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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 第三話 超高層ピラミッド ~The Sky-Scraped Artificial Mountain~
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第二章第三話(六)未来視

 アムリタとエリーは大きなバックパックを背負って階段を登る。

 選んだルートは東南東の階段だ。

 ここを選んだ理由は色々ある。

 一つは六千メートルテラスからさほど離れていないこと。

 二つ目は九千メートルテラスの端に直結していること。

 三つ目としてはこの季節において積雪が適切だからだ。


 南の階段では融雪による雪崩が怖い。

 北側では雪が深く登攀とうはんできない。

 階段は五百メートルごとに踊り場があるが、一直線に頂上付近まで続いているように見える。


 頂上までの起伏が少ないので先行きの距離感はつかめない。

 階段は横二メートル程度の幅があり、数人が並ぶことができる。

 しかし、積雪のため先に行くものが踏み固め、後のものが足跡を通ることになる。


 二人ともアノラックのフードの下に目出し帽とゴーグルで武装している。


 今はアムリタが先導し、エリーが続く。

 二人は十二本の金属の爪が付いたアイゼン(靴に取り付けるスパイクのようなもの)を二重靴に装着して積雪の階段を登る。

 階段にはガイド付きの手摺てすりがあり、カラビナを引っかけて滑落防止とする。


「アムリタ、このあたりが六千六百メートルだが、キャンプを設営するのに向いているとは思えないぞ?」


 エリーは荒い息で回りを見渡し、アムリタに言う。

 階段も階段の外も段の在る無しの差はあれど傾斜地であるのでテント設営に向いていない。


「そうね、積雪をスコップで削って平地を作る予定だったけれど、積雪が少なすぎるわね」


 アムリタも荒い息で応える。

 少ないとはいえ、数十センチの積雪はあるが、削って平地を作るのは困難だ。

 この方角のルートでは雪は強風で吹き飛ばされてしまい、それほど積もらないようだ。


「どうする?

 下の踊り場まで戻るか?

 この調子では五百メートルずつ刻むしかない」


 そうねぇ、とアムリタは思案する。


「五百メートルごとでは最終アタックが七千五百メートルからになるのかな。

 そこから五百リットル酸素ボンベ一本で九千メートルを目指すのは心もとないわね。

 かといって酸素ボンベ二本は担げないし。

 まあ、八千メートルに物資を持ち上げておけば良いか。

 分かった、百メートル下にセカンドキャンプを設営しましょう」


 アムリタは結論を出す。

 エリーはアムリタが七千メートルを目指すと思っていたので少し意外に感じる。


「でもまあ、せっかくここまで登ってきたのだから暫くここにとどまりましょう」


 アムリタはバックパックを背負ったまま階段に腰を下ろす。

 エリーはアムリタの前に立ち、ミトンを外す。


「ではここで少し体調を見るか……」


 エリーはアムリタのアノラックのフードから黒い煙のようなものが出る左手を差し入れ首の後ろをつかむ。


「ひえー!

 冷たい!」


 アムリタはそう言いながらも抵抗はしない。

 エリーの黒い煙のようなものが出る左手は首筋から背中に降りてゆく。


「血中の酸塩基平衡はまあ許容範囲。

 血中酸素濃度が落ちている。

 肺の毛細血管網を密度強度ともに強化する。

 ちょっと失礼するよ」


 エリーはそう言い、アムリタの背後にまわる。

 そして背後からアムリタの胸元に左手を差し入れる。

 手は乳房の下で止まる。

 アムリタの胸元が温かくなり、呼吸が楽になる


「ありがとう、エリー。

 なんだか判らないけど改造人間になった気分よ」


 アムリタは笑いながら礼を言う。


「脳の毛細血管も強化するべきだな。

 脳浮腫が怖い」


 続いてエリーは黒い煙のようなものが出ている左手をアムリタの頭にかざす。

 薄い蜘蛛くもの巣のような線がアムリタの頭皮に現れるが鮮やかな金髪に隠され、目立たない。


「これで少しは頭がよくなるのかしら?」


 アムリタは真剣な表情でつぶやく。

 エリーはそれには応えず薄く微笑む。


「骨格筋の毛細血管の再強化も必要だが、キャンプを設営してからだな。

 踊り場まで降りよう」


 エリーはグローブをめながら言う。

 アムリタも、よいしょ、と立ち上がる。

 今度はエリーが先導して下る。


「エリーも体をいじっているの?」


 アムリタは訊く。


「多少は。

 しかし私一人ならば魔法による防御で水中や例え希薄空気でも生命を維持できる。

 酸素ボンベがあれば生身で真空中を泳いでみせる」


「まあ、凄いのね、エリー。

 大魔法使いよ。

 やっぱり空間魔法なの?」


「色々な魔法構成の組み合わせだ。

 おかあさんが考案したものだ。

 おかあさんなら複数の人間を含めて防御できる。

 残念だが私では自分の体の周りにしか防御が張れない」


 エリーは、まだまだ修業が必要なのだ、と続ける。


「でもでも、そんなこと誰しもができることではないわ。

 エリーは凄いわ。

 エリーの魔法の封印って自分で外したの?」


 アムリタは突然話題を変える。


「うん?

 最初の封印は三歳の頃、おかあさんが外したらしいが覚えていない。

 二番目の封印は六歳の頃、おかあさんに外してもらった。

 最後の封印は十二歳のとき勝手に外れたようだ」


「そうかあ、やっぱり勝手に外れることがあるのね」


 アムリタは微笑む。


「アムリタ、ひょっとして君が危険なことに身を投じる癖があるのは、君の魔法の封印を外したいからなのか?」


「あははは、それもあるかもしれない。

 エリーは私の魔法の封印を外せる?」


 アムリタは更に微笑む。

 エリーは、はて、と空中を見上げる。


「私は時の魔法についての知識がない。

 おかあさんなら知っていると思うが……。

 だが、時の魔法は危険だから導師を見つけるまでは封印したままのほうがよくは無いか?」


 エリーはアムリタを見て言う。

 アムリタは、あははは、そうよね、そうかも知れない、と笑う。

 エリーは認識する。

 やはりアムリタは自分の魔法の封印を削り落とそうとしている。

 だから危険なところに身を投じている。


 目的が魔法の封印の解除であるのならば、ある意味アムリタの行動は正しい。

 魔法の封印は封印される者の生命が危険になる状況下で維持され続けるものではない。

 だから、自殺とも思える行為を続けていれば、魔法の封印は解ける可能性はある。

 しかし封印が解けたとしても、その後(みずか)ら招いた窮地から脱出できるかは話が別だ。

 自殺にならないギリギリの線を攻める必要がある。


「時の魔法は多分色々な使い方があるのだと思うわ。

 単に自分を未来に運ぶ以外にも……」


 アムリタはエリーの背中に語りかける。

 エリーはアムリタの言うことももっともだと思う。


「たしかにアムリタ、君から魔法の行使の痕跡を認めることがある。

 しかしどのように作用しているのか私には判らなかった。

 君が使っている魔法はどのようなものなのだ?」


 エリーは訊いてみる。


「……私に危険があるとき、少し先の未来が見えるの。

 それも複数の。

 私はその中から道を選んでいる」


 背後から聞こえるアムリタの言葉に、エリーは少し驚く。


「今の状態は、見えていないに等しい。

 全く見えないのならばともかく、ぼんやりと見えてしまうこの中途半端な状態が私にとってまどろっこしい。

 昔はもっと見えていたんだと思う。

 少なくとも八歳の頃までは。

 私は意識だけを未来に飛ばしたこともあるのよ。

 でも今はそれができないの」


 エリーは黙って強風の合間に聞こえる背後からのアムリタの独白を聞く。

 なるほどそういうことか。

 アムリタは時渡ときわたりの魔法をある程度使いこなしている。

 そして昔はもっと強大な力を持っていた。

 その力を周囲のものに封じられてしまい、失った力を再び得ようとして足掻あがいている。

 つまりはそういうことだ。


 二人は六千五百メートルの踊り場に辿たどり着く。

 強風の中、バックパックを下ろし、中身を開ける。

 そして比較的大型のテントを組み立てる。

 耐風性を重視しているため天井は低い。

 周囲は手摺てすりがあるので固定には問題がない。

 二人はテントの中に入る。

 強風が無くなるだけで体感温度は十度以上あがる。


「現時点での私の知識では君の封印を解くことはできない。

 でも、戻ったら研究してみるよ」


 エリーはアムリタに言う。

 アムリタは、お願いするわ、と笑う。


「手を見せてくれ。

 この高度では末端まで酸素が届きにくい。

 凍傷が心配だ」


 アムリタはオーバーミトンとグローブを外し、両手をエリーに差し出す。

 その手はやや紫色がかっていた。


「血中酸素濃度が落ちている。

 やはり手を含めて骨格筋の毛細血管の強化が必要だな」


 エリーはそう言いながら黒い煙のでる左手でアムリタのてのひらさする。

 アムリタの手が生き返ったように桃色に輝く。


「さて、全身をいじるが良いか?」


 エリーはたずねる。

 アムリタは、お手柔らかに、と応えシェラフの上に横たわる。


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