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第十五話 わたしはママじゃないよっ

「パパ、みてみてっ。今日はお団子頭にしたの!」


 おめかしが終わったのは、買い物に行こうと提案してから一時間後のことだった。


 俺はすぐに準備を終えたのだが、やっぱり娘も女の子だ。準備に時間をかけていた。


 ……父親と少し買い物に出かけるだけだから、別にそこまで気合を入れなくてもいいんだけど。


「うん、今日も可愛いな。さすが俺の娘だ」


「えへへ~。そんな、クレオパトラさんですか?だなんて……わたしはさつきだよ? いくら世界三大美女と同じくらい可愛くても、間違ったらダメだよ~」


「言ってないから」


 相変らず拡大解釈のスケールが大きいけど、もう慣れた。

 俺にとっては世界三大美女より可愛い存在であることは間違いない。そもそも比較するまでもなく、世界で一番可愛いのはうちの娘なので、クレオパトラと勘違いするわけもない。


「お洋服も似合ってるな。ふりふりしてて、可愛いよ」


 フリルのついたピンクのスカート、水色の二―ソックス、猫耳フードのついたパーカーは、どれも彼女によく似合っている。


 でも、少し子供っぽいというか……高校生にしては幼く見えるような恰好だった。


「こういうファッションが好きなのか?」


「うんっ! だって昔、パパが買ってくれたお洋服だもん♪」


 ……ああ、子供っぽいと思ったら、俺が前に買った洋服を未だに着ているからなのか。


 そういえば彼女が中学生くらいの時にこういう服を買ってあげた気がする。


 一応、ソフィアさんに色々とアドバイスをもらって買ったので、さつきによく似合っていたけれど……高校生になったんだから、もうちょっと大人っぽくてもいいかなと感じた。


「……ついでだし、洋服も見に行ってみるか?」


「いいのっ? わーい、やったー!」


 さつきは無邪気に喜んでいた。

 でも、おかしいなぁ。うちは裕福ではないけれど、俺が親バカなのでお小遣いは結構多めに与えている。


 お洋服くらい、好きな物を買っているとばかり思っていた。


「自分では買いに行かないのか?」


 玄関を出て、カギを閉める。

 外へ出て、暖かい陽光に目を細めた。


 最近、かなり温かくなっていた。

 そろそろ冬物の洋服じゃなくて、夏物の洋服も出ている頃だろう。


「うん! だって、パパが好きなお洋服が一番好きだからっ」


 そう言ってくれるのは嬉しいけど、いつまでも俺が買った服を着るのはどうなんだろう?


 そして、中学生の時から娘の身長が伸びていないことを改めて実感した。この子の母親であるサーシャも、そういえば小さかった。


 態度は大きかったけどなぁ。良く言えば大人びていたし、悪く言えば横柄だった。体が小さいのに気は強いので、逞しい人だったと思う。


 そういえば彼女は質素でゆったりとしたファッションが好きだった。

 ロングスカートと大きめのカーディガンを好んで着ていた記憶がある。


「……もっと、大人しい服が似合うのかな」


 サーシャを思い出して、何気なく提案してみる。

 しかしさつきは、ニコニコと笑いながら首を横に振った。


「ううん、わたしは可愛くてふりふりしたお洋服が好きっ。パパの好きなファッションが、好きになっちゃったの!」


 俺が好き、というか……さつきに似合いそうなものを一生懸命選んだ、というだけの話だが。

 この子はそれを、大好きなファッションにしてくれたみたいだ。


「……そっか。うん、さつきが好きなお洋服が一番だな」


 頷いて、内心では自分を叱咤する。

 今のは良くなかった。


(無意識に、サーシャと重ねようとしていた……っ!)


 一番気を付けていることを、俺はやろうとしてしまった。

 サーシャとさつきは別の人間だ。しかし、油断するとこうやって、サーシャの面影をさつきに重ねそうになってしまう。


 だから、さつきが断ってくれて良かった。

 どうにか自分を取り戻すことができた。


『わたしはママじゃないよっ』


 暗にそう言われている気がした。

 そして、それはよく分かっているつもりだったのにっ。


「……さつき、ごめん」


「ふぇ? なんで謝るの? ……あ! 昨日の浮気のこと!? やっぱりやましいことしてたんだ!」


「ち、違う……そうじゃない!」


 謝ったら、変な風に解釈されて、こっちが困ってしまった。

 いや、謝ることさえも失礼だ。


 さつきはさつきだ。

 サーシャではない。俺の大切な『娘』なのだ。


 そのことを、しっかりと心に刻まなければいけない。


「ほらっ。パパ、可愛い娘が怒ってるんだから、手を繋がないとダメでしょっ! 迷子になったらどうするの?」


「……もう高校生だから、迷子になっても自分でなんとかしそうだけどなぁ」


 苦笑しながらも、差し出された手を握る。

 握った手は、相変わらず小さいけれど……とても柔らかくて、温かかった。


 さつきも、女の子なんだなぁ。

 そう実感させるような感触だった――

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