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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 最終話 空中庭園の迷(まよい)子 ~The lost Child in Orbit-Space Hanging Garden~
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第五章最終話(二十一)私は貴方たちを帰す

「どこまで登るのー?」


 シメントは泣き声をあげる。

 ウッドゴーレムは四本の手、二本の足を使ってネナイライ山の壁面を()じ登る。

 常に数本の手足で岩を(つか)み、空いた手足で上方の岩を捕捉する。

 ()じ登る速度は速く、一定している。

 安定しているといえば安定している。


 ウッドゴーレムには更に二本の手があり背中に回されている。

 その上にサマサたちが乗っている。


「おチビちゃん、あんまり下を見ないほうが良いわよ、吸い込まれるから」


 サマサは笑う。


「そんなこと言ったって、下しかみえないじゃない。

 怖えーよ、怖すぎるよ」


 ウッドゴーレムはオーバーハングした壁面を攻略中している。

 シメントの言うとおり、ウッドゴーレムの背中以外では大海原しか見えない。


「おいおいシメント、お前さん光の谷の勇者だろう?

 あの時の格好良さはどこ行ってしまったんだ?」


 アルンが茶化す。


「あんときは(ほとん)ど視界が無かったし、ロープ伝いに移動できる自由は有ったからね。

 今は無力だ……。

 ゴーレムを信じてしがみ付く以外何もできない」


 シメントがしがみ付いているのはサマサの服だ。


「まあ確かにそうだな。

 自力で上るのではないから楽で良いが、生きるも死ぬも人任せだな」


 アルンも緊張した面持ちだ。


「いっそカバンの中で寝とく?」


 サマサは満面の笑みで訊く。


「ご遠慮します。

 気が付いたらカバンごと落下していたなんてそんなのは嫌すぎる」


 シメントは身を抱えて震える。

 サマサは、あはは、と笑う。

 アルンとパールも笑みを浮かべる。


「でも確かに人任せって嫌かもね。

 おチビちゃんたちならムササビやモモンガみたいに空を滑空できるんじゃないの?

 体重が軽くて、筋力が有って、動態視力も反射神経も良いんでしょ?」


 サマサが思いついたように訊く。


「えー? どうなんだろう?」


 シメントはパールのほうを見る。


「ええっと、かなり古い話ですが前例は有りますね。

 地下大空洞で……、飛行服を着て地下山脈を超えたそうです、ご先祖さまたち」


 パールは右上方を見上げ、思い出すように言う。


「ほらできるんじゃない。

 飛行服、作ってあげましょうか?」


 サマサは上機嫌で言う。


「えー? いいよ、ここから落ちる予定ないし……」


 シメントは辞退するが、サマサはバックパックから防水布を取り出す。

 薄くて軽くて強く、水も風も通さない。

 ウッドゴーレムから細い手が伸び、防水布を加工してゆく。

 ()してかからず、奇妙な羽織(はおり)ものができあがる。


「これ着てみて、両手を通して……、前でボタンを留めて……。

 これは足に……」


 シメントは嫌がるが、抵抗は空しく羽織(はおり)ものを着せられる。


「両手上げてみて……、あらー可愛い、良いんじゃないかしら。

 尻尾と耳がマッチしてて、モモンガって感じね。

 モモンガスーツと名付けましょう」


 サマサは満足そうに笑う。

 シメントは手と足の間に有る薄くて丈夫な幕を確かめる。


「実験のために突き落としたりしないでよ……」


「そうねぇ、もっと早くだったら実験できたのに残念。

 ここからじゃ、回収するのが大変すぎるわね」


「死体の回収?」


 シメントは不安そうに訊く。

 サマサは、あははは、と笑う。


「どう? 貴女も着ておいたほうが良いんじゃない?」


 サマサはパールにも勧める。


「え? あ、じゃあお願いします」


「着るんなら俺のをあげるよ!」


 サマサはシメントの言葉を無視して上機嫌にモモンガに似た羽織ものを作ってゆく。


「生存可能性は一パーセントでも上げておいたほうが良いから……」


 サマサの口調は朗らかであるが、目は真剣だ。

 パールは、はい、同意です、と言いながらムササビスーツを自ら着る。

 シメントは目を閉じ、両手を広げたり()け反ったりする。


「イメトレか?」


 アルンは訊く。


「そうそう……、飛ぶだけならなんとかなりそうなんだよな。

 方向転換も尻尾を使えば……。

 でも着地が難しいんだ……、あ、壁にぶつかって俺死んだ!」


 一同笑う。


「ところで、クシナラってどんなところなんですか?」


 パールが話題を変える。


「ん? ああ、そうね。

 ここまで来たんだから知りたいわよね?

 クシナラはこの中にある巨大な空洞のことよ」


 サマサはネナイライ山、山壁の上方を指さす。


「空洞?」


「そう、直径で四十キロ以上ある大きなおおきな空洞。

 空洞そのものがクシナラ。

 底はすり鉢状で多少の起伏は有るけれど比較的起伏は緩やか。

 天井は良く分からないけれどドーム状になっているのかな?

 中央に街の廃墟(はいきょ)があるの」


 サマサは躊躇(ためら)いがちに言う。


「サマサは常連さん? クシナラの」


 シメントは遠慮なく知りたいことを訊く。


「常連ってほどでは……、二年位前から夏に何回かね……。

 クシナラの街は幾つもの層になっているのよ。

 お皿が積み重なっている感じ……、想像できるかしら?

 でね、上に行けば行くほど時の進みが遅くなるんですって。

 最上層では時が止まるそうよ、本当かどうかは分からないけれど」


 サマサはシメントに向かって笑う。


「ええ? 上るとヤバいんじゃないの?

 時がゆっくり過ぎるんなら周りの時間が早くなるってことだろう?

 帰ったらじいちゃん、死んでいたりすると()だよ!」


 シメントは慌てて抗議する。


「うふふ、大丈夫よ。

 今回は様子見、クシナラを見に行くだけ」


 アルンはサマサを見る。


「ん? どうしたの?」


 サマサはアルンの視線を受け止める。


「もしかして俺らが一緒に来なければ、未来に飛ぶつもりだったのか?」


 アルンの口調は柔らかい。

 しかしサマサの表情は消える。

 暫く沈黙が続く。


「……そんな予定は無かったわ、本当よ。

 来週には店を再開するって言ったでしょう?」


 サマサの声は小さい。


「そうか……、すまなかった。

 詮索したみたいですまん」


 アルンは頭を下げる。

 サマサは噴き出す。


「あははは、貴方って本当に詮索好きよね。

 クールぶっていて他人に興味無さそうなポーズをとっているくせに、人のすることに興味津々。

 おまけに世話焼きだし。

 笑っちゃうわ。


「いいわ、ここまで付き合ってくれたんだから教えてあげる。

 私はね、クシナラの街に罠をしかけているの。

 入ってきた人と出ていった人を数えるだけなんだけれどね。

 もし入った人の人数が多ければ、中に入って後を追ったかもしれない。

 貴方たちがここに付いてこなかったらの話だけれど」


 サマサの金色の髪が風に揺れる。


「もしかして俺たちは邪魔だったのか?」


「ううん、感謝している、本当よ。

 私一人では正常な判断、できない可能性が高いから。

 確証もなく誰かの後を追いたい衝動を抑えられないかもしれないから。

 誰かが中に入っていったところで、直ぐに追う必要なんかないのよ。

 中の時間経過のほうが遅いんだから。

 ゆっくり準備を整えてからでも十分に間に合うから。

 誰かと話していると客観的になれる。

 止めてくれる仲間が居ると冷静になれる。

 こんな過酷な旅でも、貴方たちが居るから笑っていられる。

 話し相手が居るって、良いわよね?」


 サマサは笑ってシメントを抱き寄せる。

 シメントは無言でサマサを見上げる。


「なんであれ、役にたてているのなら良かったよ」


 アルンは応える。


「私にはやらなければならない仕事があるの。

 やりたくない仕事だけれど。

 それが済むまではあの店を離れられないわ……」


 サマサは小声で独り()ちる。

 そして何かを振り切るようにアルンに向かって笑いかける。


「だから安心して。

 私は貴方たちを魔の荒野まで責任もって帰すから」


 サマサはシメントを強く抱きしめる。


 海面は(はる)か眼下に広がり、空と世界を二分する。

 ウッドゴーレムは壁面を()じ登り続ける。

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