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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 最終話 おかあさんと一緒 ~I like My Mom~
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第二章最終話(六)蟇蛙(ひきがえる)の怪

 南に見えていた水色の光点が突然青に変わる。

 一拍置き、青の光点がき消える。


「通過した。

 しかし早すぎる。

 失神しているのか?」


 エリフの左手が発光し、それに呼応するように周囲の図形が一斉に輝く。

 蜘蛛くもの巣直下の水が温水に変わり、その周囲の水が凍りだす。

 周囲から冷たい風が吹き込み、蜘蛛くもの巣の層に向かって湿った風が吹き上げていく。

 風はどんどん早くなってゆき、エリナの肩までの黒髪とスカート、エリフのローブを空中に巻き上げる。


「落ちてくる勢いをゆるめれば良いのだな?」


 エリナはスカートを左手で押さえながら、右手で二重の円とそれに内接する五芒星ごぼうせいを描き、その二重の円の中を修飾する。

 ボートの周りの水面が空中に幾重いくえも浮き上がり、水の層を空中に作る。

 エリナはその作業を続ける。


「パラシュートが開いた。

 自動か?

 でもまだ早い」


 エリフはボートを蜘蛛くもの巣の直下から移動させる。

 そして左手で別の図形を描く。

 ボートのあった場所に雪が降り始める。

 雪は瞬く間に水面を覆い、その高さを増していく。


「エリナ、水中に落ちたヨシュアを拾いあげることができるか?」


 エリフは訊く。


「なら、水深二十メートルの空間をこの頭上につなげる」


 エリナは右手で五芒星ごぼうせいを描く。

 空中の空間がひずむ。


「来る!」


 エリフは短く言う。


 ――バシャバシャバシャバシャバシャバシャ


 巨大な蜘蛛くもの巣の漏斗ろうとを伝い、幾重いくえもの水の層を通過して、パラシュートにつながれた物体が蜘蛛くもの巣直下の湖面に落下する。

 激しい水飛沫みずしぶきを辺りにまき散らす。

 ボートは激しく揺れる。


 その後、ボートの頭上から宇宙服とおぼしきものが現れる。

 エリフは左手で描いた図形でその宇宙服を受け止める。

 エリフはゆっくりと宇宙服の人物をボートの上に横たえる。

 元々宇宙服は銀色であったのだろうが、方々が炭化して黒ずんでいる。

 エリフは左手で図形を描き、光る手で宇宙服のヘルメットを切る。

 中から重度の火傷やけどおかされたヨシュアの頭部が見える。


「おかあさん、宇宙服からヨシュアを出す」


 エリナはそういうと右手で五芒星ごぼうせいを描く。

 空間がひずみ、宇宙服が消え、ツナギスーツ姿の人物がボートの上に横たわる。

 エリフはスーツをき、脱がせる。


 胸のケロイド状になった皮膚がけ落ちる。

 エリフの左手は黒い煙のように覆われる。

 そしてその手をヨシュアの胸に添える。

 胸の上に大きな禍々(まがまが)しい肉の塊のようなものが現れ、脈動しだす。

 続けてエリフは頭部に黒い煙の出る左手を添える。

 同様に肉の塊が成長し、頭部を覆ってゆく。


「最低限、心肺と脳を護る……。

 重症だ。

 湖岸に誘導してくれ」


 エリフはエリナに向かって言う。


「判った、おかあさん」


 エリフはボートをぎ、エリナの作る空間のひずみにボートをくぐらせる。

 程なくボートは湖岸に着く。

 エリフはヨシュアを抱きかかえる。

 湖岸には肉の袋が成長している。


「エリナ、お使いを頼まれてくれ。

 私の本棚に輝きの書という革表紙の冊子がある。

 ヨシュアを助けるのに必要だ。

 それと金色の妊婦像を作っておいたものがある。

 それも持ってきてくれ」


 エリフはエリナを見ずに言う。


「判った。

 おかあさん。

 すぐに持ってくる」


 エリナは右手で五芒星ごぼうせいを描くと同時に消える。


「ヨシュア、許せよ」


 エリナが去ったのを確認し、エリフは反応の無いヨシュアに語りかける。

 エリフの左手は禍々(まがまが)しい煙に包まれるだけではなく、既に左手のほとんどが真黒まっくろになっている。

 その黒い左手をヨシュアの頭部、肉の塊に滑り込ませる。

 右手を添えるようにヨシュアの頭部をき回し、両手を持ち上げる。

 エリフの白いシャツが鮮血に染まる。

 エリフの長い銀髪の毛先も真赤に染まる。

 その両手には延髄えんずいを引きるように垂れ下げた脳梁のうりょうが収まっている。


 エリフは右手で肉の袋を裂き、脳梁のうりょう丁寧ていねいに、いとおしそうに肉の袋の中に収める。

 続いてエリフはヨシュアの胸に左手を突き入れ、右手を添え引き上げる。

 そこには脈打つ心臓がある。

 エリフは丁寧ていねいに心臓を肉の袋の中に収める。

 眼球、腸骨ちょうこつ睾丸こうがん、肝臓、膵臓すいぞう脾臓ひぞう、その他多くの臓器を取り出しては肉の袋の中に収める。

 そして左手を肉の袋の裂け目にあて、修復する。


 エリフは闇のようにどす黒くなった左手で図形を描き続ける。

 肉の袋は銀色に輝き、脈動しだす。

 ゆるやかに、しかし確かに。


「イリアは見た目、姉さん女房になってしまうな。

 イリアもだ二十代だし、童顔だから許容範囲だろう」


 エリフは肉の袋に向かって語りかけ、微笑む。

 エリフはしばらく肉の袋をいとおしそうに眺める。

 そして背を向け、湖岸を左手に歩き出す。

 エリフの髪は銀色と深紅のグラデーションとなり揺れる。

 同じく白くルーズに着ているシャツもヨシュアの血で真赤まっかまっている。

 空は青く、湖面は太陽の光を受けてキラキラと輝く。

 エリフの左手は図形を描き続ける。

 図形は激しい銀色の光を発しては消えてゆく。

 そのたびにエリフの左半身のどす黒い部分が増えてゆく。

 エリフは歩き続け、左手で図形を描き続ける。

 右手に崖を見ながら湖岸は右に折れ、エリフは歩を進める。

 先へ、先へと。


 空気が変わる。

 背後に紫色の煙が立ち込め、その中に閃光がまたたく。

 風が吹く。

 エリフは振り向かず、歩を進める。

 そして、十分距離を取り振り向く。

 そこには、四本足、四本の手、六個のり上がった目を持った巨大なかえるに似たクリーチャーがいた。

 クリーチャーの巨体は二十メートルほどの崖とほぼ同じ高さだ。

 

 何度目であろうか。

 数えるのも莫迦ばかばかしくなる宿敵との再会にエリフは苦笑を浮かべる。

 エリフの左手は下にダラリと下げられ、てのひらは黒い霧に包まれる。

 エリフの左手は既に黒くない部分は無い。

 黒い煙はエリフの下半身にまで及ぶ。

 いくつもの銀色に発光する禍々(まがまが)しい図形が現れては消え、現れては消えて激しく短い閃光せんこうが続く。


「おかあさん、早まってはだめだ!」


 少し離れた崖の上から高い声が聞こえる。

 エリナの声だ。

 エリフは声のするほうを見る。

 崖の上にエリナが立っている。

 エリナは筒を幾本も付けただすきをつけ、左手に燃える松明たいまつを持っている。


「輝きの書はあったのかい?

 必要なんだ。

 よく探してもらいたいのだけれどね」


 エリフはエリナに言い聞かせるように語りかける。

 エリナは首を左右に振る。


「おかあさんの本はどこに何があるかすべて知っている。

 輝きの書は無い」


 エリナは筒の導火線に松明で火を付けながら応える。


「おかあさんを死なせたりしない。

 そのためにこれを取ってきた」


 導火線は、バチバチバチ、と音を立てて燃え進む。

 次の瞬間筒はエリーの手の中から消える。


 ドカーン!


 激しい音がとどろく。

 一瞬の間があった後、爆風がエリフを襲う。

 かえるのクリーチャーの頭部が爆発したのだ。


 ――ダイナマイト!


 エリフはエリナが持ってきた筒の正体を知る。

 ニトログリセリンとニトロセルロースを基剤として膠化こうかさせ、安定化させた高性能爆薬。

 エリナはおかあさんの家でダイナマイトを作っていたのだろう。

 この日の為に。

 エリナは二本目の筒の導火線にも火を付ける。

 続けて三本目、四本目にも。

 筒は時間差でエリナの手から消える。


 ――ドカーン!


 ――ドカーン!


 ――ドカーン!


 激しい爆音が崖に反響し、崖から岩や砂が激しく落ちてくる。

 爆破はかえるのクリーチャーの頭上で立て続けに起きているらしい。

 砂埃すなぼこりが舞い立ち、かえるのクリーチャーの上半分が見えなくなる。

 エリナは最後の筒に火を付ける。

 筒はエリーの手元から消える。


 ――ドカーン!


 最後の爆発がかえるのクリーチャーの頭上で炸裂する。

 エリナは松明たいまつかえるのクリーチャーの頭上に投げる。

 エリナは崖からエリフの前に空間を跳躍する。


「おかあさん、逃げよう」


 エリナはエリフの手を取り、エリフの後ろに空間のひずみを作る。


 ――グアァァァァァァァー


 おぞましい巨大な音が発せられる。

 その音はエリナの脳幹を揺さぶる。

 エリナの動きが止まる。

 エリナはしなだれかかるようにエリフに体重を預ける。

 気を失っているようだ。


 エリフはエリナを抱きかかえるようにしてかえるのクリーチャーを見る。

 かえるのクリーチャーの頭部は無くなっている。

 しかしかえるのクリーチャーの頭は右側の腕の付け根に生えている。

 そこから激しい音が、鳴き声が発せられている。


 エリフはエリナを地面におろし、寝かせる。

 そしてかえるのクリーチャーのほうに歩を進める。

 エリフの銀と赤のグラデーションに彩られた髪は風に舞う。

 エリフの左手は光を吸い取るように黒く染まる。

 図形は現れては消え、現れては消え、銀色の閃光せんこうを発し続ける。

 今はもう、エリフのズボンの下に見えるサンダルを履いた足首までも黒くめ上げられている。

 エリフの全身は異様な黒い霧に包まれる。

 エリフはかえるのクリーチャーに向けて左手をかざす。


「おかあさん、ダメだ!

 生きて逃げる方法を考えよう!」


 背後からエリナの悲痛な叫ぶ声が聞こえる。


「エリナ!

 頼むから逃げてくれ!

 私は転生するから!」


「こんなのは嫌だー!」


 エリナは叫ぶ。

 エリフは最後のトリガをひく。

 エリフの左手から下半身すべてが銀色に輝き、爆裂する。

 そしてその爆裂はかえるのクリーチャーの右半分も道連れにする。

 古きものの眷属けんぞくに対抗するエリフの唯一の手段。

 犠牲魔法。


 エリフの体の残った部分は左手の湖に落ちてゆく。

 エリフは未だ生きている。

 湖に沈みながら考える。

 かえるのクリーチャーの中心に当てることができなかった。

 あれではかえるのクリーチャーはしばらとどまってしまう。

 エリナが危ない。

 かえるのクリーチャーが消える前に、エリナが殺されてしまう。

 頼む、逃げてくれ、頼む。

 エリフは湖面を見上げながら沈む。

 そして祈る。


 エリフは湖面に泡が舞うのを見る。

 エリフは湖に飛び込んでくるエリナを見て仰天ぎょうてんする。


 エリナはほおふくらませ、エリフを追って必死に手足をき、もぐる。


 ――何故なぜ

 ――何をしている?


 エリフは理解できない。

 エリフを助けることはもうできない。

 エリフの下半身は消え失せている。


 内臓のほぼすべては失われた。

 そしてエリフはすべての力を失っている。

 それなのに何故なぜ


 エリナはエリフに追いつき、エリフの唇に自分の唇を合わせる。

 そして空気をエリフの口の中に吹き入れる。


 エリフの体はもう動かず、薄れゆく意識の中で目だけをエリナに向ける。

 エリナは反転し、上の空間をゆがませる。

 そして空間を通り、何回かの跳躍の後、湖岸まで上がる。


 エリナはエリフを抱えて空中に逃れる。

 エリフはエリナのすぐ後ろに、跳躍により直ぐそこまでに迫る、左半身だけとなったかえるのクリーチャーの左手を振り上げるさまを見る。

 エリフは見たものをエリナに伝えようとするが方法がない。


 そのとき上空から強烈な光が降り注ぎ、白く発光するプラズマとともにかえるのクリーチャーの頭部付近、煙が出ている部分に命中する。

 ジャックの人工衛星の高出力レーザー砲であろう。


 ――バシーン!


 ――シュダダダダッ!


 激しい打撃音にも似た衝撃の後、クリーチャーの声にならない咆哮ほうこうが聞こえる。

 だがかえるの左手は止まらない。


 ――ビギャーァァァー!

 

 かえるのクリーチャーの左手は容赦なく振り下ろされ、エリナの体を粉砕する。

 エリフはそれを見てしまう。

 エリフの体が粉砕される刹那せつなの前に。

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