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エレノアは、クレアの調査を依頼した女子生徒を伴い、王族関係者しか使えない、豪奢なサロンで給仕に出されたお茶の香りを楽しんでいた。
食堂でクレアとの一件があってから、クレアは側近たちと一緒にいる所を見られておらず、普通科の商会の息子とも距離を置かれているようだ。
「─…というように、現在は一人で昼食を摂る事が多いようです」
「そう……商人の息子までも離れていくとは思わなかったわね」
「元々打算的な人物でしたので、高位貴族との繋がりを見出せなくなって離れたのでしょう」
「そういう方なのね。覚えておきましょう。
ではそろそろ監視以外は元に戻しましょうか」
「承知いたしました」
「ごめんなさいね?こんな低次元なことに、お父様の子飼いである貴方達を使ってしまって」
「いいえ、主人である公爵様より仰せつかっておりますので。
今のうちに対処しておかないと、最悪の場合ご主人様が王太子を変更してしまう事も考えられました。これでよかったのです。」
「……………そうね。
戯れるだけならまだしも、万が一子ができたり、私と婚約破棄などになれば、挿げ替えどころか簒奪すら起こしてしまいそうね」
女子生徒は、エレノアの大袈裟とも言える予想に、反論することなく静かに頷き続けた。
「では、皆に伝えて参りますので、御前失礼いたします」
スッと立ち上がり礼をすると、振り返ることなく立ち去っていく女子生徒を見つめ、エレノアは考えを巡らせる。
エレノアは常に『どこの調整が必要か』を念頭に置くようにしている。
不満があれば話を聞き、害意があれば取り除くと言ったように。
しかしエレノアは聖人君子ではない。あくまで自分の環境に影響するものや、追々面倒ごとに発展しそうであればの範疇である。
気がついていても影響がなければ対象外とみなし、その相手がどうなろうと気にも留めない。
気が乗れば“施し”ても良いかなくらいには思うのだが。
狙った全ての男性が目の前から消えた今、自分に接触してきた憐れな対象がどう行動するのか?
エレノアはそのほっそりとした手を伸ばしてカップを手に取ると、綺麗な澄んだ赤褐色の表面が揺れる様を眺めて美しく微笑むのであった。
***
クレアは不気味さを感じていた。
つい先日までは姿を見れば、仲良く声をかけてきた相手はスッと通り過ぎていく。腕を組んできたりもしない。
解放されたと思う反面、無きゃ無いで少し寂しくも感じていた。しかし、これ幸いと何かしようとコソコソ行動するとその途端に、声をかけられるのは変わらない。
しかもあれだけ会いに来てくれていたアイザックとも、全く会えない。
これでは好感度を上げられず、現在の好感度も確認できない。
そんな中、万が一好感度が下がっていれば、物を壊したり制服を破いては助けてくれず、「購入申請書を特別に用意するよ♪」と用紙を渡されて終わる事も考えられた。
「……これってまさか、監視されてるんじゃ……」
やっとその事に思い至ったクレアは、不気味さで怖がり……はせずに、苛立ちを一層募らせた。
「私から攻略対象を全部取り上げて、その上こんな扱いっ!悪役令嬢の仕業ね?
誰……性格的にはエレノア?人を使うのが上手いって設定だったし。
クッソ〜!もうすぐ断罪が行われる学園のパーティーが開催されるっていうのに……!」
この学園では最高学年になると、マナーや社交の勉強の一環として、正式な夜会を模したパーティーが学年の中頃に行われる。
この模擬夜会では、主に自分の爵位に合わせた立ち居振る舞いや、マナーが正しく使われているかを求められる。
クレアの知る乙女ゲームでは、この模擬夜会でメイナードや側近達に囲われ、虐めを行った悪役令嬢の罪を暴き断罪するはずなのだが…………その状況からは程遠い。
夜会のドレスを用立ててくれる人も今は居ないため、貸し出し用のドレスを申請して用意しなくてはならない。
自分の状況に歯噛みするしか無いクレアは、起死回生を狙い、禁断のイベントの実行を心に決めた。
本来メイナードルートで起きるこのイベントは、虐めの跡をメイナードに見つかり、問い詰められて泣きながら吐露した後、頑張って微笑む健気なクレアに心を掴まれたメイナードがより距離を縮めて睦み合う。
その光景を目にしたエレノアが、そのイベントを起こすのだ。
「はぁ……痛そうだから避けれるように早足でハーレムルートに突入したはずなのに。
せめてメイナードを手に入れるためにしなくちゃよね」
クレアは気が重そうにため息をついた後、そのイベントが起こる場所へ下調べに向かったのだった。
***
それから数日後、エレノアは自邸の応接室で、女子生徒から報告を受けていた。
「……変な行動?」
「はい、意味はわからないのですが」
曰く、クレアは戦略科のある中央棟の大階段で、敷かれている絨毯の材質を触れてたり、強く踏み締めたり、絨毯の交換時期を通り掛かった掃除婦に聞いたりしていたという。
「掃除婦に聞いた日に、わざわざ訪れて交換が行われた事を確認すると、一人で笑っていた様です」
「………そう…絨毯の掃除に興味でも湧いたのかしら」
しかし大階段でなくても、中央棟と淑女科がある南棟には至る所に絨毯が敷かれている。
そして階段は、南棟にも勿論あるのだ。
エレノアはいつぞやサロンで考えていたことを思い出していた。
もし不利な状況でクレアがなりふり構わずにメイナードの関心を引くには?と。
正義感の強いメイナードであっても、今の良好な関係がある以上、「水をかぶせられた」「物を壊された」と言っても、エレノアの犯行とは思わないだろう。
何だったら、「淑女科でこういう事が起こったらしいのだが」と、事実を聞きに来そうである。
「……それか、例えば私が羽虫に危害を加える瞬間を見せつけるため……」
それくらいのインパクトがなければ、メイナードはエレノアから離れないだろう。
そう考えていたエレノアは、クレアの不審な行動を聞き、まさか…と考えを巡らせた。
「…エレノア様、中央棟で騒ぎを起こすとなると……」
騒ぎを起こすにしても、排したいエレノアと、取り入りたい対象、そしてクレア自身が揃わなくてはならない。
「戦略科と合同で行われるダンスの授業かしら?
羽虫はろくにダンスも出来なかったから、別の教室で基礎から教わっていたはずね」
「はい、しかし理由をつけて抜け出せば不可能ではありません」
「そうね……どうしようかしら?」
ウフフと笑みを溢しながら、手にしていたお気に入りの扇子をゆっくりと開くと、現れた精緻なレースに指を這わせて妖艶な微笑みを浮かべるエレノアを見て、女子生徒はやれやれと静かにため息を溢した。
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