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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 最終話 空中庭園の迷(まよい)子 ~The lost Child in Orbit-Space Hanging Garden~
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第五章最終話(十九)篩(ふるい)

(ここがヒトの夢の中)


 少女は初めての「世界」を観察する。

 森の中、木々が立ち並ぶ。

 頭上には枝葉が重なって風に揺れ、遮られている日光が時折漏れて射し出でる。

 空は青く、雲は白い。

 多くの下生が生い茂り、所々に大小さまざまな岩が点在している。

 少女はこの光景が現実のものではないことを理解している。


(複層多元に重なるヒトの精神世界、ここはその中層)


 媒介とした者の心的印象により変わる世界。


(「このヒト」は安定した精神構造を持っているのだろう。

 少なくとも表面的には)


 少女は多少の尊敬の念を抱く。


 少女は地面を見る。

 少女が移動した跡、押し倒された下生えの間から土が(のぞ)く。


(更に下層に降りられるのかな?)


 地面を掘ってみる。

 土は薄く直ぐに硬い岩盤に突き当たる。


(これは守り? 固い何かが下層を守っている……)


 今の彼女の力で()じ開けるには守りが硬すぎる。


(強固な守り……、破るのは無理か。

 下に降りる方法はないのかな?)


 少女は森を探索する。

 ()してかからず、大きな岩の陰に空洞を見つける。

 少女は周囲を見渡す。

 誰も居ない。

 少女は空洞に身を滑らせる。

 空洞は下に続く階段となる。

 少女は躊躇(ちゅうちょ)なく降りてゆく。

 少女の動きは速い。

 長い階段を瞬く間に降りきり、淡く赤く光る(むろ)、やや広い空洞に至る。


(なんだろう、あれ?)


 空洞の奥に石でできた二つのオブジェがある。

 薄衣を(まと)ったヒト、若い女性を(かたど)った石像のようだ。

 二つの石像は七十センチ程度空けて横に並ぶ。

 それぞれの石像の前に高さ百センチほどの石柱があり、無地の(てのひら)大の石板が据付(すえつ)けられている。

 二つの石像の間、直ぐ先には大きな石の扉があり、行く手を(さえぎ)っている。


(これは? (ふるい)?)


 少女は石像の本質を見る。

 石像は少女のような「モノ」がここを通過できないようにする(ふるい)なのだろう。


(これがヒト用のゲート……。

 でもこれを創ったのはヒトではない……)


 少女はこのゲートの作者の意図を読み取る。


(このゲートは(くぐ)れない。

 だけど……)


 先ほどの地面下、岩盤よりは柔らかそうだ。


(壊せるかな?)


 少女は二つの石像を(つか)む。


 ――ビィーッ、ビィーッ、ビィーッ


 凄まじい警告音が空洞に響き渡る。

 (むろ)の壁は真っ赤に明滅する。

 しかし少女は少しも動じず、石像を握る力を強めてゆく。


「フィー、駄目よ! その石像は壊さないで!」


 大きな、しかし落ち着いた声が聞こえる。

 少女は動揺し、声のするほうを見る。


「信じられない……、気づかなかった。

 いつ来たの?」


 少女は声を出し問う。


(ああ、ここでも声は出せるんだ)


 これも少女にとって意外なことであった。


「私はずっとここに居たわ。

 少なくともフィー、貴女が来るよりも前にね」


 入口の陰にアムリタが立っている。

 アムリタは、上は膝丈の貫頭衣、下は裾で(しぼ)ったズボンという出で立ちをしている。

 アムリタはにこやかに笑みを浮かべながらゆっくりと少女に歩み寄る。


「なぜ僕だと分かったの?」


 少女は声を出し、驚いた別の理由を問う。


「貴女はフィーよ。

 私の小さなお友だち」


「お友だち?」


 少女は問い返す。


「そう、お友だち。

 大事なだいじな人。

 大切な人。

 だから分かるの」


 アムリタは少女を両手で抱きしめる。

 少女は形を変え(・・・・)、フィーの姿になる。


 少女は石像を離す。

 暫く後、警告と明滅は止まり、元の淡く赤い光に戻る。


「大切な人……、うわーん」


 少女はアムリタにしがみつきながら泣く。

 アムリタはフィーを抱きしめながら微笑(ほほえ)む。


「あらあら、どうしたの?

 お腹、痛いの?」


「違う、お腹は痛くない……。

 僕はずっと独りだったから……、ずっとずっと独りだったから……。

 大切な人って……、うわーん」


「あらあら、よしよし。

 フィーはもう独りじゃないでしょ。

 私は貴女が大切だし、ルークは貴女に(くび)ったけよ」


 アムリタはフィーの頭を()でる。

 フィーは涙を浮かべた目でアムリタを見る。


「ルークには言わないで……、本当の僕のことを言わないで。

 ルークに嫌われたくないんだ」


 フィーの目から大粒の涙が(こぼ)れる。


「そうね、ルークには未だ言わないほうが良いかも知れないわね。

 時が来れば貴女から言えば良いわ。

 それができるのならば、ずっとずっと言わないのでも良いと思う」


 アムリタは笑う。


「大丈夫かな?」


 フィーは不安そうに問う。


「大丈夫よ」


 アムリタは断言する。


「未来は創っていけるから。

 貴女も、一緒に未来を創っていけると思うの。

 大丈夫、未来は明るいわ」


 アムリタは再度、フィーを抱きしめる。


「明るいんだ? アムリタは未来が見えるんだよね」


 フィーはアムリタを抱きしめ返しながら言う。


「ほとんど見えないんだけれどね。

 でも、大丈夫!」


 アムリタは理由を言わず、しかし自信たっぷりに笑う。


「アムリタは知っているの?」


 フィーは問う。


「ううん、知らないわ。

 教えてくれる?」


 何を? とは聞かず、アムリタは軽く問い返す。


「北極の目、見に行ったんだ」


 フィーは話題を変える。


「凄いわ、どうだったの?」


「あれはこの惑星には棲めない。

 棲むべきじゃない。

 大きすぎるから。

 力が強すぎるから。

 この星を砕くほどの力があるから。


 力を封じられている。

 でも完全には封じられていない。

 力を集めて、空に模様を描いていた。

 あれは多分ゲート。

 夢幻郷へのゲート」


 フィーの声には力がない。


「もう開いちゃったの?」


「ううん、未だ……。

 だから邪魔しようと思った。

 でも失敗したんだ。

 焼かれて消されてしまった」


「まあ! 大丈夫なの?」


「大丈夫って……、僕? 僕は大丈夫かな?

 一回り小さくなってしまったけれど」


「そ、それで大丈夫なの……、さすがね」


「僕は大丈夫。

 でも、でもでも、あれがゲートを(くぐ)ったら大丈夫じゃなくなるよ。

 だから、この先に行ってゲートを閉じなくちゃならないんだ」


「ふうん……?」


 アムリタは左手で右肘を支え、右手で頬杖(ほおづえ)をつく仕草で考える。


「ここのゲートを壊してでも中に入るべき……、北極の目が作るゲートを閉じることが最優先……、そういうことね?

 確かに一理あるかも。

 でもね今、たくさんの友だちが夢幻郷の中に入ったままなの。

 戻ってこられなくなるのも困るのよね」


「友だち……、ソニア?」


「うん、そうよ。

 でもソニアだけじゃなくて、他にも居るの。

 友だちの友だちも居るでしょうし、ここを壊すのはちょっと待って欲しいの」


「……うん、分かった。

 でもあんまり時間無いよ」


 フィーはアムリタを見上げる


「そうね……、でも時間なら未だあるわ、多分。

 それにね、今の私たち足場、悪すぎるでしょう?

 早く空中庭園に行って、とりあえずの安全を確保しなくちゃね」


 アムリタは優しく説き伏せる。


「空中庭園……、言ってないことがあるんだ」


 フィーの視線がアムリタの右上に泳ぐ。


「え? 何かしら?」


「空中庭園は今、僕の牧場になっているんだ」


 フィーは言いにくそうに(つぶや)く。


「へ? 牧場?」


 アムリタの聞き返す口が閉じない。

 意味が分からないというように。

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