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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 最終話 空中庭園の迷(まよい)子 ~The lost Child in Orbit-Space Hanging Garden~
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第五章最終話(二十八)クシナラ観光

「最短距離で一直線だな」


 アルンは誰へともなしに(つぶや)く。

 声には賞賛の響きが(にじ)んでいる。

 サマサは困難と思える道のりをいとも簡単に、そして短時間で走破した。

 そのことへの賞賛である。

 一行はウッドゴーレムの腕に腰かけている。

 ゴーレムは早い足取りで進んでゆく。


 ここはネナイライ山壁の巨大な空洞。

 その中心にあるクシナラの街を最外縁から中心に向かって幾ばくか進んだ所から眺めている。

 どこからか漏れる無指向の光源が空洞内をぼんやりと照らしている。

 視界が全く無いわけではないが、(もや)がかっていて遠くは見えない。

 周囲は暗く、明度も彩度も失われている。

 薄暗い空洞の中、見上げれば幾層かの岩盤が飛びとびに重なっているように見える。


「ね、お皿が積み重なっている感じでしょう?」


 サマサは指さし、自慢するように笑う。


「ほえぇ、近くで見ると凄く大きいんだね。

 層と層の間って、あんなに有るんだ……」


 シメントはサマサの肩の上で、口を半開きにしながら見上げる。

 パールも同様にアルンの肩の上で見上げている。

 遠くからシルエットを見るかぎり、確かに小さな皿から順に大きな皿を積み上げた形に見えていた。

 しかし間近で見ると、皿は十数メートルの厚みがあり、皿と皿の間は百メートル以上に及ぶことが分かる。

 あまりにもの大きさ故、とてもではないが今は皿には見えない。

 つまりはこの空洞の天井は、一キロメートル以上の高さがあるということであろう。

 ウッドゴーレムは一番大きく高い皿の縁の下を駆け抜ける。

 シメントの見上げる角度が垂直を超えてひっくり返りそうになる。

 サマサはシメントの背中を押さえ、落ちそうになるシメントを支える。


「確か上に行けば行くほど時の進みが遅くなるんだよね?

 空飛んで上の層に行ってもそうなの?」


 シメントは上を見ながら訊く。


「さあ? どうなのかしら?

 私たち鳥じゃないから試すのは難しいわね」


 サマサは朗らかに応える。

 ウッドゴーレムは皿の下、中央に向けて早い足取りで進む。

 先には壁があり、門がある。


「もう少しで目的地よ」


 サマサが言い終わらないうちに、ウッドゴーレムは速度を落とし、門の前で止まる。


「ここが目的地か?」


 アルンは問う。

 ウッドゴーレムは片膝をつき、一行が乗る腕をそっと下げてゆく。


「そう、到着。

 ここがクシナラの街、その入り口」


 サマサはゆっくりと地面に足を付け、ゴーレムから降り立つ。

 壁は石造りであるがひび割れが多く、一部崩れ落ちている部分もある。

 門は木製の両開きであり、古く貧相な作りである。


「つまりはこの門を潜った人の数をカウントしにきたわけ」


 サマサは空中に文字を描く。

 文字は銀色に光り、漂い、門の前で淡い光となり消える。

 繰り返してゆくうちに門の前に奇妙な銀色に輝く図形が浮かび上がる。

 アルンはそんなサマサを無言で見つめる。


「出てきたのは……、三人……? 多いわね」

 入ったのは、三人、……三人? 三人入って三人出てきた?

 この一年で? そんな事って……。

 設置を間違えたかしら?」


 サマサは門の扉を押す。

 扉は然して抵抗なく開き、壁の向こう側が見える。


「街と言うか廃墟(はいきょ)なんだな」


「なんか寂しい所ですね」


 アルンはパールを肩に乗せたまま門を潜る。

 二人の感想は同様だ。


「ちゃんと二人増えるわね。

 去年確認したときは入退出ともにゼロだったんだけれど……。

 テストしてリセットし忘れた? ……そんなミスするかなぁ?」


 サマサは不思議そうに(つぶや)き、自らも門を入ったり出たりしながら確認する。


「カウントに異常は無さそうね……」


 サマサは納得できないという面持ちで(つぶや)く。

 サマサに構わず、パールを肩に乗せたアルンはクシナラの廃墟(はいきょ)の中に進んでゆく。


 サマサは慌ててアルンを追う。

 シメントがそれに続き、ウッドゴーレムが緩慢な動きで更にサマサを追う。


「ちょっと、貴方(あなた)たち、危ないわよ」


「危ないって、時間の流れ以外に何かあるのか?」


 アルンは立ち止まり訊き返す。


「落石とかが多いのよ!

 何千年も前の落石が凄い勢いで落ちてくるから気を付けて!

 街を見るのなら案内するから乗って!」


 ウッドゴーレムがサマサの横で身を屈め、右腕を差し出す。

 左腕は傘になるように皆の頭上の上に掲げられている。

 一同はウッドゴーレムの腕に乗る。

 ウッドゴーレムは立ち上がり、左腕で皆を(かば)うようにして歩き出す。


「確かに凄い落石だな、あっちこっちの地面に穴が開いている」


「うわ! あそこ凄い勢いで何かが落ちてきたよ!」


 サマサの言うとおり、落石は多い。

 当たれば大けがを負うことは必至であろう。

 ゴーレムは速度を一定に保つもののジグザグの進路を取りながら廃墟(はいきょ)の中を進む。

 落石を避けながら進んでいるのだ。

 (まば)らに散在する建物はどれも小さな石造りの建物で、すべて平屋である。

 何れも崩れていて居住できそうなものは無い。


「折角ここまで来たのだから、クシナラ観光を楽しんでいってね。

 クシナラの街は大きな円になっていて、中央に大きくて太い柱があるのよ」


 サマサは街の中央の壁、遠景では大きな柱に見えていたものを指さす。

 よく見ると壁の表面には斜めの切れ込みが見える。

 近づくにつれ、それが壁に刻まれた階段であることが分かる。

 階段は巨大な柱に沿うように左斜めに登っていき、左の端で見えなくなる。

 恐らくもう少し上まで続き、上の層まで続くのだろう。


「上の層まで登るんですかー?」


 パールが心配そうに訊く。


「ええ? やめようよ、未来に行っちゃうよ」


 シメントは拒絶する。


「あはは、ご要望とあらばお連れするけれど。

 実際、一つ上の層までなら大して時間の進みは遅くならないから問題ないけれどね。

 そういって、どんどん上に登っていって大変なことになるのだけれど……」


 サマサはお道化(どけ)て言う。


「どれくらい時間の進みが遅くなるんだ?」


 アルンは訊く。


「さあ? 正確なところは知らないわ。

 私が登ったことがあるのは第三層まで。

 比較対象が無いから時間の進みは分からないのだけれど、体感としては一日が三日になった感じかしらね。

 ちなみに上に行けば行くほど新しい街になっていくみたいよ」


 サマサは思い出すように上を見ながら応える。


「どう? 行ってみる?」


 サマサは悪い笑顔で訊く。


「そんなに俺を試すなよ。

 いいよ、ここに来られただけで満足だ。

 見聞を広められたことに感謝する。

 後は無事に帰ることが最優先だな」


「んー? 面白みに欠けるけれど、まあ妥当な判断ね」


 サマサは真顔で応える。

 ゴーレムは階段の前を通り過ぎる。

 階段は岩を削った幅広のもので外側には遮るものが無い。

 ある程度の高さになると落下の危険に(おび)えることになるのだろう。

 ゴーレムは立ち止まらず、岩の壁と距離を取りながら壁を右手に進んでゆく。

 一同は壁を巻くように登る階段を見上げ続ける。


「だいたい半周弱で上の層に(つな)がっているんだね」


 シメントはほぼ垂直を見上げながら言う。


「そうね、実際は岩盤の厚み分も登るから、もう少し巻くのだけれど、ここからは見えないわね」


「あれ? 下に行く階段もあるんですか?」


 パールは地面を下る階段を見つけ、訊く。

 階段は壁に向かって右手方向に降りてゆくように続いている。

 ゴーレムは歩みを止め、振り返る。


「ああ、そういえばそういうのも有ったわね。

 クシナラの街は下層もあって、降りていけば降りていくほど逆に時間の進みが早くなっていくそうよ、知らないけれど」


 サマサは雑に説明する。


「実際のところ、時間の進みが遅くなる分には未来に行けるのだから意味があるけれど、下に降りるのは単なる時間潰しにしかならないわ。

 帰ってきたら周りは変わらないのに自分だけおばあちゃん、って嫌じゃない?」


 サマサは下には何の興味も無さそうだ。

 パールも、それは嫌ですね、と(うなず)く。


「話の流れでは、一層以上に荒廃した所ということだろう?

 だとしたら、あんまり行く価値無いかもな」


 アルンも笑いながら同意する。


「なんか下から声がするよ」


 シメントの言葉が皆の談笑を止める。

 パールが耳をすます。


「本当ですね、これってサビさん? サルナトの王女の……。

 大声で愚痴(ぐち)っています。

 珍しいです、あの人いつも余裕しゃくしゃくって感じなんですが。

 相手は男性の(かた)? アンシュ、って呼んでいますが――」


「――サビ?」


「――アンシュ?」


 アルンとサマサの反応が被る。

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