近くで岩蛇が異常繁殖したのか、商人などが噛まれる事が起きているらしい。明後日からの二日間は大市が開かれるが、まだ被害が報告されているので達成金が街から上乗せされた。
幸い毒蛇ではないので噛まれる事で即死はしない。だが、力が強く肉を噛み千切られたり、そこから病気が進行したりしている。
「私も受けたい」
岩蛇は村でも退治したことがある。あの時も卵から孵化してかなり危険な状態になったが、腕利きの人間とコボルトによって駆除することに成功した。精霊使いの私も当然駆り出された。
「大丈夫か?子供ならともかく、大人の岩蛇だとお前くらい一呑みだぞ」
「知ってる」
大人の岩蛇はその巨体で締め付けて動物を殺して食べてしまう。成長も早く、子供もすぐに大人くらいの体格になってしまうので見つけたらすぐに殺すように言われている。
私の身長が十三メルス。大人蛇の胴回りで十五メルス前後。体長は三十メルス以上。カンベルの話では八十メルスの巨体を見た事があるらしい。しかも、繁殖は四ヶ月起きくらいに発生する。
「まあ、精霊使いだろうし離れて攻撃したら大丈夫か?」
カンベルからも了解を貰ったので、協会で討伐依頼を追加してもらうが、受付嬢は心配してくれた。そんな危険じゃないのに。
「蛇の皮は売れるからあんまり傷付けるなよ」
「うん」
肉は固いのはすでに知ってるが、素材の価値は知らないので非常に助かる。
そして東門から私たちは出て、まずは【毒慈草】を《鑑定》で調べて集めていく。
ハンストの街は西側が湖に面しており、北側が山から湖に流れ込む大河によって自然の要塞のように造られている。そして、その大河周辺に岩蛇が繁殖している。川は流れが緩やかなので上流にいくつも橋が架かっており、そこから商人が川沿いにやって来る時に被害に遭っている。今は、大市に向けて漁船で渡るように措置をしているが、荷物が多かったり馬で来るのであまり利用されていない。
「エー、お前《鑑定》もあるのか。つくづく驚かせられるな」
「珍しいの?」
村では普通に皆が身に付けていた技巧なんだけど、普通じゃないのかな。私たちは、山で取ってきたものが食べられるかとか調べていて身につけたんだけど。
「いや。猟師や商人なら必須技巧だが、お前くらいの年齢だと親が買ってくるから普通は身に付けてないな。ただの町民なら必要ないし」
店側が販売しているから、鮮度はともかく安全性など心配せずに買うので住民は《鑑定》を身に付けていないらしい。
技巧は身に付けていないと、効果が当然ない。ただ、勘は働くので主婦の目利きでも問題はない。技巧の有無は素人か玄人かの違い。
生産系技巧なら、技巧を身に付けてようやく一人前。戦闘系技巧なら、ようやく一人立ちを証明することが出来る。ただ、その中にも腕の違いは当然あり、匠や達人などに師事する者は多い。
「あ、また毒慈草発見。これで数は揃った」
「ああ、良かったな……」
《鑑定》があれば楽な仕事なのでカンベルも特に教える事はない。根と一番下の葉を残して枯れさせないようにと、十本で一つに束ねるようにくらいしか習わなかった。
それよりも、カンベルは私を見てため息を吐いて疲れた表情をしているけど、なんでかな。
「文字通り道草を喰うのはもう言わない。ただ、これから捕獲とか討伐があるのに暢気だな。緊張よりはいいんだが……」
【毒慈草】を摘む次いでに雑草を毟って食べる私に始めは戸惑いながら怒ったカンベル。でも私はこの程度でお腹を壊す程柔じゃない。
現在は旅のお供のゲルーパを手に乗せている。
「しかし、無害っていってもゲルーパを手に乗せるか?」
「可愛い」
魔物だからって言う恐怖心からではなく、死体を食べるゲルーパに汚いとかの忌避感を抱いているみたい。
「可愛いのか?それより、色も変わってきているが大丈夫か?」
「うん。肌ツルツル」
荒れてカサカサになった肌も綺麗になる。村人の話だと古い皮膚を食べてくれて、肌が綺麗になるといって女性はよく身体にゲルーパを乗せていた。
「はあ?そんな訳ないだろ」
カンベルは知らないらしい。有名じゃないのかな?美人になる方法としてお手軽だと村じゃ重宝されていたのに。
「ほら」
私はゲルーパを大地に帰して、カンベルに手を差し出す。
「どれ」
フニフニと私の手を揉むカンベル。その眼は真剣で、眉間に皺が寄っている。
「分からん。何時もと一緒じゃないか?」
「全然ちがう」
出会ってから手を繋ぐ事が多いのに、この違いが分からないのかな?まだ、ムニムニと揉んでるけど分からないなんて鈍感だね。女性に嫌われるよ。
「分からないもんは分からん!あー、早く草原豚を捕まえるぞ」
諦めたのか私の手を離し、逃げるように草原を見渡す。
私が採集している間にカンベルは三羽の穴兎をすでに捕らえていた。
カンベルの武器は長弓と片手剣。《視力強化》や命中率を上げる技巧があるのか、遠く巣穴から出てきた兎を一撃で射抜いていた。その腕前はかなり高く、猟師としても協会の反応から信頼されているのが伺えた。
「少し待って」
《視力強化》で周囲を観察しながら、《風精霊》に語り駆ける。
「うん。草原豚。緑色の皮膚の豚だよ。お願いね」
「もしかして精霊に調べて貰ってるのか?」
「うん」
「便利だな」
周囲を歩きながらカンベルと話していると、程なくして精霊から報告を受ける。
「こっち。それで、カンベルは精霊と家族じゃないの?」
「家族?俺が契約してるのは《水精霊》だけだな」
「いいな」
まだ家族の契りを結んでいない《水精霊》。いたら家族になりたいな。
「お前は《水精霊》とは契約してないのか?まあ、ハンストにいたら機会はあるだろ。精霊に愛されてるなら楽だろ。けっ」
湖と川に挟まれているハンストは確かに他より《水精霊》が多い。だけど、機会が巡ってこない。よく近寄ってくるけど、まだ家族になるほど遊んでいない。《光精霊》があっさり過ぎたんだ。私でさえ、あんなに早く家族になったことはないんだしね。
「あの、アブガルとも知り合いたいし頑張るよ」
魚人は見た目美味しそうだけど、知り合いになったら魚をもっと食べられるかもしれない。ハンストの人間はアブガルに漁業を習ってここまで発展したみたいだし、きっと美味しくて高い魚がいると思う。
「おい、涎出てるぞ」
「ジュルル。あ、豚いた」
草原の緑に溶け込むように草を食む草原豚を二頭視界に捉える。依頼の数は指定されていないが、多い程嬉しいとのことだった。
「傷付けたらダメなんだよね」
「ああ、食料になるからな。ただ、血抜きをすぐする為に頭はなくていい」
「じゃ、頭は食べていいの?」
「食うのか?」
「当然」
やる気が出てきた。頭も美味しいのに、皆食べないみたい。基本はその場で捨ててゲルーパのご飯になるみたい。
「どうしようかな」
剣で切り付けてもいいけど、一頭には逃げられてしまいそう。せっかく二頭いるのだから、どちらも捕まえたい。
「……よし」
「どうやるんだ?草原豚は見た目に反して速いぞ」
カンベルは私のやり方が気になるみたい。ただ、新人教育もあるので助言もしてくれる。
「大丈夫。《光精霊》お願い。二頭に強い光を浴びせて」
私でも太陽を直接見たら目を閉じてしまう。なら、豚達にも有効だと思う。
「目眩ましか」
カンベルが言葉を言い切る前に眩い光が周囲を白く染める。それを見て私は駆け出す。
「視界を奪うのはいいが、間に合うか?」
背後でカンベルが何かを言ったが、聞き取れなかった。私が追い付いて一頭を殺す時間はある。その間に一頭が復活するかは不明。なので、保険を懸ける。
「《土精霊》お願い。周囲を二十メルスの壁で囲んで」
私と草原豚との距離がまだ離れているので、消費精力が大きい。壁は街の城壁を参考にイメージする。
自分よりも高い壁が出来上がって行くまでに、一頭の首を跳ねた。壁をただの土の壁にしたら良かった。城壁なんて頑丈な物を造るのに時間も掛かるし精力も予想以上に減った。加護がなかったらもっと酷かったね。これからはもっと考えないと。
「おにくー!」
結局、もう一頭が目眩ましから回復する前に首を切り落とした。壁が勿体なかったけど、美味しい頭が二つも手に入ったからいいや。
「《解体》はここでした方が良いのかな?その前に、《土精霊》お願い」
せっかく作った土の城壁を元に戻す。このままじゃ邪魔だしね。程なくしてカンベルがやって来る。
「お前……規格外過ぎだろ。ただの狩りになんて物を作りやがる」
なんか疲れてるね。それよりも右手を擦ってるけどどうしたのかな。
「殴っても、斬り付けても傷すら付かないってどんだけだよ……」
壁を壊そうとしたみたいだった。そんなの知らないよ。城壁をイメージしただけなんだし。
「とりあえず二頭は無事に確保したか」
「うん」
「はあ。こんなこと見せられたら討伐の許可だしても問題ないだろ」
「許可?依頼は受けたよ」
「最終判断は俺に一任されたんだよ」
なんでそんなことになってるのかな。別に岩蛇くらい倒せるのに。
「いくら依頼受けても、新人の子供に頼むのは気が引けるからな。本来は断られていたんだぞ。例え優秀でも、今回は巣の掃除だしな」
「討伐じゃなく、巣の掃除?」
「…………知らずに受けたのかよ」
「カンベルと同じヤツを頼んだだけだよ」
「内容までは知らなかったんだな。俺が受けたのは大人が確実にいると思う巣の掃除だ。大人だけで何匹いるか不明な上に子供も確実にいる場所だ」
「ふうん」
「軽いな、おい」
「だって、岩蛇だし。カンベルも一人で倒せるくらいでしょ」
「俺は巣の中にいるヤツは考えがあるし、離れていたら急所を射抜くから大丈夫なんだよ」
「私も大丈夫」
「大丈夫なんだろうな。あんなもの瞬時に造るくらいだし」
なんで遠い目をするんだろうね。




