表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

6

 クレアは警備室の一角にある、簡素な小部屋に通された。


 室内は白い壁が汚れで所々くすんで灰色になっており、部屋の真ん中には正方形の小さい木のテーブル、簡素な木の椅子が2脚対面に置かれている。

 出入り口入ってすぐ横には、記録係用なのか、紙束が置かれた書き物机と、机と壁の間に1脚の椅子が置かれている。


 クレアは出入り口から一番遠い椅子に座らされると、静かに待つように言われた。

 皆外へ出て行き、一人残されると外側から施錠される音が室内に響いた。


 頭の中では、どうしてこうなったのかを必死に考えていた。


 本来なら、ダンスの授業でクレアとメイナードが一緒に踊り、仲睦まじい様子を見たエレノアが授業の後に、クレアを階段上で引き止めて「あなた邪魔だわ…」と言いながらクレアを突き落とすはずだった。


 そこにクレアの悲鳴を耳にしたメイナード達が急ぎ戻ってくると、階段下で倒れるクレアを見て駆け寄って抱き起こす。そして階上を見上げた時、一瞬見えた後ろ姿と髪色で、犯人はエレノアではないかと疑う。

 医務室に運ばれ、夕暮れ時に目を覚ましたクレアの証言で、エレノアの犯行と決定付けられる。

 それでも健気にも、エレノアを庇う発言をするクレアに「君は俺が必ず守る…!」と言われ、これまでのいじめの証拠を揃えて模擬夜会で断罪する……はずだったのだ。


 しかし、実際には挑発しても手を挙げないばかりか、エレノアは恐れたのか後退りした。

 逃すまいと、近付いてから叫び声を上げて、戸惑っているうちに階段へ倒れ込もうとした瞬間に、手首を掴まれた。

「え?」っと声を上げる間も無く、強い力でグッと引かれ、まだ離れていなかった片足を軸にぐるりと回り、気がつけば立ち位置が入れ替わっていた。


 結果、立ち位置の変わったエレノアは手を離して階段を転げ落ち、クレアは前方に手を伸ばしたまま混乱し、固まってしまった。


 手が離れた後に、エレノアを呼ぶ声が聞こえたかと思うと、メイナードが凄い勢いで駆け上がってエレノアを途中で抱きとめた。そしてクレアはあっという間に拘束されて今に至る。


 クレアは状況を他人事のようにぼーっとしたまま脳内で眺めていた。


 暫くすると鍵が開かれ、マーティンと警備員、騎士の3名が入ってきた。


 警備員は書き物机に座り、対面の椅子にはマーティンが座り、マーティンの後ろに騎士が見張るように距離を置いて立つ。



「オーガスティン嬢、何があったのか正直に話してくれ」

「マーティン…!私何もっっ!信じて!」



 ガタッと音を立てて、前のめりに立ち上がったクレアを、素早く騎士が押さえて座らせた。



「落ち着いてくれ。それから私も言ったと思うが、許しもしていないのに呼び捨てにしないでくれ」

「マーティ「メルウォートだ。オーガスティン嬢」メルウォート…様」



 なんだか既視感のあるやりとりに、眉を寄せて戸惑うクレアに、マーティンは静かに声をかける。



「君は殿下の証言により、ハーレイ嬢が転落した時に、階段の最上部から階下へ向けて手を伸ばした状態で立っていたと聞いている。

 私たちがその場に到着した時には階段上で手を胸の前で曲げて握り込み、殿下に向けて弁明をしているところだったが…」

「わっっ私何も!突き落としたりなんてしていないわ!あの女がいきなり…!」



 クレアの言葉に騎士はスッと射抜くように目を細め、腰に下げた剣に手をかけた。

 それを後ろ手に手をあげて制したマーティンは、クレアに厳しい視線を向けた。



「オーガスティン嬢、目上の爵位の者を『あの女』などと言うな。弁えて発言しろ」



 凍てつくような視線を向けられたクレアは、たじろいで言葉をつまらせたが、先を言うように促される。



「わたしっっっ…そう、あの…ハーレイ様に呼び止められて…」

「なぜだ?」

「え…と、殿下…の事で…?」


「そもそも君はあの授業にいなかったはずだ。あの時間にあそこにいた理由は?」

「ゃ…ぇ…」



「待ち伏せていました」と言えるはずもなく、言葉に詰まったまま沈黙してしまったクレアに、マーティンはため息を溢す。



 将来お守りする対象である殿下の元で、最近よく見かけるようになった女子生徒は、小動物のように小さく愛らしかった。

 話を聞けば、転校してきたばかりで、元々平民と言うこともあり、周りが貴族令嬢ばかりの淑女科では努力をしても馴染めなくて困っていると言う。


 殿下は生徒会長ということもあり、一時の休息であれば構わないと寛大な対応を取った。

 しかしクレアは休憩時間全て戦略科へ通うようになってしまった。

 戦略科の生徒もくるくるとよく動いて屈託なく笑うクレアに癒されていた所もあり、温かく迎え、受け入れた。


 そんな中、自分の婚約者であるイザベラに「平民上がりのくせに」と直接なじられたと涙ながらに訴えられた時は、信じられなかったが、本人に問いただせば気まずそうに口籠りながら「良くない振る舞いを注意した」と言い訳のように言われた。

 なので、下手に関係を勘ぐって馴染めないクレアを爪弾きにして罵ったのだと思い、注意して頭が冷えればと距離を置く事を選択した。


 暫くすると、女子生徒に仲良く声を掛けられているクレア嬢を見かけるようになった。「あぁ、友人ができたのだな」と悩んでいた少女の、明るい道行に心から嬉しく思った。

 そして故意か事故か分からないが、クレアが殿下の婚約者に怪我をさせたという噂を聞いた。エレノア様の寛大なお言葉で、クレアにお咎めはなかったと聞いてほっとしたものだ。

 殿下から「自分の環境に馴染んできたようだし、此処に来てばかりでは彼女の為にならない。来ないように言っておいてくれ」と言われた。

 来ないようにというのは、些か突き放して感じるのではと難色を示したが、「こちらばかり来ていては仲の良い友人もできまい」と言われて、納得した。

 クレア自身は嫌だと訴え、瞳を潤ませて縋ってきたが、本人のためと甘さを捨ててきっぱりと拒絶を示した。


 その後イザベラから呼び出しを受けて、少々気まずい気持ちを抱えながらも、相手の家へ会いにいくと、誤解だったと説明された。



「貴族令嬢として、してはいけない振る舞いを注意をしたのであって、決して彼女の出自を貶めたわけではない。

 ()()()()()()()()()()()()彼女に皆心を砕いていたの。

 言い方の順序が悪く、彼女に誤解を与えてしまったようだったけれど」



 そうだったのかと思う半面、自分の短慮さに恥入りその時の見当違いな発言を誠心誠意謝罪した。


 その謝罪以降、イザベラは手作りだという甘さ控えめの菓子などを作って、会いに来てくれた。

 気位の高そうな彼女が頬を染めて、菓子の感想をじっと待つ姿、良く見れば指先に巻かれた包帯に気づくとどうしようもなく胸が高鳴った。

 イザベラとの距離がグッと近づき、穏やかに過ぎていく日々の中で、起きた今日の事件には、驚きしかない。




 目の前に座って俯いたまま黙ってしまったクレアを見やり、これ以上は無駄かと聴取を一旦中断することにした。



「一度休憩を入れよう。

 正直に話さないと、何か誤解があっても状況だけで悪く判断されてしまう。よく考えてくれ」



 言葉をかけても机に視線を落としたまま微動だにしない様子から、緩やかに失望しながらマーティンは席を立って部屋を後にした。

マーティン様の事情、長過ぎてごめんなさい(´^`;)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ