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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 第三話 超高層ピラミッド ~The Sky-Scraped Artificial Mountain~
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第二章第三話(一)アムリタの請願

 アムリタはジュニアの道具屋で伝票を整理している。

 店にはアムリタ一人、カウンターの中で店番を兼ねている。

 正確には一人ではない。

 二階にもう一人いる。

 一人いるが、今は役に立たない。

 だから店番と伝票整理、在庫管理はアムリタがやり、商品の手配と配達、営業活動はソニアがやっている。

 配達だけであればアムリタはぜひやらせて欲しいと思う。

 しかし商品の手配と営業活動はアムリタにはだ無理だ。

 教えてくれさえすればできると思う。

 しかし今は店を空けられない。

 一人にできない。

 だから自然、アムリタが店番、ソニアが外回りという役回りになる。


 アムリタは店番でも特に不満はない。

 商品の種類ごとの商流、顧客情報、お金の流れが判って勉強になる。

 大きな金額の取引は仕入れ先から直接顧客に運ばれる。

 だからアムリタには伝票上だけでしか判らない。

 これら名前しか知らない商品の数々の実物を、そのうちこの目で見てやるんだ、とアムリタは煎った豆をついばみながら考える。

 豆、塩味がいていてうまい事はうまい。

 しかしそろそろ飽きたな、とアムリタはもごもごと咀嚼そしゃくしながら思う。

 干し肉でも買ってくるか、と考える。


「ただいまー」


 店のドアがノックなしに開けられ、カランという音とともにソニアが元気に入ってくる。


「あら、お帰りなさい。

 お疲れさま」


 アムリタは店のテーブル席に腰かけようとするソニアに、笑顔で応える。

 そして厨房ちゅうぼうで茶をれる。

 棚には密閉容器に入った多数の茶葉があるが、アムリタには用途の違いがよく判らない。

 エリーは時と場合、相手に合わせて複数の茶葉をブレンドしているらしいが、アムリタは一番残りの多い茶葉を使う。

 ここにある茶葉の中では値段は中の下、くせが無くて飲みやすい。

 アムリタは豆菓子とお茶をトレイに乗せて、ソニアのテーブル席に運ぶ。


「あー、ありがとう。

 豆、未だ残っている?

 無ければ買ってくるから」


 ソニアはさわやかに笑う。

 ソニアの笑顔に悪意はない。

 ソニアは単純な娘というわけではないのだろうが、内心を顔に出すことをあまり隠そうとしない。

 アムリタはそれがソニアの自然体であることが段々判ってきている。


「あら、お豆は未だまだ沢山あるわ。

 それよりお肉が無いかしら……」


「オッケー」


 ソニアは上機嫌で応える。

 本当に判ってもらえているのだろうか、アムリタは不安になる。

 ソニアは採食主義者ではないようだ。

 肉料理は出されれば食べる。

 しかし、あまり乳製品以外の動物蛋白(たんぱく)を好んで食べようとしない。

 だからソニアが作る料理は豆料理が中心となる。


 ソニアの料理は美味おいしいとアムリタも認める。

 スパイスのいた料理から、甘辛く煮つけたもの、素材の味を最大限に生かしたフレッシュなものまでレパートリーは広く飽きさせない。

 手際も良い。

 うん、尊敬に値する。

 エリーが料理を作れないのならば、ソニアが厨房ちゅうぼうに立つのが自然な役回りであろう。

 それに異存はない。

 しかしだ、アムリタは肉が食べたい。

 肉にえている。


「あの、夕食のことだけど、お肉が食べたいなぁ、なんて」


 アムリタはリクエストする。

 このリクエストは初めてではない。


「あれー?

 昨日の夕ご飯の野菜炒めにも刻んだベーコン入れてあったよ?」


 ソニアが不思議そうな顔をする。


「ええ、確かに入っていたわ。

 とても美味おいしかった。

 ありがとうね、ソニー。

 でも私が言っているのはお肉を中心としたお料理が食べたいかなーって」


「ああ、そうかー。

 そうだよねー。

 でも、私、肉料理って作ったことがないんだ。

 マリアが採食主義者だから。

 エリーが復活したら肉料理を習ってみるかなー」


 ソニアは気の長いことをいう。

 アムリタは、今日の夕ご飯のリクエストなんだけれど、と小声でつぶやく。


「ほら、そんな難しく考えないで。

 ソニーの料理の腕なら、エリーに習わなくても大丈夫。

 ほら、豚肉を切って塩を振って焼くだけでも十分美味(おい)しいと思うのよね」


 アムリタはそう思うならば自分で肉を焼けと言われる覚悟でお願いをする。


「そんなにお肉が食べたいんだ。

 判った。

 大豆をお肉風に仕立てるレシピがあるんだ。

 ジャックの大好物なの。

 今晩はそれにするね」


 ソニアはさも、判っている、というように胸を張りサムアップする。

 アムリタは、あ、ありがとう、と笑う。

 笑うが、そうじゃなくて、そんな手の込んだ精進料理が食べたいわけではなくて、私のリクエストはもっとシンプルで、と心の中で足掻あがく。

 アムリタの内心の葛藤かっとうはソニアには伝わらない。

 アムリタはソニアに向けて両手を伸ばす。


「夕食のメニューは決まったとして、今日の残件は?」


 ソニアは業務について話題を移す。

 アムリタは伸ばした手のやり場を失い、両手で空中をむ。


「え?

 そ、そうね、今月締めの仕事は終わったかしら。

 本当にお疲れさま。

 ジュニアに言われている営業ノルマも達成しているし、一息つけるわね。

 ソニーのお陰よ。

 それはそうと――」


「――それはそうと、エリーは復活した?」


 アムリタがお肉の件に関して、もう少し意見を述べようとしたところ、ソニアは最重要懸念事項に話題を移す。


「あうぅ、まだよ……」


 アムリタは直視することを躊躇ためらっていた案件に関して残念な報告をする。


「そう――」


 ソニアは暗い表情になる。


「正直私には意味が判らないのだけれど……、莫迦ばかジュニアが実行犯、ラビナが共同正犯、アルンとサマサと私が幇助ほうじょ犯といった位置付けなのかしらね」


 ソニアは自虐的な笑みを浮かべ、分析する。


「うーん、誰が悪いと言えば、ソニーの言うとおりジュニアがモテ過ぎるのが悪いのかしら。

 ただ、私も変だへんだと思いながら触らないようにしてきた部分でもあるのよね」


 アムリタはソニアの言葉を受け応える。


「ま、私が店番しておくから上を見てきてよ。

 エリーのケアができるのはアムリタだけよ」


 ソニアは両手を合わせてアムリタに頼む。

 アムリタは、ええ、判ったわ、と言い、二階への階段を上る。

 結局今の多くの問題を解決するには避けて通れないことだ。

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