第一章最終話(四)はじめてのお使い
――崩壊歴六百三十四年の五月十七日六時半
次の日の朝、ゴロゴロゴロ……、と、何か車輪を転がす音が聞こえる。
音は次第に大きくなってくる。
ジュニアのキャリバッグの音だ。
ジュニアは朝早くジュニアの道具屋にやってきた。
エリーは既に店を開けている。
「おはよう、ジュニア。
商品は揃った……?
何かトラブルでもあったのか?」
エリーはいつものようにジュニアに朝の挨拶をしようとして言い淀む。
ジュニアの顔がいつもに輪をかけて不機嫌そうで、おまけに目の下にどす黒い隈ができていたからだ。
アムリタはカウンターの前のテーブルに座り幸せそうにサンドイッチを頬張りながら、おはよう、とジュニアにひらひらと右手を振る。
「おはよう。
少し苦労したが商品は集まった。
もう既に飛空機に積んである」
「さすがに仕事が早いな。
朝食は食べたか?」
「なにか簡単に食べられるものある?」
「一応サンドイッチを作っておいた。
朝の分と昼用に」
エリーはそう言って盆に乗せたサンドイッチの皿とランチボックスをカウンター前のテーブルに置く。
「ありがとう、助かるよ。
そっちの準備は整ったの?」
ジュニアもエリーのサンドイッチを食べながらエリーに訊く。
アムリタはジュニアのカップにお茶を注ぐ。
「問題ない。
今日はお互いに泊まりになりそうだからな。
着替えといくばくかの路銀も持った」
「そうだね。
気をつけて。
商品はそれ?」
ジュニアは店のカウンターの上にある紙包み四つと、紙製の手提げバッグを指さす。
エリーは、そうだ、と短く応える。
「そう。
俺のサプリメントロボットをお供に付けるよ。
燃料棒の交換よろしくね」
ジュニアはキャリバッグを開けてサプリメントロボットを取り出す。
『よろしくね、お嬢さんたち。
目的地までのナビゲートは任せてね』
ジュニアのサプリメントロボットはサリーの声でウインクしながら言う。
「よろしく、サプリ……で良いのかな?
それともサリー?」
アムリタはサプリメントロボットに挨拶をする。
『サプリで良いわよ。
アムリタ。
燃料棒も忘れないでね』
サプリメントロボットはアムリタを見上げながら言う。
アムリタはジュニアから数本の細長い棒を受け取り、大事そうに胸に抱く。
ジュニアは暫く、モグモグ、とサンドイッチを咀嚼して、お茶で流し込む。
アムリタはジュニアと自分の食器を奥の部屋へと下げ、片付ける。
「そっちは何か手伝うことはあるか?」
エリーはジュニアに訊く。
「大丈夫。
君たちを見送った後に出発するよ。
なに、こっちは飛空機だから目的地までは時間がかからない」
「そうだな。
しかし一旦カンパニーに行くと、そう簡単にはこっちに戻ってこられないのではないか?」
エリーはジュニアに訊く。
「うーん、今回はそっちの案件もあるしね。
まぁ、流れに身を任せるよ」
ジュニアは気怠そうに答える。
そうしているうちにアムリタが片付けを終え戻ってくる。
「さて、参りましょうか」
アムリタは腰までの長いシャツに足首で絞ったズボンに巻スカート、マント姿で布袋を背負い、旅装束となっていた。
エリーも黒いワンピースにフード付きのローブを羽織る。
「では出発しよう」
エリーは宣言する。
ジュニアはキャリバッグを自走させるべく変形させ、その上に紙包み四個を積み重ねる。
キャリバッグは数歩、ヨタヨタ、と揺れるが、次第に安定し歩きだす。
エリーは布袋を背負い、店の鍵を閉める。
荷物をバギーに積み、サプリメントロボットを運転席と助手席の間に置く。
運転席にはアムリタが座り、助手席にはエリーが座る。
「それじゃ、よろしく。
アムリタ、安全運転でね」
ジュニアは二人に手を振りながら送り出す。
「うん、お任せを。
ジュニア、飛空機の所まで送っていこうか?」
アムリタは嬉しそうに応える。
「いいよ。
家に戻って準備があるから」
ジュニアは右手で、行って行って、というジェスチャで送り出す。
アムリタはバギーを走りださせる。
バギーはゆっくりと街の出口に向かう。
「ジュニアの目の隈、すごかったね」
「そうだな。
徹夜した感じだな」
「そんなに仕事が大変だったのなら手伝ったのにね」
「うむ。
確かにややこしい注文ではあったが、深夜に足掻いてどうこうなる話でもないと思ったのだが……」
エリーは腑に落ちないようである。
「サプリ、何か知っている?」
アムリタはサプリに訊く。
『さぁ?
私は今日の朝まで忘れ去られていたのよ。
酷いと思わない?
燃料棒が無いと私はサブクロックまで落ちてしまうから何も認知できなくなるわ。
単にコヒーレンシを維持するのがやっと。
貴方たちも燃料棒の確保を忘れないでね』
アムリタは、はーい、と応えるが燃料棒の何たるかはまるで判っていない。
アムリタは判らない言葉は概ねスルーして問題ないことを学習しつつある。
「それにしてもアムリタは運転が上手だな」
エリーは感心するように呟く。
「うふふ、ありがとう。
私乗り物に乗るのは得意なの。
馬とか」
アムリタは照れながら自慢する。
「きっと飛空機だって乗りこなしてみせるわ」
「それは凄い。
実を言うと私は機械が苦手でね。
バギーの運転も、以前土手から脱輪させてしまってもう少しで転落事故になるところだった。
それ以来苦手意識があってね……」
「そ、そうなの。
でもエリーは運転なんてしなくてもどこにでも行けるしね」
アムリタはエリーに運転を勧めるのは止そうと内心思う。
『アムリタ、疲れたら私が運転を代わるわ。
エリーに任せて死にたくないからね』
サプリメントロボットが余計なことを言う。
エリーはチロリとサプリメントロボットを見る。
「あはは、死ぬなんて、そんなことあるわけないじゃない。
ロボットなのに。
でも、ありがとう、疲れたら代わってもらうわね」
アムリタは言葉を選び、サプリメントロボットに応える。
アムリタはサプリメントロボットが舌禍事件を起こしてエリーに解体されないことを祈る。
「と、ところで、私たちはどこに向かっているんだっけ?」
『古代文明遺跡の廃棄場跡よ。
ようするに古代人のゴミ捨て場ね』
サプリメントロボットが応える。
「え?
ゴミ捨て場?」
『古代文明が滅んで既に数千年経過しているから、いわゆる生ゴミのようなものは炭化しているわ。
保存状況の良い機械類とかが発掘されるのよ。
そんな機械からは貴金属やレアアース類の貴重な資源が採れるの。
今では最大のレアアース鉱山の一つね』
サプリメントロボットは歌うように説明する。
『なので、古代文明遺跡の廃棄場跡にはそういった遺跡や資源を発掘したり精製したりする輩が住み着いているのよ』
サプリメントロボットの説明で今回の顧客がどういった人なのか判ったような気がした。
「要するにトレジャーハンターのような人がいて、採掘に必要な物資を注文してきたということね。
詳細はわからないけれど……。
運転は任せてちょうだい」
『まぁ、だいたい合っているわ。
アムリタはお利口さんね』
サプリメントロボットは眉毛の両端を下げて笑顔を作り、良くできた生徒を褒める先生のように言う。
エリーは空中の光る文字で文を綴りながらアムリタとサプリメントロボットの会話を聞いている。
サプリメントロボットの指し示す道は街道を離れた草原に続く。
そして更に整備されていない山道を揺られ、バギーは進んでゆく。
アムリタは五時間ほどバギーを走らせる。
バギーは山間にある盆地に抜ける。
山肌には木はなく禿山の様相だ。
道は平坦で整備されているものの、街らしいものはなく所々小さな山のようなものがあり人工的な音がする。
「なんか風景が変わったね。
殺伐とした感じがするわ」
『この辺りが目的地よ。
指定座標はもう少し奥ね』
サプリメントロボットは盆地の奥を右手で指し示す。
アムリタは、了解です、と言いながら障害物を器用に避けながら進む。
途中何人かの作業をしている人たちを見かける。
『あと十五メートルくらいね』
サプリメントロボットは前方の地点を右腕で指し示す。
やそこにはジャックが立ち、穏やかな笑顔で手を振っている。




