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雷妖大戦記  作者: 日生
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十四

 雷来(レイライ)の武勇伝には名のある大妖や地上の神との血沸き肉躍る戦いの話が多いが、その中でも焔狗(イェンゴウ)戦だけはいまひとつ話の盛り上がりに欠ける。


 焔狗が弱かったのではない。朱娘(ヂュニャン)を除けば、むしろ雷来が戦ったいずれの敵よりも手強かった。なにせ火の化身たる焔狗には雷来の雷が効かなかったのである。


 雷は火気を生む。焔狗は雷撃に引き裂かれようがすぐさまその火気を吸い込み再生してしまう。なおかつ、雷に変じる雷来にも焔狗の発する炎が効かない。


 互いに互いの攻撃が効かず、永久に決着がつかないかと思われた戦いであったが、最後は意外なことで焔狗があっさり負けた。雷来の喚んだ雷雲が降らせた雨によって、焔狗の火が消えたのだ。

 雷来自身も予期せぬ結末であり、興を削がれた雷妖怪はとどめを刺さずに去ってしまった。


「で、お前さんは焔狗を倒すのに必要な雨雲をまだ喚べねえと」


「うるさいっ」


 小雷(シャオレイ)は悔し紛れに(ヨウ)の頭を叩いた。男の肩の上で焔狗の話をざっと聞かせてやっていたのである。


 銀鮒(インフー)の先導のもと、小雷らは川を下って水璃(シュイリー)の縄張りを出ると、山を二つ隔てた火山を目指し地道に歩いていた。


 周囲からは徐々に背の高い木々の姿が消え、攸の腰の高さもない低木が岩場の隙間にぽつぽつ生えているのみだ。火山から吹き下ろす風は乾燥し、かすかに煙臭い。


 銀鮒などは鱗の乾くのが嫌なのか、薄い水の膜で腕を覆っていた。その水は手のひらの中の小さな青い玉から伸びている。


「それなんだ?」


 小雷が玉を指した。

 不透明で真珠にも似ている。だが青い真珠とは珍しい。


「竜玉の欠片。水気を籠めた水璃様の御力の一部です」


「え!? 見せて!」


 勢い身を乗り出した小雷を銀鮒はひょいとかわす。


「竜玉って、竜が持ってる宝珠だろ? 小雷の話じゃあ、水璃は雷来に負けて竜になり損ねたのじゃなかったか?」


 件の妖怪の縄張りを抜けたということと銀鮒への信頼もあり、攸は己の発言にそれほど気を使わなくなってきている。


 銀鮒は怒るどころか、むしろ男の浅慮を嗤った。


「いつの話をしているのです。今の水璃様は雷来ごときに比ぶべくもない。かつてより力を磨き間もなく飛翔される。神々しいお姿をせいぜい不細工な眼に焼き付けるがいい」


「そりゃめでたい」


「竜玉は水を喚べるんだよな? 銀鮒が水璃の力を使えるんなら焔狗も倒せるぞ!」


 猿が木に登るより速く調子に乗り始めた小雷だったが、


「戦うのは貴様です。私は焔狗に手を出さぬよう水璃様に仰せつかっています」


 すかさず地へ落とされた。小雷は意地悪な水妖たちが嫌になってきた。


「お前ら嫌いだっ」


 攸は頭の上でふてくされる毛玉をぽふぽふと叩いてなだめた。


「水璃は期待してるのかもしれんぞ」


「……なにを?」


「そりゃ、お前の力にだろ」


 誰もが同じことを言う。これまでも、小雷を馬鹿にする妖怪たちでさえ、その瞳の奥にもしかしたらと、あたかも天の落ちることを危惧するかのような色が窺えることがあった。


 だが小雷はとうの昔に悟っている。自分に雷来ほどの力はない。そしてそれを扱える器もないのだ。生まれながらの臆病は十分過ぎるほど自覚している。

 やはり、攸の頭の上でいじけてしまった。


「なにか聞こえるな」


 道中が無言になってしばらく後、はじめに攸が口に出した。確かに遠くから風を割る音がする。銀鮒が導く先から聞こえてくる。山を二つ越えた後、尾根を伝っていった三つ目の山である。


 そこまで辿り着いたところで破裂音は岩を粉砕するものと判別でき、息苦しいほどの火気の満ちる場所に小雷たちは踏み込んだ。


 目の前を、轟、と炎がかすめていった。

 だがそれは侵入者の小雷たちを狙ったものではない。別のものに襲いかかった炎の余りが、たまたま尾根から顔を出した小雷の前髪を炙ったのである。


 かつて地から火が噴き出したことによって、山頂が吹き飛びできた大きな窪みの底で、全身が燃え盛っている(いぬ)と、奇妙な妖怪が掴み合っていた。


「なんだあれ!?」


 小雷の叫び声も破裂音に打ち消されてしまう。


 燃え盛る狗は二本足で立ち、ゆうに身丈十尺はあるところ、身にまとう炎の勢いが増すにつれてさらに大きくなってゆく。揺れる火の中で黒い毛並みが灰になることもなく、なびいていた。


 ―――オオォォォッッ!


 雄叫びすら天を焦がす灼熱となる。


 これこそ火の化身たる焔狗だ。


 その放つ火気が山全体を覆い、風の中にちらちらと舞う火の粉がひとかけら衣に付着しただけでも全身が炎に包まれてしまう。雷来同様に闘争を娯楽と捉え、生ある者に畏怖される大妖怪だ。


 そんな焔狗と対峙しているのが、やはり奇妙としか言えない妖怪だった。少なくとも小雷らの誰も見たことがない。


 臍から上は人型、その下は黄色い縞のある虎。巨人のごとき焔狗に負けず劣らず巨大で筋骨隆々。下ろせば地につくほど長い腕。握り込んだ拳が全体の均整を崩し異様に大きい。

 虎の太い四つ足で窪地の内壁を駆け、灼熱を吐く焔狗の追撃を紙一重でかわしていた。


「っ、あぶねっ」


 窪地の縁から窺っていた攸たちは、虎の脚が跳ね飛ばした石礫と炎に危うく巻き込まれるところであった。

 斜面を滑り降り難を逃れたものの、岩をも溶かす熱気がたまらない。以前小雷が倒した九頭ジゥトゥも火を吐く狼の妖怪だったが、それとはまったく比べ物にならなかった。


 並の妖怪ならば炙られあっという間に死んでしまってもおかしくない。だが半人半虎の妖怪はその毛皮を焦がされながらも、大き過ぎる拳を力いっぱい振るった。


 風が破裂し、炎を弾き飛ばした。そして、その先にある焔狗の半身を粉砕した。


「あっ」


 と小雷は口を覆った。


 衝撃は焔狗を抜けて向こう側の岩壁まで砕き、窪地を広げた。


 焔狗は左の肩の辺りを吹き飛ばされた。

 砕かれた身は火の粉に変わり周囲に渦巻いている。焔狗は火の化身であり、たとえ身を裂かれようが縄張りに満ちる火気を吸ってたちまち再生できるのだが、どうしてか今はなかなか元の形に戻らない。


 小雷は嫌な予感がした。


「なんだあいつ」


 黒い恐怖が再び心を覆う。半人半虎の知らないはずの妖怪の気配に覚えがあった。


 何かの拍子に裂けたらしい、半人半虎の肩の傷口に黒い泥のこびり付いているのが見える。おそらくあれは、奴ら・・の血であろう。


「あ、あいつ、闇吞(アントゥン)の仲間だっ」


 闇吞の他に地の底で生き残った三匹の災禍の一匹。


 どうやら災禍の体内には総じて黒い泥が詰まっているらしい。天の帝に封じ込められた災禍たちの力と怨念を凝縮したものこそが奴らなのだ。


 攸も銀鮒も小雷の見解にまさかとは言わなかった。


「闇吞は地上の目ぼしい妖怪たちを同時に攻めていたんだな。水璃はこれを知ってたのか?」


 攸が話を振った先の銀鮒は竜玉の力で周囲の火気を追い払い、涼しい顔でいた。


「水璃様に知らぬことなどありません。幽界から人界まで流れる川はすべて水璃様のもの。水こそが世のすべてを知っている」


「ここ川ないぞ」


 銀鮒の言葉のどこからがはったりなのかは攸にも小雷にも判別できないが、それよりも問題は、ここで何をなすべきかである。

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