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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 第一話 夢で逢えたら ~When We Meet in My Dream~
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第二章第一話(八)禁止者

 ラビナはベッドの上で覚醒する。

 周囲に複数の人物がいる。

 しかも左側に立つ人物に首根っこを押さえられている。


「ギヤー!」


 ラビナは普段小さな口を極限まで開け広げて絶叫する。

 恐怖に戦慄する。

 首を下からすくい上げるように押さえている人物がエリーであったからだ。

 エリーは冷たい表情をラビナに向けている。


 ラビナはエリーの手から逃れるように上半身を跳ね上げ、起きる。

 エリーは無表情にラビナを見つめる。

 場所は一昨日前からラビナが滞在していたジュニアの部屋、ダブルベッドの上である。

 横を見るとジュニアが横たわり、その右側にアムリタが腰かけて上半身をひねり、ラビナを見ている。

 ジュニアは目を覚ましていない。


「おはようラビナ、良い夢は見られたかしら?」


 アムリタは恐るおそるという感じでラビナに声をかける。

 テーブルを見ると、赤毛の少女、ソニアが椅子に座りラビナを見ている。

 フォルドの森の近く川のほとりでラビナを詰問した空賊の少女だ。

 ラビナはソニアを見て更に驚愕きょうがくする。


「なななな、何で貴女たちがここに居るの?」


 ラビナは慌てながらも辛うじて訊く。


「定食屋でアルンに合ってさー」


 ソニアは狼狽うろたえるラビナに笑顔で応える。


「ジュニアとラビナが夢幻郷に行くべく、ベッドを共にしていると聞いて、エリーがここまで跳んできちゃってさー。

 それで、私たちもアルンに頼んでここまで連れてきてもらったのよ」


「アルン!

 なんて余計なことを!」


 ラビナは文句を言うべくアルンを探すが姿が見えない。


「ごめんねー、兄のプライベートに立ち入るつもりはなかったんだけれど、流れで仕方がなかったのよ。

 それに好奇心を抑えきれなくてねー」


 ソニアは笑いをこらえているような表情で言う。


「アルンはどこ?」


 ソニアは部屋を見渡すがアルンはいないようだ。


「仕事の時間だって言って消えたわよ」


 ソニアが応える。

 ラビナはアルンを恨む。


「なんで覚醒できたの?

 夢幻郷に入ったらこんな起こされ方はできないはずなのに」


 ラビナは首を押さえながら叫ぶ。


「新陳代謝を活性化させ、交感神経が支配的になるようにホルモンのバランスをいじった。

 あと覚醒するよう脳内麻薬を発生させている」


「ななな、なんて無茶な!」


 ラビナはエリーを糾弾きゅうだんする。

 しかしエリーは真白い顔に灰色がかった水色の目を薄く開き、ラビナを見下ろす。


「夢幻郷での君の発話をモニタしていた。

 色々聞かせてもらった」


 エリーが暗い口調で言う。


「な、なにを?」


 ラビナにはエリーの言うことがよく判らない。


「『なあに? れた? 下僕にしてあげても良いわよ』くらいから」


「――!」


 エリーの抑揚の無い声でラビナの言葉を復唱する。

 ラビナは絶句する。

 よりによってエリーに夢幻郷での会話を訊かれていた。

 殺される。

 ラビナは身の危険を感じる。


「『ヒャッホー』って叫んでいた……」


 エリーは続ける。

 ソニアは真剣な顔でエリーを見つめる。


「『人の男の上に乗っかって、世界を救うなんて最高!』とも言っていた」


 アムリタの、ゴクリ、と唾液を飲み込む音が聞こえる。

 やばい、ラビナは自分の言葉を次々と復唱され、逃げだしたくなる。


「そうよ、私は夢幻郷を邪神から護ったのよ、悪いことなんかしていないわ!」


「『褒め称えてくれないと降りないわよ』とか」


「誰かに褒めてほしかったのよ!

 仕方がないじゃない。

 不安で不安で仕様しようがなかったんだから!」


 ラビナには判っている。

 ラビナがジュニアにしたことでエリーが激怒していることを。

 下手な応答をすると怒り狂ったエリーに粛清しゅくせいされかねない。


「『あの娘から貴方を盗ってやったわ!』とも。

 人のものであることを自覚していた?」


 エリーは冷たい口調で言う。

 やばいやばいやばい。

 ラビナは狼狽うろたえる。


「でもでもでも、定食屋の看板娘とはもう別れたって。

 だから今は誰のものでもないよね?

 盗ったっていうのは男女間の駆け引きよ!

 別に定食屋の娘から盗ったわけでもなんでもないから!」


 相手をサマサにすり替える。

 エリーから盗ったわけではない。

 そもそもなんでエリーが怒るのか判らない、怒っていることも認めない。

 ラビナはそう方針を決める。


「――!」


 ラビナの言葉にエリーは言葉を詰まらせる。

 よし! この方針は正しい!

 ラビナはチャンスと知る。


「夢幻郷にいる人を無理やり起こしたら危ないじゃない!

 私じゃなければ死んでいるわよ!

 そんなこと絶対にジュニアにしないでね!」


 ラビナはジュニアを持ち出して反撃する。

 エリーは黙る。


「恐らくジュニアは夢幻郷の山で動かなくなった私の体を持て余して難儀なんぎしているはずよ。

 私はこの状態では夢幻郷に入れない。

 どうする気よ?」


 ラビナは言いつのりながらも実際ジュニアがどうしているのだろうと気になる。

 エリーはベッドの反対側に行き、アムリタの隣からジュニアの首筋を下からすくうように触る。

 しばらく皆無言となる。


「どうなっているの?」


 ラビナは黙るエリーにれて状況説明をうながす。


「……君の名前を連呼している」


 エリーは言いにくそうに言う。


「ほらやっぱり困り果てているじゃないの!」


 ラビナはエリーを糾弾きゅうだんする。

 とりあえずエリーの頭は冷えたようだ。

 ただちに殺されることはないだろう。

 ラビナは内心安堵(あんど)する。

 しかしだ、夢幻郷での状態は危険であることに違いない。

 ゲートへの帰路、ナイトゴーンにでも襲われたら終わりである。


「どういうことなの?」


 ソニアはラビナに訊く。


「夢幻郷は入ったところから出る必要があるのよ。

 それ以外で出ることは、普通は無理なの。

 起こそうと思っても起こすことはできない。

 それこそ殺されても起きない。

 にも関わらず、今回無理やり覚醒させられたので夢幻郷での体と精神の連絡が途切れた状態になっているみたいね」


「連絡が途切れた状態って危ないの?」


 アムリタが訊く。


「判らない。

 初めてのことだから。

 この状態で夢幻郷での肉体が損なわれたら何かしら現実世界でも影響が出ると思う。

 それより、ジュニアは普通に夢幻郷にいるからナイトゴーンに襲われたりしたら命に係わるわ」


 ラビナの言葉にエリーはいよいよ表情が無くなってゆく。


「助けに行けないの?」


 アムリタがラビナに訊く。


「多分この状態では私は夢幻郷に入れない。

 でも皆を夢幻郷の入り口までいざなうことはできると思う」


 そこまで言い、ラビナはソニアを見る。


「ねえ、貴方!

 貴女は素手でも強いんでしょう?

 夢幻郷に行って、ジュニアを助けに行ってよ」


 ソニアは、判った、と応諾しアムリタは、私も行くわ、と請け負う。

 エリーも、私も連れていってくれ、と頭を下げる。


 ダブルベッドに上、ジュニアの左右に四人の少女が窮屈そうに寝転ぶ。

 右からアムリタ、ジュニア、ラビナ、エリー、ソニアの順である。

 ラビナだけは上半身を起こし、ベッドの上の宙に六芒星ろくぼうせいを描く。

 そして詠唱を行いながら六芒星ろくぼうせいに装飾を加えてゆく。

 六芒星ろくぼうせいが銀色に光りだし、強い光がベッド付近を包む。


「先ず皆を『浅き夢の世界』にいざなうわ。

 そこは単なる夢で夢幻郷ではないの。

 『浅き夢の世界』は気持ちの持ちようで印象が変わる。

 『浅き夢の世界』で下り階段を見つける必要がある。


「階段を降りると女性を形取った二体の石像があって資格を問われる。

 資格があるものは石の扉が開かれ、その先七百段の階段を経て夢幻郷のゲートに行くことができる。

 今の私は恐らく資格を満たしていないので石の扉をくぐることができない。


「だから三人でその先に行ってちょうだい。

 夢幻郷に出たらゲートの上の岩の丘に登る。

 頂上から見て正面やや左にある小高い山にジュニアは居るはず。

 小高い山に行く為には低い丘をいくつか越えていかなければならない」


 そうラビナが説明している間に四人は薄暗い光の中、枯れ野の草原の中に立っている。

 服装は皆貫頭衣になっている。

 ラビナは近くにくぼみがあり、地下に続く階段を見つける。

 四人は階段を降りてゆく。

 やがて石像と石板、石の扉に辿たどり着く。


「くれぐれも入ってきたところを見失わないように」


 ラビナは念を押す。

 ラビナは石板に手を当てるが石の扉は動かない。


「やっぱり駄目ね。

 入れない」


 ラビナは寂しそうに肩を落とす。

 代わりにソニアが石板に両手を当てる。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 重い音を響かせて中央の石の扉は四メートル程度の高さにりあがる。

 ソニアはなんの問題もなく通過し、階段を降りてゆく。

 石の扉が開いたまま、アムリタが石板に両手を当てる。

 石の扉は宙に釣られたまま動かない。

 続いてエリーが石板に両手を当てる。


 ――ビィーッ、ビィーッ、ビィーッ


 激しい警告音が鳴り響く。

 周囲は赤い光が明るく暗く明滅し、石の扉が落下し、激しい音を発しながら閉じる。

 エリーは目を見開き、怒りにあふれた表情で石の扉を凝視する。

 ラビナはエリーの表情を直視できないでいた。

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