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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第一章 第三話 きみが生まれた日 ~The Day You've Been Born~
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第一章第三話(三)隠れ家

 霧の中、エリーが先導して歩く。

 エリーは空中に左手で文字をつらねねる。

 その文字は銀色に光る文となって浮き上がり、しばらくく空中にとどまるがやがて消える。

 エリーは歩きながらその作業を繰り返す。

 エルザはその後ろ姿をながめながらエリーに付いていく。


「色々混じった魔法ね」


 エルザにはエリーが何をしているのか概ね判る。

 エリーの行使している魔法が判るわけではない。

 エルザが認識している空間の揺らぎで推測できるのだ。

 地形の探索、索敵、目的物の検証、指標の設定、わなの設置等々。

 エリーがこの直交空間を安穏あんのんと放浪しているわけではないことをエルザは知る。

 それどころか驚くほど慎重に行動し、精密に空間をマッピングしている。

 エルザはエリーの魔法により発生する空間の揺らぎを必死に追い、パターンを分析する。

 この黒灰色こっかいしょくの髪をした魔女と戦う場合に備えて。


「そう、ここは剣呑けんのんな場所だから。

 慎重さが無いと生き残れない」


 エリーはエルザのほうを見ず、光の文字を空中に描きつつ応える。


「空間魔法にそのような使い方があるとは知らなかったわ」


 エルザはエリーの魔法について踏み込んで訊く。

 エリーの後ろ姿は無防備なように見える。

 今エルザが背後から戦いを挑めばあっさり勝てそうな気もする。


「君のような強力な空間魔法を、私は使うことができない。

 だから、文字の力を借りている」


 エリーは前を見たまま飄々(ひょうひょう)とした口調で応える。

 エリーはエルザが強力な空間魔法を使えることを前提に話しをしている。

 直交空間に居るからと言って空間魔法が使えるとは限らない。

 事実、エルザの夫は魔法使いではあるものの、空間魔法とは無縁だ。

 つまりはエリーの慎重さからみて、エルザがエリーに気付く前に既にエリーはエルザに気付いて観察していたということだろう。

 大方おおかたフルートの音色に誘い出されて、エリーが作った彼女の領域の中にまんまと踏み込んでしまったというところか。

 この私が空間把握で後手を引いた。

 その事実にエルザはエリーの能力の底知れなさを感じる。


 とは言え、強力な空間魔法を使える者に背後を取られた状態で、なぜ平然としていられるのだろうか。

 自分が信用されているのか。

 もしくは対抗できる手段を持っているのか。

 エルザには判断できない。

 しかしエルザがエリーに信用されていると信ずるには、エルザにとってエリーは不気味過ぎた。


「私にもそれができるようになるかしら?」


 黙っていると内心が読まれそうで怖いので、エルザは会話を続けるべく訊く。


「修行をすれば可能だろう。

 もっとも君ならばもっと直接的な方法を使ったほうが手っ取り早いのではないか?」


 エリーは薄い微笑をたたえたまま、エルザを振り返り応える。

 やれるものならばやってこい。

 そういうことか?

 エルザは緊張する。

 いけない、エルザは自分が独り相撲をとっていることを滑稽こっけいに感じる。

 ままよ、エリーが敵ならばそれでも良い。

 一旦はエリーが敵である仮定を棚上げしよう。

 それよりも気になることがエルザにはある。


「エリー、貴女はどれくらいこの空間に居るの?」


 エルザはもう一つの疑問についてエリーに探りを入れるべく話題を振る。


「七百五十二回の朝を経験した。

 私の月の物の周期に換算して、この世界の一日は概ね現実世界の一日と一致するようだな」


 エリーは軽い調子で応える。

 二年以上一人でここにいる。

 そのことにエルザはおどろきを禁じ得ない。

 見ればエリーの着衣はボロボロにり切れている。

 汚れている感じはしないが、若い女性のする格好としてはいかがなものか。

 しかたがない、何か着替えを見繕みつくろってやろう。

 エルザは寛大にもそう考える。


 歩くこと暫く、霧の奥に建物が見えてくる。

 切妻きりづま屋根に一階建ての割と大きなログハウスだ。

 建物の半分が馬小屋のようになっていて、そこから数匹の犬がえながら飛び出してくる。


「ちょっと!

 トニー!

 お客様よ」


 エルザは小屋に向かって呼びかけると、犬が飛び出してきた区画から大きな男がノソリと現れる。


「お帰りエルザ、遅かったね」


 男はジロリとエリーを見る。


「君がエルザの旦那か。

 エリーという。

 世話になる」


 エリーは微笑みながら男に挨拶をする。


「私の夫のトニーよ。

 トニー・アイスナー。

 私はエルザ・アイスナー」


 エルザはエリーに夫を紹介する。

 トニーは、無言で顎を引くように頭を下げる。


「立派な建物だ。

 これを造るのは大変だったのではないか?」


 エリーは建物を見上げながら言う。


「このログハウスは私たちが建てたものでは無いわ。

 多分誰かが少しずつ増築していったものね。

 こっちの馬小屋は、今は犬小屋になっているの」


 エルザは馬小屋のほうに案内する。

 中は大きな土間となっていて、犬が三匹いる。

 外の犬と合わせて五匹いるようだ。


「まぁ、中に入ってちょうだい」


 エルザはエリーを伴い、ログハウスのドアを開け中に入る。

 トニーも続いて中に入る。


「エリーは赤ちゃんを取り上げたことがあるんだって。

 私たちの赤ちゃんも取り上げてくれるって」


 エルザはトニーに向かい、うれしそうに報告する。

 三人はリビングの四人掛けの机を囲む。

 エルザとトニーが並んで座り、エルザの向かいにエリーが座っている。

 部屋には暖炉があり、中は暖かい。


「ほほう、それは助かる」


 トニーは初めて笑顔をみせ、応える。


「正直追いつめられていたんだよ。

 エルザに万が一のことがあったら万事休ばんじきゅうすだと思ってね」


「貴方、そんなこと一言も言っていなかったじゃない」


「君が、ここで生むしか道は無い、っていうからさ。

 実際僕もそう思うしね」


 トニーは、わはは、と豪快に笑いながらエルザに弁解する。


「良いお産になるよう全力を尽くすよ」


 エリーは微笑をたたえながら二人に請け負う。


「エリー、着替えを出すわ。

 こちらの部屋に来て頂戴」


 エルザはエリーの手を取り、隣の部屋に誘う。

 トニーはキッチンに向かう。


「凄く年季の入った服ね」


 エルザはエリーのスモッグに似た服を見て言う。

 現状、灰色と茶色がない交ぜになったまだらな色で、元が何色であったのかも判らない。


「川でマメに洗ってはいるのだが……。

 これ以外の服は失ってしまったのでどうしても擦り切れてしまう」


 エリーは微笑みながら言う。


「着替えがないのなら洗っている間どうしていたの?」


 エルザも笑いながら訊く。


「裸のままでいた。

 さっきの友達の背に寝転んで休んでいると暖かい。

 彼の背中は上質なベッドのようなのだ」


「お友達としては凄く迷惑なんじゃないの?」


 エルザはカラカラと笑う。

 エリーも、そうかもしれない、と言って薄く笑う。


「私が妊娠前に着ていたものだけど、これなんかどうかしら?」


 エルザはシンプルな白いワンピースを渡す。


「有難う。

 借りるよ」


 エリーはそう言い、着ているスモッグに似た服を頭から脱ぐ。

 服の下からは、一糸(まと)わぬ姿が現れる。

 エリーの腹は驚くほど細く同じく細い肩から形の良い二つの乳房が丸みを帯び、自己主張をしている。

 長い黒灰色こっかいしょくの髪が形の良い腰の上を揺れる。


「あらら、下着も必要なのね。

 うーん、気にしないのならば、私のお古を分けてあげるけど……。

 そりゃ二年間も放浪していたらそうなるのかな……」


 エルザはあきれながら下着の上下を渡す。

 エルザはエリーの裸体を、あらわになった魔法構成を眺める。

 変わった魔法構成をしている。

 幾つかの魔法要素が混在しているのだ。

 半分はエルザ自身と同じ空間魔法に関するものだ。

 やはりエリーは私の家系と関わりがある。

 エルザはそう確信する。


 しかし、残りの要素がいびつすぎる。

 残りの多くを占めるのは死霊系の魔法だろうか。

 これは後天的なものであるはずだ。

 残りの構成もあるがエルザには良く判らない。

 ただありふれたものではない。

 いずれにしろこの構成は持って生まれたものではない。

 いちじるしく人為的で禍々(まがまが)しい印象をエルザに与える。

 この組み合わせでうまく機能していることが不思議でならない。


 エリーは、お言葉に甘えるよ、と言い、エルザの下着を受け取り、何の躊躇ちゅうちょもなく身に着ける。

 続いてワンピースを首の上から通し、袖を通す。

 丸首で背中にボタンがあり、布のゆるみをデザインに取り入れたワンピース姿になったエリーの姿は、ビスクドールのように見える。


「たいした服でもないのだけれど、貴女が着ると凄く映えるわね。

 うん、似合っている。

 凄く可愛かわいい」


 エリーは、どうも、と言ってペコリと頭を下げる。

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