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翌日からクレアは、メイナードとすれ違い、会えなくなった。
(どう言う事?お昼はいつもゆっくり食堂に向かうのに……生徒会室かしら??でもまだあそこには入れないし)
メイナードはお昼になると、エレノアの元に急いで向かい、気遣いながら食堂へ共に行く。
放課後になると、またも急いで向かい、一緒に馬車に乗り込んで王宮へ行く……と、甲斐甲斐しくエレノアの元へ通い気遣っていた。
淑女科に急ぐメイナードと、戦略科に向かうクレアは、エレノアの「このルートの方が人が少なくて先生方に絡まれませんの」と言う入れ知恵から、使う道順が異なったために、お互いに鉢合わせる事なく綺麗にすれ違っていたのである。
「殿下にお手間をかけさせて……申し訳ございませんわ。
何か代わりにして差し上げられることがあれば良いのですけれど……」
「何を言う、まだ完全には癒えてないのだ。
無理はするな」
「無理などと……でもこうして殿下に堂々と甘えられて、怪我の功名?ですわねっ」
嬉しそうに腕にキュッとしがみついて、頬を寄せて微笑むエレノアに、メイナードはこの数日ですっかり陥落していた。
儚げ美人が嬉しそうに、恥ずかしそうにはにかんで腕にしがみついているのである。
加えて成長途中にも関わらず、感じる柔らかな感触も付いてくる。しかもなかなかのボリュームで。
思春期真っ只中、幼い頃からの幼なじみのような婚約者といえども、その柔らかな感触に否応なく異性を意識してしまっていた。
周りの目もあり、少し戸惑いもしたが、怪我を負った婚約者に優しく気遣う王太子殿下として高評価を得ている。
良いこと尽くしである。
そしてどこかの誰かと違い、話題が豊富で尽きない。全てがイロイロと心地良い。
そんなことをふと思ったメイナードは、すっかり頭の片隅に追いやり、間も無く場外へ吹き飛びそうだったクレアのことを思い出した。
「そういえば、エレノア、クレア・オーガスティンという女生徒は知っているか?」
「クレア……いえ?ええっとオーガスティン家には成人した御子息だけと記憶しておりますが……娘でございますか?」
「ああ、最近庶子を引き取って籍を入れたそうだ。次の貴族名鑑には、修正が入るのではないかな。
どうやらエレノアとは違うクラスの様だが」
「もしかして転入生でございますか?」
「ああ、そうだ」
「あまり知っていることは……。
ただ、貴族の常識は教わってない様ですので、皆さまが気遣って挨拶をしたり、順序を教えていると。
けれど休憩時間に仲良く声をかけようにも、直ぐ何処かへ行かれてしまうとか……。
あまり続きますと孤立してしまいますし、先生方の目に触れれば、厳しい叱責や補習もありますので、心配ですわ……」
「そうか……馴染めないと悩んでいた様だが違うのだな」
「仕方ありませんわ。貴族の独特なルールに馴染めない事は、まま有るものですわ。
でも貴族になった以上、今のうちに学んで分からないことを聞いたり、失敗をして反省しておかないと、その方のこれからの人生が……」
「学べるうち、やり直せるうちに…か。そうだな」
「そうですわ。皆さま不慣れな方に、喜んで手を貸してくださいますわ。もちろん淑女科の委員である私も」
「フッ頼もしいな」
と言ったやり取りを昼食にしたメイナードは、自分の教室に向かうと側近達に事情を話した。男子生徒が多い戦略科には、科も棟も違うことだし、あまり来ないように言うように指示をした。
初め側近達は不満げだったが、筋は通っている事、最近淑女科の女生徒から親しげに挨拶されているのを見る事もあり、それもそうだなと納得して最終的には従った。
***
エレノアは、メイナードがすぐに動くと踏んで、側近達の婚約者を集めて談話室に篭った。
「皆さま宜しいかしら?距離を置くのはお終いですわ。明日から皆さまの婚約者に接触してくださいませ」
「明日からですか?」
エレノアはメイナードとの会話を、婚約者達に伝えた。
「その流れで、初めは感謝を伝えるのです。
そして行き違いがあったこと、クレアという女生徒が先生から目をつけられ始めていて心から心配している事を伝えるのです」
顔を見合わせて躊躇う婚約者達に、エレノアは言いつのった。
「蟠る気持ちも有るでしょうし、微塵もあの令嬢を心配していない事も分かっております。
ですが、ここは淑女として猫をかぶって演じてくださいませ。
奪われたものは、手をつけられる前に奪い返すのですわ」
力強く言い切るエレノアに、令嬢達から笑い声が漏れて沈んでいた空気が浮上していった。
そこから個別のアドバイスに入るのであった。
***
クレアは焦っていた。
突然宰相の息子ローランドや、騎士団長の息子マーティンに、休み時間のたびに来る事を止めるように言われた。
涙目で食い下がってみたが、意見は変えられず「兎に角そう言う事だから」と切り上げられてしまった。
「どうして……出だしはシナリオ通り順調だったのに。」
お察しの通り、彼女は前世の記憶がある転生ヒロインである。
記憶を取り戻したのは、男爵家に引き取られてからだった。
シナリオ通り義母のせいで貴族のマナーを学び切る前に学校に放り込まれ、シナリオ通りの出会いを果たし、逆ハールートまっしぐらだった筈なのだ。
婚約者の令嬢達を遠ざけるのを成功した今、徐々に陰湿ないじめが始まり、攻略対象達が優しく慰めてくれたり、気晴らしにデートに誘ってくれる筈だったのだ。
一番の狙い目のメイナードに会えなくなり、ローランドとマーティンに拒否をされた。
残るは普通科に通う商会の息子アイザックだけだ。
アイザックは裕福だが平民で、結婚も割と自由。婚約者や特定の恋人は居ないので、嫉妬からのいじめとかはルートに無い。
ぐぬぬっと知恵を絞るが、良い案を思いつかなかったクレアは、取り敢えずルート通りのいじめを自作自演して泣きつく作戦で行くことに決めた。
しかしである。
私物を破損する隙がない。常に誰か近くにいるのだ。
周辺を見回して、誰もついて来ていない事を確認してから校舎裏で本を破こうとした瞬間に頭上から声をかけられたクレアは、咄嗟に「予習しようと思って……?」と力なく答えた。
かと言って家で破損させてから登校して、朝からそれが周りに見つかろうものならいじめではなくて家庭内虐待となり、話が思わぬ展開に広がりそうである。
仕方なく次の案として水を被ろうと、噴水近くに寄れば、両手を取られて「濡れてしまいますわ」と同じクラスの生徒にベンチへ移動させられる。
側から見れば、お手々繋いで仲良く談笑する微笑ましい女子生徒同士の図ではないか。
手を振り払えば、大げさに泣かれたことがあったので、抵抗することもできずに相手の成すがままである。
しかもたまたま通りかかったマーティンが、「フッ良かったな」みたいな視線を送って通り過ぎていった。
(ちーがーうーのぉぉぉ!)
心の中で盛大に叫ぶクレアの声は、残念ながら誰にも届かない。そんな失敗が続き、クレアは日々げっそりとしたのだった。




